10.勇者に会ってみよう
「エルテス、勇者って鈴木三郎だったっけ!」
(はい、日本人です)
俺は【フライト】で全速力にかなり近い勢いで壁に向かって飛んでいる。
対気速度時速300km。巡航速度を超えているので減ってゆくMP消費も今回は気にしてる暇がない。
【ホーミング】で壁の近くを探してみる。団体で移動してたらだいたい間違いないはずだ。
もう薄暗い。早くしないと夜になっちまう。
「日本人なんだよな! 何歳だ?」
(17歳です)
うわっ。痛い盛りだ。生意気盛りで一番扱いに困るぐらいの歳じゃねえか。
「で、ゲーマーでネトゲとかにはまって勉強あんまりできなくてオタクで友達いなくて美少女大好きで自分のパーティーには女の子ばっかり入れてキャーキャー言われてるようなタイプなのか?」
(なんでそんなことまでわかるんです……)
「戦い方は剣でピンチになるまで大技は出し渋り危ないところで一発逆転パーティーの女の子メロメロで合ってるか?!」
(佐藤さん気持ち悪いです、なんでそこまで知ってるんですか!)
なんでって言われても異世界召喚物の主人公のテンプレがそうだからだ。
ヒーロー願望強い奴はそういう様式美大好きだ。間違いない。
(もしかして佐藤さんもそうなんですか?)
違うよ違うよ違うと思うよ。
「一緒にしないでくれ。俺35歳のおっさんだし女の子なんてパーティーに入れてないし――っ」
(佐藤さんいまぼっちですもんね)
「やかましいわ誰のせいだよLV999もあったらどんなやつ入れても邪魔にしかならんわ!」
(そうそう! やかん猫さんのネット小説、主人公やたらモテるのにハーレム作ったりしないでいつもヒロインの娘一筋でしたもんね!)
「やめてやめて人の黒歴史掘り起こして博物館に張り出して公開するのやめてあげて」
いた――――!
減速する。
謎の壁を背にして身構える魔王軍12人。文字通り背水の陣である。
それに向かって包囲網を取りながら近づきつつある人間の連合軍18人。
人間の数が多いこともあるが、今はその中に勇者がいる。
戦力は圧倒的ぽい。
中心にいる勇者のパーティー、……チャラい。チャラすぎる。
3人のそれぞれタイプの違う女の子たちのスカートがやたら短い。露出度もすげえ高い。
真面目に戦闘をする気があるのか疑う装備だ。
【フライト】を切って自由落下で高度300mから飛び降りる。
どすん!!
身構える魔王軍の後方。壁の手前で着地する。
ものすごい衝撃と風で女の子パーティーのスカートが全員巻き上がってパンツが丸出しになる。
前にこっそり練習していたカッコいい登場の仕方が役に立った。
いや、パンツまで意図してたわけじゃないからね。そこんとこ間違えないでね。
全員の目が俺に集中したところで叫ぶ。
「お前ら後ろに下がれ!」
【ブレイクウォール】を聞こえないように小声で詠唱する。
パキィィン!
氷が割れるような音がして後ろの空間が一瞬ゆがむ。
固定されていた空気分子が解放されたのだ。
「早くしろ下がれ!」
訳が分からないまま魔王軍の連中が後ずさる。
「壁が無い……」
「壁が無いぞ!」
一目散に後方へ逃げる。
「逃がすかぁあああああああ!」
勇者が突っ込んでくる。
俺は手を広げて立ちふさがり、聞こえないように一言ぼそっと呟く。
「【グレイトウォール】」
どがああああん。
派手な音がして俺の目の前で勇者が見えない壁にぶつかって跳ね飛ばされた。
鼻を抑えて転がりまくる。
「ぐああああぁぁあぁあ……」
「あ、アスカ様!」
パーティーの女の子たちが駆け寄る。
「アスカ様、鼻血が……」
「キュアー!」
「ヒール!」
「ヒールヒールヒール!!!」
全員回復要員かよ……。
「て、てめ……貴様あ!」
剣を突いて白い甲冑を着た勇者が立ち上がって俺を見下ろした。
そう、俺は見下ろされている。
なんでかって言うと、俺は全MP消費してそこに倒れているからだ。
白、赤、黒&ガーターベルト。女の子たちのパンツがまぶしい。
ちょっとだけ、この勇者くんとはお友達になれそうな気がする。
「やあ、初めまして勇者くん」
俺は大の字になって倒れたまま勇者ににやりと話かける。
がこぉおおん!
