15.伐採場を作ろう。
初クエストを終えた翌日、赤毛のお姉さんは執事長と朝早くから剣の稽古です。甲殻系の魔物を剣で切るというより叩いて潰すような戦いになってしまったのが不本意なのでしょう。執事長は主を護衛する為に対人・対魔物のスペシャリストだったそうです。その執事長の弟子、執事の1人は護衛専用だったとか。お姉さんだけで出掛ける時は付いていって貰いましょう。
赤毛のお姉さん、今日は一日訓練を受けるとか。
どうぞ、どうぞ!
俺はお茶会のお姉さんの護衛で王都の行政府に向かいます。
荷馬車の手配をする為です。
企画室の職員さん、自己紹介が終わると手を取ってぶんぶんぶんと握手を交わします。
ハイテンションな人です。
鬼の弟子に会えて光栄ですって?
鬼って誰ですか。
市長伯爵閣下、同じ伯爵家として誇り高いそうです。
おのお姉さんも伯爵令嬢ですか。
企画の話がはじまると、お茶会のお姉さんはきりっとしてどっちが上司か判らなくなりますね。
進捗状況を聞いている内に段取りの不手際を指摘し始め、手配と事前交渉を指示し始めます。嫌な顔をするかと思えば、そうではなく。むしろ、別の問題点を相談するのです。
「この城壁町の出身の職員の方はいらっしゃいますか」
「はい、私です」
「領主様と町長の性格と派閥などを知る限り教えて下さい。判るなら3長官の情報も教えて下さい」
俺はただ見ているだけです。
11歳の少女が若そうなので20代と思える職員を顎で指示を出してゆきます。
シュールですね。
うん、肝心の荷馬車の購入話が最後になってしまいました。
何でも材料の搬出が手間で製作費が倍になって困っていると言うのです。
話を聞いていても埒があきません。
企画室の職員さんと一緒に馬車で2区の工房に移動します。
「何度来ても一緒だ。材料費が高いからこれ以上は安くできない」
王都周辺の木々は勝手に切る訳がいかないので、国境を越えてオリエントの領地で木を伐採しているそうですが、輸送コストがドンドン上がっているそうです。
手順を見ると何となく判ります。
伐採した木を王都まで運んでくれば、コスト高です。
「坊主、そう言うがあんな危険な場所で作業なんてできないぞ」
「柵を作って囲えば、安全じゃないですか」
「いったいいくら掛かると思ってやがんだ。これだから子供は」
木材を切り出す場所の地図を見せて貰い、適当な場所を探します。
「ここなんていかがですか」
「うん、いいと思う。小川もあるし、それなりに広い広場も確保できるね」
山の中腹でかなり広い平地が広がっている場所です。
植林という言葉はありますが、広大な面積の土地に対して木々の数が圧倒的に多いので一般化されていません。王都の周辺では景観をよくする為に植林が頻繁に行われているそうですが、木を確保する為ではありません。
親方が呆れています。
企画室の職員さんが頼み込み、工房の責任者を連れて現地に向かうのです。
◇◇◇
街道を走ること3時間、山道に入ると突然に乗り心地が悪くなります。
山と言っても皿をひっくり返したようななだらかな山で木々を切り倒せば、盆地の上に町が作れそうな平らさです。
とにかく、この山は裾野が広いのです。
その中腹にあるより平らになった台地が目的地です。
平原に作った砦はすっぽり入るくらいのスペースがあり、山から流れる小川が横を走っています。
増築するのに最適です。
俺は一番危険な山側に立って魔法を起動します。
「おい、小僧は何をする気だ」
「もう少しお持ち下さい」
お茶会のお姉さんらは少し離れた場所で見ています。
まずは液状化、次に外側に溝を残して、高さ3m、厚み50cmの土壁を造ってゆきます。企画室の職員さんと若い親方さんが口を開けてあんぐりとしています。
「何だ。ありゃ!」
「土魔法で土壁を造っていますが、それがどうかしましたか」
若い親方さん、馬車からハンマーを取り出して壁まで走っていって、おもいっきり殴り付けます。
あっ、少し削られましたね。
まぁ、あの程度なら壊れませんよ。
「マジかぁ」
若い親方さんが壁とにらめっことします。
壁の高さ3mですが、溝の深さ1mほどありますし、後で小川から水を引いて水路にしてやりましょう。
お姉さんが説明している間に次々と壁を造ってゆくのです。
若い親方さんが「あの小僧、化け物か」とか言っていますけど、この世界の土魔法は魔法効率が悪すぎるだけです。
液状化、整形、乾燥、硬化を別過程で行えば、これくらいは簡単にできるんです。
戦闘時に作る防御の土壁の要領で作ると魔力量が10倍以上も掛かります。つまり、俺は10分の一のコスパで造っているだけなのです。
こちらの魔法は攻撃に特化し過ぎです。
論文で発表すれば、表彰されるかもしれませんがやりません。
でも、表彰されるかな?
