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要望と不満とお風呂



 セアラ達が国へ戻って来たことに気付いた住民たちがそれぞれの仕事の手を止め駆け寄ってくる。

 彼らから口々に漏れる言葉は「国主様が無事でよかった」という喜びと安堵であった。

 アクアポリスに住まう民には心配をかけている自覚があるので、この反応には少し申し訳なさを感じてもいた。

 その罪悪感にも似た申し訳なさは、セアラが住民の意思を読み取りながらも実行に移す気持ちがないことによるものだ。

 国主が結界の外に出ることを住民たちがあまりよく思っていないことも知っていたが、国がこれからも発展していく為には必要なことと言ってセアラが譲らないので、彼らは消極的に認めた形である。

 

 セアラは集まって来た者達に仕事の進行度や困ったことはないかなど聞いた。


「国主様のおかげで作物も順調に育ってます。毎日実がなるなんてまるで夢のようです。皆が毎日お腹一杯食べれるようになりました。欲を言えば小麦を育てることが出来ればと」


 セアラもアレシアの言った小麦のことについては何とかしようと思っていたことだ。

 アレシアはエルフ族を纏める長であり彼女が作物の育成を取り仕切っている。

 食料供給部隊の要とも言える。

 狩りで肉が手に入り、野菜や果物も順調に育っているが、小麦は育てていない。

 森にも小麦は自生していなかったので種が手に入らなかったからだ。


 今までは食事も満足に食べられない状況だったので不満が湧かなかったようだが、安定して十分に食料が行き渡るようになると、欲が出てきたらしい。

 セアラもその気持ちはよくわかる。

 主食ナシは物足りない。 もっと言えば米が欲しい! 醤油が欲しい! 味噌汁飲みたい! 味付けが塩のみなんて勘弁してくれ! 

 である。


 セアラの欲望は彼らなんて目ではないほどに深い。

 そもそも、生活基準が日本に比べて低すぎなのだ。だからこそ世界樹のレベルを上げて早く国を発展させたいと思っている。

 だが、こうした不満が出てきたことはセアラにとって有難いことであった。セアラの意思に従ってばかりで要望や不満が言えない国などセアラの目指すところではないからだ。


 手っ取り早く小麦の種を手に入れる方法は他の国との交易である。

 セアラはゲーム知識でアクアポリスの周辺では小麦が自生していないと知っている。アクアポリスのずっと南部にあるロダルキア地方に行かなければ手に入らない。

 そこに行くには、距離的にもレベル的にもアイテム的にも不安があった。


(せめて『帰還の道しるべ』を創るまでは行けないよね。だとすると、交易一択か)


「私もアレシアの言うように小麦についてはどうにかしたいと思っていたの。パンなしの食事は物足りないもんね。後でみんなを集めて小麦の入手について話そうと思うの」

「国主様は既にお考えでいらしたのですね。ありがとうございます」


 セアラとアレシアの話が終わったのを見計らって声をかけたのはドゴンである。

 ドゴンはドワーフの長で皆から親方と呼ばれている男である。建築部隊を纏めていているのと同時にセアラの専属の便利係と化している。


「国主様に頼まれていた『風呂』ってやつが出来ましたよ。注文通り出来たと思います。後で確認してください。あと家をどんどん造っているせいで国主様の用意してくれた木が足りなくなってきています」


