2.戦争を止めてみよう
魔族と人間は見ればわかる。だって魔族側ってサイズバラバラ。でかいのもいれば小さいにもいてなんか恐竜みたいのやら化け物みたいのやらいろいろいるもん。
で、連合軍のほうはなんかサイズ揃っててみんな甲冑着て剣とか盾とか槍とか持っててずらーっと並んでるし。後ろにいるのはなんかいかにも魔法使いって感じで杖持っててなんだこの文明レベル! 中世か! ファンタジーか! お約束か!
ゲームやらアニメやらでいやというほど見てきた世界がまんま目の前で起きている。
あ、魔族側からなんか飛び出してきた。でかい声でなんか叫んでる。
やるんだなぁこういうの戦争前に。口上を交換するってやつか。
うわっいきなり連合軍から火の玉飛んできた。魔族側の代表がばたっと倒れる。
魔法か? いきなり魔法で攻撃かよ。汚いさすが人間やることが汚い。
うおおおおおおおおおってすごい怒声が上がってる。両軍走り出した。
始まっちゃう。始まっちゃうよ戦争! 止める? 止めるってどうやって。
女神様女神様エルテス様俺なにか特技とか魔法とかなにかないの? どうするのこれ!
左手をさっと耳に当てて女神紋を発動させる。あ、これマジケータイだな。
「エルテス! 俺なんか能力あるの? どう使うの?!」
(佐藤さん『ステータス』って念じてください!)
「ステータス!?」
そのとたん、俺の前にでかいディスプレイが宙に浮かんで恐ろしく親切なことに全部日本語でメニュー画面が現れた。
LV (レベル) 999
HP (体力) 999
MP (魔力) 999
STR(筋力) 999
INT(知力) 999
AGI(敏捷) 999
ATK(攻撃) 999
DEF(防御) 999
MGR(抗魔) 999
「サービスしすぎだろおおおおおぉおお!!」
全部カンストじゃねーか! なんだこれ卑怯すぎねーか!
(魔法! 魔法見てください!)
あ、下に使える魔法がある。ずら――っと!
うわったくさんありすぎてわかんね――!
(結界魔法使ってください!急いで!)
ぶつかる。両軍ぶつかるよ!
急いで探す。結界魔法ある! これか? この一番下の【グレートウォール】ってやつか?
ポーズとかどうすんだ?
(手! 手のひら前に出して! 魔法名詠唱してください!)
言われた通り手のひらを前に出して……叫ぶのか?
35歳の俺が魔法使うために手のひら前に出して「ぐれーとうぉーる!」って叫ぶのか!?
「できるかああああああああ!」
痛すぎる。恥ずかしすぎる。なんだこの中二病!
でももう両軍衝突しそうだ。このままじゃ戦争になっちまう。死人が出るっ!
(誰も見てませんから!)
わかったよやるよやりゃーいいんだろやってやるよ!
「グレートウォール!」
びしぃっと戦場になにか凍り付いたような衝撃音が轟く。
だが両軍の勢いは止まらない。そのまま魔王軍と連合軍がぶつかった。
……壁に。
ガシャン。ドタドタ……うわあああああああ……。
なんか見えない壁にぶつかるみたいに両軍が一斉に跳ね飛ばされる。
後続が次々と押しかけてきてつぶれる、積み重なる、コケる。
両軍30cmぐらいの間隔を挟んでそこから一歩も前に踏み出せない。
まるで分厚いガラスで仕切られたみたいにきれいに分かれてる。
両軍騒然となる。剣やら槍やらで突きまくるんだけどまったく貫通しない。
司令官らしき怒声が響き渡る。突然戦場に現れた見えない壁を挟んで両軍がにらみ合う。
そのうち、後ろのほうから火球が飛んでくる。
魔法だなアレ。なんか魔法使いぽいやつが杖から飛ばしてるし。
水っていうか、氷?そんなのも飛んでくるし弓矢も両軍からどんどん壁に向かって飛んでくる。
でも全部見えない壁にぶち当たってはじけて消える。
びくともしねー。すげー!
