12.魔王様と会ってみよう
「起きろ」
ゆさゆさゆすられる。
「起きろって」
無視無視無視。俺はまだ眠いのだ。
「起きんかこの馬鹿者!」
っ……? 女の声?
「起きろ――――――――!」
ぐわっと体が持ち上げられて放り投げられる。
毛布を掴んでひっぱられたのだ。毛布体に巻いてたから俺は村主章枝ばりのスピンしてそのまま地面に落っこちる。
みっともなく草地にはいつくばって顔を上げるとなんか女がいた。
「こーんな魔族だらけの中でようぐうぐう寝られるのうっ! いい度胸じゃ!」
女っつーかなんつーか、悪魔?
背中にコウモリみたいな羽はえてアラサーというか30歳ぐらい?
髪の毛は黒くてストレートで背中ぐらい長くて目の色は漆黒。
顔だけ見ると普通にいるお姉さん。すっぴんだけど化粧したらいい女になるって感じ?
角とか尻尾とかは無いか。スタイルはフツー。別に巨乳とかでなくてフツー。
上からちびTシャツぽいヘソ出しの上にポッケの多い魚釣り用みたいな短いベスト。指先が出てる鉄板付グローブ。バイク屋で売ってるようなやつだな。
だぶっとした短パン。下にこれだけはやたら丈夫そうな膝まで覆うゴツいブーツ。
仁王立ちしてこっち見てる。身長は俺より低いぐらいか。
「わしは魔王じゃ、魔王カーリン! 話は聞いた!!」
えっそうなの? この人があの暴れん坊将軍?
「おぬしわしと話したいそうじゃの」
「あっはい」
「下々の者の話を聞くのがわしの仕事じゃ。さっさとせい」
すげえわこの魔王様メチャメチャ話早いわ。行政の長として見習うべき姿勢だと思うぞ。
「えーとまず顔を洗ってちゃんとしてからお話し合いに移りたいのですが」
ばしゃーんといきなり俺の顔に水がぶっかけられた。
無詠唱によるあっという間の水魔法。
でもって顔をタオルでごしごしこすられる。魔王様御自らである。おいおいおいおいこれどういう状況?
「これでよいか!」
「ちゃんと座ってもう少し落ち着いてですね……」
「注文が多いのう。まあいいわ。全体休め! 出発延期!」
で、魔王様は石の上に座って、俺はその前で正座。いやなんとなくこうしないとダメなような気がして。
周りはワンコどもがぐるりと囲んでリラックス。魔王様の御前だぞ。
魔王様は足をがばっと開いてなんてことはなくて、ちゃんと膝をそろえて手を膝のうえにちょこんと乗っけて意外と萌える女の子ポーズであるところがポイント高い。
「かしこまらずに楽にせい。まず礼を言う。わしの部下を勇者から守ってくれて、ケガの治療までしてくれたそうだのう」
そういってぺこりと頭を下げる。なんつー素直な魔王様だよ。びっくりだよ。
部下の前で人間に頭を下げるって、魔王としてそれやったらダメなことを当たり前にやるのかよ。
「まあ……とりあえずこいつらと話がしたかったんで」
「ふむ、なんでじゃ?」
「まあ手っ取り早く戦争をやめる方法を思いつくためでございます」
「妙な敬語はやめい。話が長くなるわ。おぬし人間だしタメでよい」
「いやそれはさすがに」
「口の利き方が気に入らんかったらおぬしをぶん殴れば済む話じゃ」
話が早すぎて俺がついていけねえよ。
「魔族の情報を集めたいのかの?」
「人間の情報もです」
「おぬしも人間であろう」
「こちらに来てまだ日が浅いので」
「ほう、おぬし召喚された勇者か? だったらこの場でぶん殴るがそうは見えんの」
暴力でなんでも解決ですか。シンプルすぎませんかそれ。
「勇者じゃないです」
「勇者だったらキンキラキンの鎧着てメスを連れてくるはずじゃからの。戦場にメスを連れてくるのは勇者ぐらいじゃ。勇者じゃないならそれでよい。なにが聞きたい」
