閑話
「こりゃまた多くの者が集まったようだね~」
「当然だ、あのような何の条件もない住民募集に人が集まらない訳がない」
「まー、そりゃそうだけどよ。あそこにいる人族を除けば、亜人だらけだな」
「当たり前だ。少しでも希望があるならそれに縋りたいのは皆同じだ」
ひょうひょうとした男と幾分堅苦しい口調の男が、結界の境界線近くに集まっている人々を見ながら話している。
2人の右頬には1枚の鱗があり、彼らが竜人族であることがわかる。
「国主様は出てこないみたいだね~、あんな子供達にみんな好き勝手言っているね。全く酷いもんだよ。ほら、見てみろよ、あの犬耳族の女の子。可哀そうに、耳がヘタってぷるぷるしているじゃないか。まあ、彼らの言っていることもわかるけど」
「おいおい、そんなに怒るなよ。お前は小さい者に弱いからな。いてっ! おい殴るな。だけど、冷静に考えてみろよ。俺ら亜人が住民として国に受けいれられる可能性を考えれば、もうすでに住民となっている者に嫉妬する気持ちもわかるだろう?」
「……………………だが、小さき者に対してあのように振舞うとは許せん」
「いや、お前が向こうに行ったらみんなビビるから。ただでさえ、俺たちは怖がられてんだからよ」
バードはいつものようにアルダスに軽口を叩く。そしてアルダスに殴られるのが彼らの日常である。
バードはアルダスが手が早くて堅物すぎると不満に思っているが、アルダスからしてみれば、バードの方こそ軽口と突拍子もない行動力が、いつも面倒事を引き寄せていると自覚して欲しいと思っている。
「おやっ、どこかに行ってた犬耳族達が帰って来たようだね。アルダス、見てみなよ。犬耳族に人族の子供が混じっているよ」
バードの声にアルザスは森がある方向から歩いてくる集団に目をやった。バードの言うように、人族の少女が混じっていた。
バードとアルザス以外の者は気付いた様子がなかった。竜人族のステータスは高い。そのおかげで遠くにいるセアラ達を発見することが出来た。
どうして、犬耳族達と人族の子供が行動しているのか、とアルザスは疑問に思った。しかも、犬耳族の男たちは人族の少女を守るような立ち位置で囲っていた。
「あれっ、結界に入っていくね。どうやら、人族の子供と犬耳族の男の1人は、アクアポリスの住民みたいだね。それにしても、住民となったのに結界の外に出るなんて、珍しいね。特に人族の子供。ねえ、アルザス、なんであの子供は危険な結界の外に出たんだと思う?」
「知るか」
「知るかって、ちょっとは考えてよ」
まただ。バードは好奇心が高く疑問を感じたら、それが解けるまでしつこく質問する、面倒くさい性格である。
長年の経験から、こういう時は放っておくことにかぎる。
バートがブツブツ言っているのが聞こえるが、アルダスは完全無視の体制に入っている。
そうこうしているうちに、さっき結界内へと入っていった人族の少女が集まっている人々に大きな声で話し始めた。
話を聞いているうちに、2人はあの少女が国主だということを知った。
「あんな、少女が国主だなんてビックリだよね。そりゃ、犬耳族の男たちが一緒に行動する訳だ。彼らは護衛ってところか。でも、国主が安全な結界から外に出るなんて普通じゃないよ。ねえ、アルダス、理由が知りたくないかい?」
「煩い、国主の声が聞こえないではないか。今は黙れ!」
「はいはいっと」
バードの返事に腹が立ったが、今は国主の言葉を聞くのが先だと思い直す。
「今度の国主様は当たりなようだね。同じ人族の言葉を退けて、亜人に優しくするなんて」
「ああそうだな」
「それに古文書を信じていないみたいだよ」
「ああそうだな」
「同じ言葉ばかり繰り返して、本当に聞いているの?」
「もちろん、聞いているさ。素晴らしい国主様だ」
アルダスの言葉を聞いて、バードは彼が国主に傾倒しつつあることに気が付いた。
やはりこいつは単純すぎる、バードはアルダスの様子にため息を吐いた。
「次の募集で住民になるのはエルフとドワーフか。まあ妥当かもね。国主様は、世界樹のレベルを上げるためのアイテムを、創ったといっていたけど本当かなあ? 今日中にレベルが上がるなんて言ってるけど。いくらレベル2とはいえ、そんなに早くレベルが上がるわけないよねぇ。そんなことできたら、どこの国の国主様も大騒ぎだよ。国主様は性格はいいかもしれないけど、とんだ大法螺吹きだね」
「国主様が言うことだ。本当かもしれない」
「またまた、そんなに簡単に信じちゃって、しっかりしなよ」
アルダスとてバードの言うことはわかる。だが、あの少女は普通とどこか違うと本能が訴えていた。
彼女の言うことが、真実だったらいい。そうアルダスは思った。
少女が何かを創り、それを持って結界の中心部、世界樹の元へと駆けて行ってから少し時間が経った。その時、
「なに――――――アレ。見て、世界樹がどんどん大きくなっているよ!! すごい、すごいよ! 国主の言ったことは本当だったんだ!!」
バートは興奮した声で言った。アルダスも表情は硬いがその奇跡に興奮していた。
目に映る事実が信じられなかった。
バードが絵空事だと馬鹿にしたことが、現実となって起こっていた。
バードたちだけでなく、集まった人々は皆、顔を紅潮させ、目を輝かせていた。
まさに、奇跡である。
そうして、セアラが戻って来た時には、みなが熱狂に包まれたままであった。
「アルダス、僕は国主様の所に行くよ。どうしても聞きたいことがあるんだ」
「隠密行動中だぞ。今回は様子見のはずだ」
「なにを言ってるんだい。こんな奇跡を見せられて、じっとしてろだなんて無理に決まっているよ。僕は彼女にかけるよ。君だって彼女のこと、仕えるにあたる国主だと認めているだろう?」
アルダスは無言で返した。それこそがバードの言葉を肯定していた。
そしてバードは、歩き出した。セアラの元へと。
アルダスも彼に続いて歩いた。胸に希望を乗せて。