A sequel story
注意:本編を読んでいない方はそちらからお読みください。
「血濡れた恋」本編の後日談となっております。
激しい雨が降る中、俺は傘もささずにエミの墓の前で悲しく茫然としていた。涙と雨が混ざり顔からこぼれ落ちていく。この墓の前に居るとあの日のことを思い出す。自分の無力さ故に彼女を死なせてしまったその現実を何度も何度も何度も恨む。奴に刺された脚が疼く。
「ジャック....」
名前を呼ばれ我に帰る。車椅子を回して振り返ると悲しい表情を浮かべるグレイドとアイリスさんがいた。
「傘ささないと、風邪引いちゃうよ」
そう言われ手に持っていた閉じた傘を開いた。
「もう、帰りましょうか....」
衰弱したような声で二人にそう言い俺はゆっくりと車椅子を回して先へ進む。そしてそっとアイリスさんが俺の車椅子を押してくれた。車輪から手を離し膝の上に置いた。エミの居ない人生なんて退屈だ。
脚の怪我のせいで仕事に出られなくなってしまった。無理してでも出ようとするとグレイドに止められてしまう。彼は俺の体のことを心配しているが、心の心配はしていなかった。エミがいない部屋でただ過ごすのは苦痛なんだ。あの部屋にある物全てが彼女が居ないと意味がない。意味を失ったあの部屋で過ごすと気がどうにかなってしまう。彼女の死を受け入れることなんて出来ない。彼女は俺の人生を変えてくれた。そして俺が初めて心の底から愛した人だ。彼女が居たからこそ、俺は憎んでいたこの人生を幸せで満たせたんだ。彼女が居ないと、俺は何者にもなれない。彼女が居ないと俺に意味はない。外の空気でも吸おうと扉を開け、外へ出た。雨は止んでいたが水溜りと湿気が残っていた。太陽の光を通さない分厚い雲が地表を暗くする。俺の心は、この雲よりも暗く深い闇に覆われている。この闇を晴らすことなんて出来る訳がない。ふと前を向くと一人の少女が衰弱したような様子で歩いていた。俺はその子を気にかけながら進んでいるとその少女はその場に崩れ落ちた。俺は急いでその子の元へ駆け付けた。
「大丈夫か!?」
そう問いかけ体を揺さぶるが、少女に反応はない。体を起こそうにも、この脚じゃきっと無理だろう。だが、そうするしかない。車椅子から降り、立ち上がる。脚に走る激痛に耐えながら少女を抱え起こした。そして車椅子に座らせる。俺はその場で座り込んだ。一息つき少女をよく見ると、薄汚れた貧相な格好をしていた。髪もボサボサできっと雨で濡れたんだろう。だがどうやってこの少女を運べばいいのだろうか。
「ジャックくん?」
突然声をかけられ、その声の方向を向く。そこにはアイリスさんがいた。
「アイリスさん?」
「どうしたの?その子は誰なの?」
「えっと....その」
アイリスさんに事情を説明した。
「そっか。じゃあ早く運ばないとね。ほらジャックくん、肩貸したげるから」
「すみません....」
遠慮がちに彼女の肩を借り車椅子に座っている少女をアイリスさんに預け俺は車椅子に座った。彼女は少女を背中に抱える。
「早く帰ろ」
「はい」
気を失った少女を横目に、俺はアイリスさんと一緒に家に帰った。今思えば、彼女と話したのはとても久しぶりだ。エミが死んでから俺は心を固く閉ざしていた。喋ったとしてもそれはたったの一言で会話とは呼べない。
家に着いた後、少女を俺の部屋のベットに寝かせた。そして熱があったので、水で濡らしたタオルを小さく畳んで少女の額に乗せた。きっと腹が空いているだろうから飯でも作るか。そう考え、キッチンであのスープを作り始めた。エミは最後にこのスープを飲みたいと言っていた。その願いを叶えられなかったことを悔しく思う。こんな簡単な願いも叶えられないなんて本当に俺は弱い人間だ。スープのいい香りが漂う。懐かしい思いと共に辛い感情が溢れ出てくる。エミのいない人生なんて悲しみしかない。スープが出来上がり、机の上に置く。少女はまだ眠っていた。なかなか目を覚まさないな。読書でもするかと思い近くにあった本を手に取る。題名を見て俺はまた気持ちが沈んだ。この本はエミと一緒に読むと約束していたものだ。適当にページを開いて読む。文字を読んでも内容が入ってこない。目が潤んで読めない。こぼれ落ちそうな涙を手で拭い嗚咽を必死に堪える。もう耐えられない。彼女の居ない人生なんて嫌だ。とうとう涙を堪えられなくなり情けなくも小さく泣き俯いた。
「どうして泣いてるの?」
唐突にそう訊かれ俺は顔を上げた。少女が目を覚ましていた。俺は流れた涙を必死で拭う。
「起きたか。スープ作ったから食べな」