俺の中で勇者の株が絶賛暴落中なんですけど。どいつもこいつもなにやってんだか。
「まずなんでここに魔王様がいるかについて」
「いきなり壁ができたせいで戦ができんかったと聞いた。どんな壁なのか見に来たのと、先に出した偵察部隊がもしかしたら壁のむこうに取り残されておるんじゃないかと思って助けに来たのじゃ」
いい魔王じゃないですか。人間の王様に聞かせてやりたいよ。
「魔王様おひとりで?」
「わしは強いからの」
「ホントに魔王なんですか?」
「魔族とはたいてい顔見知りじゃ。今更わしが魔王かどうかなんて考えるやつはおらんでの。別に魔王らしいカッコする必要もあるまい」
「魔王と認めないやつはぶん殴るんですねわかります」
「おうわしは強いからの」
いやー面白いわこの人。
「魔王様は人間をどう思っておられます?」
「売られたケンカは買う。わしの臣民に手を出す奴は許さん。それ以外はどうでもよい」
「どうでもいいんすか?」
「わしは忙しい。先日の戦も勇者がいるならわしが立つべきじゃった。情報が遅かったの。惜しいことをしたのう」
「魔王様が倒されたら大変じゃないですか!」
「魔王が倒されたらあいつら満足して帰るじゃろ。別に問題ないわ」
達観してますなー。
「そうすると魔王様は今の勇者と会ったり戦ったりしたことは無いんですね?」
「知らんの。勇者は普通自分のパーティーだけで魔王城まで魔王を倒しにやってくる。受けて立つのが魔王の仕事じゃ。軍勢率いてやってくるなど今回の勇者はずいぶんとヘタレだの。どうせ王都の周りでちまちまと修行しとったんじゃろう。魔族はこっちにしかおらんが魔物はどこにでもおるからの」
「いいかげん人間ウザいんで滅ぼしてやろうとか思いませんか?」
「命あるもの、魂あるもののすべてに感謝を。人間も同じじゃ。あいつらがおるのはなんかあいつらにも役目があるからじゃろ。滅ぼしてわしらに得があるわけでもなかろうし、わしらにも死人が出る。無駄じゃ無駄じゃ面倒じゃ」
どっかの哲学者みたいだな。
「この先人間と仲良くやってくようなことはできると思いますか?」
「当たり前じゃろう? わしは誰かと仲良くなれなかったことなんて一度もないぞ?」
この答えにはびっくりした。いや心底驚いた。人間とでも仲良くなれると平然と言うこの感覚はすごい。
「仲良くなれなかった人はぶん殴るんですねわかります」
「それはしょうがあるまい、わしを見れば人間は斬りかかってくるだろうからの」
「人間と魔族が交流して、商売して、物や食料を分け合って、共に生きていくような未来はあってもいいと思いますか?」
「全然かまわんぞ。っていうか魔族はそんなこととっくにやっておるわ。おぬし魔族がどんだけ種族があると思っとる。人間族が一つ増えたぐらい別に大したことではないと思うぞ」
でけえ。魔王の器とんでもなくでけえわ。
いやこの人が魔王でよかった――――。
まわりのワンコ共は頷くやつと首をひねるやつが半々だ。まあ戦争しててそれは理解が難しいか。
思わず魔王派に転がりそうな俺ではあるが、踏みとどまる。
でかい器にはたいてい穴がある。
せっかく話がわかるのだ。問題点を共有したい。
「人間側には無理な理由がいっぱいあります」
「ケンカを売ってくるのはむこうじゃからの。まあ理由はあるのは向こうだの」
「まず人間には魔王様みたいな統治は無理です」
「そりゃそうだのう……。人間はぶん殴ると死んじゃうからの」
「いえそこではなくて」
そこは手加減しようよ魔王様。
