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11.魔族を助けてみよう


 余裕こいて勇者の前を立ち去ってから、あわてて巡航速度の【フライト】で戦術的撤退中の魔族を追う。

 勇者に「余裕」を見せつけて去るのは、それが「様式美」というやつだからだ。


 もう真っ暗で月明りしかないんだけど、前後に大きくバラバラになりかけて進む一団を発見した。

 奴らの前にふわりと着地する。


「よーし全員、そこで止まれ――――!」

 びくっとして全員棒立ちになる。俺がいきなりそこに現れたように見えたかもしれない。

「お……お前誰だ?」

 魔族連中がざっと剣を構えて俺を見る。全員ボロボロだ。だいぶケガもしているみたいだし。

「こんばんは。さっき会ったろ」

「ああ、あの壁の!」

「壁に空けた穴はふさいどいた。勇者どもはもう追ってこれないから安心しろ」


「ほ、本当か? 本当に大丈夫なのか?」

「まあ俺も人間なんで信じろとは言わないが……」

 仮面を取って顔を出す。こいつらに顔を隠す意味ないからな。

「俺はあんたたちの敵じゃない。気に入らんかったら殺していいからとりあえず話を聞け」

 そう言って俺はそこにあぐらを組んで座り込んだ。

 それを見て全員俺を囲むように、円陣ができた。


「リーダーは誰だ?」

「俺だ」

 俺の正面にいる男が答えた。狼男っぽい。というかこれ全員狼男のチームだな。

 犬が戦闘服着て防具あてて剣持って二本足で立ってるイメージだ。犬耳と尻尾がふさふさでちょっとかわいい。俺の後ろもぐるりと狼男が囲んでいる。俺がなにかすればすぐに殺せる体制だ。

「ケガ人を治療できる奴はいるか?」

「真っ先にやられちまったよ……あいつだ」

 仲間に背負われている奴がいる。

「ちょっと診せてくれ」

 他の連中も半信半疑ながらわらにもすがりたい状況なので俺に道を開けてくれる。

 うんこれはヤバい。腹を切られて出血が多い。

「【ウォーター】」

 空中に水球を作ってぴゅるぴゅると水を落として傷口を洗い流す。空気中から集めた水蒸気を蒸留させたものだから細菌感染の心配はない。

「【ヒーリング】」

 手を当てて念じる。俺はここまで自分でケガをしたことが無いのでこれはやってみたことが無い魔法だが、自然治癒を加速する魔法である。

 傷口を指でつまんで合わせると、合わせたところから次々に皮膚が再生され傷口が塞がってゆく。おう、うまくいくじゃん。

 内臓の傷も同時に治療されてゆくようで、出血も止められる。見ている奴からすげーとか声が上がる。


「よし、こんなもんか……。次」

「あ……ありがてえ。こっちを頼む」


 こうして俺は重傷者から順番に治療してゆく。

「すげえ!」「こんな強力なヒール初めて見たぞ」「あ……歩ける。助かった!」「わはははは!よかった、よかったなボリス!」

 ようやく連中から笑い声もするようになった。

 負傷者は12人のうち半分もいた。部隊が三分の一負傷したら即座に撤退を選ぶべきだとはよく言うが激戦だったことが思いやられる。


「最後はあんただ。リーダー」

「俺はこれでいい」

「我慢すんな。片目切られてんじゃねーか」

「名誉の負傷だ」

 軍人らしい意地ってやつだな。


「今目を治せばこれからも魔王様のために働けるだろ。どっちが本当の忠義だ。死んだり怪我したりは魔王様のために何一つプラスにならん。ここは治療を受けろ」

「すまん……」

 左目にバッサリやられた傷口を閉じてゆく。

「見える……」

「ほら見ろ。そっちのほうが断然マシだ。いや、傷があったほうがカッコいいか? 少し残すか?」

 周りにいた連中が笑いだす。

「どうせなら最後までやってくれよ!」

 全員、爆笑した。



 全員の治療が終わったところで元気になったやつがウサギやらアナグマやらとよく似たよくわからない動物を捕まえてきた。

 燃えそうな木が集められて丸焼きが始まる。

 横に俺がでっかい水球を浮かべておく。水が飲みたい奴はこれに口をくっつけて飲めるようにだ。

 ふざけて顔を突っ込んだ奴が仲間に殴られて笑い声が起こる。

 酒は無いが肉が配られて焚火を中心に陽気な宴会が始まる。

 俺はそこに、なんの違和感もなく一緒に旨い肉を食っている。

 話は後で。とりあえず今は無事を祝い、飯を食い、疲れた心と体を癒す。

 こうして仲良くなってみればなんとも気のいい奴らである。


「それで、結局あんたなんなんだ?」

「おうっそれやっぱり聞いとかんきゃいかんよな。ま、敵でもスパイでもなんでもいいけどよ」

「助けてもらったことは間違いねーしな」

 そんな物騒なことを言いながらゲラゲラ笑う。

 俺も笑う。

「なんだよ。魔族と仲良くなるなんて簡単じゃねーか。なんで戦争やってんだろなあ」

 ふっ……と静かになる。


「……俺は人間なんだけど、まあなんていうか、ちょっと変わった立場でな。この戦争をなんとか止められないかと思ってる。で、人間側にも事情があり、魔族側にも事情があるのだろうと思ってとりあえず両方話を聞いてみたいんだ」


