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河川公園  作者: 冬野ふゆぎり
十月:
15/50

すきなもの

 「あ、あった」

 自室に入るなり、机の上に置いたままだった携帯を見つけて、私はそれを取り上げた。

 ベッドの上に鞄を置いてしまうと、そのまま横に腰を下ろして、じっと見つめる。

 綺麗な、ライトブルー。機能などは正直良く分からないから、完全にこの色に惹かれて選んだものだ。とりあえず、メールと電話が出来れば問題ないし、カメラは撮れればいい。

 とはいうものの、スライド式のそれを持ったまま、私は首をひねった。

 「……どうするんだっけ」

 まだ、買って少ししか経っていないから、操作方法が今一つ分かっていない。それに、確かメールアドレスの設定もしていなかった。さらに言えば、倉岡さんのアドレスもまだ入れていないことに気付いて、私は息を吐いた。


 ……なんで、こんなに慌ててるのかな。


 とりあえず落ち着こう、と、深呼吸を一つしてから私は立ち上がると、壁に掛けてあったコルクボードに目をやった。

 てんとう虫の形のピンで留めてあるのは、初めて倉岡さんと会った日に貰ったメモだ。それをじっと見ながら、携帯のアドレス帳を開き、ぽつぽつと一文字づつ打ちこんでいく。

 「……できた」

 前に一度入力を間違えたから、三度確認してからようやく登録を完了して、しばし。

 こちらから送るには、もちろんアドレスを決めなければならないのだが、悩んでしまう。

 迷惑メールが来にくいように、なるべく長いものがいいよー、と兄が言っていたので、長い単語、と考えてみるものの、まったく思いつかない。

 と、控えめに扉を叩く音がして、はい、と応じると、

 「歌ー?兄ちゃんだぞー。開けてもいいか?」

 「大丈夫。どうぞ」

 そう答えると、すぐに扉が開いて、兄が顔を出した。私より先に学校を後にしたから、もうお風呂も済んだようで、肩にはタオルを掛け、グレーのスウェットに身を包んでいる。

 「あれ、まだ着替えてなかったのか」

 「うん、先にこれ、メールとかだけ設定しようと思って。兄さんの用は?」

 「そうだった。デジカメのデータ、USBに入れたから持って来たよー」

 結構たくさん撮っちゃってた、と笑いながら、白の小さなメモリを渡してくれる。私は礼を言って受け取ると、ついでというわけではないけれど、相談してみることにした。

 「メルアドが決まらない?」

 「うん。長くしようと思うと、文字数の多い単語が思い当たらなくて」

 「なるほど。でも、別にひとつの単語でなくてもいいんだぞ?間にハイフン挟むとか、アンダーバーとか入れて、いくつか繋いでいく形にするとか」

 そう言われてみれば、兄のアドレスはそんな感じだった、と今更思い出す。

 分かった、と頷いて、何にするか再び考えていると、兄は笑って、

 「お前の好きなもの、とかでいいんじゃないか?おはぎとか」

 「!そうする。有難う、兄さん」

 「お礼はいいけどさ、明日代休だからって遅くなるなよー」

 兄らしく、気遣うような言葉をくれると、タオルを軽く振りながら部屋を出て行った。

 それを見送って、またベッドに座り直してから、好きなものを順に思い浮かべる。

 「おはぎ、きなこ……」

 好きなものは、幸いなことに色々ある。

 裁縫をはじめ、手芸全般。散歩、てんとう虫モチーフ、母の作るごはん、牛乳。

 最近だと、上村さんの作ってくれたちらし寿司。それから、

 「花束、シュシュのプリン、カフェモカ……」

 知らず、ほろりと口から零れた言葉に気付いて、思わずまばたきを繰り返す。

 「……ミックスサンド、チョコレート」

 そう続けながら、ぱたん、と後ろに倒れてしまうと、腕を上げて目を覆う。


 くれるものが好きなものばかりなのか、それとも。

 

 ふっとそんなことが頭に浮かんで、何かを逃がすように、意味もなく寝返りを打つ。

 そうしているうちに、他にも好きなものが増えていたのに気付いた。

 あの、良い香りと、大きな手と。

 考えているうちに、触れられた背中が熱を帯びた気がして、私は小さな子のように身を丸めた。



 結局、その夜は、それ以上何もできなくなって。

 うっかり制服のまま眠ってしまったので、翌日はアイロンがけに追われることになってしまった。……結局、メールアドレス、どうしよう。

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