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樹木の精霊たち  作者:
2/9

第二話 桜の精霊





 ——オネガイ ハヤクキテ……。





「ねぇ、乃愛(のあ)。今、何か言った?」

「えっ? 『窓の外の桜が綺麗だよね』って、言ったよ?」

「ああ、そうだね」


 私は学校が終わってから、交通事故に遭って入院していた友人のお見舞いに来ていた。


「ねぇ、退院したら皆で花見しようよ!」


 私は窓の外の桜に釘付けになり、彼女の言葉が右から左へと流れていった。


「ちょっと、樹希(いつき)。聞いてる?」

「えっ!? ごめん!」

「もう。仕様がないな。そう言えば、五組の佐久野(さくの)君って分かる?」

「ああ、学年一位だって言われている?」

「そう。その佐久野(さくの)君って、この病院の息子なんだって」

「そうなの?」

「うん。看護師さんが言ってた」

「ふーん」


 その後、彼女の母親が来たので、挨拶をし、病室から出た。

 私はその足で、窓から見えた桜のもとへと向かった。


「さっき、呼んだのはあなたですか?」

 私は、桜に話しかけた。

「お願い。会いたいの」

「誰に会いたいのですか?」

「私をここに植えてくれた人達に」

「そう、ですか……。名前は分かりますか?」

(まさる)(つよし)

「分かりました。探してみます。だから、それまで頑張って下さい」

「有難う。私は『さくの』というの。頑張って待ってる」

「私は『樹希(いつき)』です。出来るだけ早く探すから待っていて下さい!」


 桜は、素人の私が診ても治らないのが分かるほど、枯れかけていた。


 私は、取り敢えず事情を知っていそうな病院長に話を聞くために、息子の佐久野(さくの)君と接触することにした。



「わー、豪邸! さすが病院長のご自宅だわー」

 病院の裏手にある、彼らの自宅の方にやって来た。

 インターホンを押して少し待っていると、スピーカーから「はい。どちら様ですか?」という、優しそうな女性の声が聞こえてきた。

「あの、私、佐久野(さくの)君と同じ高校の森山(もりやま)といいます。佐久野(さくの)君にお会いしたいのですが、ご在宅でしょうか?」

「高校ということは、(つよし)坊ちゃまの方ですか?」

 

 (つよし)? 佐久野(さくの)君の下の名前って(つよし)だったんだ!


「そうです。あの、もしかしてお兄様のお名前は(まさる)さんとおっしゃいますか?」

「そうですけど……。あの、お二人共まだ帰って来てはおりませんので……」

「あの、何時頃戻られるか分かりますか?」

「さぁ、いつもまちまちですから……」

「そうですか……。有難うございます。少しだけこちらで待たせていただいても大丈夫ですか?」

「えっ!? あの、どういったご用件でしょうか? 良かったら私の方からお伝えしますけど……」

「あの、病院にある桜についてお話をお聞きしたかったんです。なので、ご迷惑かも知れませんが、待たせて下さい」

「そうですか……。分かりました。私の一存では中に入っていただくわけにはいきませんので、申し訳ないのですがそちらでお待ち下さい」

「すみません。有難うございます」

「あの、今日は花冷えしますからお風邪を召されないようにして下さいね」

 そう言って、通話が切れた。


 今の人はお手伝いさんか何かかな?

 話し方がお母さんって言う感じじゃなかったし……。

 


 ――それから三十分程待っていると、佐久野(さくの)君が帰って来た。


「えっ!? 森山(もりやま)さん? だよね? どうしたの?」

「私の事を知っていたんだ?」

「そりゃ、有名だから……」

「有名?」

「まぁ……。それよりどうしたの?」

 彼は言葉を濁して、はぐらかした。


「ちょっと、一緒に来て欲しいところがあるの。申し訳ないんだけど、ついて来て!」

「えっ!? 今から?」

「うん。直ぐそこだから」

 そう言って私は、彼の腕を引っ張って行った――。



「えっ!? 病院?」

 彼は戸惑った様子で、立ち止まった。

「もしかして入院している花木(はなき)さんのところ?」

「えっ!? 違う違う。中じゃなくて外なの。こっちに来て!」

 

