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9.雑用を片付けよう


「うーん……」

 宝石商のコフルがうなる。新しく作ったダイヤを見て困った顔をする。

 何か問題あるんだろうか。前回木炭から作ったのから反省し、今回は【カーボンレインフォース】で純粋な炭素繊維作ってそれを材料にダイヤモンド作ってみたんだけどどうなんだろう。


「品質が前回より上がっております。大きさもともかく透明度、まったく曇りのない無色のカラーともに一級品です。『作った』というお話、なんだか信じてしまいそうな気がします」

「そこは信じてもらえなくても私は困りませんのでいいのですが」

「惜しい、実に惜しい」

 何がそんなに惜しいのか素人の俺にはわからんので返事を待つ。


「お恥ずかしい話なのですが今は魔王軍との戦時下なので宝飾品は売れません。これほどの物となると私どもの手に余りまして、買ってくれるツテがございません。売れないものを高額で買い取っても今度は私どもが貧窮してしまいます」

「ああ、そういうことですか……。いえ、それはコフルさんがまっとうな商売をしている証拠だと思いますよ。」

「ありがたいお言葉です。王都の宝石商ならば王族に当てがあるでしょう。紹介状を書きますのでお待ちください」

 それはありがたい。いつかは王都に行くこともあるだろうからそこの店でまた一から信用を取り付ける 手間がはぶけるというものだ。


 しばらく待っていると羊皮紙の立派な書類を丸めて、手渡してくれた。

「では、このダイヤについては受け取ってください。紹介状代です」

「えっ! いやそれは。それはいけません!」

 コフルはあわてて断る。

「紹介状を書いてくれたお礼と、一文無しで困り果てていた私を助けてくれたご恩返しと考えていただければと思います。あの時の私は現金が手元になく、本当に困っておりました。私のような怪しい者を受け入れてくれた感謝の気持ちです。受け取ってください」


 なにしろタダ同然で作ったダイヤなのでそんなものに大金を出してくれたことに正直ずーっと罪悪感を感じていたので、受け取ってもらったほうがありがたいぐらいだ。

 ひたすら恐縮するコフルの店を出て、次に武器屋に行く。


「おうっ兄ちゃん例のやつは役に立ったか?」

「全く役に立ってないよ」

「なんだよ使ってねえのかよ……って昨日の今日でそうそう襲われたりしねえよな」


 オヤジががっくりしてそりゃあそうかと納得する。見ていて面白いオヤジだ。


「そうそう、昨日聞き忘れたんだが、その武器はなんて名前なんだ?」

「十手だよ。ジュッテ、ジッテとも言うな。手が十本って意味だ」

「うーん初めて聞くな……。十通りの使い方があるということか?」

「ご名答。剣を受ける、剣を流す、剣を奪う、剣を折る、突く、殴る、払う、関節を決めてひねりあげる、押し付けて自由を奪う、逃げるやつに投げつける。単純なだけに使い方は色々さ。剣を持った相手を殺さずに捕縛することを目的とした犯罪取り締まり用の武器なんだ」

「結構凄いやつだったんだな。俺も同じもの作って流行(はや)らせるか」

「流行らねえよ。剣相手にこれで相手ができると思うほうがおかしいだろ」

 他にも問題はある。


「あとこれはオヤジには作れねえと思うぞ。どんな剣で打たれても折れないように中は粘りのある強靭な鉄を使い、外側は刃で傷がつかない恐ろしく硬い鉄で覆って重ねて打ってその上で熱処理するというハガネを知り尽くした職人の手によるものだ。昨日オヤジの作った剣を簡単に折っただろ」

「そんなに凄いものだったのか……。いや、ハガネを組み合わせるとか面白いな。熱処理ってなんだ?」

「焼き入れって知ってるか?」

「初耳だ。どんな方法だ?」

「ハガネを炭で赤くなるまで……そうだな柿色ってわかるかな。オレンジ色よりちょっと赤いぐらいの温度に上げて、それをいきなり水に浸して温度を一気に下げると刃物に適したすごく硬い鉄になるんだ」

「なんだそれ! 初めて聞いたぞ!」

「もちろん硬くなった分もろくなる。折れやすくなるから柔らかい鉄と打ち合わせないと剣としては使い物にならないな。まずは包丁あたりから試してみるのがオススメだな。俺も自分でやってみたことは無いから教えられるのはその程度だ」


 オヤジは嬉しそうに目を輝かす。

「鉄を硬くするにはとにかくガンガン叩くってのがやり方なんだが、熱処理ねえ……。うんやってみるわ」

 まだまだ話を聞きたそうだがキリがなくなるので本題の頼みごとに移る。


「それで今日の頼みなんだけど顔を隠せるような防具は無いか。かさばらずに単純な」

「顔に傷がついたら困るような美男子には見えねえが」

「やかましいわ。俺だとわかんなきゃいいんだよ。マスクみたいのでもいいわ」

「なんか悪いことするつもりなのか兄ちゃん」

 オヤジが顔をしかめて俺を見る。


「悪いことするつもりならあんな武器欲しがらないって。いいことに使うに決まってんだろ。いや、考えてみれば悪いことなのかもしれねえな。ま、顔を隠した怪しい奴の悪評を聞いたら俺だと思って通報してくれてもかまわねえよ。オヤジの判断でな」

