19.魔王様と旅立とう
古今東西、女の荷物という奴はウンザリするほど多いと相場が決まっている。
それでもカーリンの場合は年中領内を視察の旅に出かけているのでかなり洗練されているようだ。
何日かかるかわからない旅だというのに奇跡的にバックパック一つに収まっている。いつもこれだけで数日かかる村まで行くし、野宿も野営も慣れたものだという。
「でもそれ背負ってたら飛べないだろ。カーリン背中に羽あるし」
「飛ぶのはドラミちゃんじゃ。わしはそんなに長距離は飛ばんからの」
「アレを連れて行く気かよ!」
「置いていっても勝手にわしについてくるから同じことじゃ。同じなら乗っていくに限るの」
「ドラゴンは人間の町に絶対に入れないって」
「町の離れで降りればよい。わしらが町に滞在中はドラミちゃんは山でも森でも行っていつまでも遊んでおるわ」
「養えないぞ」
「ドラミちゃんは自分で食べるものは自分で獲るからなんも心配いらんのう」
「……人間襲ったりしないよね? まあそういうことなら……はいわかりました」
ドラゴンのドラミちゃんに鞍を二つ並べて、荷物を縛り付けて旅の準備は完了だ。
「マサユキはカバン一つでよう足りるのう」
「荷物をちっちゃくする魔法があるからな」
「おうっそれば便利だのう! わしも教えてほしいの!」
「……小さくはなるけど重さは変わらないぞ」
「……マサユキの魔法は凄いんだか凄くないのかようわからんのう」
みんなに見送られて魔王城を飛び立った。
魔王城のスタッフ、総勢40名ほど。たったこれだけで魔王領の全てを動かしているという極小政府だ。これで人間の全てと互角にやりあわなければならない。
専門職の軍隊は無く、有事に徴兵する国民皆兵制度なのだ。魔族全員がいっぱしの戦士でありいざという時に武装する。小国ながら他国の干渉を撥ね退けてきたスイスみたいだ。
スイスは永世中立とは言うが戦争と無縁であったわけではない。大国の干渉を徴兵制度で国民全員が武装化するほどの強力な軍事力と、「スイスみたいな国も無いと困る」というヨーロッパの隙間を突いた最高にズルい外交力で維持してきた。「日本も永世中立を宣言すればいい」だの「スイスみたいな平和な国」なんて寝言はあまりにも勉強不足だろう。あれほど強く、汚く、卑怯な国はヨーロッパに類を見ない。
カーリンや魔族にはスイスみたいなズルさ、汚さが欠けている。
人間世界に行って、それを学ぶことができればいいがと思う。
ドラゴンは魔力で飛ぶ。俺と同じ時速100kmの巡航速度が出せる。
パイロットは当然カーリンだ。途中でお花摘みもかねて昼にする。静かな湖畔である。
「マサユキの食事はわしが面倒見るのじゃ!」と言ってカーリンがかいがいしく食事の準備をする。
フラグなのか? お約束だとお姫様の料理など形容しがたいモノが出てくるのがありがちな様式美だ。
様子を見守っているとスパスパとナイフで小枝を削ってポットを吊るし水魔法と火魔法でお茶を沸かす。ドラミちゃんが自分で食う分と、俺たちの分も魚を湖から獲ってきたので枝にさして火にあぶる。
醤油を振りかけて焼くので香ばしい。
「うまい……。最高だ。俺はこういう料理大好きだよ。カーリンはずいぶん手慣れてるな」
「わしはいつも一人でこんなことばかりやっておるからの」
そう言って屈託なく笑う。
夜には壁の手前まで来て、そこでキャンプだ。
カーリンがウサギみたいな動物を二匹獲ってきて、ハンバーグみたいに肉を刻んで焼いて食べる。
獲ったばかりの肉は焼くと硬いので、このほうがうまいらしい。
これも採ってきたネギみたいな薬味にミソを塗ってあるのですごくうまい。
なんだろう日本で言うと炉端焼きだろうか。
