1-12.洗礼式(改正版)
俺は1月の春生まれだ。
この世界では誕生日を祝う習慣はない。
1月の何日に生まれたのか関係なく、月が高くなった頃だと母さんが言っていた。
15日前後なのだろうか?
春、夏、秋、冬の季節毎に区別されるが、春になると全員の年齢が一歳上がる。
冬生まれた赤子も春になると1歳だ。
0歳でいられるのが数ヶ月、下手をすると数日という事になる。
冬の生まれは大変だと思う。
俺も2歳になった。
2歳になると最初の安息日に井戸端でお披露目が行われ、ご近所さんに紹介される。
この世界での『公園デビュー』のようなモノだろう。
近所の子供も紹介された。
元ガキ大将もいた。
「アルフィンです。宜しくお願いします」
「まぁ、まぁ、まぁ、挨拶ができるなんて、お利口さんね」
「家の子も見習って欲しいわ」
オバサン連中にべたべたと触られた。
くすぐったい。
春生まれの割に育ちが悪いとか言われた。
別に転生者は珍しくないようで、貧困区の一角毎に一人くらいはいるらしい。
オバサンが同い年の転生者がいたと懐かしむ。
その転生者は優秀ではなかった。
落ち零れだ。
「懐かしいわ。あの子も可愛い子だったのよ」
オバサンと同じ学年の転生者は体が小さく、よくガキ大将に苛められていたと懐かしんだ。
転生者は1年間成長が止まっているので小さいのは当然だった。
貴族様の学校に通って、卒業後に領長となって2区に住んでいるらしい。
ちょっと待て。
転生者は高等科に進学できないと奴隷落ちじゃなかったのか?
今度、魔術士を問い詰めよう。
貴族に仕えたり、商人になった者もいるようだ。
落ちこぼれ転生者でも兵長はなれる。
将来が有望なので同い年の女の子を持つオバサンが仲良くして欲しいと薦めてきた。
近所の女の子達が俺を囲む。
おぉ、プチハーレムだ。
そう思った瞬間にアネィサーが俺を抱き締めて、周りの女の子を睨みつけて威嚇した。
元ガキ大将を倒した姉だ。
この辺りでは、『狂犬アネィサー』と呼ばれて恐れられているらしい。
誰も近づかなくなった。
おぉ、短いプチハーレムだったな。
親父が珍しく正装して出て来た。
俺は仕事着以外の親父を見るのは初めてだ。
母さんも余所行きの服に着替えた。
家族で教会に行く。
何と敬虔なクリスチャンだ。
あれ?
今まで行っていなかったよね。
2歳の春、最初の安息日は洗礼の日なのだ。
俺のようにヨチヨチ歩きで教会に来る者も要れば、親に抱かれている者もいる。
皆、俺より少し体が大きい。
こうして見ると冬生まれの子が俺に近い。
教会の前は長蛇の列があり、待合室で知り合いを見つけた。
「2歳、おめでとう。アル君」
「ありがとうございます」
「シュドさんとエミットさん、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「パウパー家はこのまま先に進んで下さい。手続きの必要はありません。アル君の登録はすでに終わっています」
「ありがとうございます」
「いいえ、それが仕事です。それにアル君に頑張って貰っています」
確かに俺は文庫本の写本で頑張らされている。
1日4枚がノルマだ。
文字数にすると1000字くらいだ。
中々にキツい。
文庫本は1冊分で課題点が10点しか貰えない。
滅茶苦茶に効率が悪い。
料理レシピ、論文、新聞記事を書く方が収入になる。
だが、これを書く事を条件にわら半紙とインクを提供して貰っている。
そして、代筆代もタダだ。
これは必要経費みたいなモノだ。
姉が遊ぶ時間が減って怒るかと言えば、そうでもない。
担当官さんのお土産を目当てに兄らも姉も写本の邪魔をしない。
写本が進まないとお土産が減るのだ。
姉は俺と一緒に文字の練習をしている。
時々褒めないと癇癪を起こす。
担当官さんは人事課なので、今日は仲間の応援で休日出勤らしい。
2歳になると子供を登録し、奥に進んで洗礼を受けると町の住民と認められる。
貴族様は中央にある大聖堂で司教様から直々に洗礼を受けるらしい。
「私の登録も大聖堂よ」
担当官さんも元平民だ。
だが、担当官さんの実家は大聖堂のある中央区に宿屋を営んで住んでいたので、2歳で初めて大聖堂に入ったようだ。
但し、大聖堂ではなく、小礼拝室で洗礼を受けたとオチを付けた。
大聖堂を使えるのは貴族様だけだ。
教会の横に木造の家が建ち並ぶ。
教会学校と言うので見窄らしいモノを想像していたが、まるで小学校の校舎だ。
この居住区の半分の子供が5歳から7歳までの3年間を通う。
大きなマンモス校だった。
居住区の残る半分は貴族が通う学習院に併設されている普通科に通う。
但し、3年ではなく5年通う。
5年通うと初等学校の卒業証書が貰え、兵士や行政府の役人に就職する者もいるらしい。
親父は8歳で靴職人になる為に弟子入りしたが、工房長に選ばれた方は初等科を卒業してから弟子入りした。
「婿に選ばれた奴は靴職人の子で俺と同期で入門した」
「腕で負けていた?」
「馬鹿野郎。腕は一緒だ。工房長のアイツに負けた事はない。俺の方が上だ」
職人の子は余り勉強が得意ではなく、初等科を卒業できる者は少ない。
8歳になると中退して弟子入りする。
ライバルの三人は同い年だ。
工房長は初等科を卒業している。
同期の卒業者には貴族に仕えている親の子供や役人の子供、あるいは、商人の子供であるハズだ。
人脈が違う。
跡取りが職人肌ならば、工房長は営業マンを入れておきたい。
事務よりの工房長は正解だ。
靴屋の主人の判断は間違っていない。
「靴職人は良い靴を作れるのが絶対だ。お前に何が判る?」
だから、次期主人は靴職人から選んだ。
腕が同じならば、親が職人の方を選ぶのも道理だと思う。
その方が職人らから受け入れ易い。
腕で負けた訳ではない。
「そうだ。俺は負けていない。だから、最高の靴を作ってやる」
「貴方、そのお金は・・・・・・・・・・・・」
「黙れ。靴が売れれば、金など幾らでも入ってくる」
その靴が売れないから貧乏なのだろう。
経営力がない。
職人って、馬鹿なのか?