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樹木の精霊たち  作者:
1/9

第一話 柳の精霊





 ——タスケテ……。



 アナタ ハ ダレ……?





 夜毎見る夢の中で、誰かが私に助けを求める。

 

 目覚めた後、私はなぜだか裏山にある「()らずの(もり)」のことがいつも気になってしまう。


 私の生家は昔、この辺一帯を管理している大地主だった。

 昔より土地は減ったが、「()らずの(もり)」がある裏山一帯は、未だに我が家の所有地だ。


 「()らずの(もり)」には、精霊が棲むと代々語り継がれている――。





 高校二年生のある日、学校からの帰り道に、この辺では見かけない美人に道を尋ねられた。

「あの、すみません。あの山の持ち主の森山(もりやま)さんにお会いしたいのですが、ご存じですか?」

「はい。あの、どういった御用でしょうか?」

 私は思わず、聞き返した。

「あなたは?」

「私は、森山(もりやま)の娘です」

「ああ。娘さんでしたか。すみません。私は、紫陽花(むらさきはるか)と申します。樹木医(じゅもくい)をしています」

樹木医(じゅもくい)ですか?」

「はい。実は、あの山の樹木のことがどうしても気になって訪ねて来たんです」

「えっ!? 父が頼んだんですか?」

「いえ。そういうわけではないのですが……」

 言葉を濁した彼女の様子がとても慈悲深いものに見え、気付いたら、「あの、私で良かったらご案内します」と、口に出していた。

「良いんですか?」

 彼女の魔力のようなものに飲まれ、私は操られるように案内していた。

 


 森の入口まで来た時に、我に返った私は、「あの、もうすぐ日が沈みます。暗くなってから森に入るのは危険です!」と、彼女に向かって言った。

「そうですね。彼女の様子だけでも知りたかったのですが、明日の朝にしましょう」

「彼女?」

 不思議に思った私は、聞き返したが、笑顔ではぐらかされた。

「あの、今晩なんですけど泊めていただくことは出来ませんか? 近くに宿屋もないみたいですし、申し訳ないとは思うのですが……」

「分かりました。多分大丈夫だと思います」

 そう言って、彼女を自宅へと連れて行った。


 

 私は玄関の戸を開け、おそらく台所で夕飯の用意をしていると思われる母に向かって、大きめの声で「ただいま」を言う。

「お帰りなさい。遅かったわね」

「お母さん。お客様連れて来たから、泊めてあげて」

「お客様?」

 そう言って、母が玄関まで出て来た。

 彼女の方に目を向けた瞬間に、母は瞠目したようだった。

「まあまあ、随分と綺麗な方ね」

「初めまして。紫陽花(むらさきはるか)と申します。よろしくお願いします」

「どうぞ入って。大したおもてなしも出来ませんが、部屋は沢山ありますから、ゆっくりしていって下さいね」

「有難うございます。お世話になります」



 父も仕事から戻り、その日の夕飯は細やかな晩餐(ばんさん)となった。


「そうですか。(むらさき)さんは、各地を転々として樹木の診察と治療をしておられるのですか。素晴らしいですね」

 彼女の話を聞き、父が感嘆した様子で相槌(あいづち)を打つ。

「そんなに感心されるようなことではないですよ。自分に出来ることをしているだけですから」

 彼女は、少し照れた様子で言った。

「どうして樹木医になろうと思ったんですか?」

 進路を迷っていた私は、興味津々で尋ねた。

「そうですね……。こんなことを言うと頭がオカシイと思われるかもしれませんが、私には樹々の声が聞えるんですよ」

「えっ!?」

 私達は、驚いて顔を見合わせる。

 父と母は、口をぽかんと開けていた。


「ふふ。それで、声の聞こえる私が彼らを救わなければって、使命感にかられて樹木医になったんです」

「すごいですね……」

「そんなことはないですよ。実際は、私が診た時にはすでに手遅れだったり、手をつくしても結局、人間の勝手で切り倒されてしまったりして。そういったことで自分の無力さに歯噛みし、何度も(くじ)けそうになりました」

 そう言いながら、彼女は顔を(ゆが)める。

「それでも、『助けて』って声が聞こえてくる限り、辞められないんですよ」

「あの、もしかして()らずの(もり)からも声が聞こえてきたんですか?」

()らずの(もり)?」

「ああ、先程の森のことです。精霊が棲み、神隠しにあうから入ってはいけないって言われています」

 そう彼女に説明した。

「へえ、そうなんですか。そうですね。声はその森の方から聞こえてきました」

「そうですか……」

(むらさき)さん。訪ねて下さって有難うございます。お恥ずかしい話ですが、私は樹木のことはさっぱり分からなくて……。この家を継いでからも、仕事仕事で山の管理は後回しで、父が亡くなってからは誰も手入れしていないんですよ」