あっ連合軍から誰か出てきた。周りの兵士がさっと道を開けて離れる。
すげえ高そうないい装備。キラキラした剣持ってる。
壁の前に一人で立ち向かって剣頭の上にかざしてなんかポーズ決めてる。踏ん張ってる。
おおおお、剣光り出したよ。すげえ。かっこいい。
勇者か? アレが勇者か? 人間側が召喚したってやつ。
勇者もういるのか。じゃ俺は勇者じゃないよな。俺どういう立場なんだろう……。
剣振り下ろした。
どがああああああん!!
すげえ音が戦場に響き渡る。すげえ攻撃! さすが勇者!
……剣落とした。
落としちゃったよ。手しびれたみたいに手つかんでる。ダメだこりゃ。
魔族軍は……なんか飛んできた。
龍みたいな、ドラゴンみたいな、なんかでかいやつ2匹。
ぐんぐん高度上げてる。
そうか壁か、見えない壁でも上を越えていけばいいかもな。
この壁どれぐらいの高さあるんだ?
昇って、昇って、昇って……。
あ、諦めて降りてきた。えっ、この壁そんなに高度あるの?
前線では両軍の兵士がペタペタ壁触りながら左右に散ってる。
どこかに切れ目ないか探してるらしい。
向こう側のやつなんて馬にのって駆け出してるよ。
どこまで行く気だ? もう見えなくなっちゃったよ。
両軍剣やら槍やら構えて敵意丸出しでにらみ合ってる。後ろに控えてたやつらも前に出てきて壁にペタペタ触ってるし。
なんかちょっとダレてきたというか。
みんな集中力が切れてきたというか。
あ、馬戻ってきた。司令官ぽいやつになんか報告してる。
この壁、幅もすげえー。
俺はどうしてるかというと、
倒れて見てた。
もう体からがっつり力抜けたというか、立ってられなくてぺたんと寝ちゃった状態から戦場を眺めてる。 崖の上から。
(大丈夫ですか佐藤さん。)
「なんか立てないんだけど……」
(レベル999魔法使ったからです。MP全消費の究極魔法の一つです。しばらく力使えないかと思いますけどすぐ復帰しますから休んでいてくださいね。)
ステータスを念じる。
MPが20ぐらいから上がってる。さっきまでたぶんゼロだったんだろう。そういえばもう 起き上がれるぐらい体も楽になってきた。
上がり方すげー。でも999まで戻るとなると一日かかるなこりゃ。
魔法のグレートウォールの横の数字がどんどんカウントダウンしてる。
29日23時間32分45、44,43,42、41……秒。
持続時間か。……ってこの壁一か月出っ放し?
(佐藤さん、これで一か月は戦争は回避できそうです。ありがとうございました!)
ふうー……。
……
……腹へった。
あれから半日たった。
もう日が暮れる。
両軍とも軍を下げて、見えない壁の両側で見張りを立て、陣を張り出した。
このまま警戒を続けながら、兵を休ませにらみ合いを続けるつもりなんだろう。
魔族軍は半分ぐらい撤収にかかってる。判断が早い。
連合軍は当分ここに居座るのだろう。勇者もいて勝っている分諦めが悪いのか。
一応戦争は回避できた。一か月は時間稼ぎができたわけだ。
MPも半分ぐらいまで回復してる。もう大丈夫だろう。
俺はその間ずーっとステータスを隅から隅まで眺めていた。
いろんな魔法がある。200種類ぐらいってありすぎだろっ!