そう言うと少女は傾げながらもベットから出て机の側に座った。
「食べていいの?」
「食べろって言っただろ」
少女は少し躊躇いながらもスプーンを手に取りスープを一口飲んだ。
「美味しい」
「そうか、腹一杯なるまで食えよ」
頷き少女は手を止める事なくスープを飲む。その光景がエミと重なった。昔のことを思い出す。あの時に彼女が美味しいと言ってくれたことが嬉しかったな。
「そういえば、お前名前は?」
「....ない」
「お前、名前がないのか?」
「うん」
「そうか....」
名前がない。それを聞いて俺は不思議と驚かなかった。というか、大体予想はついていた。汚れた服を着て街を彷徨っているなんて家がない以外考えようがない。何かがあって孤独になっているに違いない。それと同時に昔の自分と重ねた。
「なあお前、帰る場所はあるのか?」
愚問な気がしたがそれ以外に聞くことがないのでそう聞いた。案の定少女は首を横に振った。
「お兄さんの名前聞いてない」
突然そう言われ俺は思い出したかのように自分の名前を少女に名乗った。
「俺はジャックっていうんだ」
「かっこいい名前だね」
「そうか....エミもそう言ってくれたな」
「エミ?」
無意識に彼女に名前を教えたときのことを思い出していた。
「気にすんな....」
そう言って少女から顔を逸らす。どうしてそんなことを思い出したんだ。俺はいつも彼女を求めている。もう彼女がいないなんてことを分かり切っているのに、どこかであれは夢だったんじゃないかと期待してる。現実逃避をし続けている。自分でも分かっているのに、そう思わないと自暴自棄になってしまいそうになる。気を病んでいると扉がノックされた。返事をすると扉が開きアイリスさんが入って来た。
「おじゃましまーす。どう?ジャックくん」
少女を見ながら俺にそう聞く。
「大丈夫でしたよ。特に問題なく元気です」
少女はアイリスさんを不思議そうに見つめていた。
「私はアイリス、よろしくね」
自己紹介をし彼女は少女の頭を優しく撫でた。少女は表情一つ変えずにずっと彼女を見つめている。
「この子の名前は?」
「ないですよ」
「え?ない?」
「はい。なので考えないと」
そう言うと彼女は上を向いて考え出した。
「エミ、なんかどう?」
彼女がその名前を出した時、俺は声も出ない程に驚いた。
「この子、ちょっと似てる気がするんだよね」
そう言われて少女の顔を近くに寄って見つめた。確かに言われてみれば似ているような気がする。
「そうですね」
「じゃああなたは今日からエミだよ」
「エミ?」
「そう、あなたの名前」
「わたしの名前....」
そう呟いて少女は少しだけ笑ったように見えた。アイリスさんは気付いていなかったので俺も気のせいかと思った。
「じゃあ私もう行くね」
「はい」
そう言って彼女は部屋から出て行った。少女と顔を合わせる。
「そういうことだ。お前は今日からエミだ」
「お兄さんたち優しいんだね」
少女は無邪気な笑顔を見せた。さっきまでその表情はしなかったのに、心を許したということだろうか。机の上に目をやるとスープは無くなっていた。空になった器を洗面台に置き俺は車椅子から降りてベットに寝転んだ。エミのことを思い出す。でもそれは楽しい思い出ではなく、いつも彼女の死に顔だ。白く冷たくなったあの顔を。そして自分の無力さを思い知る。あのときこうしていればと何度悔やんだたってそれはもうやり直しができない。彼女のいない現実なんて嫌だ。夢でも、幻でもいいから彼女と会いたい。彼女に触れたい。彼女の側に居たい。目に浮かんだ涙を拭い俺は目を閉じた。
「ねえお兄さん」
少女が俺の体を揺さぶる。片目だけを開いて少女を見る。
「なんだ?」
「エミって誰なの?」
溜め息を吐く。少女に背中を向けるように寝返りをうち目を閉じる。
「俺は眠いんだ。寝かせてくれ」
エミのことは話したくない。彼女を思い出す度に俺の心は深い闇へ堕ちていく。この世界の何もかもが退屈に思える。色を失った世界を色鮮やかにしてくれた存在はもういない。夢でもいいから、エミに会いたい。意識は深い闇に落ちていき、俺は眠りについた。
体を揺さぶられて目を覚ます。目を開けると少女の顔が目の前にあった。
「お腹空いたよ」
そう言われて時計に目をやる。晩御飯の時間かと思えばもうすぐ日付けが変わる時間になっていた。結構眠ったな。それにこんな夜中に腹が空くなんて変だな。
「わかった。何が食べたい?」
「スープが食べたい」
「そんなのでいいのか?」
「うん、あれ大好きだから」
「そうか」
