嘘の発覚
エイハブとエドガーは頭を必死に地面に擦り付けたまま立ち上がろうとしない。
普通だったら同情を覚える光景かも知れないが、そんな様子を見守る住人の目は冷たく二人を睨むだけである。
野垂れ死のうが知ったことか、という心の声が透けて見て取れる。
「あのさあ、調子良すぎだと思わない? さんざんこの国のことを侮辱しといてさ、今更アクアポリスに住みたいなんて。それにこの国の住民の大半が君たちが蔑み、嫌う亜人なんだけど忘れていないよね? 正直君たちがルブラン国を追い出されようが、そこいらで野垂れ死のうがどうでもいいんだけど。だよね、国主様?」
険を含んだ声でバードは口を開き、エイハブとエドガーに目をやった。その口調からは隠しきれない嫌悪感が滲み出ていた。
そしてセアラの方向に首を向け同意を求める。
その声は懇願の色を含んでいた。
もしかすると、国主様は彼ら2人に同情してしまうのではないか?
そんな思いがバードの心によぎる。
バードから見てセアラは甘い。なんだかんだいって非情になりきれない人間であると認識している。
そこも含めて気に入っているが、狡猾な者に利用されるのではないかと不安になる。
セアラがバードの言葉に対して答えようと口を開く前にエイハブの言葉がそれを遮った。
「今までさんざん失礼な態度を取ってきたことは謝ります! あ、亜人の方を貶めていたことも反省しています。私達を住民としてくれるならば、亜人の方とも仲良くしていきたいと思っています。私達はもうここしか行くところはないのです。お願いです、国主様! どうか私達にも慈悲をお与えください!」
言葉だけ聞けば心を入れ替え反省しているように見えなくもない。
だけど、エイハブが喋っている間のエドガーの顔には不満げな様子が隠しきれていない。
(とはいってもなあ、鑑定でステイタスを見たら嘘ついてるのバレバレだし。せめて表情くらいはもっとつくろわないと私だけでなく他の者でもわかるよ。エイハブはなかなか真に迫った様子だけど、エドガーがすべてを台無しにしてるよ)
セアラとしてはスパイを国の中に引き入れるつもりはない。
アクアポリスの中では国主であるセアラを害することなど出来ないが、住民は傷つけることが出来る。
子供達も多くいる中、そんな信用できない危険人物を住民にする気はさらさらない。
しかしながら、エイハブ達の目的が何なのか知る必要がある。
だからセアラはあるアイテムを使って確かめることにした。
「話はわかったよ。アクアポリスの住民になりたいんだったら2人共これを飲んで」
そう言ってセアラはオレンジ色の液体が入った小さなガラス瓶を万能カバンから取り出す。
「そ、その液体の中身は? まさか!?」
エイハブはごくりと息をのみ込み、青ざめた顔でセアラに問う。
隣にいるエドガーも血の気が引いた顔色である。
毒を飲まされると勘違いしているのだろう。
セアラはそんな2人を安心させるようにニッコリとした笑顔で否定する。
「安心して。この液体は身体に害を与えるようなモノではないから」
それでもセアラの言葉が信じられないのか2人は不安そうな顔をしている。
それとは対照にバードはいい笑顔を浮かべている。
“国主様もやるときはやるんだね”と言って機嫌がいい。
セアラはバードが斜め向こうの勘違いをしている気がしたが、すぐに誤解だとわかるだろうと思って放って置いた。
「僕がその小瓶を渡して来るから国主様は結界の中にいて」
バードはうきうきしながらエイハブとエドガーの方へ向かった。
「ほら、国主様からの贈り物だよ。感謝して早く飲みなよ」
「あの、本当にこれを飲まないといけないのでしょうか?」
「もちろん、国主様の好意を無駄にする気?」
エイハブのおずおずとした問いかけにバードは人の悪い笑みで答える。
エドガーが助けを求めるようにキョロキョロとセアラを始めとしたアクアポリスの住民を見た。
しかし、だれも助けの声をかけるものはもちろんいない。
皆がエイハブとエドガーに冷たい目を向けていた。
エイハブもエドガーも住民となるためにはこの正体のわからない液体を飲むしかないと悟り覚悟を決めた。
目をつぶりエイハブがグイっと小瓶の中身を飲み込んだ。
それに続いてエドガーもオレンジ色の液体を飲み込む。
「ん? あれ?」
「苦しくもない。痺れもない」
エイハブとエドガーは自分たちの体になんの異常もないことに不思議そうな顔をしている。
「えっ? 毒じゃなかったの?」
2人のその様子にバードが驚きの声を上げる。
やっぱり勘違いしてたのかとセアラはバードの言葉にがっくりと肩を落とす。
しかし、毒だと思っていたのはバードだけではなく、アルダス以外を除いたその場にいる皆が驚いている。
アルダスだけは表情があまり顔に出ないのでわからなかったが。
セアラは住民たちに毒を飲ますと考えられていたことに密かにショックを受けた。
「これで私たちはアクアポリスに住民として受け入れてもらえるんですか?」
エイハブの声に住民はハッとした顔をしてセアラがどう答えるのは固唾を飲んで窺う。
「それは、私がする質問にあなた達が答えた結果で決めることにするよ」
セアラの言葉にエイハブとエドガーの顔に緊張が走る。
「ねえ、エドガー、あなたは本当にアクアポリスの住民になりたいと思っているの?」
「誰がこんな亜人だらけの国に住みたいと思うかよ。住みたくねぇに決まっているだろ? ッ!?」
セアラの質問にエドガーは吐き捨てるような声で答える。
エドガーは自分の口から洩れた言葉に「なぜ」というように愕然とした顔をして口を手で覆う。
エイハブも驚愕の顔でエドガーを見ている。
続けてセアラは今度はエイハブに訊ねる。
「エイハブ、あなた達がこの国に来た本当の目的はなに?」
「アクアポリスにスパイとして入った後は急激な成長の秘密を探り、国主の弱みを見つけることだ。 ッ!? な、なぜ!?」
「ふーん、そういうことか」
セアラはフムフムと頷く。
一方、エイハブは自分の口が勝手に動き、繰り出した言葉に驚いた。
まさか、先ほどの液体を飲んだせいで……?
