6.見込み違いの市長伯爵閣下。
警備総監が待っている自室に向かいます。
王都で領主伯爵様の権威がさほど高くないというのはお茶会のお姉さんの見解です。
現在の宰相は国王の第2王子らしく、領主伯爵様が組する保守派の親分です。
国王は高齢で政治は宰相に任せきりと言われます。
つまり、保守派が天下なのです。
俺が領主伯爵様の秘蔵っ子であれば、間違いなく有利に働くのですが、北の果てを発展させた張本人と思われていますから覚えがめでたい訳はありません。領主伯爵様から北の寄り親侯爵に頼んで宰相様にお守り頂くという手は使えないのです。
領主伯爵様の駒は息子の長男さんくらいしか使えないということです。
息子さんがいるので酷いことにはならないでしょう。
誤算は市長伯爵閣下のお墨付きです。
やはり、水戸黄門の印籠とはならないようです。
高々、伯爵の息子の狼藉程度で警備総監が出てくると思いませんでした。
深呼吸をしてからドアを開けて貰います。
ぎ~ぃ!
「お待たせして申し訳ございません」
「構わん。近くに寄れ」
俺の部屋ですよ。
正面まで寄って片膝を付いて頭を下げる。
「ご迷惑、ご足労のこと。申し訳御座いません」
「うむ。まずは懐の書状を見せて貰おう」
はぁ?
どうしてそうなる。
渡しますよ。
く、く、く、はっ、は、は、警備総監は膝を叩いて笑います。
「まずは事情聴取といこうか」
剣を抜いて振りかぶります。
「駄目!」
赤毛のお姉さんが俺を庇うように抱き付いてきます。
これでは逃げられません。しかし、剣は容赦なく振り降ろされます。
がしん!
念の為に出していた無属性の盾と剣がぶつかって火花を出しています。
「なるほど、これではボンクラな馬鹿貴族では切れんな」
俺は不満そうに睨みつけます。
「怒るな! 最初からお嬢ちゃんに傷1つ付けるつもりなどない」
そうだと思いました。
でも、それなら紙一重で止めて欲しいものです。
「言っておくが、本気ならあの程度の盾なら軽く潰せるぞ。まぁいいだろう。畏まる必要はない。楽にしろ、テーブルに付け、お嬢さんもな」
赤毛のお姉さんも首を捻っています。
「若い頃は閣下に色々と助けて貰ったものだ。産業省の高官であった閣下が警備大臣を怒鳴り付けるのだ。これほど痛快なことはない。閣下を先頭に周辺の盗賊や悪党商人、果ては侯爵家をばっさばっさと捌いてゆくから付いて行く我々の方が肝を冷やしたものだ」
悪に対しては容赦なかったそうで、閣下の手で家を断絶させられた貴族が100家を越えているとか。その中に侯爵家が10家あり、その内の2つは城壁市の領主という大物も含まれていたのですから無茶過ぎますね。
市長伯爵閣下、話し盛っていたのではなく、矮小化していたようです。
「そんな閣下から先日、奇妙な手紙が届いてな。その中身に貴公が来れば、必ず迷惑を掛けると思うが、よろしく頼むという内容だ。あの閣下も寄る年波には勝てなかったのかと残念に思ったものだ。どこかの貴族のような事を頼むとは閣下も老いたと思わざる得なかった。は、は、は」
何が面白いのでしょう。
「確かにさっそく迷惑が掛かったな」
伯爵の親が息子を傷つけた庶民を引き渡すように使いを寄越したらしい。
婦女を暴行、街中で抜刀、さらに付き添いの魔法使いが魔法を誤爆させて、息子が傷ついたと罪状を叩き付けたそうです。
伯爵の息子には10日間の自宅謹慎を命じ、もし守れないなら大臣に報告してしかるべき所に提出させて貰うと喧嘩を売ったそうです。
「は、は、は、伯爵の覚えはすこぶる悪くなったぞ。小僧の所為だ」
「俺の所為ですか」
