16.魔王城を訪問しよう
恐ろしいことに【マップ】にはちゃんと「魔王城」の表記がある。
なんじゃそりゃと言われるかもしれないがホントなんだからしょうがない。
タリナスから壁まで500km、壁から魔王城まで2500km。不眠不休で【フライト】して30時間、一日半あれば着ける。
途中で休息と昼寝でも挟みながらゆるゆる行けば二日かな。
そんなわけで壁を抜けて100kmほど魔王領を飛んだところで、なんか前に飛んでますよ?
おー!! ドラゴンか!
国境警備? 領空侵犯でスクランブル?
いきなり撃墜とかされたりしないで普通はまず警告とかあるよね。
魔王様に報告に行くのを許されているとは言え、すんなり通してもらえるとも思えんけど。
大きく旋回して俺と並ぼうとしているようなので、ここは礼儀として俺も速度を落として合わせる。
「おーい、お前サトウかー?」
なんだ人? っていうかワニ人間ぽいやつが乗ってる。竜騎兵ってやつ? カッコいいじゃん。
「そうだー!」
「そうかー、行っていいぞ――!」
え? それだけ?
ザルもいいとこなんですけど。
大丈夫なのそれで?
魔王領は手つかずの自然って感じで風光明媚。きらきらと輝く森林、草原、山に渓谷、湖と飽きさせない。 行ったことないけどなんかカナダの大自然をセスナ機で遊覧、って感じがする。
いいとこ住んでるじゃねえか魔族。真っ平で凹凸があまりない人間側の大陸とは大違いだ。
所々で砦みたいなものがある。人間側への監視、連絡網といったところか。屋根の上に鳩舎があってハトたちがぱたぱた飛んでいる。伝書バトかな。
まだ大きな村や町は見えない。日も沈んできたのでそろそろこの辺でキャンプしたくなってくるな。
今日は最小限の荷物しかないので硬パンと水だけだ。
【グレートウォール】の下位魔法の【ウォール】を硬度を下げて敷くと見えないエアーマットの完成だ。 これに気が付いたときは「俺って天才!」って思っちゃったね。
【ウォール】をドーム状に張れば簡易テントの出来上がりだ。通気性があるので窒息したりはしないよ。
明日は魔王城に到着だ。魔王様なにか旨い物食わせてくれると期待してるぞ。
寝る前にエルテスに最新の三郎情報を聞く。
(なんかこう潰された教会関係者まで事情聴取で王都に来いっていうことになって、20人ぐらいで馬車で移動してるみたいです。あ、護衛は勇者パーティーがやってます)
「そりゃそうだな。勇者が護衛にハンター雇ったら笑い話にしかならねえよ……」
(なんか雰囲気とげとげしていてすっごいイヤな雰囲気ですねー。笑っちゃいますけど)
楽しんでますなエルテス様。
「じゃ、おやすみ……」
(えっそれだけ? 面白いのに……。今日なんてポーリーさんが司祭さんと大喧嘩して……)
誰だよポーリーって……。
朝になり魔王城が近づいてきて農村ぽいのが続くのだが、驚きなのは畑がすごい。四角く区画整備されていてタイル状のモザイク模様になっている。
と、いうことは複数の作物が植えられていて輪作が行われているということだ。農業に関しては人間側よりうまくいってるんじゃないか? これ? タリナスの周りなんて全部麦畑だぞ。
けっこう農業盛んなんだね。すげえ意外。狩猟民族だと思ってた。
魔王城……ってあれ魔王城?
木造で白木作りで屋根は銅板? めちゃめちゃシンプル。
日本でこれに一番近い建物というと……伊勢神宮とか?
平屋で面積はでかいが高さが無い。高いのが偉いとばかりにやたら高くて目立つ城を作りたがる人間と発想が180度違う感じだ。魔族には飛べる奴がいるから高見櫓や天守閣はいらんということか。
近づいてゆくと城というより市役所?
馬を留めたり馬車を駐めたりする広場があってそこは柵で囲われてる。大きな倉庫も隣接していてこれは土塀だ。
これ攻められたらあっという間に落ちるだろ?
