17.魔王様のお仕事を見てみよう
うめえ。これは旨い! 涙が出る。いや、現に俺は泣いている。
もう涙をぼろぼろ流しながら食べている。
「泣くほどうまいかのう……」
でかいテーブルをみんなで囲んで、全員でおんなじ食事を取っているのだが、出ているものは別にご馳走というわけでもなく社員食堂というかフツーの食事だ。みんなが俺を不思議そうな顔で見る。
だってこの焼肉、生姜焼きだぞ! 味噌、これ味噌だよね!
「味噌があるのか!?」
「あるぞ、豆がとれるからの」
「そっそしてこれは味噌汁! 出汁はシイタケ! 具はタケノコ!」
「きのこじゃの。干しておくとあとで煮るとき味が出るのじゃ。タケノコは年中とれるの」
「ミソがあるってことは、もしかして醬油もあるんじゃ……」
「あるぞ、ほれこれじゃ」
陶器の入れ物の中からスプーンですくうようになってる。
手に垂らして舐めてみるとまさしく醤油である。
「醤油だ――――――――!」
涙が止まらない。本当は醤油を魔族がなんて呼んでるのかわからないけど異世界言語翻訳能力いい仕事してくれてありがとう。本当にありがとう。
「これでコメの飯があれば最高なんだけど」
「米か、変わったものを食うのう。米など酒やみりんや酢の原料じゃからあんまり作っておらんがの」
「あるのか! 米あるのか!!」
決めた俺もうここに住もう下働きでも草履とりでもなんでもします奴隷のようにこき使ってください。
「肉ばかりでなく野菜も食え。据え膳食わぬは男の恥じゃぞ!」
それ俺の国では浮気の言い訳です。異世界言語翻訳能力の限界を感じます。
ジャガイモ! ジャガイモだよねこれ! うまいうまい、うまいぞこれ。これが主食の一つかな。そしてこのマヨネーズ!
そうか酢と塩と卵と植物油があればマヨネーズ作れるよね全部あるわ。
そしてこれ、ほうれんそうのおひたし。醤油かけて食う。これはうまいっ。
そして食器。これ漆器だ……。
「木の椀にうるしを塗るのじゃ。白木だと腐るからの」
高級品ですよ魔王様。タリナスじゃ銅食器が多かったですからね。あそこでは陶器は高級品ぽくて庶民は使ってませんでした。銅食器は熱いし、冷めるの早いし食器としては最悪です。
だが箸、みんなその箸の使い方は間違っている。
「もう一本、くれないか?」
「これか? これをどうするんじゃ?」
みんな右手に箸一本、左手にスプーンですくって食べている。箸がフォークの代わりなのだ。これがこちらのやり方か。
箸で突き刺すのはマナー違反なんですけど。
「俺の国ではこう使うんだ」
そして俺は箸二本で肉をはさんで拾い上げ、食ってみせる。
「ほお――。き、器用じゃのう……」
そんな使い方もあったのか、という感じでみんなびっくりである。
「午後はわしの仕事っぷりを見てもらおうかのう! 言いたいことがあればどんどん言え!」
「よしわかった」
「移動はこれじゃ!」
……ドラゴンですかそうですか。
「わしが卵から抱いて育てたドラミちゃんじゃ! わしが自分で飛ぶよりずっと速いぞ」
黄色い猫が助走付けて殴りに来そうなレベルの安直さです魔王様。
「先日は自分で飛んできたよな」
「あの時は勇者と鉢合わせになるかもしれんかったからの。いかにドラゴンとは言え勇者相手じゃ分が悪いからの」
いや三郎それほど強くないから。たぶんだけど。
ドラゴンに乗ってあっというまに外れの村に着いた。俺とスピードで大して変わらないのは、空力で飛んでいるのではなく魔力で飛んでいるかららしい。そういえば迎撃の対応早かったな。領空侵犯したとき戦闘にならんでよかった。
「こっちに来た時警備のドラゴンに会ったよ」
「帰りに、飛んでる人間が来たら客人だから通せと言っておいたからの。勇者でさえ歩いて魔王城まで来るのだしわしが知る限り自力で飛ぶ人間なんておぬしぐらいじゃ。人間相手など地上だけ警備しとれば事は足りるしの。おぬしが上飛んでても誰も気にせんし、来るなら魔王城に直接来ると思ってたしの」
「魔王城の場所わからんかったかもしれないだろ」
「言われてみればそうじゃの。おぬしなんで魔王城の場所わかった?」
「まあ魔法でなんとなく」
「便利な魔法持っとるのーっ。わしにも教えてほしいの」
「あとで魔族領の地図作って描いてやるよ。統治に正確な地図があると捗るぞ」
「それは楽しみじゃのー!よしドラミちゃん着地じゃ!」
「きゅわー!」
ぶわっさぶわっさ。派手に羽ばたいて風巻き上げて着地。
いやお前飛ぶのに魔力使うんじゃなかったっけ。様式美ってやつがわかってるなコノヤロウ。
迎えた村長の話(ヤギ人間)の話を聞くと、地主が死んで兄弟で畑を分けるのにどう分配するかでもめてるらしい。しょうもない。それ魔王様に頼むんですか?
