4.町を歩いてみましょう。
朝、朝食を持ってきたバトラーに散歩に行っていいか聞いてみます。
問題ないようです。
ただ、大通り沿いの店は貴族の紋章印を持っていないと入れてくれないそうです。
「ご必要なら取りに行かせますが如何いたしましょう」
伯爵長男さんに迷惑を掛ける訳にいきませんので遠慮しておきます。最初は貴族区にある伯爵邸に泊まっていいという話もあったのですが断りました。
俺は一応中立なのです。
「わたくしは行政府に回りたいと思っております。よろしいでしょうか」
お茶会のお姉さん、好きにして下さい。
旅団の冒険者を北の城壁市が最初から最後まで雇う話をするそうです。市長伯爵閣下の親族を頼ってから向かうそうです。
お姉さんによろしくと頭を下げておきます。
「かならず、まとめてまいります」
スゴい、意気込みです。
町は南北東西に十字路で割られ、中央広場からリングを何重にも掛けるように側道が作られています。
町の区域を外れると倉庫区や治安隊の詰所となっている守警区、そして、住居区があるそうです。町の外には工房区や農牧区などもあるそうです。
町の区画から外れるのはお奨めしないそうです。
移動は馬車を使う方がいいと言われましたが断ります。
基本的に庶民です。
お茶会のお姉さんは正装し、ホテルの馬車で送って頂きます。
伯爵紋章入りは使いません。
赤毛のお姉さんと俺は二人でのんびりと散歩です。
馬車の通りが激しく、横断するのも面倒です。
荷物を持って人も慌ただしく移動しています。
急に店の前に馬車が止まり、ドアが開いてずかずかと貴族様が周りも見ずに降りてきます。
荷物抱え過ぎて、前を見えてない女性とぶつかってしまいます。
きゃぁ!
「貴様、私に何をする」
何をするも何もぶつかっていったのは貴族の方です。
「申し訳ございません」
貴族が女を蹴り飛ばします。
おいおい。
「私にぶつかっておいて謝って許されるとで思っているのか?」
ずかずかと女の方に歩いてゆく貴族、関わりたくないな。
「すみません。ウチの者が何かいたしましたか」
少し早歩きで貴族と女の間に入ってみます。
「小僧、何の真似だ」
聞く前に蹴らないで欲しいね。
まぁ、当たってないけど。
大きさ10cm平方のミニミニの盾が俺を守っています。
「どうかなされましたか?」
「ぎ、ざま」
蹴りをガンガンと入れますが、俺は涼しい顔で立っています。
おぉ、遂に剣を抜いて俺を切り付けます。
激しい斬撃がギャンギャンギャンと鳴り響くのですが、当然のように俺は立ったままです。
騒ぎで回りも騒ぎ始めます。
貴族が連れの魔法士に攻撃を命じます。
馬鹿ですね。
町中ですよ。
選んだ魔法はファイラーボールっぽいです。
広範囲の爆発系の魔法を何故ここで使う?
場所を考えろ!
判り易く杖をこちら向けていますので、小さなアイスを撃ち出し魔法石を砕きます。
パシャン!
おい、おい、おい、高速詠唱に夢中になって砕けた魔法石に気づいていません。対流する魔力が杖の周りを漂っています。
この魔法士は馬鹿ですよ。
詠唱を続ければ、当然、精霊が暴走します。
『シェルター』
本来、無属性の盾をドーム型に仲間を覆って守る魔法です。
魔法士を中心に貴族と馬車ごと覆います。
魔法は暴走して爆発です。
ファイラーボール本来の威力はないので殺傷能力もありませんが、馬車は揺れ、貴族と魔法士は吹き飛ばされます。
シェルター解除です。
反射音のみ周囲に広がり、何があったのかと周りの人の注目が集まります。
「何をするか? 俺は伯爵家の跡取りだぞ」
「知りませんよ。爆発魔法を撃ったのはあなたの魔法使いでしょう。自分の魔法士に聞いて下さい」
聞くも何も魔法士は目を回しています。
ヤワですね。
騒ぎを聞きつけて、衛兵が走ってきます。
まぁ、そうなりますよね。
もちろん、こうなる事は承知しています。
懐から市長伯爵閣下に預かった書状を取り出す準備をしておきましょう。
北の果ての市長伯爵閣下、自ら北の果てに志願して市長になった経歴があるご老人ですが、若かりし頃はバリバリの官僚で王に貢献し、国王から直に爵位を貰ったと自慢しております。元々は侯爵の三男だったので提示された爵位も侯爵ですが、「領地もないのに侯爵とは憚られます」とお断りし、ならば領地を与えようと言うと「みだりに王家の力を削ぐのは王へ反逆」と領地も断り、伯爵で結構と言い切ったそうです。
官僚の鏡と讃えられたそうですが、次に貢献した時はちゃっかり息子に伯爵領を頂いているので好々爺を気取っているだけです。しかし、行政府のトップに長くいたので官僚に顔が利き、身内に多くの侯爵を持つのでその権威は未だ衰えないと言っており、用心の為に書状を預かっているのです。
さて、どれほどの効果があるのでしょうか?
