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河川公園  作者: 冬野ふゆぎり
八月:
6/50

花束

 思いがけなく倉岡さんがくれた花束を持って帰ると、迎えに出てきてくれたおはぎが、珍しくきゅうん、と小さく鳴いて、私を見上げてきた。

 「ん、これ?貰ったの」

 靴を脱いで玄関に上がると、しきりと鼻をひくひくさせているおはぎに、そっと花束を近付ける。と、匂いに気付いたのか、一声鳴き声を上げた。

 「歌?おかえりー……あら、可愛いもの持ってるじゃない」

 その声が届いたのか、奥から母が姿を見せると、目ざとくそれを見つけて言ってくる。

 「ただいま。配達のお礼、って倉岡さんがくれた」

 「なかなか気が利くわねー。良かったじゃない、丁度誕生日だし」

 「ん。お母さん、あとでデジカメ貸して貰っていい?」

 「いいわよー、勝手に持ってっちゃって。なに?生地のモチーフにでもするの?」

 そう何気なく母に言われて、私は一瞬虚を突かれた。

 普段なら、そういう発想がすぐ出てきても、おかしくないはずなのに。

 突然黙ってしまった私を見て、ああ、と何か納得したように母は頷くと、

 「花びんもいるでしょ。なんならドライフラワーにでもする?」

 「……ちょっと、考える」

 それだけを答えて、母についてリビングに入ると、とり急ぎ色目の合いそうな、硝子のフラワーベースを見つけて、そっと花束を生けた。

 それから、万が一にも零さないようにしながら、二階の自室に持って上がる。

 今日はテーブルに飾っておいたら、と、母に勧められたものの、何故だかそうするのはためらわれた。一応、お祝いの席だから、一緒に飾ってもいいものだと思うのだけれど。

 花を、静かに机に置いてしまうと、柔らかな彩りが辺りに広がる気がする。

 ピンク、赤のガーベラに、小さめのひまわり、それに淡いグリーンのカーネーションと、レースフラワー。ふんわりとした雰囲気で、とても可愛い。

 なんとなく目が離せなくて、しばらく見つめていると、ふと気付いた。


 ……そうか、私、花束を貰ったの、初めてだったんだ。


 小さい時から、プレゼントは何がいい?と尋ねられると、布とか綿(ぬいぐるみ作りにはまっていた時だ)とか、リボンとか、手芸に使えるものばかりを頼んでいたから、皆がそういうものを選んで贈ってくれていた。多分、今日もそうなのだろう。

 それはそれで、嬉しい。自分が望んでいたものなのだから、当然と言えば当然だ。

 だけど、この嬉しさは、なんだか少し違う気がする。

 その正体を掴めずに、ひとり首を捻っていると、階下から母の声が届いた。

 「歌ー?謡介がケーキ買ってきてくれたわよー!」

 「ケーキ……」

 その単語には、私はすこぶる弱い。今年はどんなものかな、と考えながら椅子を引いて立ち上がると、もう一度何かに惹かれるように花束を見つめてから、部屋を出た。



 そうして、心づくしの夕食が終わって、お風呂を済ませて。

 部屋に戻った私は、借りてきたデジカメをさっそく構えると、シャッターを切った。

 ファインダーを通すと、また違った印象になるから、納得がいくまで何枚も撮る。

 気の済むまで撮ってしまうと、映りをチェックして、気に入ったものを厳選していると、開けておいた窓からの風のせいか、ふわりと芳香が鼻をくすぐった。

 ……このまま、ずっと綺麗なままで、置いておければいいのに。

 「そうだ、プリザーブドフラワーとか、難しいかな……」

 ふと、そんなことを思いついてしまって、パソコンを立ち上げて。

 作り方や保存方法を調べるのに熱中していたら、父からのおめでとうメールに気が付いていなくて、電話でちょっと泣かれてしまった。

 ……ごめん、お父さん。お盆休みは、ちゃんとおはぎと一緒にお迎えに行くから。

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