3.身だしなみを整えよう
【フライト】という魔法がある。
これは面白い! 飛べるのだ!
重力をコントロールするタイプだから体に力を入れる必要もない。
同時に【マップ】と【ナビゲーション】を起動しているので目標までまっすぐ飛ぶことができる。
MPが途中で切れると墜落なので、消費と回復のつり合いが取れるレベルでおよそ時速100km。高速道路を運転中みたいな感覚で時間と距離がわかりやすい。
風が目に当たって痛くなるので極小の【ウォール】を前に張って風防にすると便利だな。
さすがにテレポテーションみたいな瞬間移動の魔法はない。物理法則に反した現象は最初から無いので再現できないのである。
で、俺が真っ暗闇の夜空をどこに向かって飛んでいるのかというと王国の大きな商業都市であるタリナスである。
やりたいのは情報収集だ。俺は人間だからやっぱり人間の世界のほうから始めるほうが情報収集はやりやすいに決まってる。この世界の人間がどんな暮らしをしているかも調べなきゃならないし、戦争の原因というか悪いのは魔王なのか人間なのかも見極めなければならない。
魔王が一方的に悪というのは人間側から見たご都合である。
これを手掛かりに、両軍の情報を集めて公平に判断しなければならない。
エルテスにいろいろ聞いてもいいのだろうが、今は夜中だしもう寝てるだろう。
睡眠不足は美容の敵である。女神も寝るのかといわれるとわからないが。
さて【ナビゲーション】が目的地に近づいたことを知らせてくれて眼下に巨大な城壁都市が見えてくる。
5時間は飛んだだろうか。つまり前線から500km。意外に近くにある。
夜明けまであと2時間ぐらい。それまでになんとかしなければいけないことがある。
まずはこのカッコだ。会社の社名入り作業服だよ俺。
しょうがない。だって俺納入先の機械の調整しに外出中だったんだもん。
おかげでポケットに入れてたカロリーメイト食べてとりあえず空腹は癒せたのは助かったんだけど。忙しかったからなぁ社畜の俺。
ちなみにスマホは事故る前に車の助手席に置いといたので今は持ってない。残念だがあっても役に立たないだろう。
あと金。3万円とキャッシュカードとクレジットカードしかない。しかも日本円。
どーしろっていうんだよ日本円使えるわけねえよ無一文だよ俺。
エルテスもそこまでは気が回らなかったか。まあこれほどチートな能力もらっておいてそこまで文句言うのも理不尽だ。能力使って自力でなんとかすべきだろうしできなかったらお先真っ暗である。
城塞都市の中央に広場があり塔が立っている。いかにも教会風の建物や領主の屋敷らしきものもある。そこらへんは【マップ】で既に確認済だ。
飛行速度を落とし、高度をゆっくりと下げ大きな建物の屋根にふわりと着陸する。
そして屋根伝いに走り出す。
「【ナイトビジョン】」
目の前にできた薄い膜で光を増幅させ真夜中の星明りでも視界を確保する魔法だ。
この時代電気がないので街の主要な部分以外は真っ暗だ。寝静まって夜起きてるやつもいないので窓からの明かりもほとんどない。映像は白黒なんだけどこれで俺にはちゃんと見える。
ダウンタウン方面を見回す。なるべく治安の悪そうなところがいい。
明かりが街路に少し灯っていていかにも猥雑な場所がある。
路地裏に飛び降りて、そこから通りに向かって歩き出す。
そりゃあもう目立つ。場違いも甚だしい。あちらこちらからどこの世紀末だよっていうファッションのガラが悪そうな男どもからガンつけられる。怖い怖い怖い。
びくびくしながら通りを恐る恐る歩き、そいつらと目があったところで180度ターンしてダッシュで路地裏に戻る。
「ヒャッハー!!」
なんかもろドキュン丸出しな危ない奴らが追いかけてくる。
「待てよオッサン、ちょっと俺たちと話しようぜ――――!」
日本語じゃない! あ、でも意味全部わかる。
言葉わかるようにしてくれたのか。さすがエルテス。エルテス様ありがとう。
路地裏を折れると袋小路になっており、簡単に追い詰められた。
「よぅおっさん、変わったカッコしてるな。どこのもんだ」
「金もってねえか? 小遣いくれよオッサンよぉ」
三人組のオヤジ狩りである。腰から銃刀法で現行犯逮捕モノの短剣を抜いてヒュンヒュン振り回してる。日本のDQNよりタチが悪い。
一応試してみるか。ここはアレだな。あのセリフだ。
俺の、人生で一度は言ってみたいセリフ、シリーズだ。
「着ている服をよこせ」
「ああ? なに言ってんだオッサン、くれるのはあんたのほうだろ、身ぐるみ全部な!」
おおー言葉通じた! すげえ! これが異世界言語能力ってやつか。
いちいち魔法使うんじゃなくて素で通じてよかった。エルテス様に感謝だ。
いきなり剣を振りかぶって俺の頭に打ちおろしてくる。
あぶねっ。思わず手でよける。
ぱきんっ。
……剣が折れてすっとんだ。
「えっ……」
剣を振ったやつが驚く。
ケンカなんて子供のころにやっただけなんだけどとりあえず適当にぶん殴る。
どごんっと音を立ててDQNがふっとび壁にめり込む。
おおーすげえパワー。さすがLV999。
「てめえコノヤロー!」
仲間二人がこん棒持って俺に殴りかかる。
一人はよけたけどもう一人は無理だった。だって俺こういうの慣れてないし。
ごきんっ。やべっ俺のこめかみに命中した。
……なんともないや。痛くない。
「な……なんなんだよお前……」
残った二人が脂汗だらだら流しながら後ずさる。
「いや待って、逃げられると困る」
俺はそう言ってとりあえずやつらに近づいて無造作に蹴っ飛ばしてみた。
足を蹴とばされた一人はぐるんっとその場で半回転し頭を石畳に強打してそのまま気を失ってしまった。
「う、うわあ……」
もう一人が大声を出そうとしたので口を押さえてから脳天をゴツンとやると白目をむいてそのまま倒れる。
そんなわけで俺はこの世界で別にいてもいなくてもよさそうなチンピラ3人を遠慮なく、格闘についてはズブの素人ながら素手で30秒ぐらいで倒したのであった。
強すぎるわLV999。
3人を身ぐるみ剥いで丸裸にして路地裏に転がしておく。
ありがたく金と服をいただいて着替える。クサい……汚い。早くいい服に着替えたい。
サイズぴったりとは言わないが、これで俺も世紀末ファッションの仲間入りである。
元々着ていた服はやつらのシャツを風呂敷がわりにして包んで背負う。
所持金は銀貨7枚、銅貨21枚。
白み始めた空を汚い路地裏から通りに出て見上げる。
さあ、いよいよ俺の異世界生活の始まりだ!