「一人にどっちを取られても文句ない真ん中だと思う所に縄を張らせろ。もう一人が好きなほうを選ばせて取ればよいの」
魔王様それトンチです日本昔話です。
「兄弟は三人いるんです」
……終了。
「しょうがねえ測量すっか」
「そくりょう?」
「土地の面積を測るのさ。できるだけ長い縄持ってきてくれ」
村長が持ってきた縄に結び目を作る。
「ここの長さの単位ってなんだ?」
「カーリンじゃ」
「名前ならもう聞きました」
「だから1カーリンじゃ。わしのせいの高さで1カーリン。でその長さの十分の一が1カリン、百分の一で1リンじゃの」
一応十進法なんだ。地球で世界中どこでも十進法なのは人間の指が十本あるからだ。その辺はここでも同じか。いやそこよりももっと大きな問題が。
「魔王様の身長が単位になるのか!?」
「父上は大男だったからの、わしの代でだいぶ縮んだの」
「それって代替わりのたびに混乱するんじゃないのか?」
「もう100年もこれでやっとる。あと100年はこのまま行けるじゃろ」
「なんで魔王様の身長を基準にするの?」
「慣わしじゃの。魔王が即位したときに、魔族全員に魔王がどれぐらいの男か知れるじゃろ。わしに代ったときにみんな魔王がチビで驚いてたの。挑戦しに来る奴が多くてウザかったわ」
「もういいです……」
「よし測れ」
カーリンが地面に直立不動の姿勢で寝る。
「……いや、立ってていいですから」
そうして50カーリンの長さの縄を作って、俺とカーリンで縄の端を持って畑の大きさを測る。
この時代畑は真四角じゃないので、三角形に割って面積を合計していくやりかただ。直角は3カーリン、4カーリン、5カーリンの直角三角形を縄で作って基準にする。
ピタゴラスの定理だな。関数電卓があれば三角関数で計算できるからもっと測る場所を減らせるんだがしょうがないね。あとで魔族連中でも真似できるやり方でやらないといけないし。
木の板に紙を張り付けてそこに三角形を組み合わせた測量結果を書き込んでゆく。
「紙ってあるんだな!」
「人間にはないのかの?」
「紙は高価らしくて王族や貴族しか使わないらしい。平民は木の板使ってたな。この鉛筆もなくて羽根ペンとインクだったよ」
「ヤギ族の特産じゃ。それにしても物の価値がだいぶ違うの」
ヤギが紙作るのか。食用か? 不織紙って感じだな。けっこうサラサラしてるよ。
この鉛筆もすげー。本物の鉛筆だよ。つまり芯が鉛でできてるやつ。
これ体に悪いから黒鉛の鉛筆に代わったけどさ、それ以前は鉛だったんだよな。
それで筆算して面積を計算してゆく。
「おぬしすごいのう! 石板も使わずになんでそうすいすい計算できるのじゃ!」
ああ、板に小石並べて数えるやつね。
「九九だよ。これもあとで教えてやるさ。さてここの畑は2万5千320平方カーリン、一人当たり8440平方カーリンだな。まっすぐ縦に三つに割っていいか?」
「はいっ」
ヤギの三兄弟が返事する。
「杭持ってきて」
ヤギたちが杭と木槌を持ってきたので場所を指定して打ち込む。
「これで三等分だ。杭と杭の間が境界線になる。どれを選んでも同じだからケンカしないで仲良くやれよ」
「はいっ」
ドラゴンに乗って次の村に飛び立つ。
「すごいのう難しい問題をあっという間に解決じゃの!」
「っていうかこれ今後なにかあるたびにカーリン呼び出されるよね。カーリンの身長と同じ長さの棒たくさん作って領内の村に配っとけよ。カーリン尺というかカーリン原器?」
「おうそれはいい考えだの!それは採用じゃ!」
