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河川公園  作者: 冬野ふゆぎり
七月:
48/50

夏の花・4

 バイトにせよパートにせよ、名称と勤務形態、それと責務の大小が異なるだけのことで、与えられた仕事には責任と自覚を持ち、真摯に勤め上げなければならないことに変わりはないのだと、ここで働かせていただくことになる前日に、父に良く言い聞かされたものだ。

 だから、こうしてひときわ苦手な作業が入ってきたとしても、粘り強く立ち向かわねばならないわけなのだが、

 「……麻野、急がなくていいから、ゆっくりやれ。でないと包材が無駄になる」

 それこそため息交じりの声で、副店長が横でそう言ってきたのに、わたしははっとして顔を上げると、

 「それはいけませんよ!まだノルマの二割も出来ていないわけですし!」

 「あのな、求められるのはスピードより丁寧さだ。慌てて皺を寄らされちゃ、元も子もないだろ」

 ばっさりと言われてしまって、わたしは思わずうっと詰まってしまった。

 確かに、レジ横の広いカウンターの上には、再起不能なほどに、はっきりと皺の付いた包装用の透明なバッグと、色とりどりのリボンが、既にいくつも転がっている。

 ちなみに、今行っているのは、ミニプレゼント用のラッピングだ。

 包装作業としては、まともに出来ていないわたしが言うのもなんだけれど、まだ簡単な部類のものだ。夏の新作のハンドタオル(吸水性が高い)とミニソープ(浮き輪や西瓜やイルカなどの形)のセットを入れて、袋の口を絞ってリボンで留める、それだけなのだが、どうしても二回に一回くらいは、綺麗な結び方にならなくて。

 でも、不器用だから、は言い訳にもならないし、何より、お客様に買っていただくものだから、副店長や歌ちゃん並みに仕上げなくてはならない。時間はかかりそうだけれど。

 わたしは小さくよし、と気合いを入れると、隣で同じ作業をしている副店長の手元を、ひたすらにじっと見つめた。手順はとうの昔に教えて貰っているものの、なんというか、根本的な技術が異なっている気がするので、その手さばきに注目してみる。と、

 「麻野、そう凝視されると落ち着かないんだけど」

 「いえ、気になさらないでください!師匠の技を盗もうとしているだけですから!」

 そうきっぱりと告げると、眉を寄せていた副店長は、余計に眉間の皺を深くしていたけれど、軽く首を振って作業を続けた。

 それにしても、いささかならず骨ばってはいるものの、指が細くて長い。正直なところ、とてもそれが羨ましい。

 短く、しかもふくふくとしている我が手指とは違い、寸分も持て余した様子もなく動くそれは、見る間に完全な左右対称を形成してしまって。

 ひとつラッピングを仕上げてしまった副店長は、わたしに顔を向けてくると、

 「何か、学ぶところがあったか?」

 「はいー、器用だなあ、としみじみ見惚れてしまいましたー」

 「なんだ、それ」

 思わずぽろりとそう漏らすと、小さく苦笑が返ってくる。なんとなくだけれど、最近、こういう風に笑ってくれることが増えた気がして、ちょっとばかり嬉しい。

 昨年の今頃などは、自分のせいとは言え、厳しい目つきで睨まれることが多かったから。

 と、副店長は不意に腕の時計に目をやると、既に出来上がったものを籠に並べながら、数を取り始めた。リボンの色は赤、青、黄色、薄緑、ピンク、白で、それが五セットだ。

 「今で三十か。麻野、包み方変えるぞ」

 「え、変えちゃうんですか?可愛いのに」

 「余ってたシールがあるのを思い出したんだ。袋は同じものでいいから、こうしてくれ」

 そう言いながら、やり方を示してくれた。まずハンドタオルとソープを並べて入れる、ここまでは同じで、あとは普通に口を折り返して、クリアシールで留める。

 さらに仕上げとして、カールリボン付きのシールを表側に見栄えよく貼れば、完成だ。

 「おお、これはこれでまた可愛いですねー……」

 「合わせてあと二十頼む。レジは見るから、裏に引っ込んでやってくれ」

 指示を飛ばしながら、手早く包材を必要数用意してくれた副店長は、それらを差し出しながらバックヤードを示した。これは、ますますきちんとやらなければ。

 張り切って頷いたわたしは、すぐさまパーティションの向こうに回ると、椅子を引いてさっそく作業を始めた。さっきの内容よりは難易度が低いけれど、だからこそ油断なく、無駄を増やさないように進めねばならない。