 父が申し訳無さそうに言った。

「そうですか。……明日、山の方に入らせてもらっても大丈夫ですか?」

「良いんですか? でも、もし神隠しにあったら……」

「大丈夫ですよ。それはきっと森に入って欲しくない人が言い出した迷信ですよ」

「そうおっしゃっていただけるのでしたら、ぜひお願いします」

「そうしていただけたら、本当に有難いです」

「よろしくお願いします」

 私達は、彼女の申し出に喜色満面に頼み込んだ。

 彼女も笑顔でこたえてくれる。

「分かりました。樹木の様子を診させていただきます」


 こうして、話がまとまった晩餐の後、順番に入浴を済ませ寝床に就く。


 その夜、珍しく私はいつもの夢を見なかった。


 だから、夢の中の声の主が(むらさき)さんの夢に現れて話していたことを私は知らない――。



 ——私はもう助からない。でも、最期に会いたい。私とあの人の血を継ぐものに……。

「そう。分かったわ」



 ――翌朝、森に向かう(むらさき)さんから懇願されたこともあり、私も一緒に行くことになった。

 森は、二人を待っていたかのように迎え入れてくれた。

「皆が、歓迎してくれているわ」

「えっ!?」

「ほら、声が聞こえてこない?」


「ずっと待っていたよ!」

「早く、診てあげて!」

「助けてあげて!」

「お願い!」

「あっちだよ!」


 次から次へと声が聞こえ、私は困惑した。

(むらさき)さん、誰かいるんでしょうか?」

「この森の樹々の声が聞えるのよ。あなたも、精霊の血を引いているみたいだから」

「精霊の血?」

「そう。その話は後にして、兎に角急ぎましょう。彼女が待っているわ!」

 そう言って、紫さんが駆け出した。

 私の頭は、著しく混乱をきたしていたが、取り敢えず彼女の後を追いかけた。



 枝垂(しだ)れ柳の近くまで行くと、何年も手入れされていなかったのがよく理解るほど荒れていた。


「これは酷いわ。本当に遅かったのね……」

 (むらさき)さんが診察しながら零した。

 柳は、病にかかっていたそうだ。

「あの、治らないんですか?」

可哀想(かわいそう)だけど、手遅れだわ。随分と我慢していたのでしょうね」

「そうですか……。ごめんなさい。私が、ずっと気づかなかったから……」

 私の目に涙の膜が張り、目の前がぼやける。

 すると、労うように優しい声が、頭の中に響いてきた。

「あなた達は何も悪く無いわ。私の話を聞いてくれるかしら?」

 その言った声は、夢の中と同じ声音でこの柳のものなのだと分かった。

「はい」

 私は、零れそうになった涙を(ぬぐ)って(うなず)いた。




 

 ——昔々、()らずの(もり)が出来る前、柳の近くに私のご先祖様が住んでいたそうだ。


 柳はそこに立ち、ただ生きているだけだった。

 ところがある日、そこに住む青年が病気になった。

 その治療の為に枝を折られ、彼の身体に取り込まれてから、その彼と心の中で話せるようになったらしい。

 だが、彼の病は重く死ぬ前に柳を一目見ようと、庭に出てその側でそのまま息を引き取ってしまった。

 柳はいつの間にか彼に心を寄せていたそうだ。

 そして、彼を抱くように自分の中に取り込んだ。

 彼の父親は、彼のことを必死に探していた。

 いくら探しても彼は見つからない。

 ある日、柳の根本に赤子がいるのに気が付いた。

 父親はその子を彼の生まれ変わりだと思い、拾って育てることにしたという。

 その子は、生まれ変わりではなく柳と彼の子供だったらしい。

 その子が成長して、亡くなる頃には柳を大切にしてくれる人がいなくなり、柳を切ろうとする者が出てきた。

 柳は毎日泣いていたそうだ。

 その声を気味悪がった人々は柳に近付かなくなっていった。

 そして、長い年月が経ち、柳の周りに木々が生い茂り、「()らずの(もり)」と呼ばれるようになったという――。



「話を聞いてくれて有難う。こうして最期に、彼と私の子孫に会うことが出来て幸せよ」


 そして、語り終えた柳は、満足そうに最後の力を振り絞って満開の花を咲かせた。

 

「綺麗……」


 その生命力に満ち溢れキラキラと光り輝く姿は、黄金の羽衣を(まと)った天女のように見えた。


 柳は結実し、微かな風に揺られて柳絮(りゅうじょ)が宙を漂う。


 綿雪が舞っているかのような季節外れの様子に、別世界に迷い込んだ心地がした。


 夢の様な時間は長くは続かず、力尽きた柳はみるみるうちに枯れていく。

 気付かぬうちに私の頬を涙が伝う。


「……さようなら…………」




 

 そうして私は、その場で身動きも出来ずに、ただ静かに佇んでいた。


「ねぇ、見て」

 (むらさき)さんの言葉で、我に返り、指し示された先に目を向ける。


 枯れ木の根本を見た私は、彼女と顔を見合わせて笑った。


 一陣の暖かい風が、優しく新芽を撫でる。


 そして、枝垂(しだ)れ柳の大樹がなくなり、あいた空を見上げると茜色に染まり始めていた。

 

 彼女が、新芽の方を見て言った。

「日本には、男性の枝垂れ柳しか居ないと思っていたのだけれど、彼女はいつ来たのかしら? 不思議ね」


 私には、あなたも同じくらい不思議です。と、思わず心の中で呟いてしまった。





 ――山を降りた後、彼女は、「また、何かあったら呼んで頂戴」と言って、颯爽(さっそう)と去っていった。


「えっ!? ちょっと待って! ……行っちゃった。連絡先も知らないのに、どうやって呼ぶんですか……」

 私の声は風に()き消され、彼女に届くことはなかった。


「私にも、なれるかな?……樹木を救うことが出来る人に……」


 樹々の(ささや)きが聞こえてきた。

「きっと、なれるよ」と。







 お読み下さり、有難うございます。

 

 この物語は、フィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


 ※ 3/17(土)加筆&下の二文を追記しました。


「柳は結実し、微かな風に揺られて柳絮(りゅうじょ)が宙を漂う。


 綿雪が舞っているかのような季節外れの様子に、別世界に迷い込んだ心地がした。」


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