2.蟹のような味でした。
旅団の旅を7日目、中継地点の城壁市を越えて王都に近づいた為か、昔の名残か、街道沿いに放棄された村がちらほらと見受けられます。旅団が宿営地に利用したのが放棄された砦の1つです。毎回、旅団の宿営地として利用されているので比較的清潔であり、中央の大ホールを仮の宿営地とするようです。
水は近く川から用水を引いているので入浴場で水浴びができるといいます。
せっかくなのでお風呂にしましょう。
調理場もあるので普通の料理を作るのかと思うと、この地方の習わしで魔物料理が振る舞われます。宿営地の前にある広場でたき火をすると、持ち帰った魔物の甲羅で鍋料理をするようです。
北に比べて、南の魔物が甲殻系の魔物が多いようですね。
今までのようにファイラーを主体にした攻撃には相性が悪そうです。冬将軍を倒してから氷系の魔法効率がよくなり、アイスならほとんど魔力を消費しません。アイスの2倍の魔力が必要なアイススピアーはアイスの10倍になる質量を持ち、貫通力が単純に10倍になるのに、ファイラーの半分も魔力を消耗しません。
随分とお得なのでこちらを主体に変えることにしました。
賢者はおそらく炎系の魔法の方が得意そうだったのですがいいでしょう。
「わぁ、これ意外といける」
「はい、どうぞ」
赤毛のお姉さんがおいしそうに食べ、お茶会のお姉さんが容器に掬って渡してくれます。
なんと、カニのような味です。
この地方特有の味噌のような調味料で味付けされたカニ鍋ですね。
砦で勝手に生えている野菜と合わせて食べます。
キャベツのような、白菜のような葉野菜でした。
ただ、この魔物の肉は腐り易く、その日の内でないと食べられないとか。しかし、甲羅は魔物素材として売れるのでこの辺りの収入の1つだそうです。
食べ終わった甲羅は馬の鞍に付けて、明日の城壁市で売るようです。
今夜は屋根のあるところで寝られるのが嬉しいですね。
翌日、旅団が砦で出ると門を閉め、通用口を閉めて出発です。
平和のものです。
俺が先行して魔物を退治していますからね。
おい、おい、領軍の騎士や兵士が馬や荷馬車に詰める限り、魔物素材を摘み込んでいますよ。
城壁市で売る気ですね。
おい、配当回せ!
お茶会のお姉さんが領軍の隊長さんに次の領軍にも話を通しておいて欲しいと先に頼んでいます。
準備がいいというか、世話焼きですね。
あぁ、違いました。
旅団の馬車に対して、空の荷馬車の数が多いです。
「回収した魔物素材の2割を配当として貰えるようにしておきました」
ちゃっかりしています。
次の城壁市が最後の城壁市となり、王都に近いので交通量も多く、護衛の心配をする必要もないそうです。
ここではじめてオリエント地方の貴族様が合流です。
不思議に思っていたのは、旅団の数がオリエントに入ってから増えないのです。
聞いてみると、オリエント地方の貴族はほとんどが海路で東の首都と呼ばれるペルシエ城壁市に南下してから旅団に参加して王都を目指すそうです。
危険な内陸部ルートを北の貧乏貴族様くらいだと領軍の兵が教えてくれます。
オリエントは城壁市の数は少ないのですが、海岸部には無数の小領主が点在し、海の幸で意外とみなさんは裕福だそうです。
自前の船を1隻か、2隻は持っているそうです。
1艘、2艘じゃないですよ。
隻は大型船、艘は小型の帆船です。
つまり、北から旅団が来る2・3日前に地元の貴族様は自前の船で出港しているのです。もちろん、自領で取れた海苔や魚の干物などの海産物やお茶などの農産物を積んで交易が主な目的です。特にペルシエより西側は深い湾のように、地球で言えば、地中海のようになっており、波が静かで海苔など、様々な養殖に適してそうです。
無理をして安い素材で生計を立てるのは馬鹿な領主だそうです。
あぁ、なるほど。
放棄された村の領主は海岸部に転領を願ったのですね。
馬車が進むほど、空の荷馬車に積まれてゆく魔物を見て、貴族達が呆れています。
お昼には積むペースを考えろとお茶会のお姉さんに説教されていますよ。
