15.勇者を悪者にしてやろう
この世界でわかるのは情報が遅いということだ。それは人間でも魔族でも変わりない。
羽で飛べる魔王様でも連絡を受けて前線に来るまで戦が終わってから数日かかっている。
数百キロの距離があるだけで伝令に数日かかってしまうしそれに反応するのもまた数日。
タリナスに軍勢が戻ってくるのにも五日はかかっていた。
俺は【フライト】で飛べるから先手先手を打つことができる。これはすごいアドバンテージである。
この世界ではもう未来や過去へ行けるタイムマシン並みのチートと言っていい。
勇者はどんな移動方法を使っているのかは知らない。
ファンタジーのお約束通り転移魔法とか使ってるなら俺でも追いつけないと思うが、実際にはそんなことは無く俺がタリナスに到着後しばらくしてから勇者凱旋のニュースが入ってきた。
街に勇者がやってくる! ということで今タリナス市内はお祭りの準備という感じで浮かれている。
地元にもあるパスティール教会の召喚勇者なので盛大にお出迎えするらしい。
俺のせいで何も戦果なかったはずなんだけど……。
そういうのはきっと教会関係者か、王国関係者の情報操作で都合のいいようにいくらでも変えられるだろう。
現に今も、「勇者が女神の加護の結界で魔王軍を撃退し追い払った」とか、「魔王討伐軍が残党を一人残らず始末した」みたいな立て看板が教会の前に立っている。
なんか物凄く腹立つんですけど。
(佐藤さん物凄く悪いこと考えてるでしょ)
「ふっふっふっふっふ……。勇者め、せいぜいつかの間の栄華を味わっておくがよいわ」
(佐藤さんが完全に魔王なんですけど……)
「そうだなあ、まず教会が勇者召喚に成功してちょっと図にのってるところがありますんで」
(そうですねえ)
「教会の権威をどん底に突き落としてやろうかと」
(うわぁ……)
俺はどこにでもいる普通のおっさんなので仮面を取れば、まあたぶん三郎くんにはわからない。
一応服もこの世界のガテン服から市民風のシャツとかに着替えておく。
町は勇者を迎えるために総出で、さながらパレードになっている。
先に王国軍、その後に白いキラキラの鎧着た鈴木三郎くんが白馬に乗って続く。
パーティーのお嬢ちゃんたちが馬車に乗ってついていってる。
もう勇者が手振ったりするだけで大歓声である。
そのパレードの列が街の中央に向かって歩いてゆく。
俺は街の中央広場を取り囲む群衆の中にいる。
兵士たちがずらっと整列し、勇者が馬を降りて中央の女神パスティール像の前に進む。
振り向いて勇者が剣を抜き、それを振り上げて叫ぶ。
「我らの勝利を、わが剣を、わが守護神、偉大なる女神パスティール様に捧げん! 偉大なる王国軍に神の守護を! 我らに勝利を!」
うわああああああ――――――――!! 大歓声!
俺もその歓声に紛れて手を振り上げ、女神像に向かって、
「【ウェザリング】……」 ぼそっと呟く。
がこんっ!
大歓声がざわざわっと静まる。
どごんっ!
女神像の腕が落ちる。
勇ましい女神像の盾が落ちてくる。あ、三郎に当たった。
どこんっ、がこんっ、ぐしゃっ!