「小僧の所為だ。閣下の頼みでなければ、伯爵に喧嘩を売るなど馬鹿ができるか」
「もし、閣下が頼んでいなければ」
「無言でお帰り頂いた。そうなれば、伯爵は手勢を集めて小僧を襲撃するだろう。そこで治安を乱した暴動罪でひっ捕らえるが一番だと思わないか」
「俺は迷惑です」
「は、は、は、だが、どうせならもっと大きな魚の方がいいだろう。あの伯爵が馬鹿なら寄り親に泣き付いて俺様に喧嘩を売る。大臣を捲き込んで大立ち回りになるぞ」
「がんばって下さい」
「何を暢気なことを言っておる。小僧も俺様は一連托生だ。俺様の首が飛べば、小僧の首も飛ぶ。覚悟しておけ」
熊除けに鈴を鳴らしていたら、魔物が寄ってきた気分です。
伯爵が馬鹿でないことを祈りましょう。
「な~にぃ、交通省と産業省は俺様の味方だ。小僧の連れのお嬢ちゃんがさっそく2省の役人を虜にしておったぞ」
警備総監、自分の手柄のように自慢して帰っていきました。
お茶会のお姉さん、相変わらず凄いですね。
交通省は街道の安全、産業省は経済の活性化で喰いついていたそうです。
交通省にとって王都から北の果てまで冒険者を2ヶ月の長期クエストで雇うというのは魅力的な案です。
旅団の安全は交通省の死活問題です。
交通省の職員さんはお茶会のお姉さんと一緒に各省を回ってくれたそうです。
特に産業省は他領の領主が王都で金儲けをするという新しい試みに喰いつきました。
何と言っても予算が北に果てのギルド持ちというのがいいのでしょう。
膨大な予算を持っている産業省ですが、新しい事業に予算が中々おりません。
それが許可と調整だけで新しい事業を開始できるのです。
空荷馬車10台を20台にして、レンタル荷馬車隊の10台を王都周辺の小領主を回る定期便、もう10台を王都とオリエント首都ペルシエ間を結んで欲しいと頼まれるくらいです。
元々、産業省も定期便の案が上がっていたのですが、予算が付かず頓挫していたそうです。
渡りに舟とはこのことでしょう。
しかし、実際にこの話が進んで行くと、街道沿いの領主が通行を許可する替りにレンタル荷馬車で荷物を運んで貰いたいと願いでるのです。
結局、30台の大所帯になり、北の果てのギルド長は当初予算に目を回します。全額、行政府が貸し付けることで治まりますが、北の行政府にそんな予算が存在する訳もなく、実際は領主伯爵様がこっそり蓄えを放出し、金利でがっぽり稼ぐことになるのです。
30台に増えたことで、東周りの定期便も増やしてきます。
もちろん、旅団で空荷馬車を動かすのも無駄ですから格安で引き受けると、王都の荷物が途中で降ろされて行き、代わり海産物が北に多く運ばれ、逆にオリエント北部の海産物が内陸部へ流れる新しい流通が生まれるのです。
しかし、この格安の定期便、実は凄く儲かることになるのです。
考えてみれば、当たり前です。
定期便で回っていれば、どの時期にどのような商品が欲しいが判ってきます。
また、地元の商人から直接の購入依頼も受けることになります。
まぁ、行商の真似ごとをした訳ですね。
王都周辺の物流を舐めていけません。
しかも物価が10倍です。
北の年間予算を1ヶ月で稼ぎ出すとは誰が予想したのでしょうか?
この格安のレンタル荷馬車が新しい物流を生み出すのですが、それはもう少し後の話です。
お茶会のお姉さん、後を交通省と産業省に任せて帰ってきました。
「調整は交通省の許可は頂きました。産業省が調整をやってくれるそうです」
「こっちも大変だった」
「そうみたいですね」
貴族に恨みを買ったことは余り気にしていないようです。
明日はやっと王宮に初登城です。