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1.テンプレな召喚をされてみよう

「おいおい……どうすりゃいいんだこんなの……!」

 俺は小高い崖の上から下の草原を眺めていた。

 そこには魔王軍2万の軍勢と、人間の連合軍5万の軍勢が並び立って、今にも戦争がはじまりそうな状況だ。

「転移して放り出されていきなりこれかよ! もう最終回じゃねえか!」

 これを止めるには……。

 この戦いをやめさせるには……えええええっどうすりゃいいんだこれ!?


___________________________________


「佐藤雅之さん、お気の毒ですが、あなたは亡くなられました……」

 そこは白かった。何もなく、ただ白い場所。

 そして目の前に少女が立っていた。

 白く飾り気のないシンプルなドレスを着て、背中から白い羽の生えた、金髪で色白の少女である。

 歳のころは十七、八歳に見える。

 ああ、自分は死んだのか。

 実感はないが妙に納得できた。最後に見た風景が反対車線を飛び出して正面に向かってくるタンクローリーだったからだ。

 死んだらこうなるのか。死後の世界ってあったんだな。


「……で、君は天使? 俺は天国か地獄に行くわけ? 地獄に行くほど悪いことした覚えはないからできれば天国がいいんだけど」


 不思議に冷静な俺。不思議とすんなり受け入れられる俺。どうなってるんだ俺。


「いえ、そうではなく、実は佐藤さんにお願いしたいことがあるんです」

「お願い?」

「はい。天国も地獄もありません。死ぬとただ無になるだけです。死後の世界っていうのは無いんです」

「そうなんだ! すげえドライな世界観だな! ……じゃ、君は誰? 俺はどうなるわけ?」


 少女は胸の前で手を合わせて「私はあなたから見て異世界の管理者です。なんというか、あなたたちから見れば神様みたいなものというか女神というか……」

「異世界の? そんなのあるの?」

「はい。地球だけじゃなくていろんな世界があるんです。それぞれを私たちのような女神がそこで暮らす人たちの環境をうまくコントロールしながら育てています」

 死んでみなけりゃわからないことがあるものである。

 こういうことはファンタジーではお約束なのだが自分がそうなるとは思わなかった。いや、あるいはこれは自分は病院のベッドの上で意識不明のまま妄想を見ているのか。


「佐藤さんは、特別に私が召喚してこちらに来ていただきました」

 そして少女は俺を見て言う。

「私たちの世界を、佐藤さんに救っていただきたいのです!」


 いやいやいやいや、ちょっとまてちょっとまて。

 あまりにもテンプレだろうお約束だろうパターンだろう!

 なんだこれなんだこれなんで俺? なんで俺なの?

 こういうのって中二病全開の中学生とか高校生とかヒーロー願望のある痛い奴とか超能力持ってるやつとか格闘技スポーツやってたやつとかいくらでも適任がいるじゃないの? なんで俺なの?

 俺ってもう35歳だよ。工業高校出て工業大学卒業してこの齢まで独身で、ずーっと中小企業でエンジニアとして働いてて機械の設計とか開発とかそんな仕事やってた会社員だよ? そんなおっさんになに頼むのこの娘!


「私の管理している世界は人間族と魔族がいて、この二つの勢力がいつも戦争していていつまでたっても不安定な世界なんです」

「なにそのファンタジーなお約束」

「そう思われてもしょうがないんですけど……。なまじ魔法とかあるばかりに文明の発達スピードが遅くてですね、佐藤さんのいた地球みたいにならなかった一つのケースです」

 ちょっと興味出てきた。いや、興味津々だわ。めっちゃそれ聞きたい。


「詳しく」


「魔族は長寿で能力が高く数が少ない、人間は凡庸で短命だけど数が多い、そんな世界でこの勢力が戦うとですね、数が少ないながらも魔族は強力なので人間を圧倒しそうになるんです」

