犬耳族がやって来た
「ええっと。皆さんとりあえず頭を上げてください」
美都の若干怯えながらの声に頭を上げた団体は、ふわふわの耳をピンと立たせて真剣な顔をしている。
(だから怖いって。結界の中にいるからとりあえず危害を加えられることはないけれど。)
「私はこのアクアポリスの国主で美――――セアラ・バークレイといいます。えー、皆さんはこの国に移住希望でいいんですよね?」
(危ない、この世界ではセアラでとおさなきゃ。それに全員移住希望なのかな。人数が多すぎるよう。ゲームでは全員に住民の募集人数が知らされていたけど、ここでは違うのかなあ? 国を発展させて、世界樹を大きく育てると移住可能人数も増えるんだけど、しばらくかかるだろうし)
セアラの声に答えたのは、髪の毛は白く染まり深いしわが顔に刻まれている老人。おそらくこの老人が集団のリーダーであろう。背は年のせいか低いものの、他の者にはない威厳が感じられた。
「国主様、私は犬耳族の長老でマグと申します。移住住民募集で種族を問わないと聞き、愚かににも希望を抱き馳せ参じました。どうか、お願い致します。我らを住民として受け入れてくれませんか。我ら一族は命を持って尽くします。どうか国主様、なにとぞ」
そう言って、マグは頭を地にこすりつける。残りの者達も後に続いて頭を下げた。
(下から目線すぎて怖い。なんだか、宗教の教祖になった気分だよ。命を持ってとか求めてないから! でも偉そうなヤツと比べたらこっちの方がいいよね。問題はこれから15人しか受け入れられないって言わなきゃいけないことだよ。言いにくいなあ)
セアラは重そうに口を開いた。
「まずは頭を上げて。ええと、残念だけどまだこの国出来たばかりで15人しか住民を受け入れられないの。なるべく急ぐけど、受け入れ住民を増やすにはしばらくかかると思うの。それでもいいかしら?」
犬耳族達は顔を上げる。セアラの『残念だけど』という言葉を聞いてやはりそうか、と顔を曇らせたが、次に続いた言葉に瞳を輝かせた。ワッと喜びの声が辺りに響き渡った。
「ああ、なんと慈悲深きことか! もちろんでございます。国主様ありがとうございます、本当にありがとうございます」
そう言って長老であるマグは声を震わせながら感謝を述べた。
「ええと、あなたたちの中で誰が住人になるか決まっている?」
大げさな賞賛と感謝にセアラは面映ゆい思いで口を開いた。
「恐れ入りますが、体力がなく弱い女子供を中心に選出しております。たいして役に立たないのはもちろん承知の上ですが、なにとぞお願いします。私を含めた男共のことはいかようにもお使いくだされ」
「そんなに恐縮しなくていいよ。確かに弱い者から住民となった方が安全だと思うし。まずはこの国の基本方針について軽く説明するね。みんなで仲良く国を発展させることを優先しているから、後から来た住民にも優しくすること。差別は許しません。また、何か問題が起きたらすぐに私に相談すること。不満なこととか、こうしてほしいとかあったら私に言ってね。絶対とは言えないけどなるべく改善できるようにするから」
目を潤ませながら口々にセアラを神のように称賛する声が聞こえてくる。
「じゃあ、選ばれた15人は前に出て。住民契約するから」
照れを隠すように早口となる。セアラの言葉に素早く前に出たのは、子供が8人と女が6人、そして男が1人である。
セアラは鑑定を使ってそれぞれのステータスを盗み見る。もちろんマグのステータスもチェック済である。マグを見た時にも思ったが、ゲームと同様に亜人と言われる種族はやはりステータスが高い。
ぶっちゃけ今のセアラのステータスでは犬耳族の子供にさえ負ける。
ただ一人選ばれた犬耳族の大人の男は中でも恐ろしく強い。
(シミルか、この男強いなあ。弱い者を優先する言い方だったのに。うーん、もしかして警戒されている? なんか犬耳族達の態度を見ているとえらく腰が低いし、もしかして亜人の差別とかあるのかなあ? それとも国主だから敬っているだけ? 国の中では住民は国主に危害を与えることが出来ないからそういう危険はないけど。やっぱり早くステータス上げなきゃ不安だな)
セアラは信用されてないのかもと考えるとちょぴり傷ついたが、お互い様かもと思い直した。セアラだって完全に信頼している訳ではない。
住民契約と頭の中で念じて契約を施していく。すると、頭の中で住民リストが形成される。そして頭の中に「アクアポリスの住民募集人数が満員になりました」という声が聞こえ、世界樹から発せられた天まで届く虹色の光は、一度ゆっくり収束してすぐにまた輝きを放つ。
「住民契約が完了したからもうこの結界の中に入れるよ。ごめんね、まだ家も何もないから土の上で寝てもらうことになるんだけど……」
申し訳なさげにセアラは告げる。
「とんでもございません。住民として結界のある場所で眠れるだけで十分です。お望みとあらば、今すぐ国主様の分だけでも森へ入って木材を集め、ベッドをお作り致します」
「おお、それはいい考えじゃ。皆の者よいな」
シミルの言葉にマグが同意し、他の犬耳族達も賛成の声を挙げる。
「ちょっと待って! 夜は魔物が活発になって強くなるし危ないよ。その気持ちは嬉しいけど明日にしようよ。あなた達も私の国の民になるんだからもっと命を大切にして!」
セアラが強く止めるのも当然である。夜になると闇の眷属である魔物の力は上がり、種類によっては2倍以上の力を発揮する。
ゲームでも安全に夜に歩き回れるようになるのは中盤以降である。
「国主様の仰せのままに」
犬耳族達は感極まった様子で頷いた。
「とりあえず、結界内には入れないけど、近くにいるだけでも少しは魔物除けの効果があるから出来るだけ近くで休んでね。後はこれを使って。これは簡易結界石、1つで三日はもつと思うわ。世界樹ほどの力はないけど、ある程度の強さの魔物は中に入ることは出来ないと思うわ。とりあえず作った分は全て渡しとくね」
そう言って結界の外にいるマグにアイテムを手渡した。本当は結界の外に出るのはちょっぴり勇気がいった。だが、彼らは命の危険があるのにセアラの為になにかしょうとする姿に心が温かくなったのだ。
そんな彼らがセアラに危害を加えるとは思えなかった。
マグは茫然した様子でセアラから与えられる簡易結界石を受け取った。
「このよう高価なものを我らに……。ううっ……」
マグは嗚咽を止めることが出来なかった。これがあれば全員が魔物の襲撃に怯えなくてすむ。今までに失った同胞達の死に顔が思い出される。朝が来る度に誰かが傷ついていたり、人数が減って涙を流す者もなくなる、そう思うと込み上げてくる感情を抑えることが出来なかった。
この地に来てよかった、マグの心はセアラへの感謝でいっぱいだった。
「足りなくなったら、材料がある限りは作れるから言ってね」
セアラは彼らの胸に抱く感情に気付かず、犬耳族ってもしかすると感動屋なのかな、と的外れなことを考えていた。
セアラは知らなかった。
この簡易結界石は安住の地を持たぬ者達にとっては喉から手が出るほど欲しているものだということに。
だが彼らがそれを手に入れるには莫大なお金がかかり不可能だということに。