いいのかこんなんで魔王城……。
建物正面の入り口というか門の手前でふわりと着地する。
警備の者が……出てこない。
不用心すぎねえか? マップで見るとやっぱりここが魔王城だ。考えてたのと違う――!
扉、どうやって開けるのかなと思ったけど押したら開いた。
からんからんって鐘が鳴って中にいる魔族たちの視線が集中する。受付? 窓口?
いやなんかホントに市役所かなんかに来たような気がしてきた。
せっかく視線が集まってるので挨拶する。
「こんにちは。佐藤雅之です。魔王様に面談に来たんですが……予約はありません」
「お――――! マサユキ!! ようきたのう! 迷わずこれたか!」
奥からダッシュで魔王カーリン様が走ってくる。
なんだこの魔王城――――!!
フロアの中央にあるソファにテーブルをはさんで向かい合って座る。
「おうみんなこいつが話しておったマサユキじゃ。人間じゃが魔族と友好を結びたいと考えとる奇特な奴ゆえ客人として扱うぞ。茶を出せ」
魔王様と同じ背中に黒い羽を折りたたんでいる女の子が湯呑を持ってくる。
「よかったですね魔王様がいるときに来てくれて」
「おうわしはほとんど一日中外を飛び回っておるからの」
そりゃタイミング良かった。
「どうじゃマサユキ、魔王城見て驚いたか。人間の城とはだいぶ違うと思うがの」
「驚いたよ。あまりにも質素なんで」
「そりゃそうじゃ。金などかけておれんからの」
「人間の城ってのは、王の居城だから贅沢三昧ってのもあるんだけど、それ以前にまず防衛施設だから防御のための壁やら堀やらがあって町全体を囲んであるとかが普通なんだよ」
「それは無駄だの。魔王城が攻められるようではその戦はもう負けじゃ。いくら防御を固めても臣民を盾にしてわしの首が落ちるのを二、三日遅らせたところでなんとする。戦など野戦で勝負を決めれば城などいらん。まつりごとができれば十分じゃ。そうは思わんか?」
さすがです。すべてにおいて合理的です。おっしゃる通りです魔王様。俺のいた現代に通じるものがあります。戦争に備えて防御を万全にした市庁舎などありません。
「なんで人間の城はでかいのじゃろうのう?」
「まず人間は弱いということ、数が多いということ」
「臆病なのかの」
「魔王領には魔王城が一つだけだよな、でも人間にはあちこち領主がいて城があって相互に助け合っている。だから城に籠城していると援軍が来ることが期待できる。そのための時間稼ぎとして城は意味があるんだよね。人間同士で戦争するならそれで充分なんだよ」
「なるほどのう……わしなら城などぶっ飛ばしてしまうがの」
「だな。だから魔王城はこれでいい」
俺の世界でも城をぶっ飛ばせる兵器が登場して城も要塞も作られなくなった。魔王様にはいらないな。
気が付くと魔族どもが集まって俺と魔王の話を横で聞いてる。
確かにかなり興味深い話をしているかもしれないな。人間流の行政という奴もいいところがあれば取り入れるべきだからな。
出されたお茶を飲む。麦茶だ。
おおっ、これは旨いな。温かい麦茶か。麦茶と言えばキンキンに冷えたやつしか飲んだことないが、こうして温めた麦茶というのも悪くないな。
「うまいです。おいしいお茶をありがとう」
女の子がにっこり笑う。笑顔は友好の潤滑剤だ。こういう交流は和やかにやるに限る。
「これは麦茶だね」
「そうじゃの」
「麦があるんだ。どんな作物を作るんだ?」
「麦が多いが芋と豆じゃの。あとは野菜じゃの。ニンジン、玉ネギ、長ネギ、とうきび、甘きび、菜っ葉をいろいろ、あともっといろいろ作っておるがショウガとか辛子とか味付けに使うだけのような作物は量は少ないの。油を搾るのに菜の花も作っておる」
「おー、一通りなんでもあるな。特に調味料としての作物を作っているところがポイント高い」
「ほとんど父上の代に広めたものじゃ。父上は食道楽だったからの」