「着いたわ」

「ここは……」


「あなたに会わせたかったの」

「えっ!? 誰も居ないみたいだけど……」

「覚えていないの?」

「どういうこと?」

 私は桜を()でる。

「この木……まさか……」

「思い出した?」


「……いや、でも……そんなはずはない。だって、あれは十一年も前に植えたんだから、こんなに小さいはずは……」





  *    *    *   





 ——十一年前の三月のある日。


(まさる)は中学卒業、高校入学、(つよし)は幼稚園卒園、小学校入学おめでとう! ほら、御祝いの桜、染井吉野(そめいよしの)だ。今から一緒に植えに行こうな」

 確かそう父が言いだしたんだったと思う。

「うん!」

「有難う、父さん」


「旦那様! 病院からお電話です!」

 お手伝いの田中さんに呼ばれた父は、「ちょっと、待っていてくれ」と言って、電話機の方へと向かって行った。


「すまん。緊急オペが入った。悪いが二人で植えてきてくれないか?」

「分かったよ。オペ頑張って」

「有難う」

 父はそう言って、俺達の頭を()でて病院へと駆けて行った。


 この時の俺は不貞腐(ふてくさ)れてブスッとしていたはずだ。

 困った顔をした兄が、「行こうか」と言い、渋々ついて行った覚えがある。

 


「おにいちゃん! はやくはやく! ここにうえよう!」

 外に出た俺は、不機嫌を忘れてはしゃいでいた。

 呆れた様子の兄が、「でも、日陰だぞ、大丈夫かな?」と言った。

 その言葉をこの時の俺は深く考えることはなかった。

「だって、ここならまわりにさくらさんのなかまがいるからさみしくないでしょ? それに、おとうさんがいつもみられるよ」

(つよし)が良いなら良いけど。大丈夫かな……」

 兄は心配そうにしながらも、反対することはなかった。


 それから兄が大きなショベルを使って穴を掘っていく姿を、俺は片手で持てる小さなスコップを持って横で見ていた気がする。


「よし! こんなもんかな」


 二人で桜を持ち、穴の中に根っこを入れる。


「今度は(つよし)が、土をかぶせるか?」

「うん!」


 結局、スコップで土を被せていた俺は、途中で疲れてしまって、兄が仕上げをしたように記憶している。


「はやくさかないかな?」

「名前を付けると早く大きくなるって言うぞ?」

「じゃあね、おにいちゃんとぼくのおいわいのさくらだから、『さくの』ね!」

「苗字そのままじゃないか……。まあ、(つよし)が良いなら良いけど……」


 その後、水遣りをして、植林を終えた。


 四月には、さくのの近くに咲いている別の桜を見ながら父と兄と三人でピクニックした。

 数年後にさくのが立派に花を咲かせるようになってからは、さくのの横が花見の定位置になった。


 ——花見をしていたのはいつまでだったか……

 

 ここ数年は、花見どころかさくののことも忘れていた……―—





  *    *    *   





「……そうか、日陰に植えてしまったから……」

「多分、原因はそれだけではないと思うけど……。さくのさんは病気になっているみたい」

「どうして、名前? それに病気って?」


「信じられ無いだろうけど、私は樹木と会話できるの」

「えっ!?」

「私は専門家じゃないけど、さくのさんはもう助からないと思う……」

「そんな……。もっと発見が早かったら……。俺の所為だ。俺の……。毎日見てあげていたら……。そもそもこんな所に植えなければ……」

「さくのさんが自分を責めるなって」

「えっ!?」


 私はさくのさんの話に耳を傾ける。

「この場所に植えてくれて、名前まで付けてくれて本当に嬉しかった。あなたが毎年花を見に来てくれるのが嬉しくて頑張って咲いていた。だけど、数年前から来てくれなくなって、寂しくて寂しくて……。でも、最期に来てくれた……。樹希(いつき)さん力を貸して」

