18.世界を広げよう
「こ……これは……」
「いや合ってるぞこれ、ポル村まで二日だろ、タットーまで四日かかるけどちゃんと距離二倍あるし」
「方角も正しいな」
「うん私の作った地図とほとんど同じだ。っていうかちょっとおかしいなと思ってたとこもこの通りだとしたら納得いく」
「……でもよ……」
なんか騒がしい。目を開けると……俺を見下ろしてるカーリンがいる。
ん? お? 頭を優しく撫でられる。
膝枕? 膝枕だ――! イイッこれはイイッ……。
「そろそろ起きんかっ!」
ぱしっと頭を殴られる。
むっくりと起き上がると全員の視線が俺に集中する。昨日の宴会メンバーほとんどいるじゃん。
ああ、魔王の執務室のソファか。地図完成してそのままソファにごろ寝したんだよな。
カーリンいつの間に来てたんだ。って魔王の執務室だから来てて当たり前か。
で、その執務室のデスクの前のソファで俺とカーリンは並んで座る形になる。
「マサユキ殿、この地図は本当か?」
虎の男が聞く。四天王の一人だ。名前は何て言ったか……覚えてねえや。
「それは実は魔法で写したものなんだよな。俺は実際にこの地図の場所にほとんど行ったことが無い。でも俺はこの地図のとおりに一直線に魔王城にたどり着けた。信じてもらって間違いない」
「はい、私から言わせてもらうとこの地図は間違いないです。少なくとも魔族領に関してはこれほど正確で、地形に符合する地図は私は他に知りません」
四天王のチリティさんだ。竜騎士でドラゴンに乗ってるそうだ。女性なんだけどリザードマンだからオスメスが俺にはわからん。声は女だよ。そこはわかるよ。卵産む人だから胸では区別できん。
よく蛇女とかファンタジーで描く人いるけど爬虫類とか鳥の人はおっぱいそのものがありません。
彼女は空からいつも魔王領を見てる人だからこの地図の正確さはわかるだろう。
「だが……この人間の領土はどうだ。ホントにこんなに街があるのか?」
四天王の一人の……ダメだわからん。だってこいつ真黒なフードかぶってて何て呼ぶかって言われたら「杖が生えた黒いテルテルボーズ」としか言いようないし。たぶん魔法使いだろう。
「俺が最初に降りた町がタリナスってとこなんだが、まあこの地図のとおりだったな」
「そうすると人間の社会は我らの5倍は規模があるってことになるが……」
真っ黒い2mはあるばかでかい全身鎧が言う。こいつは宴会の間もまったく飲み食いしないで兜もはずさなかったな。中身入ってないんじゃないかと俺はちょっと疑ってる。あ、こいつも四天王でホロウという。ホロウって空っぽって意味だよな。そのまんまなんじゃないか?
「俺は人間の街近くまで偵察に行ったことがあるが、タリナスについてはこの位置で間違いないぞ。街の大きさもピッタリだ」
四天王の最後の一人、狼男のバルトーがフォローする。俺が最初に助けたあの偵察部隊のワンコたちのリーダーだ。お前四天王だったのかよ! お前のせいで一人多いよ! お前立ち位置微妙すぎるわ空気読めよ!
「私たち、勝てるんでしょうか……」
ガイコツが聞く。こいつは魔王の側近だ。先代魔王から仕えていて、忠誠心強すぎて死んだあとも魔王の娘の執事を務め続けているらしい。その根性はたいしたものだがどこからどう見ても執事服着たガイコツだ。本名はなんだったか忘れたけど周りのみんなもガイコツガイコツって呼んでたしガイコツでもういいや。
「勝てるわけないだろ」
俺がバッサリ斬る。
「勝つってなによ? 人間に攻め込んで、片っ端から城を落とし、王都を陥落させて王の首を取れば勝ちなのか? それとも人間を全部殺して滅ぼしてしまえば勝ちなのか? お前らの言う勝ちってなんだ?」
全員黙る。
「勝たなくてもいいんだ。この戦はむこうから攻めてきたものだろう? お前たちは守ればいい。お前たちが好きなこの土地を、民を、魔王様も、誰一人死なせなければ、それがお前たちの勝利だろう」
「確かに」
虎男が頷く。
「人間が5倍いたって、そのうち兵士として闘うやつは10人に一人もいない。それに魔族は一人一人が人間より5倍は強い。魔王様にいたっては100倍以上強い。だからお前たちが負けるなんて俺はちっとも思ってない」
「おお!」 四天王+1がちょっといい顔になる。
「だが数にはかなわないことも覚えておけ。十対一で戦ったら十回戦えば一回は勝てるのか? 十回戦っても十回負けるのは間違いない。一人で戦わず全体で戦う。それが人間の強さだ。しかもあっちには勇者がいる。過去に魔王が倒されたこともある」
