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過去と今とそれから

 すっかり日は沈み、空は完全な黒。星の光すらほとんど見えない。

 大通りのメインストリートから脇に逸れた薄暗い路地。そこに私はいた。

「こんなことしてていいのか? 学生の御身分でよ」

 スカジャンにスウェット姿の赤髪の女がタバコをふかしながら言う。

「うるさいわよ! 私は強調とか規律っていうのが苦手なのよ。堅苦しいだけだし、気に食わない奴ともそれなりの交流をしなきゃならないなんて納得いかない」

 勢い任せに言ったにせよこれは私の本音だった。半分は…。

「そうかい。まあ、高校中退して今では一日中フラフラしてる私に言えた義理でもないけどさ、少しは真面目になったらどうだ? お前は私と違って頭が良いんだ。無理にこんな掃き溜めに来ることはない」

「いいの! 私は私の思った通りにするの。今日は帰る…」

 そう言い残し私はその場を後にする。


「そうかい。せめて後悔だけはしないようにすることだね」


 その言葉だけが微かに耳に届いた気がする。


------------------------

 私が住むのは秋風市。海に面した穏やかな街だ。

 今年十四歳になる私は秋風市立凪中等学校の二年部に所属している。

 そして今は授業中。私は立ち入り禁止の屋上でスマホ片手に時間を潰していた。私は言わずと知れた学年一の問題児なのだ。

 問題児の中には勉強について行けず不登校になる生徒もいるだろうが、私はそうではなかった。むしろ成績だけなら真面目に授業に出ている生徒にも三日ほど徹夜すれば勝つ自信だってあるほどだ。

 では、何故真面目に授業を受けないのか。それは中学校に入ってすぐの頃に遡る。


 その頃の私はまだ他の生徒と変わらなかった。だが、ある日の放課後。私は虐めの現場に遭遇してしまった。一人の男子を数人の男女がボコボコに痛めつけていたのである。実際に暴行を行っていたのは男二人、それを囲むようにして傍観しているのが男子一人と女子二人。

 この人数比なら普通先生に告げるなり、その場から逃げだすなりするだろう。

 しかし、私はそうはしなかった。今考えるとこれは私の異常なまでの正義感がそうさせたのかもしれない。

 私は実行犯であろう男子生徒二人に殴りかかった。それまでバスケやソフトボールで見に付けた身体能力は喧嘩にも役立ち、打ち出した拳は一人の男子の鼻骨を的確に捉えた。一人が悶絶ししゃがみ込むのを横目にもう一人の男子の側頭部目がけて回し蹴りを御見舞する。そのまま倒れ込んだ先にあった鉄製のごみ箱で後頭部を強打する。

 それを見た残りの男女共に恨めしそうな視線を送ってきたがそれ以上のことはせず、倒れた男子二人を連れて走り去ってしまった。

 もちろん追いかけるという選択肢もなかった訳ではないが、その時は虐められていた生徒の介抱に専念した。その場はそれで解決したが、手を出してしまった以上私が次の標的になることは予感していた。

 だが、次の日登校した私を待ち受けていたのは予想を遥かに上回る事だった。

 呼び出されたのは生徒指導室。昨日の一件について話があると言われ行ってみると、生徒指導の担当の教師から昨日の一部始終について語られた。しかしそれは全てが作り話とすり替えられていたのだ。

 その内容は『私が虐められていた男子と実行犯の男子二人にいきなり殴りかかり、取り巻き風だった男子とあとの女子がそこに遭遇した』というものだった。もちろん事実無根もいい所だったが、どうやら被害者の男子も口裏を合わせているようだった。

 確かに私も殴ったことに間違いはないし、無罪放免なんて期待していたわけではない。だが、せめて意を決して助けた男子にくらい真実を語って欲しかった。

 私は何度も事実を訴えた。だが、私の主張が通ることはなかった。

 その瞬間、私はこの世界に正義など存在しないと痛感した。先生たちも私の話など聞こうともせず、仲の良かったクラスメイト達も掌を返したように私を非難した。危険を顧みず生徒を守った私が悪役として吊し上げられた。

 世間に認められたものだけが正義であり、それに仇なす者は悪であると。正義なんてものはまやかしだと私は悟った。

 その一件で私は一か月の停学処分を課せられ、それが解けてからも学校に行かなくなった。それからしばらくの間は悪い仲間とつるむようになり、何度か補導されたりもした。

 再び通うようになったのは二年生になってしばらくしてからの事。新しい担任の長谷川先生は某ヤンキー漫画よろしく熱血教師で、しつこいくらいに私の家に来ては部屋の前で「学校に来ないか?」と連呼するのだ。しかも毎日。