「そりゃそうか……」

「でもそうするとですね、人間の間から勇者が召喚されて、これが強いものですから魔王を倒しちゃったりするんですよね」

「ゲームかよ。そんな世界本当にあるんだ」

 まさにテンプレ。ファンタジーのお約束。口にするのも恥ずかしい設定だが、少女はいたって真面目である。

「ずーっとそんなシーソーゲームを続けていた世界なんです」

「なんという不毛。それ君がなんとかできないの?」

「コントロールするといっても私ができるのは環境とかで直接手を下したりはできないので……」

 見えてきた。そうかそうかこれはアレかあの流れか。


「で、俺に勇者をやれと。いやいやいやいや無理無理無理無理」

「違います!」

 少女がぶんぶん首を振って否定する。

 え、お約束じゃないの? 勇者をやるんじゃないの?

「佐藤さんにやってほしいのは、この世界から戦争をなくして平和な世界にすることなんです」


「えー……」


 ちょっとなにそれなんだそれどうしてそうなる。


「そういうのって神様の仕事じゃないの?っていうかそれが勇者の仕事じゃないの? なんで俺? なんで俺がそんなことに選ばれるの?」


「それは……」

 少女はうつむいて今更のようにすごく恥ずかしそうにくねくねする。

 そしてその天使ぽい女神さまの少女はとんでもないことを口にする。


「私、佐藤さんの大ファンなんです!」


 ファン……。ファン……。ファンってなに? もしかしてアレ? アレのこと?

 いやなんでこんな異世界の女神様がアレのことを? アレのことだよねどう考えてもアレ?


「佐藤さん、『やかん猫』ってペンネームでネットに小説投稿していますよね!」

 うん、してるよ。あのヘタなネット小説。

 ネットには誰でも投稿できる小説サイトがある。そこにしょうもないテンプレのファンタジー小説書いて投稿してる。

 小説家としてデビューするのって、すっごいハードル高くて、出版社の賞とかに投稿して編集者の目に留まってデビューして出版してってならないと自分の作品って発表できないものなんだけど、今はネットがあるからどんな駄作でも多くの人に読んでもらうことはできる。


 もちろんそこで発表したって原稿料は入らないし、全く金にならないんだけどそこで人気になれば書籍化されたり、それで漫画化とかアニメ化なんてされたら金が入ってくることもある。

 ランキングは読者が勝手に決めてくれるから編集者は目利きの必要はないし、出版社はリスクなく若い才能を買い叩けるしでなんか売れるものができるまでタダで作品提供し続けなきゃならないという鬼畜な作家圧倒的に不利なシステムなんだけどそれでも発表の場が欲しい小説家・ライトノベル作家の登竜門だ。


 そこに投稿してたしょうもない俺の妄想丸出しのあの小説がこの娘が読んでくれていたと?


「お、俺のファン……?」

「はい! 会えて感激です! ずっとずーっと会いたかったんです! あの、握手してもらえませんか!」

 少女が、金髪色白天使の美少女が今俺に向かって恥ずかしそうに、嬉しそうに手を伸ばす。

「あ、はい……」

 その白く柔らかく小さな手を握ると、強く強く握り返してきてぶんぶんと手を振る。

 こ、こ、これは! くるっ。これはいい! 俺の、俺のファン……初めての俺のファン!

 ん、待て。

 待て待て待て!


「まさか……と思うんだけどそのために俺死なされた?」

「違います! そんなことするわけないじゃないですか! 今連載してる『女神様とチートで世直し旅』の続きが読めなくなっちゃう! それに、『俺が魔王で魔王が勇者で』とか『ヤンデレな姫から全力で逃げる俺』とかの後日談シリーズだって見たかったし『魔界新聞編集長』だってあの終わり方は続きがまだまだ書けそうですし。私あなたが死ぬって聞いて泣いちゃいましたよ――!」


「そうなんですか……。いや、なんかすいません。でも俺の小説って全然人気なくて、ランキングも上がったことないし、いい評価ついたことないんですけど。読者の感想も『リアリティが無い』『主人公チート杉』とか『ご都合主義で超展開』とか『お花畑でハッピーエンドばかり』とか」


