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蝶々

熱はなかなか完璧に引かず、ずるずると長引いた。決して寝込むような状態ではないのだが気だるい状態が一週間程続き、ようやっと外に出られるようになった頃には庭園の花盛りも少し落ち着いて、季節は移ろい始めていた。


久しぶりの一緒のお散歩に姫はご機嫌だ。私の手を握りしめて、にこにことおしゃべりしてくれる。うん、うん、と姫の話に相槌を打ちながら、久々の感覚に頰を緩める。


風邪が長引いて一番辛かったのは姫に会うのを制限されたことだ。いくら思う存分抱きしめて頬ずりしたくとも、うつってはいけないといわれれば引き下がるしかない。そのうえ私と比べて姫はというと母親がいなくとも案外平気そうで、乳母や侍女と楽しそうに過ごしているというのだから遣る瀬無い。しかし、そんな苦行も終わりだ。可愛い可愛い愛娘の小さなもちもちとした手を存分に味わう。


「あ!それでね、それでね、ぶーんってとんでね!!」

「まぁ」

「あのね、ちょうちょね、おててね、こながつくの!」

「え、もしかして触ったの?」

「うん!」


二転三転する話題も、姫が一生懸命伝えようとしてくれているのが愛おしい。それにしてもいつのまに蝶なんて捕まえられるようになったのか。我が子の成長は嬉しいけれどやっぱり少し寂しい。こうして、どんどん出来ることが増えていくのだろう。


姫の歩調に合わせてゆっくりと庭園をまわって、ぐるりと一周するように宮に戻る。新緑が青々としてきた道は目新しい発見も色々あるようで、虫を見つけたり蕾を見つけるごとにはしゃいで足を止める姫に付き合っていたら、あっという間に時間は過ぎていた。


「姫〜?お母様、そろそろお腹がすいてきたわ」

「え〜」


不満そうな姫はアリの行列を観察中である。飽きないようで、もう随分と長い間屈みこんで眺めている。この様子だとまだまだ動かなそうだ。

ふぅ、と肩をすくめて側にあった石造りのベンチに腰を下ろした。


「姫さま、動きませんねぇ」

「満足するまで放っておきましょ。あれはテコでも動かないでしょうから」


頬杖をついて、苦笑いする。

誰に似たのか姫は虫や鳥、植物なんかの観察を好む。他に娯楽が少ないのもあるのかもしれないが、それにしても熱心だ。私とてそういうものは嫌いではないが、こうも長時間は眺めていられないし毛虫なんかは気持ち悪い。


時折侍女と会話しつつ、ぼんやりと姫を眺める。姫の首には銀色の懐中時計がかけられていて、ここ最近のお気に入りとなっている。まだ小さな姫には少し大きいような気もするけれど、本人が満足気なので好きにさせていた。姫を眺めていれば、ふわりと宙を蝶々が横切っていく。


(そういえばあれってどこにやったっけ……)


やけに精巧な蝶々の髪飾り。記憶の端に埋もれていた存在をふと思い出す。もう何年も見ていない気がするけれど処分した記憶もない。ゆるく記憶を辿っていれば、満足してお腹が空いてきたらしい姫が戻ってきたので手を繋いで宮に戻った。


***


姫との食事の前に先生の用意してくれた薬を飲む。苦いうえに量も多いと飲みにくさは一等酷いが効能はお墨付きなので覚悟を決めて一気に呷る。


苦く、不味い。


あの日、先生が後宮にまで出張ってくれたのは皇帝の許可があったからなのだという。後宮なのだから皇帝の許可が必要なのは当然だが、それでもあの皇帝が態々許可を出したとは意外で、苦々しさすら感じた。


朦朧としたら頭で聞いていた乳母の言葉を思い出す。素直な幼子は、人の善悪を本能的に嗅ぎ分けるという。まだ幼く取り繕うことを知らない姫が自分から近づいたということは、そういうことなのか。

だとしたら、私はどうしたらいいのだろう。


「おかーさま!ごはんにしましょ!!」


扉が開いて姫がひょっこり顔をだす。お待たせしてしまったらしい。腹ぺこ姫のためにも早く行ってやらなくてはと、手に持ったままだったコップを置いて私は微笑んだ。


「今行くから先に席についていてね」

「はーい!」


(あぁ、そうだった)


行方の分からなかった蝶々の髪飾り。そういえば、あの男に託したままだったのだと思い出した。

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