遺跡の地下
狭い部屋の奥には扉が見える。だがそこにたどり着くには、天井に蠢いているブラックバッドの攻撃を受けるだろう。
ブラックバッドそのもののステータスは弱い。このメンバーなら苦戦することなどない。
だが、数が多すぎる。おそらく50は優に超えているだろう。いや、100にも届きそうだ。
唯一の救いは、天井に張り付いたまま襲い掛かって来ていないことだ。
「これは、また熱烈な出迎えだねえ」
「いかがいたしますか? この脆い建物では、壁に気を使いながらの攻撃になるので、この数を相手取るのは不利かと。上へ戻りますか?」
バードの軽口とは反対にシミルは冷静な判断を下す。
セアラはそれに対して自分の考えを述べた。
「ここまで、モンスターが増殖しているのは予定外だったけど、対策はちゃんと考えているから大丈夫。ブラックバットは一定以上近づかなければ攻撃してこないわ。感知能力が低いの。だから今いる位置から動かなければ大丈夫。この『闇夜への誘い』を使うの」
「『闇夜への誘い』ですか。それは前に森でフォレストスネークに使ったアイテムですよね? でも、このアイテムから出る煙はこのような風も吹かない狭い部屋ではブラックバッドだけでなく、私達にも眠りの影響があるのでは? そのために前回は風上でアイテムを使ったんですよね?」
シミルの疑問にセアラは胸を張って答えた。
「この『中和剤』を飲めば大丈夫。状態異常にかかるのを防いでくれるの。だから『闇夜への誘い』を使う前にこれを飲んで」
そう言ってセアラは全員に中和剤を渡した。
小指の爪の先の大きさぐらいの水色の丸薬である。
皆が素直に飲む中でバードだけがじっくり眺めていた。手のひらに乗せて転がし観察していると、アルダスの拳骨が飛んできて中断され、おとなしく口へと運んだ。
「にがーい! 口の中が不味すぎる!」
「うへえ! 苦いよ国主様!」
「味は変えられないからなあ。我慢して! 薬は苦いもんだよ」
バードとターシャが不満の声を上げる。
セアラだって不満である。実際こんなに苦いとは思わなかった。
ゲームの世界では味なんてなかったけど、現実では味というのはやっぱり大事だと再実感した。
残りの男2人の様子を覗ってみると、顔には出していないものの、やはり不味かったのか持って来た水を口に運んでいた。
もちろんセアラも口の中の苦さを流すために水を飲んだ。
(これは味の改良が必要かも。中和剤はこれからも比較的よく使うアイテムだしどうにかしたいな。でも、レシピの改良なんて出来るのだろうか? ぱっと思いつくのが、味を甘くするために砂糖や果汁を混ぜてみることだ。 ゲームではすでにあるレシピの改良なんて出来なかったが、この世界ではどうだろう。試してみる価値はあるはずだ)
セアラは考えをまとめると、ブラックバッドを倒すための行動に移った。
「じゃあ、今から『闇夜への誘い』を使うね。煙で少し視界が悪くなると思うから気を付けて」
そう言ってセアラは『闇夜への誘い』に魔力を込めるとゆっくりと床へと置いた。
ブラックバッドは視覚が発達していない。だから、アイテムから徐々に湧き上がるうっすらと灰色に色ずいた煙に気付けない。
下から上へ上へと煙が上がりブラックバットまで届くと、ボタリ、ボタリと天井からブラックバッドが剥がれ落ちていく。それに続くように、一度に落ちる数も徐々に増えていく。仲間がいきなり落ちたので警戒したのか、ブラックバッドの集団が羽を動かし羽ばたこうとしたが、その時すでに遅し。
部屋には煙が充満しており逃げ場はなかった。
わずか数センチ飛び立っただけで、地面へと落下する。
「すごーい! こんなに簡単にやっつけるなんて!」
「国主様の創るアイテムはどうなっているの? すごい威力だよ。なのに僕たちには影響がないし!」
「やはり国主様の創るアイテムは頼りになりますね」
「さすが国主様だ」
各人の賞賛の声がセアラの気を良くする。
セアラは自分の創るアイテムに自信を持っている。今や錬金術のスキルがmaxでチートな状態であるが、ここまで育てるのに、時間をどれだけ費やしたものか。
だから、錬金術で創ったアイテムを褒められることは何よりも嬉しかった。
「さあ、みんなブラックバッドが眠っているうちに止めを刺して」
