6.ハンターギルドに入ってみよう
さんざん俺を悩ませてくれたあのクソ忌々しい世紀末ファッションを宿の暖炉で燃やし、買ってきた服に着替えた。
街を眺めて行き交う人を観察した結果、今俺が着ているのはきわめて普通の極々一般的な服だ。これで俺のことを怪しいと思う奴がいたらお目にかかりたいものである。
ただ、布地はできるだけ厚めでポケットの多い丈夫そうなものにしてある。肉体労働系のガテン服でこの世界の職人とか労働者が着ている服寄りだ。まあジーンズ上下と思ってもらえばかなり近いか。靴は長距離の徒歩に耐えられる歩きやすい革靴だ。
防具や武器の類は必要ない。
パラメーターがカンストしてるんだから、何を着ても何を装備してもこれ以上は上がらないんだからとりあえず破れにくい服なら文句ない。
ディパック程度の背負える革袋も買った。動きに邪魔にならない程度の小さい奴だ。
作業用のナイフとかロープとかいろんな道具とかおやつの日持ちする乾パンぽいやつとか入ってる。
水は入ってない。【ウォーター】の魔法で水球が作れるからだ。
空中に浮かしておけるからそのまま口をつけて飲めばいい。空気中の水分を集める魔法だ。
前払いしてある宿の主人に挨拶して外に出る。
歩きながら【レインフォース】の魔法を発動させる。材質は炭素を選択しておく。
いろいろある強化魔法の一つだがこれをやると俺が今身に着けている服や装備がカーボン繊維に置き換わり強化される。もう俺が全力で引っ張っても破れない服になるから恐ろしい。刃物も弾丸も通らないだろう。
俺自身防御がカンストしているので服を強化する意味は無いのだが、戦闘するたびに服が破られたり切られたり燃やされたりしたらせっかく買った服が世紀末ファッションや最悪到着したばかりのターミネーターになってしまうのでそれは避けたい。
炭素は空気中の二酸化炭素から取り込んでいる。つまり今俺は体中から猛烈に酸素を放出しているので火気厳禁だ。室内ではできないのでこうして外を歩き回りながらゆっくり炭素を取り込んでいる。
30分も歩き回れば強化完了。
うん、目立ってない目立ってない。俺とたいして変わらない格好のやつがいくらでもいる。これから職場に向かうのだろう。誰も俺のことを気にしない。
昨日寝る前にエルテスと今後のことをいろいろ相談した。
まずは俺の身分をどうするかだ。ある程度動けるようにするにはなんらかの身元保証が欲しい。でないとどこに立ち入るにも人と話をするにしてもいちいちやり難くてしょうがない。
「女神エルテス様の伝道師というのは……」
(絶対にやめてください――!)
エルテスの悲鳴に大笑いする。
「そこ、不思議だったんだけど、ここに来てエルテスの名前をさっぱり聞かないんだが」
(神様なんて人間が勝手に想像するもので本物が現れたりするわけないじゃないですか)
「そりゃそうだな……俺のいた世界も民族の数だけ神様がいた。本当に神様が実在したらとっくに統一されているに決まってるし」
(そうなんですよ。今更私が降臨したって、邪教扱いされて私を見た人が全員火あぶりになっちゃいます)
「怖えなにその暗黒時代」
(人間て神様で権威づけたいものですし、利用することしか考えません。今持ってる利権も手放したくないですし宗教なんてそんなもんです)
「うーんこの国の宗教にはだいぶ問題がありそうだ。っていうか邪魔にしかなってないな。いわゆる老害ってやつだ。歴史がある分やっかいそうだし」
ヘタなことをすると魔女裁判で処刑されるか。やりにくい世の中だ。
(国のトップ、つまり王様や今佐藤さんがいるタリナスの領主さんなんかは国教を決めたりはしてませんので、時代時代の勇者さんを神格化した宗教があっていくつかに分かれてます。王族や貴族は宗教を人民を統治する利用できる一つの手段という感じで熱心な信者というわけではありませんね)
「まあ世界中どこに行っても政治家が神頼みなんて国はないさ。現実家でないと務まらないよ。そうすると今の勇者はなんなんだ? 軍を率いて魔王を討伐するような立場だろ? 誰が後ろ盾になってる?」
(教会の主導権争いみたいなものですね……。勇者信仰があるので勇者を召喚できた教会一派が一番神に近い正統な教義ということになります。勇者召喚なんて滅多に成功しないのですがたまに成功すると勇者を立てて魔界侵攻への口実にし、王国や領主、団体に協力を強いるという……)
クズだ。クズすぎる。魔王にしてみればこれほど迷惑な話もないだろう。
「魔王って人間側攻めたりするの?」