「重さとかの単位はどうなってんの?カーリンの体重とか?」
「乙女の体重など魔族中に知らしめてどうすんじゃ。わしが太ったら大変なことになるわの。1カリンの大きさの四角い箱作ってその中に砂つめて1カロンじゃ」
長さを基準に重さも決める。メートル法の発想で優れているぞ。
ヤードポンドみたいに長さと重さがまったく別物というよりずっと合理的だ。
「カーリンが乙女という件について」
「やかましいの」
「そこは水にしといてほしかったな」
「砂だとダメなのかの?」
「砂って地域や詰め具合で重さ変わるからトラブルの元だ。水なら世界中どこでも重さは同じだし、用意するのも簡単だ。水の量がそのまま重さになるから体積とか何かを測るにも簡単だぞ」
「よしそれも採用じゃ!」
「いまからやったら混乱するからやめてあげて。代替わりの時やってよ」
「カーリンもう少し左! そうそう!」
「ここデコボコしてるのでどう水路を掘ったらいいのやらわからなくてですね」
「目の錯覚でごまかされてると思うけどこれあっちのほうが低いからね。カーリン後ろ!」
板の上に大皿を載せて水を張り、傾きが無いようにすると簡単な水準器ができる。
で、この板を通して畑を見ると土地の高低が正確にわかる。カーリンには目盛りを入れた棒をもってあちこち移動してもらってる。
「よーしそっちだ。杭の高さは全部同じようにしろよ!」
水路にする直線部分に糸をピンと張り、杭を打ち込み、杭の高さが一列に並ぶようにする。
ここもウサギ男共がよく働いてくれるので手際いいわ。
「あとはこの杭の深さだけの溝を掘っていけばきれいに水が流れるようになるからな」
「おぬし真丁寧にやるのう……。水路なんて魔法でぶっ飛ばしていけばいいのにの」
「それじゃクレーターが繋がっちゃうだけだろ。この水田ができれば米の収穫量が多くなるし俺もうれしい。でも俺ホントは機械とかが専門なんだけどなあ」
「じゃ、次は風車見てもらえんか? すぐ壊れるんでもうすこし何とかならんかと思っての」
そんなこんなで午後だけで4件の厄介ごとを解決して、俺たちは魔王城に帰ったのであった。
夕方からでっかい檜の風呂でさっぱりした後、夜は宴会になった。
俺の歓迎会だ。山川珍味の大盤振る舞いで、米酒も出て盛り上がった。
川魚の串焼き、肉じゃが、シイタケの吸い物、菜の花油の野菜の天ぷら、レンコンの入った筑前煮、バカでかい肉の醤油ソースステーキ、米を煮込んだおかゆ風スープ。
日本を離れてもう帰れない俺には、涙が出るほど旨いものばかりだった……。
仕事から帰ってきた四天王も紹介してもらった。前にも聞いたけどなんで5人いるんだよ。
先端のぽっちから神がかったバランスで曲線を描くノーブラの乳袋もたゆたゆとサキュバスの美少女メイドがもう俺につきっきりで給仕をしてくれる。これはアレですか例のアレでしょうか今夜のおもてなしなんでしょうか。
先行部隊で会ったワンコ軍団のリーダーがあの時の話してみんなで笑った。
特にあの後、勇者三郎の目の前で女神像をバラバラにしてやった話は大ウケした。
そのせいで、今後勇者が魔王領になにか仕掛けてくるたびに教会を一つ報復で潰すことを約束させられてしまった。実際にやればどんな馬鹿でも魔族領にちょっかいを出すと教会に神罰が下ると思うはずだ。抑止力として物凄い効果があるだろう。
「おぬし、本当にわしの側近にならんかの?」
カーリンの一言で、ふっと場が静かになって、全員が俺を見た。
誰も反対しない。すごい期待に満ちた目をして俺を見る。
