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5.金を稼ごう

 生活する上で一番困るのは金だ。

 これから活動するにも金がなければ旅もできないし宿にも泊まれず最悪飯も食えない。

 金策に労働する時間を取られては俺の活動どころじゃない。

 エルテスに金をくれとはさすがに言えない。いやエルテスだって人間の金は持っていないだろう。

 働かずに手っ取り早く金を手に入れられる方法は……なにかないものか。

 これからやらなければならない「世界を平和にする」という崇高な目標の第一歩のためにとんでもなくゲスいことを考えなきゃならないギャップに苦笑いする。


 元手はわずか銀貨7枚、銅貨21枚なのである。さてこれで何をするか……。

 すきっ腹で街を散策していると高級商店街に入った。宝石店がある。

 エメラルド、ルビー、ダイヤ、翡翠(ひすい)、真珠、金、銀……白金は無いようだ。俺の世界でもよく知られている宝石である。白金が無いのは加工が難しくまだ貴金属としての価値が確立されていないからだろう。


 よし、これを売れば高く買い取ってくれそうである。

 雑貨屋に顔を出してそこのオヤジに聞く。

「すいません。炭はどこで買えますか?」

「炭はうちで扱ってねえよ。この通りのはずれに薪屋があるからそこで買いな」


 薪や木炭は暖房だけでなく料理の燃料としてこの世界の生活必需品であるはずだ。レストランが並ぶ商店街にもかならず炭を扱うところがあると思う。とりあえず目的の薪屋で炭を銀貨2枚で買えるだけ買うと両手に抱えるだけもらえた。どうやら銀貨一枚で1000円ぐらいの価値があるらしい。

 金貨10万円、銀貨1000円、銅貨10円、ぐらいと思う。

 一つ上の硬貨になるには100枚必要ということだ。たった三種類なのでわかりやすい。通貨にあんまり種類があるとコストもかかるし業務も煩雑になる。教育が行き届いていない世界なのでこのシンプルさは有効だろう。


 そのまま城壁の出入り口まで行き、守衛に軽く頭を下げ外に出してもらう。

入るのにはチェックやら税金やらいろいろあるのだが人一人が手荷物だけで出る分にはなんのチェックもない。

 街道を適当に歩いて人がいなさそうな岩山を少し登って、取り掛かる。


 まず木炭を1キロぐらい積み重ね、魔法の中から【コンプレッション】を選ぶ。

 空間を圧縮する魔法だ。対象を木炭の山にすると木炭の周囲がぐにゃっと歪みベキバキと木炭が押しつぶされてゆく。出来上がったのは黒い塊だ。これは黒鉛である。

「もうちょっとっ!」

 【コンプレッション】を二重がけする。

 黒鉛に高圧がかかり真っ赤に発熱しさらに大きさが小さくなる。グラファイトかカーボンか、かなり密度が上がってきている証拠だ。

「【メガコンプレッション】!」

 さらに強力な魔法を上掛けする。まだか!

「【ギガコンプレッション】!」

 【コンプレッション】の上位魔法をどんどん上掛けしてゆく。

 魔法の中心はもう赤を通り越して青白く発光している。

 MPがすげえ吸い取られていく感じがする。これを維持。ひたすら維持。

 がんばって30分ぐらい維持していると光がだんだん赤っぽくなってきて温度が下がってきているのがわかる。

「ふうっ……もういいかな」

 そこで【コンプレッション】を解放すると、赤いかけらが岩の上に転がり落ちた。

 だんだん温度が下がって触れるようになる。

 手に取ると5mm角ぐらいの立方体の透明なキューブ状の鉱石ができた。


「よしっダイヤモンド完成!」


 世界で一番硬い宝石、一番高い宝石、そして、一番安い材料でできている宝石。

 この世界のやつら、ダイヤモンドが炭素の単結晶だということを知らないだろう。

 これを合成するには10ギガパスカル以上の圧力に2000度以上の温度が必要なわけだが、【ギガコンプレッション】の魔法でそれぐらいの超高圧高温空間を作り出すことができたというわけか。