セアラの言葉で皆がブラックバッドの息の根を止めていく。
意外にノリノリなのはターシャであった。フェアリー族は身体も小さく力も弱いので戦闘力が低い。モンスターに出会ったら逃げの一手である。だから、今回のような状態でなければブラックバッド一匹にさえ苦戦する。
日頃の鬱憤を晴らすかのごとく高笑いしながら止めを刺しているのが少し怖い。
セアラは死体となったブラックバッドを次々と万能カバンへ収納していく。そうして、床一面を埋める黒い塊が片付いた。
セアラ達一行は奥にある扉を開け、さらに奥へと進む。長い一本道の通路があり、道幅は狭い。二人が並んで歩くのが精一杯だろう。
こんな狭い場所で戦闘となると剣を振り回すのさえ苦戦しただろう。運がいいことにモンスターの影一匹さえ見当たらない。
シミルはほっと息を吐いた。モンスターの気配がないことに安心していた。
先ほど階段を下りたのと同じ順番で通路を進んでいく。
3分ほど歩くと、十字路に突き当たった。
「十字路です。国主様、どちらに行きますか?」
「左に曲がって」
アルダスの質問にセアラは迷うことなく言い切る。
セアラの言葉に従い一行は左へと進む。
しばらく歩くと、また分かれ道である。セアラは右と左どちらに進むか聞かれると左と答えた。
(この遺跡って迷路みたいに分かれ道が多いけど、実はすべて左に曲がればいいんだよね)
分岐に差しかかる度に左へと曲がる。そうしてやっと目的の場所へとたどり着く。
「この扉を開ければ目的地だよ」
セアラの声にアルダスが扉に手を伸ばす。と、皆の視界に映ったのは遺跡の地下とは思えない実に美しい光景だった。
エメラルドを砕いて溶かしたような色の澄んだ湖。水面はキラキラと輝き光を放っている。その周りは数々の薬草や水草が生い茂っている。
寂れた神殿跡の地下でこのような素晴らしい光景が見られるとは誰も予想できないであろう。
「なんて綺麗なの! それになんだか神聖な空気がする」
「地下にこんな場所があるなんて大発見だね! なんでこんなに清浄さが感じられるんだろう? 国主様は知っている?」
バードの質問にセアラは口を開く。
「あの湖のおかげだよ。あの水はすべて聖水なの。だから、ここには魔物も現れないし、あなた達が感じている神聖さもそのせいよ」
「聖水だって! 本当に? あの湖の水全部が!? 信じられないよ!」
バードが驚きの声を上げるが、驚愕したのは彼だけでない。
セアラ以外の皆がその情報に耳を疑った。
聖水はセアラが錬金術で創る魔物除け液と同じ効果がある。
さらに、神に祝福されている水なのでゴーストやアンデッドなど闇属性をもつモンスターに効果覿面である。また、軽い呪いの解呪にも役立つ。
セアラにとって聖水は色々なアイテムを創るのに必要だが、聖水単体としても非常に便利で効果が高い。
「今からあの水を汲んで、周りに生えている水草や薬草を採取し終えたら、アクアポリスに帰るつもり」
そう言って湖へと向かうセアラに茫然としていたシミルは慌てて追いかけ皆がそれに続く。
セアラは万能カバンを取り出し、湖の表面に手を浸し『収納』と心の中で念じる。するとドンドンと水が万能カバンの中へと入っていく。
皆の視線が万能カバンに勢い良く吸い込まれる聖水に集まっているのを感じながら、カバンの中の水の量が1トンまで達したところで水面から手を出した。
湖の水のかなりの量をもらったが、見た目では湖の変化がない。予想していたより、水深があるようだった。
「わかっていたけど、国主様ってほんっとうに規格外だよね! さすがの僕でも突っ込みどころが多すぎてどこから突っ込めばいいのか迷うよ」
「さすが、国主様だ!」
「私は国主様の規格外さが好きよ。だっていいことばかりだもん」
「国主様の規格外っぷりは私はすでに知っていた。だから驚かない」
(規格外ってみんなに思われているけど、別に悪いことではないよね……? まあゲーム知識があるからなあ。確かに他の人から見たらそう思われるのもしかたないか。これからも自重する気はないし、みんなには慣れてもらおう)
セアラはみんなに水辺に生えている素材を採るのを手伝ってもらい、満足したところでターシャのワープで皆と共にアクアポリスへと帰って来た。