「分かりました。でも、力を貸すってどうすればいいんですか?」

「私に手を当てて、あなたの中に宿る精霊の力、氣を送って欲しいの」

「氣を送る? よくわからないけど兎に角やってみますね」

 

 私は、さくのさんに手を当てて、「元気になれ」と必死に念じた。


 なんだか力が奪われていってる気がする―— 


 あっ! さくのさんに蕾が……


佐久野(さくの)君。さくのさんをよく見てて!」


 徐々に蕾がほころび始め……

 ついには、満開の花を咲かせた。


「綺麗だ……」

 そう呟いた彼の目は、大きく見開いていた。


 今のさくのさんの幻想的な姿は……


「……まるで女神のようだ……」

 そう、私の心を読んだかのように彼が呟いた。

 

 実際の女神の姿など知りもしないのに、なぜだかそう思った。


 神話の女神、木花咲耶姫(このはなのさくやびめ)はもしかしたらさくのさんのような姿だったのかな……?

 ううん、染井吉野(そめいよしの)が生まれたのはずっと後だから木花咲耶姫(このはなのさくやびめ)はきっと違った姿、もっともっと美しかったのかもしれない……。



 そして、その夢の様な時間は、柳の時と同じであっという間に終りを迎え、―———さくのさんの花弁がはらはらと舞い散り、雪のように降り積もっていく。


「ありがとう……。さようなら……」


 そう言ったさくのさんに、私も精一杯返答した。


「ありがとう! さようなら!」


「……ありがとう……」

 隣から囁くような小さな声が聞こえてきた。

 その言葉に、さくのさんが微笑んだような気がした。



 他の桜たちもさくのさんを見送り、自分たちの分身との別れを惜しむかのように花びらを零しはじめる。


 その桜吹雪とも言える光景を呆然と眺めていると、突如として花嵐が起こった。


「えっ!?」

「なんだ!? 前が見えない……」


 沢山の花弁が舞い上がり、目を開けていることができなくなった。



 嵐が収まり、目を開くと、そこにはさくのさんの姿も、他の桜たちの花弁も消えてなくなっていた。


 花嵐がさくのさんを、皆の零した花弁と一緒に連れ去って行ったのだろう。


 もしかしたら、この花嵐こそが木花咲耶姫(このはなのさくやびめ)の御業だったのかもしれない……。


「消えてしまったわ……」

「うん……」


 気がつくと、空にはキラキラと満天の星が輝いていた――。





 ——そうこうしているうちに月日は流れ、私は樹木医を目指して農学部のある大学を受験した。


森山(もりやま)さーん!」

 合格発表の掲示板の前で、名前を呼ばれて振り返る。

「えっ!? どうしてここにいるの?」

「森山さんがここの農学部を受けるって聞いて、志望校を変更したんだ」

 そこには笑顔の佐久野(さくの)君が立っていた。


「なんで? 医者になるために医大に行くんじゃなかったの?」

「うーん。森山(もりやま)さんを見ていて、俺も人間じゃなくて樹木の医者になりたいって思ったんだ」

「ご家族は大丈夫だったの?」

「うん。跡取りは兄貴がいるし、むしろやりたいことが見つかって良かったって喜んでくれたよ」

「そう。良いご家族ね」

「有難う。ところで、森山(もりやま)さんはどうだった?」

「受かってたよ。佐久野(さくの)君は?」

「俺も受かってたよ。そういうわけだから、これからもよろしくね」

「こちらこそよろしく」



 私達のサクラは見事に咲いた……――。







 お読み下さり、有難うございます。


<登場人物紹介>

森山樹希もりやまいつき……主人公。高校三年生。柳の精霊の血を引く。樹木医を目指している。

花木乃愛はなきのあ……高校三年生。樹希のクラスメートで友人。

佐久野剛さくのつよし……高校三年生。樹希の隣のクラスで、学年一の秀才。佐久野病院長の次男。

佐久野大さくのまさる……剛の兄。佐久野病院の跡取り。現在は、他の大学病院で医師として働いている。

佐久野病院長……剛と大の父親。

田中さん……佐久野家のお手伝いさん。60代。既婚者。

さくの……染井吉野の精霊。

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