8.ワイバーンを退治しよう
城塞都市の門を出て【マップ】を広げ、タラン高原を確認する。
ワイバーンの出没地域だ。農家の家畜が襲われて食べられているらしい。
「エルテス、ワイバーンってなんだ?」
(そんなの引き受けたんですか……)
エルテスがあきれたように返事する。もう24時間受け付けてくれるサービスコールのお姉ちゃんの扱いだな。悪いとは思ってるよ。
(翼竜です。佐藤さんの世界で言うとプテラノドンみたいなやつですね。牛とか羊とかの家畜がよく襲われるので農家さんの大敵です)
「なるほどな。羽は膜だから破けば簡単に落ちると」
(まあそうですね。普通だと魔法を当てるだけでも大変なんで魔法使いずらっと並べて迎撃してから落ちたところを地上部隊で止めを刺すんですけど佐藤さんなら楽勝でしょう)
「相手飛んでるもんなぁ……見つけるのどうやろう?」
(【ホーミング】と【ナビゲーション】で追っかければ?)
「なにそれ卑怯臭い」
(手段なんてどうでもいいじゃないですか。一人でやるんでしょ? 誰も見てませんし)
エルテス、そこにロマンはあるのかい?
チートも過ぎるとファンタジー感のかけらもねーよ。
「わかった。やるよ。やりゃーいいんでしょ」
街から十分離れたところで、【フライト】で飛び上がり【ナビゲーション】で約30km離れたタラン高原を目指す。
【ホーミング】は熱源探知の魔法である。
生物は熱を出す。どこに隠れていても場所はバッチリわかってしまう。
この場合対象は空中なので範囲を思い切り広げると簡単に反応を見つけることができる。
なるほど、プテラノドン恒温動物説は正解かもしれない。
現在の高度は500m。プテラノドンタイプだとすると羽ばたく力はあんまりなくて、地上からの上昇気流に乗ってゆっくり飛ぶぐらいのことしかしてないはずだ。地上の獲物を襲うことを考えると当然奴の高度はせいぜい100mぐらいだと思われる。
いたいた。牧場の柵の上を悠々と旋回してやがる。上にいる俺のことは完全に死角だ。
プテラノドンみたいに頭がとんがってなくてずっとシンプルな形をしている。羽は思った通りコウモリみたいだ。
見ていると牛が襲われちゃうのでさっそく捕獲に入る。
バックパックからロープを取り出して両手に持つ。もちろん【レインフォース】で炭素繊維強化した佐藤印の特製ロープだ。
「いっくぞおおおお!」
【フライト】を切って自由落下する。
おー面白い面白い! スカイダイビングってやったことないけどこんな感じか!
手足をうまく使えば空中でも方向をコントロールできる。
魔力を使って接近すると気づかれるかもしれないのだが、今は魔法はなにも使っていないから隙だらけだ。
ぐんぐん近づいて……でけえ!!
なんだこれ20mぐらいあるじゃねーか! すげえよワイバーン10mなかったプテラノドンとはモノが違うわ!
前に伸ばしてる首めがけて落っこちる。
どすんっ!