勇者が振りかぶって剣を振り下ろすが、硬いものにはじかれたように剣を取り落とす。
頑丈すぎだろ【グレートウォール】。
この見えない透明の壁はどんな攻撃も魔法もまったく通用しない。そのことはここ数日間に嫌というほど試したはずだ。
「貴様、いったい何者だ!」
「俺か? 俺は……」
「……」
「……」
「……」
やべえ、何も考えていなかった。
魔王軍は既に全力撤退中。
さすが魔族、野生動物並みの逃げ足の速さだ。この潔さは戦場において稀有の能力と言っていい。引き際を見誤って全滅するような間抜けは人間のほうがやりがちなミスだろうな。
「俺の名はシャア・アズナブル」
「ふざけんな!」
「じゃあ、タキシード仮面」
「古いわ!」
「なに言ってる、ガンダムのほうがセーラームーンより古いだろ?」
そこまで会話してやっと勇者は気づいた。
「お前、まさか……」
「そう、日本人だよ」
MPが少し回復してきたのでむっくり起き上がってあぐらをかく。
「アスカ様、こいつなに言ってるんですか……?」
杖持った三角帽子で「黒とガータ」の女の子が問いかける。
うおう。胸もすげえ。ロリ巨乳って実際見ると不自然ってゆーか違和感すげえわ。
「異世界言語翻訳能力も小ネタには無力だな」
「お、おう……」
連合軍18人もまとめて俺に壁を隔てて武器を突き付けているが、俺たちの会話はわからないことだらけだろう。
「鈴木三郎くんだったか……」
「違うわぁああああああ!」
「えっ違うの??」
「俺の名は、ヒュウガ・アスカだ!」
「また痛い名前にしちゃったもんだな。教会に召喚されたとき最初に名乗ったのがそれかい」
「うるせ――――!」
キレやすい若者との会話は難しい。
「さっきの質問だ! 貴様いったい何者だ!」
「ああ、ちょっと思いつかないんで次に会う時までになんかいいのを考えとくよ」
「ふざけんな!」
「自分にはかっこいい名前つけといてそりゃずるいだろ」
「うっ……」
「まあとりあえず話をしよう。聞きたいことはないか?」
勇者が俺を見下ろし脅しのつもりか剣を突き付ける。
いくら剣を突き付けられても壁があるので全然こわくないんだけどね。
「日本人なのは信じる」
「あれで信じるのか……。もっとこう、『今の日本の首相は誰だ』とか、『民主党はまだあるのか』とかそういう話題は振れないのかよ……」
「アニメネタ振ってきたのお前じゃん」
「悪い、若い奴との共通の話題ってそれぐらいしか思いつかんかった」
「オッサンどこの教会に召喚された?」
「いいや。俺は別ルート」
「パスティール教ではないんだな?」
なるほど、教派ごとに勇者の召喚を競っているのは本当らしい。
「教会に召喚されたわけじゃない」
「では魔族に召喚されたのか? 魔族の勇者かオッサン?」
「いや」
「では誰に召喚されたんだ!」
「召喚主の個人情報は開示できません」
「ふざけやがって……」
質問に答えるフリで相手から情報を聞き出すという手もある。
相手が聞いてくることで相手がどんな情報を一番知りたがっているかがわかる。
「この壁はなんだ。お前が作ったのか?」
「知らない」
「ウソつけ! 今お前壁壊して、また張りなおしたじゃないか!」
「ああ、ちょっと穴あけて一時的に通れるようにしただけ。それぐらいは魔法使いなら誰でもできるだろ」
三郎くんびっくりしてるよ。ウソだけど、今は俺が壁を作ったことはバレないほうがいい。
「どうやってやるんだ?」
「教えると思うか?」
「……教えたら命は助けてやる」
「交換条件になってないな。今のお前俺を殺せないだろ」
「次に会った時に、殺さないでおいてやる」
「よしっ約束だぞ。三回まわって壁に手を当てて【開けゴマ】って叫ぶんだ。はい教えたからな。俺がぶっ倒れる全魔力消費魔法だからお前に魔力が足りてなくても文句言うなよ。あと穴開けても数秒ですぐ閉じちゃうから気を付けろよ」
三郎くんグウの音も出ない感じで黙っちゃったよ。
この世界の魔法がどんなんだか俺は知らんけど、さすがに呪文教えてもらっただけで使えるわけじゃないと思うし、三郎の反応見ればそうだとわかるわ。