女神像がどんどん壊れて崩れ落ちてゆく。
落ちた部位が砂粒のように崩れて形を失ってゆく。やべえ首も落ちてきた。
観衆があまりのことに悲鳴を上げてそこから逃げ出そうとして広場はすでに大混乱だ。
混乱に紛れて俺はガレキの中に無様に倒れてる三郎くんに駆け寄り、「おいっ大丈夫か!」と声をかけ、体をゆする。
「【ワイヤータップ】」ぼそっと魔法をかけておくのを忘れない。
「無礼者! 下がれ!」
護衛の兵士が三郎を取り囲んで俺を突き飛ばした。
「す、すいません!」
尻もち突いて俺は小市民っぽくあわててその場を離れる。
なぜか急激に進行した女神像の「風化」は止まらず、護衛たちも三郎をかかえてその場から逃げ出してゆく。
結局凱旋パレードも祝賀式典も台無しになり、その日町は一日大混乱なままであった。
『これはどういうことなのかねヒュウガ殿!』
『いやそんなこと言われても俺もなにがなんだか……』
ふっふっふ、ヒュウガ・アスカこと鈴木三郎くんが怒られてる怒られてる。
俺は夕暮れの中、この町のパスティール教会の周りを散歩しながら、この会話を聞いている。
女神像にかけた【ウェザリング】は風化魔法だ。石、粘土、鉄、あらゆる金属が急激に風化して崩れてしまう。具体的に言うとイオン交換を逆転させ急速な酸化と酸化結合の分解を同時に行う。大理石とかの天然の石もほとんど酸化物なので酸素を奪うとカルシウムに分解してしまうからな。
この実験のせいで岩山の一部が更地になってしまったほど効果は抜群である。
観衆の目の前で女神像が崩れ落ちてしまったのはインパクト絶大で、勇者と教会の評判は今や最悪だ。
先に戻ったギルドのハンターや、一部の兵士により実際には戦闘が突然現れた壁により妨害され魔族とは戦っていないことや、勇者が壁に手も足も出なかったことなどの真実も隠しようがなく広がりつつある。特に傭兵で参加していたハンターは事実上戦闘が無かったため報酬を値切られてしまったことを根に持っていてこの噂を広げることに遠慮が無い。
なにしろ現場に参戦していた人間の証言なものだから説得力が違うというものである。
で、俺が三郎くんに駆け寄って真っ白な特製ブレスアーマーにかけた【ワイヤータップ】は盗聴魔法だ。
空気振動の音圧をエネルギーにして電波変換し放出する仕組みになっている。
これを受信するのは、実はエルテスが俺の左手に着けてくれた「女神紋」だったりする。
今までさんざんやってきた女神様との交信、電波だったんですねえ魔法じゃなかったんかいガッカリだよエルテス様。
さすがは物理の女神様。でもそこにロマンはあるのかいエルテス様。
『市民の間では勇者の女神の加護がなくなってしまったのではないかとか、女神の怒りに触れたのではとか、教会の正統性とかが疑われるとかとっくに噂になっておる!』
『勇者に降りた神罰だともっぱらの噂だわ!』
『君が壊したんじゃないかと言う者までおるぞ! 覚えはないのかね!!』
『俺じゃありません!!! 信じてください!』
『聞けば魔王軍とも一戦も交えず、すごすごと帰ってきたそうじゃないか!』
『いやあれは急におかしな壁ができて』
『その壁を壊すことも通ることもできず君は何をしていたというのかね!』
三郎くん、ボコボコですねえ……もうニヤニヤが止まらんわ。
『なぜ私のところにちゃんとした報告が届いておらん!』
『あれは魔族が防御のために作った結界魔法ではないかという調査もあってですね』
『それが女神様の守護とか加護とか言い出したのは誰なのかね!』
『はっ、それはその……』
教会総出でごまかしてたんじゃないのかい。
例によって例のごとく責任のなすりあいですな。いやーパターンですわ。どこの世界でもいっしょやね。
『がこんっ』
『ん』
『どこっ』
『さ……祭壇が……』
『し、司教様!』
『どすっどこどこっ』
『うわ……うわああああ!!』
『に、逃げろ――――!』
教会を一周する散歩を終えた俺は、ヘラヘラと笑いながら晩飯を食いに、宿に戻ったのであった。
(三郎くん、泣いてましたよ……)
「はっはっはっはっはっはっ!」
一夜にして倒壊してしまった教会はもう町中の話題だ。見れば誰でもわかるぐらい恐るべき不自然さで崩れ落ちて砕け錆びつき汚れ、まるで数百年前からずっと放置されていたかのようなそれはもう見事な廃墟っぷりで、積んである石材が砂のようにガラガラと砕け落ちて今もガレキを増やしている。
衛兵たちが教会跡を立ち入り禁止にして近寄らないように警備しているが、教会関係者や信者たちによる土下座祈祷が今もガレキの前で続いている。
「お許しください……お許しください……。女神パステール様、どうか我らをお許しください……」
もう涙流して半狂乱といった感じでかなり怖い。
隠しようのない女神の神罰を目の当たりにしたかのごとく民衆の信仰度はガタ落ちで、それを見る市民の目は冷たいのなんのって。
だって火事でも落雷でも爆発でも魔法でもなく、風化。一晩かけてゆっくり進行する風化。
人為的なものに全然見えないんだもん。そりゃ神罰だと思っちゃうよね。
「エルテスも無線聞いてたんだろ?」
(ええ、三郎くんあの後宿に引きこもっちゃって、パーティーの女の子たちがここぞとばかり慰めまくってご機嫌取りして取り入ろうと必死でしたわ)
「へーそうなの? 三郎のメインヒロインって決まってないの?」
(あの三人表面はキャッキャウフフしてますけど内面はもうドロドロのグチャグチャですねえ……。なんていうか女の醜さ全開といいますか聞きたくないもの聞いた感じです……)
「へ――」
(結局なりゆきで三人で三郎押し倒してベッドであはんうふんですわ)
「へーー、で、それをずっと聞いてたと」
(いっいえっそんなことは無いんですがっ!)