 リーダーが「さっき壁を一瞬壊したよな。壁を出したのはお前なのか?」と聞く。

「まあ俺はちょっと穴を開けられるというか……そこは秘密にさせといてもらいたいな」

「俺たちの本隊は無事なのか?」

「今は壁で別れちまってるから戦争にならずに両軍撤退してるぞ。負傷者もいないはずだ」

「おお……」

 みんなほっとした様子だ。あそこで魔王軍が破れたら勇者の侵攻をかなり許したことになるだろう。

「お前らみたいにまだ壁の向こうに残ってる魔族軍はまだいるのか?」

「いや、いないはずだ。俺たちは偵察部隊だからな」

「じゃあ当分戦闘は無いな」

 新しく作った壁は残り10日だ。全速力の【フライト】にMP取られた分有効時間が短くなったがどうせそのうちまた張りなおすつもりだったから別にいい。


「あの壁は……すごかった。まるで神がいるのなら神が出したみたいだった」

 なんだか無神論者みたいなことを言う。

「お前らはなんか信仰している神とかいるのか?」


「神は生きとし生けるものすべてに宿る。我々を食べさせてくれるすべての自然が神といえば神なのだろう。我々はそれに感謝を欠かしたことは無い」

 原始的な自然崇拝だ。古代、神というものは世界中どこでもそうだった。

 なんかワイルドな魔族にはピッタリだな。


「あんなものを見せられたら、神というのは本当にいるのではないかと思ってしまう……」

「やめておけ、あんな壁で世界を分けておけば争いがなくなるなんて考えてる神がいたらただの怠け者だ」

「いっそそのままのほうがいいかもしれん。永遠にあの壁が続いてくれたらと思う」


 人は自分を救ってくれるものに感謝する。それは自然だったり、太陽だったり、そうして自然崇拝が起こる。そんな中、社会がある程度整ってできてその中で奇跡を見ると、これが神なのではないかと思ってしまう。人間の個人崇拝の神や教祖はそうして生まれた。


「……人間のことをどう思う? はいそこの君!」

 適当に指さす。肉を食ってたワンコが「えっ俺?」みたいな顔で俺を見る。

「魔王様に(あだ)なすわるいやつ!」

「あーそうか勇者とかいうやつが魔王倒したことあったんだったな! ハイ次君!」

「なんかよく攻めてくるひどいやつら。俺たちから攻めたことなんていちどもないのに」

「なんだお互い様ってわけでもないんだな。ひでーな人間。はい次そこのぶちくん!」

「ぶちってなんだよ……。弱いくせしやがって勇者だけはメチャメチャ強い。なんかずりーよ。人間」

 それが問題だなー。あんなやつが勇者じゃなー。


「勇者かー……勇者がいなけりゃお前ら勝てる? はいリーダー!」

「勇者メスいっぱいつれてて羨ましかった。あれほどの敗北感は今まで感じたことが無い」

「そこじゃねえよ!! なに見てんだよリーダー!」

 ゲラゲラ笑い声に包まれて騒がしい夜が更ける。


 疲れている奴、ケガが重かった奴はもう勝手に丸まってくうくう寝ている。

 残っているのはリーダーと元気な奴。

 リーダーも俺に聞きたいことがあるのだろう。

「人間の王ってどんなやつだ?」

「うーん、俺はこちらに来て日が浅い。会ったことも見たこともない。王都って大陸の奥に引っ込んだところの城にいるから人間の王様なんて見たことあるやつがそもそもほとんどいないだろうな」

「強いのか?!」

「いやあ王様ってのはな、先祖は強い人でなにかしら国を作るぐらい偉業があったんだろうけどたいていはその子孫だからお前らより弱いだろうな」

「弱いのになんでみんな言うこと聞くんだ?」

 ワンコが不思議そうに聞く。魔族は実力主義ですかそうですか。


「そりゃあ給料くれるからに決まってる」

 元会社員の俺はミもフタもない返事をする。騎士だの勇者だのが聞いたら総ツッコミが入りそうだが突き詰めればそういうことだからな。代々(ろく)をもらってるってこった。


「人間は金持ってる奴が偉いのか」

 おうっこいつ人間の本質をいきなりど真ん中ストレートで投げ込んできやがった。

「そう言われるとその通りですとしか言えないんだが……」

 俺は頭を掻きながら、説明する。


「金ってのはある程度まとまってないとでっかいことを始められないし大勢が金を出してくれないとできないこともある。人間が住んでるあのでっかい街とかがいい例だな。ああいう金を集めて一番いい使い道を考えて人間が住みやすい街を作るってのが人間の王様の本来の仕事になる」

