遺跡にて
セアラ達はミタラコス遺跡へと来ていた。
石畳で造られた神殿跡。ボロボロに朽ち果てており、今にも崩れ落ちそうな印象を受ける。蔓や苔が神殿のあちらこちらに生えており、人に管理されることなく忘れ去られていることがわかる。
大きさからすれば、昔はさぞや立派な神殿だったのだろう。今ではそれも見る影がない。
セアラは半分開いている大きな扉に向かって歩き始める。
そこが、中に入る唯一の入り口であるからだ。
「国主様~、これ大丈夫なの? 今にも崩れそうなんだけど」
「うーん、たぶん大丈夫じゃないかな。あー見えて、意外と頑丈なんだよ、きっとたぶん。まあ、いざとなったら、ターシャのワープがあるし」
「まかせなさい! 危なくなっても、私のワープを使えば国までちょちょいのちょいよ。大船に乗った気分でいなさい!」
バードの不安そうな声にセアラは軽く答える。
ゲームでも、崩れ落ちるなんてイベントなかったし、ターシャもいるし危険になったら脱出すれば大丈夫だろうと思った。
ターシャもセアラに頼られることが嬉しいのか機嫌がいい。
小さな羽をパタパタ動かせて鼻歌を歌っている。
「でも、ここって夜に来たら絶対不気味だよね。ゴーストとか出そうじゃない、国主様」
「うっ、実は夜に来るとここってゴーストが出るの。今は昼だから大丈夫だけど」
「えー、そうなの? 国主様なんでそんなこと知っているの? ここに来たことがあるの?」
「あっ。えーと、ほら、人に聞いたの。遺跡は夜に探索するとゴーストが出るって」
「ふーん。国主様っていろいろ物知りだよね、国主様が聞いた人物にも興味があるなあ~」
セアラはバードの追及に慌ててごまかす。
ゴーストの存在はセアラにとってもトラウマである。
世界には多くの遺跡が存在するが、夜に探索すると出てくるモンスターのほとんどが死霊である。
真っ暗な闇の中を進んでいくと、突然現れるのである。ヤツラが。
目はくりぬかれ、血をダラダラと流し手足が欠けながらも奇声を発して追っかけてくる。それらのすべては人型で、なおさら現実味があって怖い。
画面越しでもわかるほど、細部に渡って作りこまれた本物のようなそれは、セアラの恐怖心を大いに揺さぶった。
結局、恐怖でパニックになり、攻撃できず逃げ回り周りを囲まれてジ・エンドである。それまでに集めていたアイテムもロストしてしまったという苦い経験である。
しかも夜中にゲームをしていたので、その日は怖くてお風呂には入れなかった。瞼を閉じると誰かが部屋にいるような気がして眠れなかったので、苦肉の策として、犬の小次郎を居間にあるゲージから連れ出し一緒に寝た。
本当はパスして行きたくなかったのだが、夜の遺跡でしか採れない素材を使って創れる錬金アイテムがあったので、コンプするためには避けては通れなかった。
廃人ゲーマーとしては譲れない。
死ぬとアイテムをロストするので、最低限のアイテムしか所持しないで遺跡へと向かう。夜の遺跡で何度死んだかセアラも覚えていない。
だから、夜の遺跡はセアラにとって鬼門である。
夜に遺跡に探検に行くのだけは絶対しないとセアラは決めている。
画面越しでもあんなに怖かったのだから、本物となったら気絶してしまうだろう。
セアラといえどもゲームが現実となった今では、いくらアイテムの為とはいえ、立ち向かえる自信がない。
(そうは言っても夜の遺跡でしか採れないアイテムもやっぱり欲しいんだよなあ。誰か、採ってきてくれないかなあ。流石に人に頼むのは鬼畜すぎだよね、はあ)
セアラ達は扉の中へと進んでいく。天井には大きな穴が開いているおかげで、明かりをつけなくても太陽の光が届くので十分明るい。
先頭を歩くのはアルダスである。
危ないものはないか確認しながら歩いて行く。遺跡では罠が仕掛けられていることも多々あるが、このミタラコス遺跡ではないとセアラは知っている。
「アルダス、ちょっと止まって」というセアラの声にアルダスは足を止める。