「……」
「だから俺はここは戦争をしないのが上策と考える。和平だ」
「和平か」
「人間と……」
考えたこともないか。無理ないか。
「皆の者、聞け」
魔王カーリンが静かに語り出す。
「わしは人間のことはどうでもよかった」
「父上は勇者に討ち取られた。それはよい。もののふたるもの、一国の主たるもの、自分の首を差し出すのも役目のうちじゃ。魔界が荒れていたときも、同じ魔族と戦って命を落とすこともあったはずじゃ。父上にその覚悟は当然あったはずなのじゃ。だからわしは今の平和にただ感謝をし、戦のないこと、臣民が心安らかに過ごせることを願い、働こうと思うのじゃ」
「人間はどうであろうの。皆の者は人間に会ったことがあるか。話したことがあるか。わしは人間と話したのはマサユキが初めてじゃ。人間もわれらと同じ、心あるもの、命あるもの、魂あるものと見た。わしが愛する魔族と、われらに宿る神々と、なにか違うものがあるか。なにもなかった」
「わしの世界は小さい。わしらの知ることは少ない。しかしそれは人間も同じであろう。わしは人間を知らねばならぬ。わしらのことはマサユキに知ってもらった。わしはもっと人間を知ろうと思うのじゃ」
「わしはしばらくこの魔王城を留守にする。皆の者はその間、領を守れ。よく相談し、臣民を助けよ」
「ま……、魔王様、それは……」
ガイコツが驚愕する。たぶん驚愕している。表情がわからないんだけど驚愕していると思う。
「のう、マサユキ、このまま人間の領土に戻るのであろう? わしを連れて行ってくれ」
「……言うと思ったぜ……」
なんか途中からこうなるような気がした。いや、このお嬢さんなら言うだろう。俺は頭を垂れてがっくりした。
「まっまお……そんな。魔王様危険です!」
チリティさんが焦る。
「危険なことなど何もないわ。マサユキがわしを守るからの」
「なぜマサユキ殿が……」
「皆の者気が付かなかったかの? マサユキはわしより強いぞ」
「なんですと――――!!」
もう全員口が全開である。それ言っちゃうのか。あとが怖いんですけど。
俺と勝負しろとか言い出さないでくれよ?
「そっ……そんな、なおさら危険ではないですか!!」
そりゃそうだなテルテルボーズお前の言うとおりだよ。
「マサユキが敵ならなぜわしを殺さぬ。マサユキがわしの味方ならなぜ勇者を殺さぬ。この者はどちらの味方でもないし、どちらの敵でもないのだ。ただ、人間と魔族の和平を望んでおるだけの、ただの男じゃ。あの壁を作ったのが誰だと思う。この男は、魔族も、人間も、一人も殺しておらぬのだ」
「壁を……あの壁を……」
「我ら四天王は全員あの場で壁を目の当たりにしております……。本当にマサユキ殿が?」
「信じられぬ……」
「いや、俺は信じる。俺はコイツが壁を壊すところを見ているからな。あの時は穴開けただけだとか言ってたが、よくよく考えるとコイツが一度壊した以上、張りなおしたとしか思えねえ」
おうプラスワンいいフォローだ。
「マサユキはこちらへ来た。マサユキはこれから帰る。あの壁をどうやって抜けるというのじゃ。あの壁はマサユキが造ったものじゃ。疑うな」
「我もついていこう!」
「わたくしもお供いたします!」
「待て待て待て、お前ら見た目が完全に魔族じゃねえか! 無理だ無理だ不可能だって」
鎧はともかくお前ガイコツじゃねーか! どうにもできねえよ!
「その点わしは羽さえ隠せばなーんも問題ないからの。どっからどうみても人間だの」
カーリンがふふんと胸を張る。張るほど……いや普通ですね普通サイズです俺好みの大きさと形です。
「わしも、皆の者も、世界がこんなにも広いもの、世界がこんなにも閉じたものだと今知った。こんな世界を見に行かずになんとする。こんな世界で争ってなんとする。わしは居ても立ってもおられぬわ。わしも一度魔族でもなく、人間でもない、そんなマサユキと同じになって、ただ平和を望んでいるだけの一人の女になってみたいものよの。100年も臣民のために働いてきたのじゃ。それぐらいのワガママは、許すぐらいの器量がおぬしらにあってもいいと思うがの」
「……本気か?」
「マサユキも言っておったの。上司がなんでもやってしまうと部下が育たんと」
「ここでそれ言うかよ……。ずるいのう魔王様は」
「さあみんなで朝飯じゃ。食ったらすぐ出るぞ」