「この壁はなんなのかお前たちはどう思ってる? はいそこの君」
後ろにいるやつらにも話しかける。ここは教会関係者らしい僧侶風の女子に聞いてみよう。
白の女の子その僧服横のスリットがぱんつスレスレですね。いいんですか神に仕える身で。谷間も隠したほうがいいと思うんですけど。
「これは女神様の加護です! 女神パスティール様が私たちを守るために作ってくださった奇跡の慈悲深き壁なんです!」
「じゃ、そのありがたい壁を全力で破壊しようとするのは女神様への背信行為と見ていいな?」
白が黙る。
「違う!」 三郎くんが怒鳴る。
「じゃ、女神様はこの壁と共に倒すべきお前たちの敵か?」
「そんなわけがあるか!」っと赤(魔法剣士風)が叫ぶ。極小のビキニアーマーの上にスケスケの鎖帷子。横乳までは防げていない絶妙なチラリズムが良いお仕事しています。三郎くんの抜群のセンスが垣間見えます。
「じゃあ、この壁を操れる俺は女神様の関係者か?」
一同に衝撃が走る。
「あなたが悪魔だからです! 悪魔が神の邪魔をしているのです! 魔族を逃がしたのがその証拠です!」
白が叫ぶ。
「逃がしたと言ったな。ではなぜこの壁は魔族を逃がすことを助ける? お前たちを遮る? この壁は魔族は通してもお前たちは通さない。なんでそんな壁が女神様の慈悲なんだ? 女神様の慈悲は魔族に味方するのか?」
「黙りなさいこの背教者!」
「都合が悪くなったらそれか。俺は別にパスティール教会の信者じゃないから背教者でも異端者でもないぞ? 呼ぶなら異教徒で頼む」
宗教関係者というのはまあファンタジーのお約束だとこういうガッカリなやつばかりである。
「この壁で守られたのは誰だ?」
「俺たちだ!」
「いいや、この壁は誰も守っていない。ただここにあるだけだ」
「じゃあこの壁は魔族が造ったものだ。魔族の連中が自分たちを守るために張ったんだ!」
後ろの兵士が叫ぶ。あんまり頭良くなさそうだ。
「そうかあ? じゃこんな壁作れる魔族のほうがお前たちよりも優秀だな。倒され、滅ぼされるべきはお前たちということになる。お前らこのまま戦争して魔族に勝てるのか?」
「勝てるさ! 俺のほうが魔族より圧倒的に強い!」三郎くんが断言する。
「弱い奴は殺され、滅ぼされてもいいのか? じゃあもし魔王が勇者を殺せたら魔族がお前たち人間を全部殺して滅ぼしてもいいんだな? 魔王に勝った勇者は歴史上三人しかいないらしいが?」
全員黙る。そうとうまずいところまで踏み込んでいることにさすがに気付いている。それ以外の勇者はみんな魔王に倒されているのだから。
薄々感じているはずだが誰も口に出せないことをぶつけてやる。
「魔族は人間より強いのに人間を滅ぼさないでやってるのがわかるかな?」
「……」
「この壁はとにかく戦争させないためにあると思わないか?」
「……」
「女神様は戦争を望んでおられない。そうは思わないか?」
白が俺をにらみつけて言う。
「……女神様は慈悲深いのです。魔族にこれ以上の侵略を許さぬために……」
「魔族領に攻め込んでいるのはお前らだろ。そんなこと女神様にはとっくにバレてるぞ。っていうかバレてないと思ってるならお前らの頭がおかしいわ」
俺は立ち上がって勇者と同じ目線になる。
「これだけは言っておく。女神様は戦争がお嫌いだ。お前も女神様の神罰が下る前にこんな教会が勝手に起こしたくだらない戦争と縁を切って勇者ごっこやめて日本に帰れ」
「今更そんなことできるか!」
「魔王倒して魔族絶滅させて人間だけの世界作って英雄になりたいわけか。ハーレム作って後は楽しく暮らす予定でもあるのか?」
「そんなこと……」
「ま、そのうちまた会うだろ」
そう言って俺は魔族領に向かって歩き出した。
「お前はなにが目的なんだよ! おい、待てよ! 待てよ――――!」
「俺はこのくだらない戦争をやめさせたいのさ。じゃあな、三郎くん」
振り返らないでそのまんま片手をあげてふりふりし、俺はやつらが見えなくなるところまでのんびり歩いてその場を去った。