 ドゴンの言葉にセアラは舞い上がった。念願の風呂が出来たのだ。今までセアラは布を水に浸して身体を拭くくらいしか出来なかった。

 毎日お風呂に入る日本人としては、1日お風呂に入らないだけで気持ちが悪かったが我慢していた。

 やっと願いが叶ったのだ。早く見に行きたいという思いを抑えてドゴンに返事を返す。


「ほんとに! 最高だよ! こんなに早く造れるなんてドゴンに頼んでよかったよ! お風呂に入るのが今から楽しみ。木のことは心配しないで。また森からとってくるから。」


「あの『風呂』ってやつはそんなにいいもんなんですか?」


 ドゴンはセアラの喜び具合に少し引きつつ尋ねた。


「もちろんだよ! お風呂がどれだけ恋しかったことか! そうだ、国に公共の大きなお風呂を造ろう! そうすれば、みんなお風呂の良さがわかるよ」


 セアラの浮かれた様子での提案にドゴンは目を白黒させた。

 ドゴンにとってはなぜセアラがこんなにも『風呂』に喜ぶのかわからなかった。

 それもそのはず、この世界では体の汚れを落とすといえば布を水に浸して拭くだけである。それも毎日ではない。

 冬に温かいお湯で体を拭くことさえ湯を沸かす手間を考えれば贅沢なことであった。

 もちろん、水浴びなど魔物が徘徊するこの世界では言語道断である。


 水だって本来なら貴重である。だが、セアラが錬金術で創り出した『湧き水の石』が大量にある為にその心配もない。

 毎日多量の水を創りだすなんて馬鹿げた冗談のようなアイテムである。

 それがあるからこそ風呂なんて贅沢なものが造れるのだ。

 アクアポリスには大きなため池が3つある。もちろんセアラの指示で造られたものだ。

 穴を掘り底に『湧き石の水』と『浄化石』が置いてある。『浄化石』のおかげでいつも水は清潔な状態を保っている。

 その水は誰でも自由に好きなだけ使えるようになっている。

 一応、種族ごとにも『湧き石の水』は何個かあげている。 

 まさに至れり尽くせりである。


 セアラが「他に言いたいことがある人はいる?」と呼びかけると、答えたのはアラクネ族のラーラであった。ラーラは服飾部隊を纏める長であり、またアラクネ一族の長でもある。


「僭越ながら私からも1つお願いが。私達アラクネ族が出す糸で作れる服はすべて白服なのです。白い糸しか吐き出せないからしかたがないんですけど……。セアラ様からもらった植物から作った布は緑や青などの色の服が作れたんですけど、それは男向きな色というか。もっと明るい色、例えばピンクやオレンジ色などの服も作りたいのです」


 セアラはラーラの言葉に唸った。

 セアラは明るい色よりシックな色の方が好きで、黒色の服を特によく着ている。

 色の好みというのもあるが、体重を気にする年頃のセアラは黒服が一番痩せて見えると知っているからだ。

 セアラとして服の色などまだまだ後回しでいいと思っている。

 だが、ここで却下すると委縮して次に意見を出しにくくなるのではないかという心配があった。

 不満があったらどんなに小さなことでも言ってくれと言った手前、どうにかしてやりたい気持ちもある。

 

(染粉ってどこでとれたっけ? 錬金術で創れたっけ?)


 セアラは脳内にある錬金レシピから染粉について検索をかける。錬金術には膨大なレシピがあるので使用頻度の低いアイテムは検索をかけないと思い出せない。

 そしていくつかのレシピが検索に引っかかった。

 染粉の素材を見てみると、アクアポリスの周辺で採れない素材ばかりだった。


(うーん、これは無理かも。染粉も交易でなんとかするしかないかな?)


「ラーラの要望はわかったわ。後でみんなに集まってもらったときに小麦と染粉の入手について話すね」


 ラーラはセアラの言葉に飛び上がって喜んだ。その様子はまるでもう染粉が手に入るのが確定したかのようだった。

 セアラは慌てて「入手出来ない可能性もある」と言って釘を刺した。


 アレシア、ドゴン、ラーラの3名以外は特にセアラに言いたいことはないようだった。

 他の者には仕事に戻るように言った後、セアラは出来上がった風呂を見に行く為に家へと足を運ぶ。

 製作者であるドゴンはわかるにしても、バード、アルダス、シミル、ターシャの護衛達全員がついてきた。


 家の中に入る前に全員に靴を脱いでもらう。やはりこの世界でも家で靴を脱ぐことは馴染みがないようだったが、そこは国主命令を発動した。

 靴のままだと掃除が大変だとかくつろげないといった言葉で無理やり納得させる。


「うわぁ! バスタブも広い! 希望通りだよ、最高だ! これでお風呂に入れる、やった! それに木のいい匂いもする!」


 セアラの興奮具合は絶頂に達した。その場でくるくるダンスを踊るように回ると、ぽかんとしているドゴンに駆け寄り握手をする。


「国主様、よっぽど嬉しかったんだね」バードの言葉にその場にいる皆が頷いた。


「今からお風呂に入るから、悪いんだけどみんなは家から出て」

「え~、僕も国主様がそんなに喜ぶ『風呂』に興味があるなあ。国主様が『風呂』をどう使うか見てていい?」

「いいわけないでしょ!! 今すぐ出てけ!」


 バードのふざけた物言いにセアラの怒号が飛んだ。それと同時にアルダスの拳が目にも止まらぬ速さでバードの頭頂部へ落とされた。

 アルダスはバードの首根っこをひっ捕まえて外へと連れ出した。その後に他のメンバーがぞろぞろ続く。


 セアラは全員が出て行ったのを確認して、『湧き水の石』(劣化品)に魔力を込めながらバスタブの中に入れる。水がバスタブの半分以上溜まったら今度は『温石』(劣化品)に魔力を込め水の中へ入れる。

 どちらも劣化品なのは理由がある。品質がいいと水が熱くなりすぎたり、水量が多すぎるからである。

 セアラは水温を確認した後に服を脱ぎ棄てかけ湯をし、いそいそと足から湯舟に浸かっていく。


「はあ、気持ちいい。最高に幸せかも。やっぱり日本人にはお風呂が必要だよね。これから毎日入れるなんてドゴンには感謝しなくちゃ」


 湯船に浸かると、汗や垢と共に体に積もった疲れまでもとれるのをセアラは感じた。



 


 


 




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