休憩時間を使って、領軍と冒険者が魔物の中身を投棄して、馬車のスペースを開けてゆきます。
もちろん、お茶会のお姉さんの指示です。
明日は腐ってしまうような物を積んでいても仕方ありませんからね。
「俺達は解体屋じゃない。護衛に来たんだぞ」
冒険者のみなさんが口々に愚痴を言っています。
配当がどうなっているのか知りませんけど、多少は大目に貰えるのでしょうからがんばって下さい。
毎回、これでは北の旅団のメンバーの安全が心配ですね。
「私もここまで酷くなっているとは思いませんでした」
北から王都に魔物素材を運搬する意味があったのですね。
全然、気が付きませんでした。
慣習で意味のない運搬だと言ったのは間違いでした。
「いいえ、間違ってなどいません。王都までの輸送費を考えると北で魔物素材の価格を上げることができませんでした。価格が上がらないから冒険者の数も揃わない。周辺の安全も確保できない。負のスパイラルです。それを打ち破ったのです。自慢されても問題ありません」
そんなに庇って貰わなくていいですよ。
「でも、これ以上廃るとルートを変える必要がでないか?」
赤毛のお姉さん、いい指摘です。
つまり、出発日を2・3日繰り上げて、海路でペルシエを経由するルートに変える必要が出てきます。
「それは無理です。海路を使用すると日程が長くなる上に費用も嵩みます。北のセプテム地方の領主達は日程の短いこちらのルートを利用していますが、日程が長くなるなら西ルートのオビウム地方経由でも問題ないのです」
「すると、ウチはどうなるの?」
「一番北の果てに位置するエクシティウム城壁市が出発地点と変わり、王都まで20日以上も掛かるルートになります」
「うへぇ、それは嫌だ」
安全を考えるとセプテム川を下って、北の首都であるフランクから出発する旅団に合流することになるでしょう。
行程が2倍になってしまいます。
「次の城壁市で北に出稼ぎする冒険者を公募できませんかね?」
「それいいです」
「できそうですか?」
「五分五分です。各領主との交渉が要りますが、冒険ギルドは間違いなく喜ぶハズです。しかも北と南では取れる魔物素材が違いますから持ち帰るなら間違いなく冒険者も乗ってきます」
「では、北で空荷馬車を無償で貸し出すというのはどうでしょうか? 王都の近くは交通量が多いといいましたから、旅団が使わない3ヶ月はレンタルで貸し出して、戻る時は王都で仕入れた商品を持ち帰れば、少しは儲けもでるでしょう」
「おぉ、冒険者の荷物を無償で乗せて上げるという訳ですね。素晴らしいです。無償と言っても馬の餌代や荷馬車の修繕費くらいは出させましょう。その程度ならタダも同然です。帰りに馬車一杯のお土産を持って帰れるとなると、冒険者は儲けが2倍になるかもしれません。しかも使っていない時期に余所の領地で金を儲けるなんて目から鱗です。素晴らしいです」
お茶会のお姉さん、感動しすぎですよ。
うん、行動力が凄いですね。
城壁市に付くと、お茶会のお姉さんは大量の手紙を各所に出しました。
もちろん、1通は7女ちゃんのいる地元のお茶会宛てです。
今年のお茶会の部長は7女ちゃんに決まりました。
領主伯爵の7女です。
そう、なりますね。
領主伯爵様に話を通し、市長伯爵閣下と大神官様に協力をお願いして欲しいという手紙です。
市長伯爵閣下はオリエントの領主に顔が利きます。
城壁市には必ず1人の大神官が派遣されていますから7女ちゃんの叔父である大神官様の持つ大神官パイプも無視できません。
最後に冒険ギルド長に話を持ってゆけば、北としてはまとまるでしょう。
お茶会のお姉さん、オリエントの知り合いの貴族や親族に旅団の安全の為に協力を求める手紙を書きました。
後は王都に到着してから親戚を頼って交通局にお願いすると言っています。
旅団の安全は交通局にとって死活問題です。
相も変わらず、お茶会のお姉さんはピンポイントで利害の一致する部署を狙ってゆきますね。
「任せて下さい。夏までにまとめてみせます」
ツヤツヤのイキイキです。