これは飯が楽しみだ。タリナスでは麦を主食に肉は焼いたもの、野菜は煮たもの、味付けは塩ぐらいで実はメシマズだ。ソーセージは食えたが他はダメダメでどこの英国だよって感じだったな。
将来的に人間側との通商を考えるとこれは魔界の優位点になるかもしれんな。
人間は誰でも旨い物を食わせれば案外コロリと言うことを聞く。こちらに輸出産業が無いと対等な関係を結べないからな。
「塩はどうしてる?」
「岩塩が取れるから不自由はないの」
「肉は? 家畜はどれぐらいいる」
「魔物も動物もそこらじゅうにおるからの。一家の主人が獲りに行くぞ。卵が食えるので鶏を飼うのはやっておるやつがけっこうおるな。肉にもなるしの」
おおっ卵があるだけで料理の幅はぐんと広がるぞ。いい暮らししてるじゃないか魔族。食生活についてはこちらが圧勝ぽい。家畜を飼う習慣はないか……。人口が少ないからそれで足りるわけか。
「ここのみんなはどんな仕事をしているんだ?」
「魔族も数が増えてわしがみんなの話を聞きに行くのが滞るようになったのでの、まあ連絡係というかいつも半分は村々に話を聞きに行っとるの。忙しいときはわしが出向かずこいつらの話を聞いてこいつらに指示を出す」
「うーん……」
俺はちょっと考え込む。
「今のところ不都合はないがのう……」
「今は問題なくても今後問題になる。今なんでも魔王様の手に足りてるのは魔族が少なく食料でも畑でも全てが小さいからだ。今後魔族が増えて豊かになってくると必ず魔王様の手に余る。そうなる前に魔王様の代わりができる決まり事をたくさん作っておく必要があるな」
「決まり事かの。今はなんでもわしが決めておるがの?」
「俺たちの世界では『法律』とか『条例』とか『規格』とか呼んでいる」
「よくわからんの。細かすぎるのう」
「つまり魔王様にいちいち聞かなくてもこうするときはこうやる、こんな場合はこうするってのがあらかじめ決まっていて、みんなでそれを守るのさ」
「ああ、そういうのはいろいろあるぞ」
「それって文書化されていて全員が同じ情報を共有してるか?」
「それはないのう……。読み書きができるものが少ないし、側近と四天王はわかってるがの」
「いいやりかた、うまくいく上手い方法とかはみんなに広めて利用してもらいたいだろ?」
「そうだのう。うーん、魔族全部がわしぐらい頭良くなればよいのだがのう!」
いや魔王様脳筋解決多いじゃん。ぶん殴って解決けっこうやってるでしょ?
「そういうのを広めるのを『教育』という。たとえば全員が文字の読み書きができるようになるとな、魔王様が飛び回らなくても手紙や文書で連絡ができるようになるし全員に一度に用事を知らせたりもできる、前にどうやって解決したか書いてあることを見ればわかるので二度手間にもならないし便利なんだぞ」
「それはわしもやりたいのじゃがどうにもこうにも手が足りぬな……」
魔王様がうーんとうなって頭をわしゃわしゃと手でかき回す。
「俺が見るに、魔王様が優秀すぎる。カーリンはなんでもできて大抵のことは自分でやったほうが早い。他のやつにやらせると遅いのでイライラするから自分でやってしまう」
うんうんと周りの魔族が同意する。そばで見ていればわかるだろう。
「だがそれでは部下が育たない。魔王の仕事を手伝えるやつが増えない。いつまでたっても魔王様は忙しく、魔王様がいないと何も進まない。人間だろうと魔族だろうと仕事ができるようになるには時間も経験も必要だ。魔族を発展させるには部下を育てなきゃダメだ」
「わし、ダメなのかのう……」
しょんぼりする。うんかわいいぞカーリンそういうところが凄い好きだぞ。
「ダメじゃない。魔王様が全部わしに任せろわしがやるっていうことを出来るやつに少しずつ教えていけということだ。人間と違って長生きなんだから時間かかったって平気だろ?」
「マサユキ、腹減っておらぬかの? とりあえず飯じゃ飯じゃ!」