 詰める、折る、貼るの一連の動作を、集中して黙々と行っていたせいか、意外にも早くノルマを達成して、出来上がりを眺める。副店長のものと、遜色ない、はずだ。多分。

 ともかく、全てを籠に並べてしまうと、意気揚々と表に戻ろうとして、ふと足を止める。

 レジでは、丁度若い女性のお客様と、副店長がお話をされているところだった。

 贈り物なのか、黒に金線の施された、渋めのカップとソーサーのセットを包みながら、いつもより柔らかい笑顔で応対しているのを目にして、ふっと妙な気分を覚える。


 ……さっきとは、また違うような。


 何がどう違うのか、までは分からないものの、そんなことを考えながら見つめていると、精算が終わり、包みを受け取った女性は嬉しそうに会釈をして、帰って行かれた。

 と、その背中が店の外に消えると、副店長は小さく息を吐いて。

 緊張をほぐすようにぐるりと肩を回してみせてから、こちらを振り向いてきた。

 「何をぼうっと立ってるんだ。終わったんだろ?」

 「あ、はい。我ながらなかなかの出来栄えじゃないかなー、と」

 反射的に、何かを誤魔化すようにへらっと笑いながら、籠を差し出す。

 それを受け取った副店長は、全部の包みを簡単にチェックしてしまうと、軽く頷いて、

 「いいだろう、有難う。それじゃ、帰ってもいいぞ」

 「え?」

 唐突に思いも寄らないことを告げられて、わたしは短く声を上げた。

 慌てて壁の時計に目をやると、まだ、午後五時五十三分だ。そして、今日は閉店までのシフトだから、当然、閉店時間の七時までのはずなのに。

 「え、あれ、副店長、時間をお間違えですか?」

 「そんな訳ないだろう」

 わざわざ、正確な時刻を刻んでいる腕の時計を、とん、と指先で示しながら、副店長は呆れたようにそう言うと、

 「今からなら間に合うだろ。一時間分、時給は減るけど」

 さらにそう続けてきたのに、わたしはようやくその意図を理解した。

 実は今日、歌ちゃんに、花火大会を彼女のお家で見ませんか、と、誘われてはいたのだ。

 正直、行ってみたいのはやまやまだった。彼女の恋人という方にも、大変大きいという彼女の兄上にもお目にかかってみたいし、よく話に出る仲良しの友達とも会ってみたい。

 さらには、ブログで可愛さを存分に発揮している、おはぎときなこも来るというので、どうにかシフト調整をお願いしようか、と最初は思っていたのだけれど。

 「いえ、ちゃんと、終業まで仕事します!」

 はっきりとそう返すと、副店長は意外そうに眉を上げて、

 「けど、在庫数チェックもラッピングも終わったし、あとは俺ひとりで出来るから」

 念押しのようにまた言われて、わたしはなんと返そうか、と一瞬考えた。

 確かに、諸々の作業は、副店長だけでも憂いなく終えることは出来るだろう。それに、歌ちゃんも、途中参加でも来てくれて大丈夫、と言ってくれていたのだけれど。


 「でも、一番楽しみにしてたのは、副店長と一緒に行くことだったのでー」


 今月のシフトを組んだ結果、どうしてもこの日は副店長が当たってしまう、ということになったので、わたしもあえて代わってもらうことはしなかったのだ。

 それに、たまに歌ちゃんと副店長の間で話に出て来る、大学の先輩、という人のこと。

 以前に、ここでニアミスしたことはあったけれど、話してみたことはないわけで。

 「ほら、副店長の若かりし頃の話とか、凄く聞いてみたい気持ちはあるんですけどー、やはりご本人のいないところでお伺いするのもどうかな、と……」

 そこまで言って、あまりにも反応が返ってこないので、あらためて視線を向ける。

 と、気が付けば、軽く握られた、骨ばった拳が目の前にあって。

 こつん、と額を叩かれて、思わず目をしばたたかせていると、

 「……何、馬鹿なこと言ってるんだ」

 瞬きの間に、ほんの少しだけれど、頬を赤くしているのが見えて。

 その照れたような表情を隠すように腕を引いて、わたしに背を向けてしまうと、レジに向かい、勢いよくドロアを引き出した。

 「……副店長、まだレジ締めには早いですよ?」

 「いいんだ。それに、いつも通りならもうお客様もほとんどいらっしゃらないだろ」

 「それなら、集計手伝いますよー」

 「こっちはいいから。暇なら、商品棚を見回ってきてくれ」

 常になく、ぶっきらぼうな物言いながら、わたしは素直に頷くと、指示の通りに店内を巡り始めた。少し離れたところで、棚の陰から、気付かれないようにそっと様子を伺うと、まだどこか憮然とした様子で、黙々と電卓を叩いていて。


 また、さっきとは、違う。

 だけれど、多分あの表情は、きっとひとりじめだという気がして。


 我がことながら不気味だなー、と思いつつも、ひとりにやけるのを抑えきれないまま、わたしはスキップでもしたい気分で、引き続きチェックに向かった。

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