夜、一人でキャンプしてて危ないことは無いのかと聞くと、ドラミちゃんが近くですうすう寝ているので、魔物も動物もまったく寄ってこないから安心なのだという。そりゃドラゴンがいれば近寄れないわ。
【ウォール】の魔法で見えないエアーマットを敷いてやると、これが大好評だ。
「これはいいのう! 寝心地いいわ! 草の上は、朝は冷たいからのっ!」
そう言って、寝袋に包まって嬉しそうに寝転がる。
俺も隣に毛布を巻いて寝転がった。
二人で星空を見上げる。
「明日はいよいよ人間領だ」
「楽しみじゃ――! わくわくするの!」
「なんてったって魔王様だからな。どんなトラブルがあるかわからんぞ?」
「なんでもこいじゃ。わしは強いからの!」
「バレないように気を付けろよ」
「今のわしはもう魔王じゃないからの! こんなことは初めてだのう……。わしは物心ついてからいつも魔王の娘で、魔王じゃった……。わしは死ぬまで魔王のままなのが当たり前と思っておった」
「……俺もこんなのは初めてだな……」
「マサユキは、勇者みたいに別の世界からきたのかのう」
「そうだ……。毎日働いて、金を稼いで、食堂で飯を食って、夜まで働いて家に帰ってバッタリ寝る。毎日そんな繰り返しだった……。異世界に来て、こんな冒険本当に自分でやるなんて、考えたことも無かった……」
「マサユキ、なにも心配するな。きっとなにもかもうまくいく。わしとマサユキは世界一強いのじゃ。何があっても今なら二人でどんなこともやってのけられるにきまっておるわ」
「……ありがとう」
「おやすみなのじゃっ!」
「おやすみ……」
朝、まず壁をぶっ壊す。二人なら通れるがさすがにドラミちゃんは無理だった。
ドラミちゃんの背に乗ったまま、【グレートウォール】を魔王領に向かって新たに張る。
「こんなにすごい魔法をこんなに簡単に……。おぬし本当にすごいのう」
「悪い……これやると魔力全部なくなってしばらく動けないんだ……。揺らすと落ちちゃうからドラミちゃんにゆっくり飛ぶよう頼んでくれ。細かい方向はあとで教えるからとりあえず東に頼む」
「おうっそのまんま休んでおれ。ドラミちゃん離陸じゃ! ゆっくりじゃぞ!」
「きゅわ――――!」
ふわりと浮き上がった。やればできるじゃねーか! いつものあのぶわっさぶわっさと羽ばたくダイナミックな離陸は様式美かよっ!
日が昇ってから5時間、いよいよタリナスが見えてきた。ここまでずっと高度を上げながら飛んできたので対地高度は1kmほど。
「ようし飛び降りるぞ! 準備いいか!」
「オーケーじゃ!」
カーリンの荷物はすでに小分けして最小限のバッグを腰に巻いているだけだ。
ドラミちゃんとはここで別れて、野営道具は背負ったまま、しばらく野山で遊んでてもらう。呼びたいときは龍笛を吹くとなぜかどこにいても飛んできてくれるらしい。マグマ大使かよ。
「行くぞっ!」
二人で鞍を蹴って宙に飛び出しスカイダイビングする。
ごおおおおおおっ。
風を切って自由落下する。
カーリンも両手両足を大の字に開いてバランスよく落ちてゆく。
俺より速いし俺よりうまい。経験が違う。さすがというしかない。
ぐんぐん猛スピードで地上が近づいてくる。
カーリンの脇の下が開いた上着のベストの隙間から、ぶわっとコウモリ型の黒い羽が広がる。
俺も【フライト】で減速しながら、カーリンの見事な滑空を、ずっと上から眺めていた。
いつも読んでくれてありがとうございます。
読んでもらいたいのに、まず「読んでもらう」までのハードルの恐ろしい高さというものを、ここに投稿して以来痛感しております。
50万近い作品の中から、この小説を選んでくれてありがとう。