体を起こし背伸びをする。車椅子に座りキッチンで少女のご希望通りにスープを作り始めた。
「なあエミ」
「なーに?」
少女のことを名前で呼んだ自分に少し驚きながらも俺は少女に質問をした。
「何故お前はあのとき独りだったんだ?」
振り返り少女の顔を伺うと悲しい笑顔を浮かべていた。
「小さい頃からずっと独りだよ。お父さんとお母さんはひどい人だった」
そう言うと少女は服を軽く捲った。姿を見せた肌には無数の痣があった。俺はそれを見て体が固まった。痛々しい傷跡から俺はそっと目を逸らした。
「だから家出したんだ。それでいろいろな物を盗んで何とか生きてきたの」
俺と同じような人生を生きてきたことに俺は驚いた。世界で一人だけ不幸だと思っていた時期があったが、それは全部自意識過剰だったのかもしれない。この少女も、グレイドもアイリスさんも悲惨な人生を生きてきたんだ。
「もし今日お兄さんに助けてもらわなかったら死んじゃったかもね」
苦く笑う声が聞こえる。俺は目を閉じて俯く。この少女はエミのように強い人間だ。最後まで諦めずに生きている。弱音は絶対に言わない。ずっと心を強く保って生きていた。あの時も、彼女は最後の最後まで諦めなかった。なのに俺は何なんだ。自分が世界で一番不幸だなんて勘違いしているだけだ。エミの死を乗り越えてこそ彼女のような強い人間になれるんだろ。彼女を心の底から愛したのならば、彼女の死を無駄にせずに最後まで生きるのが当然だろう。俺は間違っていた。
『やっと気付いてくれましたね』
「エミ?」
目を開けると目の前にエミが立っていた。
『私が死んだからってジャックさんは不幸なんてことありませんよ』
俺にゆっくり近付き頰にそっと手を添える。
『私はジャックさんが大好きです。だから貴方には生きて欲しいんです』
「ああ、精一杯生きるよ」
『それが聞けて安心しました』
俺のことを優しく抱き締める。懐かしい彼女の温もりを感じたような気がした。俺も彼女の背中に手を回す。
『強く生きてください』
「うん、俺がそっちに行くまでお前は待ってくれるか?」
『もちろんですよ。ジャックさんと一緒になれるのなら何百年でも待てますよ』
そう言って彼女は優しく笑った。俺は彼女の頭を撫でた。
『これは私の些細なプレゼントです』
「ありがとう、エミ....」
笑顔で頷いて彼女は光に包まれていく。不意に頰に涙が伝った。そして止まらなくなり雨のように頰からポロポロと流れ落ちていく。涙で彼女の姿が潤んで霞む。
『ありがとうございます、ジャックさん』
そう言う彼女の言葉は涙を堪えていた。俺も彼女に向かって精一杯笑って見せた。
「お兄さん?」
気がつくと部屋の中にいた。
「スープ焦げちゃうよ」
「ああ、すまん」
火を止めて机の上に置く。
「召し上がれ」
エミは嬉しそうにスープを飲む。
「やっぱり美味しいね」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
俺はそっとエミの頭を撫でた。彼女は少し驚いたが照れ臭く笑った。俺も彼女に微笑み頭を優しくぽんと叩いた。エミのスープを飲む姿を見ていると心が和む。彼女がスープを飲み切り、俺は器を洗面台に置いた。車椅子から降りて俺はベットに座り込んだ。
「なあエミ」
「なーに?」
「一緒に寝るか?」
「いいの?」
「ああ」
「やったー」
エミは嬉しそうに笑って俺の隣に寝転んだ。俺も寝転んで彼女を包むように抱き締めた。
「お前さ、エミって誰なのって聞いたよな」
「うん」
「あの時は無視しちゃったけど教えるよ」
彼女の頭を優しく撫でながら俺はエミのことを話した。なあエミ、俺はちゃんと約束を守って強く生きるよ。お前に恩返し出来なかった分、今ここで時間をかけて返すよ。何があっても挫けない強い人間になる。だから、俺が死ぬまで俺をあの優しい笑顔で見守ってくれ。
あとがき
最後まで読んで頂きありがとうございます。
どうでしたでしょうか?
最後はちゃんと少女のことをエミと呼んだジャック。彼女の死を乗り越えた証拠です。そしてエミが言った
『これは私の些細なプレゼントです』
というのは最後に幻として現れたことを指しています。ジャックの心の中にあったエミなのか、それとも本物のエミなのかは皆さんのご想像にお任せします。
次回はグレイドとアイリスの過去です。
投稿はいつになるかは分かりませんが気長に待って頂けると幸いです。
感想や指摘など頂くと嬉しいです。
続きを楽しみにしてくれると更に嬉しいです。
これらに登場する人物、地域、団体は全てフィクションです。