(200年前までは魔界は統一されてなくバラバラでしたのでよくありましたが最近はありません。今の魔王って魔族どうしが争わないように上から脅すような役割なんで人間側のほうには興味ないんです。人間って魔王から見ると弱くて使えないし利用価値がありません。魔族は人口少ないんで大陸を全部占領する意味もないですし。ただ、何度も人間側に侵攻されると頭にきて前線の都市を壊滅させたりはしたことがあるんですが、そうするとチート勇者が現れて倒されたりすることもあって損な役割ですねえ)
「なんか魔王が気の毒になってきた。一度会って話聞いてみたいよ……」
(いいと思います。たぶん話わかる人なはずですよ)
うん、そこは希望が持ててきた。
「で、話を最初に戻すとオススメの職業は?」
(やっぱりハンターですかねえ)
「あ、やっぱり?」
そりゃあここで農家だの商人だのになってくれって言われたらエルテスの正気を疑うわな。
元やってた機械系エンジニアとかここではできないし、騎士だの国を動かせるような高い身分の政治家や王様になれと言われても何年かかるかわからない。勇者なんてまっぴらごめんだし手っ取り早く腕っぷしや魔法を利用できてどこにでも行ける自由人となると冒険者とかハンターとかのフリーター系となる。
(ハンターギルドに行って新米ハンターとしてスタートするのが一番無難かと)
「はいはい了解しましたよ」
そんなわけで今俺はハンターギルドの建物に入って手続きをしているというわけだ。
この世界戸籍だの住民票だのが整備されているわけがなく登録は全部自己申告である。
年齢や名前は面倒なのでそのまんま正直に書いた。不思議なことに申請書類はちゃんと読めるし、日本語で書いても誰も疑問に思わない。
登録料は金貨10枚というのは驚いた。日本円で100万円である。
ダイヤを売っておかなければ危なかった。
紹介状や信用ある人物の推薦があればもっと安くなるしタダにもなるが、俺にはそんなものはない。
エルテスに書いてもらうわけにもいかんしなぁ。
この値段は実力の無い者、ハンターという身分を利用したいだけの者を蹴る防波堤の役もある。
なにも後ろ盾が無い人間でも、それだけの金が用意できるならば信用に値するということでもある。
100万払ってもハンターギルドから得られるサービスを考えれば高くはない、と考えられる実力の持ち主だけがハンターになれるわけだ。単純ながら理にかなっているし保証人のいない俺にとってもありがたい。
また、登録料だけでもハンター協会はちゃんと儲かるので、ハンターに課せられる義務もきわめてゆるい。依頼者から仕事を請け負い、ハンターに紹介し、成功したら報酬を渡し、手数料を取る。
ランクが低いと高い仕事は受けられない。ランクは1級から7級まであり、実績が上がれば上のランクに行くことを認めてもらえる。原則としてタダ働きを強要されることは無いし依頼選択の自由はあるがハンターとしてなにも仕事をしてないと一年で資格を取り消される。再登録にもランクを一つ上げるにもまた金貨10枚必要である。
違法な行為は禁止という項目はちゃんとあるがそもそもなにが違法なのかはわからない。
この時代法整備されているわけじゃないので教会裁判や領主、王国の裁判で好き勝手に判決を決められるからあってないようなものである。
と、言うのが受付のお姉さんの説明だ。
もらったカードには名前と登録番号とランクが書かれている。
この世界レベルという概念は無いらしく記入されているのはそれだけだ。レベルを調べられたら大変なことになっていた……。俺LV999だからな。
このカードでどこの国でも出入り自由だしどこのギルド支部の依頼も引き受けられる。
本部は王都にあるらしい。
ランク上げるにも金貨10枚必要か。ランク上げたかったらそれぐらい稼げるようになってからにしろってこったな。カネが信用のすべてとは世知辛い。
「依頼は掲示板に貼ってありますのでランクで実行できるものから少しずつ依頼をこなしていかれることをお勧めしますわ。ではご武運をお祈りいたします」
実にあっさりと素っ気なくきわめて事務的に終了してしまった。
そりゃそうだ。俺みたいに35歳で今更ハンターになりたがる一般市民なんて取るに足らないなにも期待できないモブ中のモブである。むしろこの齢までなにやってたんだということのほうが不思議であり場違い感がはなはだしい。
俺としても実はハンターとして活躍する気は全くなく、もう一生7級で全然かまわない。
なにをやるにしても「ハンターの佐藤です」と名乗りたいだけだ。
それだけでも「平民で無職の佐藤です」と名乗るより数十倍はマシである。
そんなわけでなんのイベントもなく、フロアにたむろしている世紀末ファッションの一歩手前で鎧やら 防具やら槍や剣やよくわからない武器を装備したいかつい男どものバカにしきった目を痛いほど受けながら、依頼が貼り付けてある掲示板に向かうのであった。