もうどれ使ったらいいかわかんない。
わかったのはどの魔法もパラメーターを微調整ができるってことだ。
物理法則をいじれるのだ。
物理、熱力、空力、電磁気、流体、生理学、化学、etc.etc……
ファンタジーでおなじみの火属性とか水属性とか、攻撃魔法とか防御魔法とかじゃなくて物理法則……。
いや、理系のエンジニアの俺にはこっちのほうがわかりやすいし魔法の原理もわかるけど、そこにロマンはないのかと。
魔法と言っても何もないところから生まれる不思議現象じゃなくて、ちゃんと物理法則にのっとった科学的に説明のつく現象だ。それを、科学的に説明できない方法で物理法則を好きなように操作する。
これらの物理法則を組み合わせて魔法が作られていて、テンプレートに名前がついて魔法名となっている。
さっき俺が初めて使った【グレートウォール】はパラメーターを見ると「空気分子固定」の魔法だった。
つまり空気が壁状に完全に空中で固定されてまったく動かないのでそれが壁の役割をしているということになる。何がぶつかっても動かないし、空気なので熱も電気も通らない。
魔法とはいえ科学的に解説するとトンデモ技術である……。
なにも動かないってことは絶対零度になっているのかというとそうでもなくて俺も目の前にもある壁に触ってみたが感触があるだけで温度変化はない。分子振動はしているようだ。
手を押し付けてみると抵抗があるがちゃんと手が抜ける。
魔法の発動者である俺はこの壁をくぐることができるようで安心した。
この壁があっても発動者の俺は魔族側にも人間側にも行き来は自由にできるということだ。
【グレートウォール】って聞いて中二病ぽい名前とか思ったらダメだからね?
これ、英語で「万里の長城」の固有名詞だからね。元々ある言葉だからね。
これらの物理法則の組み合わせを変えたりパワーや効果範囲を変更したりもできるし、新しい組み合わせの物にはオリジナルの魔法名を付けたりできる。
で、それは無詠唱か詠唱か切り替えるスイッチもある。
これで痛い魔法名を叫ばなくてもよくなる。ただ、あまりにも強力な魔法を念じただけで出しちゃったりするのは危険なので、念じても口で発音しないと起動しないというセイフティは必要だろう。ケースバイケースである。
便利そうなやつもある。
【マップ】
目の前にこの世界の地図が出る。そりゃあもう細かい地名入りで。ゼスチャーで拡大も縮小も簡単だ。グーグルマップみたいに衛星画像ぽい写真や観光名所の案内まで完璧だ。ほかの人に見られたらなんか怪しい手の動きでなんかやってる気持ち悪い奴に見えるだろう。
それで見ると俺のいる場所は大陸の中央から少し離れて西側で、西に魔族のエリア、東に人間のエリアとなっている。大きな街、小さな村、城塞都市が街道でつながっている。
現在連合軍が魔族軍エリアに少し侵入している。その最前線がここである。
さてどうするか。
……どうしよう。
当面の方針を決めないといけない。
まずは情報収集だ。この世界がどうなっているのかちゃんと調べないといけない。
そして俺はこの戦争を止める。これは大方針だ。
つまり俺は人間と魔族、魔王と勇者、あるいは連合軍の王様のどちらの味方もしない。どちらとも敵対しない。
うまく立ち回ってこの二つを仲直りさせるのが俺がエルテスに頼まれた仕事だ。
とりあえずここでの俺の立場は勇者ではない。
このありあまるチート能力使って金をもうけてモテモテになってハーレム作ったりとか、どっかのファンタジーのチート主人公みたいに武闘会で優勝して名を上げて騎士になって勇者のお株を奪うような活躍をするような真似は断じてできない。それでは連合軍と魔族に対して中立を保てないからだ。
だから俺は自分の力を隠し、自分の正体を隠し、暗躍しなければならない。
世界中が戦争していない状態を平和という。
世界中が戦争していても自分はまきこまれていない状態を安全という。
平和と安全を区別できていない人は多いのだが、これは全く違うものだ。
俺が強大な力を持っていたとしてもそれで手に入れられるのは安全だけだ。
「平和な日本で平和ボケして」などと言うやつがいるが間違っている。
安全な日本で安全ボケして、というのが正しい。
そして、日本政府がどれだけ苦労してどれだけ税金をつぎ込んでその安全をなんとか確保してくれているかを大部分の国民は理解してないのが日本である。
俺は安全ではなく平和を目指す。
今この俺が作った壁は安全だ。平和ではない。
平和はいい。平和だから物が流通し、文化が向上し、生活レベルが上がる。
誰もが戦争に怯え、奪われ、貧しく、飢えていては俺はこの世界でいつまでたっても旨い物も食えやしない。
どうせ一度死んだ身だ。女神サマの頼み、聞いてやるか。