「ぱぎゃっ!」
いきなり意表を突かれたワイバーンはおかしな声を上げて首がへんなふうに曲がってしまった。
振り落とされないように素早く首にロープをかけて締め上げる。
ワイバーンはぐるんぐるん錐揉み状態になりながら急速に落下中だ。
地面との距離を測って、地上に落ちる寸前でワイバーンに【フライト】をかけて落下スピードをギリギリで落とす。
「んぎぎぎぎぎっ!」
地上に落ちたワイバーンはしばらくのたうち回っていたが、首をロープで思い切り締め上げているうちにバッタリ動かなくなった。
ふうー……。一件落着。
見回すと、周りは牛、牛、牛。
牧場の中である。
農家のオヤジさんが牧草の刺さったフォークもって口を全開でこっち見てる。
「あ……お騒がせして申し訳ありません」
ワイバーンを退治した証明だが、まあそれっぽい部位を切り取って持って帰ればいいだろう。
牙とか爪とかカラスみたいに足とかか? それをナイフで切り取って袋に詰める。
農家のオヤジさんには大変感謝された。近所の農家でもう20頭ぐらい牛やら羊やらがやられていたらしい。
死体をどうするか聞かれたが別にいらないと言ったらオヤジさんがもらうそうだ。
肉を切り分けたり使える部分を売ったりと金になるらしい。被害にあった農家同士で分けて損失に当てればやられた家畜分ぐらいにはなるという。
今回の依頼の報酬は地元の領主が出してくれてるらしく、あとはハンターギルドに報告して手数料を引いた金を受け取ればいい。
お土産に卵だの野菜だのチーズだのをオヤジさんたちにもらって、袋をかついで農場を後にする。
ほかの農家さんも集まってきてみんな大喜びだ。笑顔で手を振って見送ってもらった。
あんまり早く帰っても本当に俺が退治したのか疑われそうなので、帰りは30kmの距離を、のんびりと歩いて帰った。田舎の田園風景が美しい。
うん、いいことした後は気分がいいな。
「はいこれ」
ハンターギルドの受付で袋をどさっと置いて、ハンターのカードと依頼が書かれた木板をカウンターに出す。仕事に出かけたハンターが戻ってくるにはまだちょっと早い時間でフロアには他に誰もいない。
受付のメアリ嬢は真っ青だ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」
そう言って奥に引っ込む。
おっさんが一人ついてきて袋の中身を調べ出す。ワイバーンの牙と、爪と、両足が入った1mぐらいあるでかい袋だ。
実はこれは【コントラクション】で持ってきた。収縮魔法だ。
原子構造には隙間がある。中央の原子核の周りを電子がぐるぐる回っているのだが、この隙間が小さくなるように収縮させるとどんな物でも10分の1とか100分の1ぐらいの大きさになるので邪魔にならない。とは言っても重さは変わらないんだが、まあ俺ならそれを持って30kmの距離を運んでも大丈夫だ。マジで疲れたら【フライト】の魔法を袋にかければ重さはゼロにできる。
それを路地裏で元の大きさに戻し、こうしてハンターギルドまでかついで持ってきたというわけだ。
「間違いない。今日狩ったばかりのワイバーンの爪と牙と足ですね……」
おっさんが断言する。鑑定士らしい。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」
メアリ嬢が両手を前に出してそのままでいろとゼスチャーして二階に駆け上がる。
しばらくしてバタバタと降りてくると、「ギルドマスターがお会いになります。二階へどうぞ」とひきつった顔で案内する。
ここまで来てさすがに俺も気づいた。
やっちまったらしい……。
「で、あなたが佐藤さんで、今日依頼のワイバーンを討伐して帰ってきたと」
ハンターギルド・タリナス支部のギルドマスターは白髪頭でひげ生やしたいかにもゴツい元ハンター風のジジイである。ジョーウェルというらしい。
「はい……」
こりゃ信じてもらえるかどうかわかんなくなってきたので俺もちょっと遠慮がちに返事する。
「今日ハンターに登録したばかりですと?」
「はい」
「で、ランク指定のないこの依頼を勝手に持って行って一人でワイバーンを退治して部位を持ち帰ってきたと」
「はい」
「それを信じろと」
「……微妙な話なんですかね?」
ジョーウェルが机を両手でバンと叩いて立ち上がる。
「あったりまえだ――――!!」
まずいまずいまずい。これはかなりやっちまったらしいぞ。
「ランク指定が無いってどういうことかわかってんのか? ハンターギルドでも指定ランクが判断できん危険な仕事なんだぞ! 1級とか最低でも2級のハンターがリーダーになってパーティー集めてギルドの審査受けてそのメンバーで大丈夫か判断してからやるかやらんか許可出すような大仕事だぞ! それを昨日今日登録したばかりの7級ハンターが許可も無しに勝手に一人で討伐してきたってありえないだろっ!」