 要するに行政だ。このへんの感覚は魔物にわかるかなあ。


「ふーんなんか職人の親方って感じだな」

 ああそういうことは魔族では職人がやるのか。

 魔族では魔王様ってどんな仕事してるんだろう。

「魔王様ってのはどんな人だ? お前たちは見たことあるのか?」

「あるぞ」

「俺はしゃべったことがある!」

「俺の村にも来たからな!」

「まあ魔族だったら魔王様と会ったことない奴はまずいないな」

 気さくだな魔王様。こいつら見てたら魔王いいやつなのはもう間違いなく感じるな。


「魔王様は年中あちこちの町や村を飛び回って、みんなの話を聞き、ああしろこうしろって命令というか解決方法を決めたり物を持ち込んだり物知りな奴をつれてきてそいつにさせたりするな」

「で、ケンカしてるやつはぶっ飛ばして説教して仲直りさせたり、腹減ってる奴には食い物くれたり、悪いことしてる奴はぶっ殺したりとかもうなんでもやってくれるなあ」

 どこの暴れん坊将軍ですかそれは。


「魔王様一人でそれ全部やるのか?! 魔王様忙しくて大変だろうに」

「側近とか四天王とかもまあ同じようなことやってるよ。ケガの治療なんかは側近が魔王様より上手だな。でもまあ魔族はみんな魔王様の言うことならちゃんと聞くし大抵のことはそうやってぱっぱと解決しちゃうから」

 なるほど、人間が組織立って役割決めて大掛かりな政府や役所を作ってやるようなことを魔王が全部一人で代行してると。だから行政のスピードがとんでもなく速いしコストもかからないし、魔王様一人と側近四天王という極小政府でもやりくりできると。


 このやり方は理想の一つだ。

 理想的なのだが人間には絶対に無理だ。これをやるにはトップがとんでもなく有能で、ありえないぐらい聖人君子でないとダメなのだ。しかもそれが続くのはトップが生きている間だけだ。

 人間は大勢で知恵を出し合わないとなにも決められないしお互いが悪いことや間違ったことをしないように相互に管理しあわないと組織が成り立たない。


「ふーん……。いいなあ魔王様。羨ましいよ……。うちにもそういう王様がいたらなあ……」

「おうっ、俺たち自慢の魔王様だからな! 人間の王はそうじゃないのか?」

 俺はちょっと考えてみる。


「魔王様って魔王になってもう何年ぐらいだ?」

「えーと俺の親父のころにはもう今の魔王様だったし100年ぐらい?」

 リーダーが首をかしげる。

「あーそりゃ人間には無理だわそういうの絶対無理。人間って50年か60年で死んじゃうだろ?」

「そうなのか」

「で、王様として働けるのってせいぜい20年かそこらだわ。その間にすげえたくさんいる人間全部と顔見知りになってなんでもやってやったりやってもらったりとかそういう信頼関係ってやつを作るのはもう絶対無理。時間が全然足りないわ。だからそういうのは組織でやるしかないんだな」

「ふーんなるほどねえ……」


 魔族にはこういう行政組織というやつがピンとこないらしい。

「人がいっぱいいりゃあバカなことやズルいこと考えるやつも出てきちゃう。魔族相手にケンカを売ろうってやつが力持っちゃうこともあるんだよなあ」

「俺たちだとそんなやつは魔王様が来てブン殴られちゃうからなあ。ま、そんなことわざわざ考えるやつはいねえな」

 魔王様万能すぎ。お前らの脳シンプルすぎ。


「魔王様にも一度会って話を聞いてみたいよ……」

「ああ、俺らと一緒にいればそのうち会えるぞ。俺らこれから本隊に戻って報告するからな」

「いいのか? 俺怪しくないか? 人間なんだから魔王様暗殺しようとするとかお前ら考えないの?」

 みんなゲラゲラ笑って手を振って無い無い無い無いと言う。

「そんなんしたらお前魔王様にボコボコにされて説教食らって一日木に吊るされるわ。あれでも怒ったら怖い人だからな!」

「それで済むのかよ、優しいな魔王様!」

「まあ怖いのは勇者だけさ。その勇者も魔王様を倒せるのは十人に一人いるかどうかだしよ」

 お前らほんっとシンプルだな。

「明日本隊に向かって出発する。見張りは俺たちで交代でやるからお前もう寝ていいぞ。今日はありがとな」


 俺もそろそろ眠くなってきた。バックパックから圧縮してた毛布取り出して包まって寝る。

 魔王と会うのが楽しみになってきた……。



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