「義賊でもやるつもりか?」

「もうちょっといいことだ。……この戦争を止めてみる」

「……ちっともいいことじゃねえぜ。武器屋の俺が商売あがったりになる」


 オヤジが真剣な顔になって俺を見る。


「……マジ?」

「マジ」


 オヤジが奥に引っ込んでなんか持ってくる。

 帯のついた鉄板だな。目のところに穴が開いてる。鉢金が下に伸びたような感じだ。

「これでどうだ。仮面舞踏会用のオモチャだが……」


 顔に巻いて後ろで結ぶ。うん、ピッタリだ。視界も十分。怪傑ゾロって感じか? いやこれはむしろ、

「赤い彗星?」

「なんだそれ。赤くねえよ」

「いくらだ」

「さっきの話面白かったからタダでいいよ。試作品ができたら見に来てくれればそれでいい」

「すまん」

「期待してるぞ」

 そうして顔を見合わせてニヤリと笑う。


「おぬしも悪よのう……」

 いえいえ、お代官様こそ、というノリ突っ込みは返ってこなかった。

 俺の「人生で一度は言ってみたいセリフシリーズ」はこの世界じゃ空振りだ。

 ガッカリだよオヤジ。



 昼飯食ってからギルドに向かう。昨日の金を受け取りにだ。

 もうギルドの前から兵士がぞろぞろと混みあってる。

 こいつらのこのカッコは見覚えある。あの壁を隔てて魔族と戦争してたやつらだ。

「あー部隊が帰ってきたのか」

 そういやここは城塞都市としてはあの壁から一番近い。前線基地として軍の本拠地になっていたのだろう。で、傭兵で雇われてたハンターもギルドに戻って報告やら報酬の受け取りやらで大混乱と。


 戻ってきたということは、もうあの壁がどうしようもなく戦争にならないから一時的に引き上げてきたということか。すげえぜ【グレートウォール】。


「だーかーらーっ! おっかしな壁が突然できて戦闘にならなかったんだよ!」

 ギルドホールに怒声が響き渡る。

「戦闘がなかったんだから報酬下がるのは当たり前だろ!」

「だからそれは壁のせいだって言ってんだろ! 俺たちのせいじゃねえだろが!」

 もうあっちこっちでギルド職員とハンターがトラブルになってる。そりゃそうだな。

 あ、メアリ嬢がいる。

「メアリさーん」

「はい」

 どすんっ。

 いきなり俺の目の前に革袋(たぶん金貨30枚入り)を置いて手でしっしとあっち行けとジェスチャーする。俺の相手するどころじゃなくて、というか俺に関わりたくなくてという感じである。

 話が早いのは全てにおいていいことだ。いいことに違いない。そう思って涙を拭く。

「領収証はいらないだろうね?」

 すげえ顔で睨まれた。「人生で一度は言ってみたいセリフシリーズ」が通用しねえ。退散退散。

 考えてみればけっこうな大金なんだけどまわりのハンターたちからはメアリさんの態度からチンケな仕事引き受けた銀貨かなんかと思われてるらしく睨んでくるようなやつはいなかった。

そう考えればありがたかったかもしれないな。


 せっかくなのでギルドの隅っこで怒鳴りあいを黙って聞いてるとそれだけで最前線の情報がどんどん入ってきてありがたい。軍の連中はあれから壁の前で一晩過ごしたが目の前にいた魔王軍がさっさと撤退してしまい、自分たちも大陸を二分するような勢いのどこまで行っても切れ目を見つけられない壁にとうとう諦めて帰ってきたということだ。軍の本隊は今いくつかに分かれて城塞都市の外で野営してるらしい。


 教会関係者は壁のことを「女神の加護」「女神の奇跡」と言い張っているが実際に圧倒的に有利な状況で突然戦場を遮るように現れた壁はさながら「女神の怒り」と感じて畏れている連中もいる。


 一応壁による犠牲者は一人も出なかったので「女神の神罰」とは誰も思っていない。

 女神パスティールに加護を感謝し祈りをささげてるやつもいる。いやそこはエルテスにしてあげてほしい。

 魔法使いの間でも誰かの大規模魔法だと考えている奴はいないようだ。

 壁は魔力がまったく感じられない、魔法結界や魔法防御とは全く別の物だという。

「空気分子固定」の物理現象だもんな。俺のやってることってもしかして魔法じゃないのかもしれないな。


「ケビンのパーティーはどうしたんだ?」

「勇者についていって残党狩りやってるよ」

「クソッそっちならまともな報酬ちゃんと払われるだろうな。美味しすぎるぜ」


 残党がいるのか! 魔王軍のやつらか。

 あの場所だけじゃなくて他でも戦場があって、壁の手前側に取り残された魔王軍がいるらしい。

 先行していた斥候あたりか。しまった。

 勇者の連中に追われたらひとたまりもないんじゃないか?


 ……。

 うん、ここは助けに行くか。

 魔王軍に恩を売れるかもしれないし、

 うまくいけば勇者に会えるかもしれないし。あんまり会いたくはないが一度ぐらい話してみるのは悪くない。


 よしっ。


 街を駆け出して、城塞都市の出口に向かう。

 外に出て走りながら仮面を取り出して後ろで縛って飛び上がる。

 なぜならば、それが「様式美」というやつだからだ!!



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[気になる点] 十手思ってたより高い技術で作られてるんだな 観光地のお土産用と本物では品質が全然違うわけか でも時代劇の時代に、そんなに高い鍛冶錬成技術あったのか? [一言] >「……ちっともいいこと…
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