「そこがいいんじゃないですか!」


 少女はぐっとこぶしを握って親指を突き出す。

「私たち女神は人間や魔族の残酷で厳しい世界なんて現実でいやというほど見てますよ! どうにもならなくてどうにもできなくてイライラしてストレスたまることばっかりです! どうしてこいつらみんなこんなんなんだってウンザリです。だから佐藤さんの書くような、人間も魔族も最後には仲良く手を取り合って、協力し合ってハッピーエンドでちゃんと完結するようなお話、いつもこうだったらいいなーって思って読んでますよ!」


「えっ、あ、そうなの?そんなんでいいの?」


 少女は満面の笑みで頷く。

「知らないと思うんですけど佐藤さんの作品、女神たちの間で大人気なんです。地球の女神さんから佐藤さんが死ぬことになったって連絡来たときはもうみんなで取り合いだったんですよ! 私ジャンケンで20人抜きしてやっと権利手に入れたんです。すごいでしょ!」


「手に入れてどうすんだ!」


 思わず突っ込んでしまった。しかもチョップで金髪の頭に物理攻撃で。

 やっちまった――――!

「ううううう。……佐藤さん意外と優しくない……」

 少女はうずくまって涙目で俺を見上げる。これはいかん。ファンは大事にしなければ。


「ご、ごめん……。いや悪かった……。で、頼みって、もしかして続きを書いてほしいってことなのかな?」


「そうじゃないんです。それをやってほしいんです。私の世界で」

「君の世界で?」

「私の世界は人間と魔族が対立していつも戦争しています。私でもどうにも止められないんです。だから私の世界に転生してもらって、その世界をハッピーエンドにしてもらいたいんですぅ!」


 待て待て待て。


「無理だから――――! 絶対無理だから――――! 俺なんだと思ってるの俺ただのエンジニアだよおっさんだよ人間だよ。隠れ中二病で妄想全開で格闘技とか剣術とか魔法とかホントはやったことないし! だいたい俺の小説読んだことあるなら知ってるでしょ主人公メチャチートだよ凄いよ超人だよ俺なんかがどうこうしたってどうにかなる話じゃないよ!」


「だ・か・ら、私からファンとして全力サポートします! めちゃめちゃチートにしてあげます! もうこの世界で無敵無敗超絶不死身のスーパー主人公にしてあげますから!」


 もうにっこりわらって最高にかわいい笑顔で言われちまったよ金髪美少女に。

 え、俺チーターなのそれでいいの世界観とかゲームバランスとか崩れるよそれでいいの?

「それって反則なのでは……」


「……いいんです。私からできるのはそれぐらいですから」

「でもなんにも知らない世界でいきなりそんな……」

「手を出してください。左手でいいかな……。どうぞ」


 手を出してみた。彼女は俺の手を取りそっと自分の手を重ねる。

 ふんわりとあたたかな感触と共に手を離された。

 俺の左の手のひらにハートみたいなマークがついている。

「女神紋です。これでいつでも私と連絡できます。なにかあったら呼び出して私に相談してください。方法は手のひらを耳に当てれば発動します」

「あ……ありがとう」

 ケータイですか。通話機能だけですかガラケーですかあとでアプリ追加とかしてもらえるのでしょうか。


「申し遅れました。私の名前はエルテスです。女神エルテス。この世界の管理者にしてあなたの守護神。あなたの無限の力の根源です。では期待していますよ」


「えっ」

「次に目が覚めたらあなたは戦場にいます。まずは魔王軍と人間の連合軍の戦争を止めてくださいっ」

「ええええ」

「お願いしま――――――――す!」


 エルテスの声が遠くなる。 白い世界が暗くなる。そして俺の意識も……。





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[良い点] 僕は好きだけどなぁ チートで無双でハッピーエンド まあこれらが揃ってるから面白い、とは限らないけど バッドな結末を嫌がると大抵通ぶった連中が、 「悲劇には悲劇の良さがある」とか、 「自分…
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