41.五年後の話をしよう
あれから5年。俺は魔族と、王国の関係調整役を1年だけ務めて引退した。今風に言えばロビイストというやつだろう。
今は王都に魔族の領事館があり、魔王城城下には王国の領事館がある。
正式に和平交渉が成れば、そのうち大使館に格上げされるだろう。
ここまで停戦条約、不可侵条約とやってきたのに、この上まだ和平条約、そして一番厄介な通商条約を正式に結ばなければならない。政治という奴は面倒だ。
王都の領事館はあのガイコツが一人でやっている。
ポーカーフェイスと言えばこれほどポーカーフェイスな奴もいないし、まあ魔族の中じゃ一番の常識派なので、外交は任せて大丈夫だ。
護衛はホロウさんだな。二人とも食費がかからないので経費が安上がりだ。
というか王国のメシマズを聞いて四天王の他は誰も引き受けてくれなかった。
魔族料理は3年前に魔族の料理店が王都にオープンし、今では市民にも好評に迎えられている。
それまでは屋台でほそぼそとやっていたのだからこれは大きい。
味噌や醤油といった調味料、様々な魔族流の保存食や酒も料理店のコーナーで売られている。
売れ行きはかなり良く、在庫が不足がちだ。
店を経営しているのはサキュバスたちだが、あれから「人間の精は美味で年中無休」と、娼館でも始めかねないのでガイコツが必死に抑えている。
竜騎士のチリティさんは魔族領と王国領の貿易をドラゴンで一手に引き受けて外貨をかせいでくれている。王国の貨幣も魔族領にすっかり定着した。経済規模の差から事実上の基軸通貨として運用されているのはまあ仕方がない。
通商条約がきちんと締結されれば、王国の商人もここに商館を置くだろう。
王国は、ツェルト教会を国教として指定した。
パスティール教会も、モーガン教会もあれから信者の数を減らす一方で、この国教指定がダメ押しになるかもしれない。
ツェルト教会には、魔王城で保管されていた「ツェルトの剣」が魔王カーリンによって寄贈され、現在は国宝として祭壇に飾ってある。武闘会でカーリンと闘った剣士、相手が本物の魔王様だったとわかって感激していたな。
ツェルトの剣、クロームモリブデンの本物の合金工具鋼だった。これには俺も驚いた。だって俺が見れば、建築用かなにかのでっかいレンチを剣の形に叩き治したものだったのがわかるからだ。
たぶんツェルトさんが召喚されたときに手にしていたものだったのだろう。これをなんとか剣にしたくて、この世界で鍛治を習い、ついでに自分の馬用に蹄鉄も作って、本来工具だったものを剣に鍛造しなおしたんだ。
そりゃ先代魔王の剣も折れるチート武器にもなるわ。現代でも最強の鋼鉄の一つだもんな。さすがですツェルトさん、アンタ本物の勇者だよ。
そうそう、三郎は魔族との友好が成って、勇者の職を失い、今はハンターとして生活している。いくら女神様に言われても、さすがに自殺する気にはなれないようだ。
「ハンターは女にモテない」というのは本当らしく、今でも一人でパーティも組めずに仕事をしている。一級ハンターになって大金持ちになり、ハーレムを作ることをいまだに夢見ているようだが、金に汚いのが嫌われてトラブルも多く二級止まりだ。
俺の仕事は相変わらずだ。魔王代行もするし、側近もやるし、王国から特使が来れば時には執事もする。
村々をまわってトラブルを解決したり、王都に出かけて交渉とか外交も担当したり、何でも屋だな。魔王や四天王がやる仕事をあらゆる面から代行し、サポートする。
俺はエンジニアだったのだから、この世界でいろんな機械を発明し、実用化し普及させることは多分できるのだろう。トーマス・エジソンみたいにな。
でも、それをするにはちょっとこの世界には工業基盤がまだ整っていなかった。
それをやろうとしたら各種鉱石の採掘、石炭の採掘、石油の採掘を始めないといけなくなる。それはいくらなんでも手に余るし、この世界でも大量に資源を消費する社会になってしまうようでちょっとやりたくなかった。
この世界には魔法があるので、それほど必要なかったとも言える。
俺が存命中に発明した機械は、「振り子時計」と「温度計」ということになっている。なぜこれを選んだかと言うと、基礎科学を固めるためにどうしても必要だったからだ。
この世界では数学、幾何学、物理学が中世レベルだった。まだニュートンやガリレオがいない時代、というとわかるだろうか。
たとえば円周率が3.14と言うだけで驚かれるような世界なのだ。
俺はこの世界の科学の基礎となる度量衡を整備することに没頭した。
長さの単位を決めて、そこから面積、体積、重さの単位を整備してゆく。
時計を発明したのは一日や一年の時間を測り、暦と時間の単位も整備するためだ。
時間の単位が整備されて、速度、加速度、重力加速度の定義ができるようになり、仕事量、仕事率のような運動エネルギーの定義、温度計によって熱量、熱エネルギーの定義ができる。ここまでやらないと「物理学」は確立しないのだ。
単位は、「カーリン」で統一した。メートル法ならぬカーリン法である。
俺の数学、幾何学、物理学を学ぶ弟子たちへの教育も、魔族、人間に関係なくすべてカーリンを基礎とした。重さのほうはもちろん砂ではなく水に変えさせてもらっている。
それまで「親指十二本分の長さ」だの「大麦七千粒分の重さ」だの旧態依然の計量だった王国も、俺の物理学を学ぶにはカーリンを使うしかなくカーリン法は次第に普及し始めている。
カーリンは嫌がったが、これで「魔王の身長は人間と変わらない」ということが人間社会にも広がるだろうし、魔族、人間の共通単位となれば魔王の代替わりに変更されることもなくカーリンの名は単位の名前として永遠に残るだろう。
つまり簡単に言うと、俺はこの世界でガリレオ・ガリレイとアイザック・ニュートンになったわけだ。
様々な実験を通して物理を証明してゆく実験科学の手法は、ようやくこの世界でも認められ始めてきた。俺は結果がわかっていて実験するんだからどの物理実験も成功するのは当たり前だな。やがて俺の弟子から、ケプラーやジュールが生まれ、いつかはアインシュタインが誕生するかもしれない。こうした自然科学の発展は国の礎になるはずだ。
そうそう、実験と言えば、カーリンと毎晩実験した結果、二人の子供にも恵まれた。女神紋はいつのまにか消えていて、エルテスと会話することもなくなった。
物理学の基礎が確立できて、次に発電機を作り、いよいよ電磁気学の確立に取り組もうと思ったのだが、残念ながら俺に残された時間はもうなかった。
俺がこの世界で活躍できたのはたった五年だ。
たぶん食道ガンだったのだろう、だんだん飲み食いができなくなりあっという間に衰弱した。カーリンはまだ小さい子供たちと泣いたが、何百年も寿命があるカーリンと人間の俺ではいくらなんでも釣り合わない。俺みたいなチートな人間はこの世界に長居すべきじゃないし、頃合いのいい退場だったんじゃないだろうか。
本来、三十五歳で死んでしまったはずの俺としては、上出来な五年間だった。
最後まで脇役だったけど、俺の転生人生、かなり成功したんじゃないかな?
な、エルテス。
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拙い初投稿作品を最後まで読んでくれてありがとうございます。感想など、お待ちしております。
第二弾「理系のおっさんが物理と魔法で異世界チート2」もよろしくお願いいたします。
死んだらまた別の女神様に召喚されちゃったマサユキのお話です。