 5mm角だと約2カラット。カットして半分になったとして1カラットだから日本円でこれでも100万円ぐらいするはずだ。

 MPは999あるうちの三分の一を使ってしまった。

 ちなみに【ギガコンプレッション】の上位魔法の【テラコンプレッション】は全魔力消費の究極魔法である。やったらたぶん核融合が起こる。事実上使えねえ。

 がんばってもう一個作る。MPがゼロになると動けなくなるので一日二個が限界か。


 城塞都市に戻って入り口で手ぶらなので入城税銀貨2枚を払い、先ほど見た宝石店に入る。

 俺の世紀末な身なりにも動ぜず慇懃な態度で接してきた店員であるが、ダイヤの原石2個を見せると顔色を変えて店の奥にすっ飛んでいった。

 奥から現れたのはこの店の主人、宝石商人のコフルである。

 50代ぐらいか。自身は宝石でキンキラキンということはなく仕立ての良い地味なスーツを着ている。

 客商売なのだから客より着飾るという愚は無い。さすがである。

 俺も身なりは世紀末だが、これでも35歳の会社員。ビジネス会話は普通にできて当たり前なのでどこぞの主人公みたいな俺様口調は無しだ。


「……お客様、これをどこで手に入れられました?」

「作りました」 正直に言う。

 コフルはほっほっほ、と面白そうに笑ったあと、俺の目を見て

「御冗談を……。ダイヤモンドを作る方法などありませぬ」という。

「作った、ということにしておいてほしいです。その証拠にまた持ってくることができますよ。時間はもらいますけど」

「うーん……」

 コフルはしばらく考えたのち、首を振った。

「つまり、出所は明かせぬと」

「いや、だから作ったんです。まあ信じてもらえないだろうとは承知しています」

「ちょっと失礼」

 そう言ってルーペで原石を見回す。

「傷をつけてもかまいませんかな?」

「どうぞ」


 本物のダイヤなら傷がつけられるわけがない。ダイヤはダイヤでしか傷つかないのだ。

 コフルは店員になにか工具のようなものを持ってこさせるとそれでいろいろ原石をさらにいじくりまわしてルーペで確認し重さを測り水に沈め入念にチェックする。

 全て俺の目の前でそれをやる。偽物とすり替えたりしていないという証明である。

「まいりました。本物のダイヤの原石2カラットでございます」

 さんざん調べた後顔の汗を拭きとって俺に素直に頭を下げる。


「正直、怪しげな身なりですでにカットされた宝石を売り込みに来られるお客様はいるのですが、たいていが盗品です。そのような場合はお断りする場合も多いのですがこれは紛れもなく原石。その価値がわかる者など極少数ですし今後も同じようなものを売ってくださるのでしたら私どもも取引をお断りする理由がございませぬ」

「よかった……、買い叩かれるか騙されるかあとで襲われるかするかと思いましたよ」

 遠慮なく皮肉を言ってみるがコフルは動じない。


「作った、という話は信じませぬが、宝石は嘘を申しませぬ。そして私どもは信用が全ての商売ゆえ、裏でそのようなことはいたしませぬ。一流の宝石店であることを自負しておる以上本物がわかるお客様とは本物の取引をするのは当然でございます」


 一流の商人という奴はさすがである。

「ありがとうございます」

 俺も思わず頭が下がる。


「さてご承知だと思いますがダイヤモンドはカットしてこそ値打ちが出るもの。原石は当店で並んでいる商品ほどの値がつかないのはご勘弁いただきたい」

「承知しています」

「大きさは申し分ありませぬが色、透明度ともに少々品質が下がります」

 まあ原料が木炭だからな……。もっと純粋な炭素を生成する方法でも考えるか。

「それでですが、金貨10枚。二つで20枚ではいかがですかな」

「それでいいですよ」


 あっさりと了解した俺にコフルが驚いた。

「よいのですかな? 普通こういう取引には丁々発止の掛け合いがつきものでございますが」

「次にできたときは別の店に持ってゆく。ここより高ければもうこの店には来ない。それだけです」


 はっはっはとコフルが笑う。

「お客様は本物のようだ。つまりこれは運よくたまたま手に入った今回限りの取引ではなく、今後のことを考えていらっしゃる。何度でも取引ができるその自信があればどこの店にもやられますまい。なに、このコフルお客様がほかの店に行ってしまうなど全く心配しておりませぬ。正規の買い取り額をまっとうに申し上げましたからな」


 そうして俺は金貨20枚を受け取って店を出た。

 後でほかの店でいろいろ買い物してわかったのだが金貨は一枚10万円ぐらいの価値がある。

 コフルは初見の客である俺のダイヤの原石二個に200万円も出してくれたわけだ。騙されたり体よくとられてしまったりしなかったのは幸運と言っていいのだろう。

 今後もお世話になろう。


 俺は失ったMPを回復すべく、この世界に来て初めてまともな飯屋で飯を食い、良い宿に泊まって風呂に入り清潔ですっきりした服に着替えることができた。

 後でエルテスにダイヤモンドを作ったという話をしたらすごく面白がって聞いてくれて、無一文で放り出してしまった俺のお金の心配をすごくしていたので安心したと言ってくれた。俺も一安心である。



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[良い点] これは・・・人類が21世紀になっても成し得ていない、 錬金術を越える、錬金剛石術?! あ、でも人工ダイヤって聞いたことがあるな 天然よりは全然価値がないらしいけど、 ダイヤは錬成に成功し…
[一言] この小説2週目ですがおもしろい 理系おっさんチートシリーズ番外2を希望
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