「で、でもこの部位見れば今日取ってきたとしか……」
鑑定士のおっさんが口を出す。
「わかってるわ! 見ればわかるわ!」
ジョーウェルが怒鳴り返す。
「えー……許可なく勝手にやったので今回の報酬は無しってことになるんですかね」
恐る恐る聞いてみる。
「いや、そこじゃないから!」
メアリ嬢と鑑定士とジョーウェルが声を合わせて突っ込んでくる。
「どうやって倒した?」ジョーウェルが俺をにらむ。
「えーと牧場の上を飛んでたワイバーンに魔法ぶつけて落ちてきたところをロープで首を絞めました」
「……」
うん、本当のこと言っても信じてもらえないと思ったのでウソですがかなり近い内容でどうでしょう。
「上空を飛んでるワイバーンに届くような魔法を撃った? その魔法が飛んでるワイバーンに当たりました? でワイバーンが魔法当たっただけで落ちた? 首絞めたら死にました?」
「はい」
「信じられるかバカヤロウ……、そんなことできるやつがいたら勇者クラスだ……」
勇者弱ええ。思ったより弱ええ。
「俺が何年ハンターやってると思ってる。ハンターってのはな、見りゃあわかんだよ。こう、ものすげえ迫力とか、殺気とか、隠しようがない魔力とか、そんくらい腕あったらお前みたいな歳になる前にさんざやらかしてとっくに一端の有名人になってなきゃおかしいだろが。それが今日ハンター資格取ったばかりですぅ? お前今までなにやってたの? 何者なのお前?」
すいません。すいません弱いのは俺でした。俺の見た目が弱いからですすいません。
「ワイバーンって口からブレス出すんだぞ。当たったら十人ぐらい即死だぞ? 魔法使いの半分は防御魔法のプロ並べないと太刀打ちできないんだぞ? よく無事だったな」
「そんなの見てませんけど」
「ワイバーンに反撃させる間もなく捕えたと……。ワイバーンの死体はどうした?」
「いらないんで被害農家さんにあげました」
「お前それがいくらするか知ってるのか? 金貨百枚以上で売れるんだぞ。ギルドの収入が無いじゃないか……」
ギルドマスターが頭を抱える。
「いやそういうことなら報酬いりませんて」
「そんなわけにいくか――――!」
怒鳴られた。
「ギルドがハンターの上りをピンハネするようなそんな恥ずかしい真似ができるか! なめんな! そんなことやったらうちで働くハンターが一人残らず別の支部に行っちまうわ!」
「すいません……」
これは相当やばいことになってきたらしい。
「と、に、か、く、だ。今回の報酬は金貨30枚。依頼主の領主が出した分そのままくれてやる。今回ギルドはなにも動いていないからな。本当だったらワイバーンの死体込みで130枚に手数料引いて討伐パーティーで分けるとこだが手数料のかわりにこの爪と牙はギルドがもらっとく。文句ないな?」
「ありがとうございます」
日本円で300万円か。そりゃあすげえ!
「それから今日からお前は1級だ。書き換えてやるからカードよこせ」
「いやそれは困るんでお断りします」
「なんで――――!」
もうギルド側絶叫。
「だって一級上がるごとに金貨10枚いるんでしょ? 金貨60枚出さないといけなく……」
「タダにしてやるに決まってるだろ! ギルドの推薦があれば金はいらないよ!」
「でもそれじゃギルドに損でしょ」
「1級の実力持ったハンターが7級の依頼しか受けられずにウロウロしてるほうがギルドにとってずーっと損だわ! 無駄だわ! もったいないわ! それぐらいわかれ!」
「いやだって俺ギルドで仕事するつもりは全くないし」
「なに――――――――!!」
全員俺を見てもう口全開で何も言えない。
しまった。
みんなガックリ来てる。俺の相手をするのがほとほと嫌になってきているのがわかるぞ。
俺は空気が読めるのだ。たぶん。
「もういい……。帰っていいわ。一応明日までに農家行ってワイバーンの死体確認して討伐を領主に報告しとくから、明日の午後もう一回ここに来い。そこで金渡すから」
「ありがとうございます」
「あーちょっと待て」
「はい」
部屋を出ようとした俺にギルドマスターが声をかけた。
「お前は依頼票もって現地に行った、そしたらワイバーンの死体落ちてるのを見つけたので部位を持ち帰って来た。ワイバーンはなんでか知らないけど勝手に死んでてお前は死体を見つけただけだ。それでいいか?」
「それでお願いします」
あっさりと納得した俺にジョーウェルが首を振る。
「すまんな。あんな話誰も信じてくれんからギルドの信用にかかわる……」
部屋を出るとき思った。
そういえばせっかく買った十手使ってねえや。
まあいいか。