部屋の中にある変わったものといえば、ガーゴイルの石像が向かい合わせに鎮座しているくらいだ。
その石で出来たガーゴイルは翼を広げ、眼は何か敵を睨みつけているかのように鋭い。
皆が見守る中、セアラはその石像の前で立ち止まり、ガーゴイルの額に嵌っている、サファイヤの宝石をポチっと押す。
もう一つの石像の宝石も同じように押す。
するとどうだろう。地面が揺れ、大きな振動音が静かな部屋に響き渡った。
「なんだ、この音は! 国主様を守れ!」
「うっひゃー! 何、何が起こるの?」
「国主様、私の後ろに」
「ターシャの出番かな。いつでもワープ使えるよ、国主様!」
「待ってみんな、大丈夫だから落ち着いて!」
皆の様子にセアラはシミルに庇われている背中から顔を出し慌てて声を上げる。
しばらくすると、音は収まり代わりに向かい合うガーゴイルのちょうど真ん中の床に下り階段が現われた。
「なにこれ! こんなところにいきなり階段が現われるなんて! もしかしてさっきの国主様の行動が関係あるの?」
「うん。ガーゴイルの額にある宝石が階段を出現させる鍵となっているの」
「へ~、それも人から聞いたの、国主様?」
「うんそう。他にもいろいろとね」
はしゃぐ、バードの言葉にセアラは答える。
(ゲーム知識で知っているとは言えないから、こらからは人に聞いたという設定でいこう)
セアラの耳にシミルの硬い声が聞こえた。
「国主様、このようなことが起こると知っているならばあらかじめ教えて下さい。なにかトラップにかかったのかと思いました。階段が現われる仕掛けをあらかじめ知っていたとはいえ、もしもがあってはいけません。次からは私が国主様の代わりに仕掛けに触ります、それでいいですね国主様」
「ごめん、次からはちゃんと何が起こるか言うよ。あ、あのシミル、もしかして怒っている?」
「国主様に怒るなどしていません。心配しているだけです」
(そんなこと言ったって声が怒っているよぉ~。いつもより数倍硬いもん)
一方、アルダスはバードに拳骨を落としていた。
皆が地響きが起きた時にセアラを守ろうとしていたのに対して、バードだけが何が起こるのかワクワクしていて意識がセアラに向いていなかったことをアルダスは知っているからだ。
護衛として来ているのに自分の好奇心を優先させているバードにそういう性格の奴だと知っていながら、生真面目なアルダスは腹が立って仕方がない。
「バード、お前わかっているんだろうな。いいかげんにしろよ。今回はなにもなかったものの国主様にもしものことがあれば、また振り出しに戻るんだぞ」
「わかっているよ、本当に国主様の命が危なくなるようなその時は命をかけるさ」
「わかっているようならいい」
セアラがシミルに説教されているのを横目に見ながら、皆に聞こえないように気をつけて二人は話す。
その会話をターシャだけが聞いていた。
「みんな、この階段を今から降りるよ。下にはモンスターもいるから気を付けて。現れるのはブラックバッドとシェイドスネイク、ビッグラッドだよ。下は太陽の光が届かないと思うから、はいこれを使って、灯り石だよ。魔力を少し石に流してね」
遺跡では何故か簡易結界石や魔除け液などの効果がない。つまりモンスターとの戦いは避けられないのだ。
セアラ自身も遺跡で遭遇するモンスターに対抗するために、様々なアイテムを用意している。今回はレベル上げよりも採取を目的としているので、自分でモンスターを倒すことに執着していない。
倒すのにたらたら時間をかけて夜となるのが嫌だからである。
セアラの言葉に皆が気を引き締る。セアラから灯り石を皆が受け取る。
階段を一番に降りるのはアルダスである。続いてバード、セアラ、ターシャ、シミルの順で降りる。
そして、階段を最後まで降り目に入ったのは、部屋の天井の壁一面を覆い隠すほどの大量の数のブラックバッドだった。
「いやー! なんでこんなにブラッグバッドが増殖しているの! 天井が黒い! 気持ち悪い! なんなのよ、これ!」