「まず今の魔王様の統治ってのは魔王様ありきです。魔王様が死んじゃったらあとはどうなるかわかりません。魔王様が死んだらどうなります?」
「魔族で一番強い奴がほかのやつをぶん殴って魔王になると思うぞ」
「その魔王が魔族の面倒を全然見ないで、自分の贅沢のために魔族を苦しめるようなやつだったらどうします?」
「それは不幸な時代になるのう。魔族の勢力が弱くなって勝手に自滅するかある程度強い魔族が集まってその魔王をボコボコにするじゃろう」
「魔王様は魔族の幸せを第一に考えておられますね」
「当然じゃ。わしは魔族をみんな愛しておるからの」
さらっと言えるのはすげー。
「人間というのは王一人で人民の全部面倒みるほど能力が無いんです」
「ふふん、わしは名君じゃからの。先代魔王の父上もそうだった。下々の隅々まで面倒みれずに何が王かの」
いいとこのお嬢様だったのね。いい子に育ってくれてお父さん嬉しいわ。
「つまり、魔王様の統治がうまくいっているのは魔王様が一番強くて、一番能力があって、しかも長生きだからなんですよ」
「人間はそうではないと」
「そうなんです。人間は王族、大臣、貴族、教会とかが寄り集まってそれぞれの利害を調整しながら多くの人間を治めています。強くもなく、能力もなく、長生きでもない人間の王と人民はそうしないとやっていけません」
「それがどうして魔族を攻める理由になるのじゃ?」
「簡単に言うと自分たちは弱いから、いつでも自分たちを滅ぼせる恐ろしい魔族という存在がいると怖くて怖くてしょうがないので滅んでほしい、という考え方が人間側の一般的な総意なんですね」
マイケル・ムーアの受け売りだがあながち外れではないだろう。
「で、勇者みたいなやつを手に入れちゃうと、今度は自分たちが強くなったので魔族を滅ぼしてやろう、支配してしまおうと考えてしまうやつらが出てきて本当にそれをやってしまう。本当ならそれを止めなきゃならない人間も弱いからそれを止められない。全部人間が弱いせいです」
人間は狼や熊とかの猛獣を怖がる。たとえ普段目にすることが無くてもだ。その人間が銃なんてものを手に入れて勝てるようになってしまうと必要が無いのにそいつらを絶滅させるまで撃ってしまう。俺の世界でもいくらでもあったことだ。
「ふーむ……」
まわりのワンコたちも考えこむ。
「皆さんも人間は怖くないからほうっておけるけど、勇者は怖いから倒せるものなら倒したい」
「おう」「そうだな」「確かにそう思ってるよ」
ワンコたちもそこは納得できるようだ。
「魔王様なら、そんな考えは間違ってる。おまえらちゃんと仲良くせいと勇者もこいつらもぶん殴って回ることができるんですけど、人間は数が多くて弱いからそれができないんです。魔族滅ぼすべしという多数が勢力持つと誰も止められなくなるんですよね」
「ではどうすればよいというのじゃ? わしが人間界に行って全員ぶん殴ってくるわけにもいかんしの」
「その方法を、俺も考えたいと思っています」
魔王はじーっと俺の顔を見る。うんちょっとどきどきする。いい女だもん。
「よしではおぬしは好きにやれ。戦争せんで済むのならわしもなにも文句はないからの」
そうして魔王は立ち上がった。
「わしは壁を見てくる。お前たちはこのまま本隊と合流しろ。おぬしはわしにもう少し付き合え」
「いいですよ」
ぶわっと魔王の羽が開く。魔王の身長の倍ぐらいの巨大な羽だ。なるほどあちこち飛び回っているというのは文字通り飛んでいくのか。細かい統治ができるわけだ。
「連れてってやろう。手を出すがよい」
「あ、大丈夫です俺も飛べるんで」
「……おぬし中々だのう」