メイドの娘なんて俺の腕に胸を押し付けて目をウルウルさせている。
そこまで信用してくれるのか……。
「いいよ。でも……、」
そこまで言って、おおっとなりかけたみんなを手で制す。
「この戦争が終わってからだな。それまでもう少し、好きにやらせてくれ」
みんな頷いて、そして、また騒がしく陽気な宴会が始まった。
夜、俺は魔王の執務室で、壁に地図を描いていた。
明かりを灯し、カーリンに許可をもらって絵の具と筆をもらってデスクの後ろの壁にこの大陸の地図を描く。
【マップ】の魔法を壁いっぱいに広げ壁に貼り付けて、それを上から筆でなぞってゆく。
【マップ】は俺にしか見えないから、まるで俺が記憶だけですいすい地図を描き上げてゆくように見えるだろう。脚立に乗って、気分はミケランジェロだ。
なぜこの場所にしたかというと、組織のリーダーの後ろの壁には世界地図が貼ってあるのがお約束だからだ。いわゆる様式美というやつだ。
「三郎、どうしてる?」
(パスティール教会のある田舎町に着いたんですけど、もう教会に出入り禁止で近づくこともダメだと言われて町はずれの宿に泊まってます)
「はっはっは。教会破壊魔だもんな。もう悪魔の手先にしか見えないかもな」
エルテスの三郎情報もすっかり日課だな。
(そこまで嫌われちゃうとねー、四人部屋なんて無いんでなんかローテーション組んでますけど今日は僧侶の子にすがりついて泣いてましたわ。カマトトぶってあの子が一番黒いですね)
「うーんやりすぎたか。女神像だけにしといたほうがよかったかな」
「なにを一人でブツブツ言っておる。気持ち悪いの」
カーリンが部屋に入ってきて、壁を見る。寝巻にガウンだ。寝巻ってあの日本風の前合わせの寝巻だね。長いストレートの黒髪と合わせてこうしてみると紛れもなくお姫様だ。
あの暴れん坊魔王の面影はなく、いい女である。
「これが世界かの……」
この時代、正確な地図の入手など不可能だ。
もちろん軍事的な最高機密で公開している国など無い。あっても縮尺なども適当で、ただ国と国、街と村の位置関係と方角が大まかにわかる程度の物であり、こんな伊能忠敬とタメを張るような正確な地図などオーパーツもいいとこだろう。
魔王城、魔王領の街、村、国境、そして人間側の村、街、城塞都市。
この大陸の全ての要所が描きこまれてゆく。
西に広がる魔王領は広い。東に広がる人間領と面積は変わらない。
しかし、街、都市の数や規模、それをつなぐ街道の多さで人間側が圧倒している。
この地図を見れば人間の多さ、活動範囲の大きさに魔王軍は絶望するかもしれない。
しかし、これが現実だ。
「わしはこんなものを相手に、臣民を守ってゆかねばならぬのか……」
声が震えている。
「大丈夫だ」
振り返って笑ってやる。
「必ず、魔族の連中もこの街で楽しく買い物できるようにしてやるからな」
俺は王都をでっかく二重丸にして、「王都ルルノール」、と書き込んだ。
「メイドがやきもきしておる」
「ん?」
「その、あ、アレだ。異邦の殿方に最高のもてなしをとメイドが張り切っておるのだが……」
「いやこれちょっと朝までかかりそうだ。夜食でも持ってきてくれるとありがたいな」
カーリン、真っ赤になって手を振る。
「いやいやいやなんでもない。夜食だな! わしがもってきてやろう! 待っとれ!」
そうして、カーリンは部屋を飛び出していった。
(佐藤さん、上げて落としてフラグを踏みにじって進むスタイルですか)
「やかましいわ。通信終わりっ」