「へ――4(ピー)ですか昨日はお楽しみでしたねえ……」
(そっそんなことずっと聞いてたりしてませんしそれって伏字になってません!)
女神様にも程よい刺激があってもいいな。うんそうだ。
「悪いけどエルテスそのまんまモニターしてて、三郎になにか動きあったら俺に教えてくんない?」
(うえ――――っ……)
「あの電波弱いから俺の女神紋だとちょっと離れただけでもう聞こえないんだよな。エルテスのほうが電波よく入るみたいだし」
(うえ――――っ……)
「今後三郎がどう動くかで俺も次どうするか考えないといけないし俺も忙しいし」
(私が忙しくないみたいじゃないですか!)
「っていうかそもそもエルテスってどこにいるの?」
(別にどこでもいいじゃないですか……)
「そうだね、どうでもいいね。じゃあ頼んだよ」
(うえ――――――――っ……)
こうして勇者の鈴木三郎くんは俺の監視下に入りました。笑いが止まらんわ。
一日中街をぶらついて軍の動向探ったところでは、とりあえず王国、領主、教会の連合軍は維持しきれないためいったん解散、原隊に戻るらしい。
ハンターギルドは金を儲けそこなったハンターたちでごったがえし、依頼らしい依頼は皆無。
武器屋のオヤジは新しい試作の焼き入れナイフを作ってみたが刃は硬くて切れ味はすごく持つし鋭い刃もつけられて包丁としてはいいんだけど力入れたらぱっきりと折れてしまったという。
なので新しく焼き戻しを教えてみた。固くなりすぎた刃に粘りを付けるための熱処理だ。
なんでも教えすぎは良くない。こういうのは段階を踏んでマスターしてゆくべきだろう。
両刃の剣なんか作ってるうちは、日本刀の高みに到達するのは無理だがな!
夜になってエルテスに聞いてみると、三郎のほうに新しい動きがあったらしい。
(王都の教会本部から今回の戦と壁について釈明に来いという使者が来たようです)
「ほー。情報早いな」
(いやあ使者は教会と女神像が倒壊してるなんて知りませんでしたから、もう三郎くん怒鳴りつけてましたよ)
「あっはっはっは」
(三郎くんもやさぐれちゃって、『勝手に召喚しといて』とかすごい反抗的になってきてるし女の子たちが『アスカ様は悪くないわー』みたいに煽るもんですからこれはマズいと、まあ教会倒壊した現状も含めてとにかく一度王都に戻れということになったようですね。出発は明日です)
「もうわけわからんからとにかく一度リセットしたいってこったな。エルテス、三郎の位置は追跡できる?」
(そりゃできますが、たぶんまっすぐ向かうんじゃなくて巡礼の慣わしに従ってパスティール教会がある街を順にたどっていくことになるので王都到着まで一週間ぐらいかかりますかねー)
「先回りして到着と同時に各支部の女神像と教会を廃墟にしてやるか」
(鬼ですかあなたは!)
さすがにエルテスもそこまで追い詰めるのは反対のようだ。
「いや、やりたい。すげーやってみたいぞそれ」
(三郎くん呪いの勇者ってことになって王都に着く前に暗殺されちゃいますよ)
「うーんそうか……。やるなら王都教会でやったほうがいいってことだな?」
(もうちょっと穏便な手段を考えてくださいよ……)
そうだな。他にも宗派はあるんだし、王都の様子も見てみたいし……。
「とにかくなにか実行するにしてもかなり時間が稼げたな。勇者と教会の権威失墜、教会と勇者の対立、計画通りに順調だし一度魔王様に報告してみるか」
(はいっそれがいいと思います。 せっかく立った初めてのフラグですし大事にしましょう!)
「いやフラグとかどうでもいいから」
そうして俺は、魔王領に向かって飛ぶのであった。