隠しておきたかった目的をよりにもよって自らの口から喋ってしまったことにエイハブは蒼白になった。
エイハブの言葉を聞いたアクアポリスの住民は殺気だった。
当然のことである。
「で、それをあなた達に命じたのは誰?」
「……チェルノ様だ。ッくそ! 口を閉じることが出来ないっ!」
エイハブは何とか口を開くまいと歯を噛みしめ唇に力を入れたが、無駄な抵抗であった。
セアラの創ったアイテムに敵うわけがない。
セアラの質問に一拍空いたあとで答える。
(えっ!? 命じたのはルブランの国主じゃないの? っていうかチェルノって誰?)
エイハブの口から洩れた名はセアラにとっては予想外の名前であった。
「チェルノって誰よ?」
「……ルブラン国の国主様のご子息である方だ」
なるほど、とセアラは納得した。そしてその名前を心のノートに刻んでおく。
いつかぎゃふんと言わせてやるという相手を記した心のブラックノートである。
エイハブは何とかセアラの質問に答えない様に努力しているようだが、無駄に終わっている。
「あのさ、もう気付いていると思うけどさっきあなた達が飲んだのは強力な自白アイテムだから、いくら話さまいと努力しようと無駄だよ。質問したことには正直に答えるようになっているから」
セアラの言葉はエイハブの抵抗しようとする心をポッキリ折った。
「ねえ、国主様。僕もあの2人に質問していい?」
「うん、別にいいけど。何を聞くの?」
「色々と引っかかることがあるんだよね、僕の考える通りなら放って置けないなあっと思ってね」
そう言ってバードはエイハブとエドガーに矛先を向ける。
「エドガー、君はあんな態度を取っておいて国主様がアクアポリスの住民として本当に迎え入れてくれると思っていたの?」
「俺は無理だって思ったが、チェルノ様がアクアポリスの国主は甘いから反省した態度を見せて同情を買えばきっと迎え入れてくれるはずだと言われて……」
やっぱりか。
バードはエドガーの言葉を聞いて眉をひそめた。
エイハブの話を聞いて、企みを考えた者は2人が住民として迎え入れられることを前提としていることが引っかかった。
国主様の性格をよく把握していると。
ちょっと知恵のあるものならわかることだ。
チェルノはエイハブとエドガーが持ち帰った情報を聞いて、アクアポリスの国主の甘さを利用できると考えたのだろう。
実際、バードだってセアラがエイハブとエドガーを受け入れるのではないかとハラハラしていたのだ。
だけれども、これは不味いことになったとバードは考えた。
今回は未然に防げたが、これからもその甘さを利用し、奸計を企む者が出てくるだろう。
この2人を殺して向こうに送り付けるのはどうだろうか?
そうすれば、アクアポリスの国主が甘いという考えも変わるのではないか?
しかし、問題は国主様がそれをよしとするだろうか?
考え込んでいるバードの耳にセアラの怒った声が入り、一旦思考を中断する。
「なに、それ! 私はそんなに甘くもちょろくもないんだけど。君たちがスパイだなんて最初から分かってバレバレだったし。特にエドガー、君は不満げな様子がありありで演技ヘタすぎ」
セアラは一刺し指をビシッと2人に向けて宣言する。
事実セアラの言葉は正しい。
最初から鑑定で分かっていたし、疑った目で2人を見ていたおかげでエドガーの表情にも気づけた。
そうとは知らないアクアポリスの住民は、セアラの注意力の深さに感心した。
「という訳で、ルブランに帰りなさい! アクアポリスの住民にはしません!」
セアラはきっぱりと2人に向けて宣言した。
企み全てがばれて青ざめる2人に更なる追い打ちをかけたのは、
「ねえ、国主様。エイハブとエドガーを殺そうよ」というバードの物騒な言葉だった。