水戸黄門の印籠だといいのですがね。
衛兵が近づいてきた所で路地から顔を布で隠した女の子が飛び込んで来て、赤毛のお姉さんの手と俺の手を掴みます。
「こっちよ」
どうやら助けてくれるようです。
逃げるのもありですね。
そのまま路地で入って店の裏へと逃げてゆきます。
店の裏は長屋のような家が並び、おそらく、店の従業員などが暮らす所なのでしょう。路地を右に左に曲がって、側道らしき道を渡ると再び路地に紛れ込んで行きます。
後ろや先回りした衛兵が追い駆けてきますが、このまま逃げ切れるのでしょうか?
次の側道に先回りされれば終わりです。
こっちだよ。
おっと、長屋の中央に小さな小屋があり、小屋の中に地下に降りる階段がありました。
階段を下りると何と町があるのです。
「地下街?」
「どうして? 町の下に町があるのよ」
そこは薄汚い煉瓦を積んだトンネルのような空間ですが、左右の酒場や小物店の看板らしきものが出ています。
「立ち止まらないで追ってくるよ」
そうでした。
小さいトンネルから大きいトンネルの出ると水が流れています。
少し臭うので下水のようです。
「もしかして、下水のトンネルですか」
「そうだよ。下水道を掘った時に寝床にしていた穴を店に変えた地下の商店街さ。澄ましてある上の連中と違って、腕もいいし、鼻も利く。こっちが本当の町なんだよ」
なるほど、横穴には多くの店が並んでいます。
上の道に横にあった壁のような四角い煙突は下水道の窓だったようです。
排水溝から流れる水の音が絶えません。
「水はどうしていますか? まさか、下水を呑んでいませんよね」
「大丈夫。人夫用の水道が完備されている。みんなそれを使っているのさ」
下水道は上の大通りに横に二本ずつ造られており、上と下の二重構造になっています。上の道は貴族や商人などが使い、下の道は庶民やそれ以下の人が使っているのです。小汚い服を着た人が上にいない謎が解けました。
下に道は十字路に沿って大きな下水道が走っていますが、それ以外はまったく出鱈目に掘られているのです。
おそらく、上の町が大きくなるに伴って下水道網を広げていったのでしょう。それは蟻の巣のように複雑怪奇な形になっており、衛兵も迂闊に入ると迷子になってしますほどです。上の開発はもう終わっていますが、下の町は今もまだ広がっているといいます。
「町の外にも逃げられるけど、どうする?」
「宿に帰らないといけませんので、外に出るのは止めておきます」
「判った。住民区の教会で夕方まで身を隠しているといいよ」
「どうしてですか?」
「あいつら、この地下が住民区まで広がっている事に未だ気が付いていないのさ」
行政府は管理しているのは下水道のみであり、横に掘られた居住区は管理していないそうです。居住区を広げている内に別の居住区と繋がり、町や酒場なども生まれていったのです。地下で生まれた子供は行政府の届けられることもなく、いったい地下に何人の人が住んでいるのかさえ判らないそうです。
「ひさしぶりだな!」
「あぁ、ひさしぶりだ」
声を掛けてきたのは露店で串肉を焼いている男の人です。
「ヒグモスの肉が手に入った。喰っていかないか」
「悪いな。すかんぴんだ」
「ちぃ、さえねい奴だ」
「すまんな」
「なら、俺がだしましょうか」
「話せる餓鬼がいるじゃないか」
「いくらですか」
「銀貨1枚だ」
高ぁ!
いやぁ、買いましたよ。銀貨3枚で1本ずつです。
王都で銅貨を使う人はいないそうです。
何の肉か知りませんが美味しかったです。
ホテルで出された肉より美味しかったです。
「あいつの腕は超一流だ。しかし、誰かに頭を下げるのが嫌で地下で露店を開いて日銭をかせいでいる」
王都のみなさん、変わった人が多いですね。
「なんか、凄い散歩になってきたね」
赤毛のお姉さんがぼそりと呟きました。