車の技術も公開すれば、発展するのに公開していないよね。
判らん。
どちらにしろ知識をタダでやるほど、賢者は優しくないのです。
賢者じゃないけど。
ちょっと一休みです。
お茶会のお姉さんが作ってくれるお茶を飲んで休憩です。
門を作る場所を二か所ほど残して壁で覆い、小川の近くに宿営所を作るようにするとか。
細かい事を決めて行きます。
若い親方さんは明日の昼から若い者を連れて住居や小屋を作り始めると言っています。
本格的な工事は1週間後くらいになるそうです。
企画室の職員さんは領主にあって、町をこっちで造るから税金を無償にして貰うように交渉ですと意気込んでいます。
その日は山側の壁を造り終えて帰宅します。
◇◇◇
翌日、朝早くから出発します。
山道を舗装し直しながら中腹まで来ると、住居区用の仮の宿営地を作っておきます。外壁と同じ高さの壁で取り囲み、馬小屋も作っておきましょう。最後に小川から水を流し込んで生活用水を確保します。
そうですね。
台所と薪式のお風呂場も作っておきましょう。
「ホント、器用だね」
「さすがです」
赤毛のお姉さんが飽きて、お茶会のお姉さんが感動してくれます。
1時間で造ったとは思えないくらい完璧な出来です。
薪も少し用意しておきましょうか。
当然ですが、魔物を呼び寄せる魔法『リインフォース』で魔物の駆除を最初に終えていますよ。今日は馬車と荷馬車の2台で来ています。
手伝いに同期の先輩方々と上級生の先輩の計6人が手伝いに来てくれています。
お姉さんらの手料理が食べられると言われて付いてきた方々です。
伯爵の寮宿にも女性の方はいますが、男性17人に対して、女性4人と数が少なく、あぶれた方々です。
学園全体でも男性3人に対して女性1人と数が少ないので、あぶれた男性陣は町で働いている娘さんとかに声を掛けているとか。
それでもあぶれている人が付いてきた訳です。
来る途中まで剣とか、一生懸命に磨いていたのですが、使う機会はありません。
ごめんなさい。
お姉さんにカッコいい所を見せる機会もなくて!
先輩達は荷馬車に荷物を乗せる人手です。
もう荷馬車にはすでに魔物の死骸で一杯です。
◇◇◇
若い親方さん、山道が整備されていてびっくり、宿営地を見て2度びっくりです。
「旦那、俺達は何しに来たんですか」
「知るかよ」
宿営地の門と城壁の門は自前で造って下さいよ。
さすがに門金具は無理です。
他にも宿営地に窓はありますが、木窓板は付いていません。
快適性を求めるなら作って貰わないといけません。
馬の餌の草刈りは先輩にやって貰っています。
壁が完成したら柵でも作って放牧しておきますか。
「坊主、ちょっといいか」
木を切りたいから護衛をして欲しいとのことです。
仕方ありません。
今日中に壁を終わらせるつもりだったのですが…………。
山道を少し奥に向かって歩くと、大きな木の群生地が見えてきます。
大きな木を風の魔法で根元から切って、風で調整して落とす場所を選択します。さらに要らない枝を切ると、適当な長さでブツ切りにして、闇魔法の浮遊魔法で浮かせて荷馬車に乗せます。荷馬車に乗るのは3本ぐらいですか。
「ねぃちゃん。この坊主くれ」
「あげません」
「そう言わずに」
「絶対にあげません」
えっ、荷馬車に3本積む作業って、1日掛かりの仕事だったんですか。
10分で済みましたよ。
帰りの事を考えて、山道も舗装もし直しておきましたから帰りも楽ちんです。
6往復して必要な木材も揃ったようです。
「やっぱりくれ!」
「あげません」
お茶会のお姉さんと若い親方さん、何を言っているんですか。
壁の完成は明日に延期です。