 最初は暇な教師もいたものだと思っていたが、最後は根負けする形で終結した。そして今は登校だけして授業はボイコットする有様なのだ。例外として学期始めと期末試験だけは進級に関わると言って聞かないので、仕方なく受けてやっている。

 ちなみに二年の学期始めの試験は学年九位だった。


 今日は快晴で昼寝するには最適な気温。昼休みまではまだ時間も十分にあることだし、一眠りしようと軽く目蓋を閉じる。

 風が心地よく吹き、校庭に植えられた樹木の葉がさわさわと心地よい音が耳に届く。

 だが、そこで屋上の扉が勢いよく開き、私の仮眠を妨げる。そしてここ最近耳にタコができるほど聞いている台詞が響く。


「夏妃さん、授業サボっちゃダメでしょ! 今すぐ教室に戻りなさい」


 噂をすればなんとやら。現れたのは黒いスーツに身を包んだショートカットヘアの綺麗めな女性。この人こそ私の担任の長谷川成美先生なのだ。教師歴二年目のルーキーでかなりの熱血系ときた。

 私は相手を確認するために一度は目を開いたものの、すぐに閉じる。

「こんなところで寝ているだけなら家にいるのも変わらないじゃないの!」

 先生の声に私は目を瞑ったままで答える。

「私学校に行くとは言いましたけど、授業を受けるなんて一言も言ってませんし」

「また屁理屈を…。そんなことだと成績落ちちゃうわよ?」

「大丈夫です。私一人で勉強できますから」

「そ、それは…そうなんだけど…」

「私入学してから一度も順位が一桁から落ちたことありませんし」

 私の入学からの成績は、三位、二位、四位、三位、不登校後の九位。

「でも…」

 私に完璧に言い負かされて彼女は唇を噛みしめる。

「それに、あのクラスに私の居場所なんてないですよ。居るだけで苦痛そのもの」

「分かったわ…。これ以上の問答は無用の様ね。また来るわ」

 そう言い残し長谷川先生は屋上を後にする。彼女が言ったようにこのような押し問答は定期的に繰り返されている。その度に私が完膚なきまでに叩きのめすという形で終結する。

 邪魔者がいなくなり静寂を取り戻した屋上で私は一眠りする。


 キ――ンコ――ンカ――ンコ―――ン!


 私は昼休みの始まりを告げるチャイムで目を覚ました。それまでも行間には授業開始と終了の合図としてチャイムは鳴っているのだが、昼休みのものだけトーンが違いよく響く。それが目覚ましのアラームには丁度良く、重宝していた。

「さて、購買部にパンでも買いに行くか」

 私が身体を起こし立ち上がろうとした時、


「あの、野上夏妃さんだよね?」


 突然声をかけられ、視線をそちらに向けると一人の女子生徒がそこには佇んでいた。

 黒髪ロングを結い上げ、ブラウスとスカートをカチッと着込んでいる。見た目はいかにも優等生を絵に描いたようで、学級委員や生徒会長という肩書がピッタリだ。だが、その少女は私の知っている生徒会長の顔とは違う。一度写真で見たきりで少しうろ覚えだが。

「え、えっと…。ごめん、誰? 同じクラスの人とかそういう…」

「私は未来嶋佐織。野上さんと同じB組なんだけど、今少し話良いかな?」

 その時私は正直面倒だと思った。初対面の相手と話なんて無駄に気を遣うし憂鬱だ。だが、彼女も何か用件があって来たのだろうからあまり無下にも出来ない。

「私これから購買に行こうと思ってたんだよね」

 軽くジャブで牽制。これで相手の話の重要度合いを窺う。

「あの、昼ご飯なら私お弁当持ってきたんだけど、よかったら一緒に食べないかな?」

「はぁ!?」

 そう言う彼女の左手には明らかに一人で食べるには大きすぎる弁当箱の包みが握られていた。

 初対面の相手と昼食なんて正気か?

「もしかして、わざわざ作って来たとか?」

 私の問いに少女は幼さの残る顔に照れ笑いを浮かべ、首肯する。

 それは昼休みに時間を取らせては昼食を摂れなくなってしまうと考えた彼女なりの気遣いだったのかは分からないが、ここまでされたら話を聞かない訳にもいくまい。

「ま、まあ突っ立ってないで座りなよ…」

 私は自分の座る近くの床に座ることを勧め、それに彼女も応じる。

 私は折角の昼休みが潰れてしまうことに名残惜しさを感じながらも、仕方なく彼女の話を聞き始めた。

 今日の昼休みは何だか生徒たちの喧騒が一入に感じられた。


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