決戦への準備 その7
史実と変わってしまうと、それ以降の流れもまた変わります。渡辺党は、生真面目な者達が多かったようで、戦闘では強くても、戦では敗者となることが多かったようです。しかしながら、あやかし《ひとならざるもの》が残した足跡そのものは、大きく時代を変えていくこととなりました。
宵闇に淫らに溢れ、男と女を併せ持つ想いが溢れゆく。
「凄いな、篭・・・姫さんが気に入るのが判る」
満足しきったように、豊かに膨らんだ胸乳にかき抱くように篭をギュッとしてくる。
「そうかな、ぼくは良くわからないよ」
「まぁ、いいさ。あたしは満足したんだ。篭は、聞きたいことがあるのだろ」
「うん。穢れを祓って仕事は、誰に頼まれたの」
「そこは難しいのさ。戦が増えれば、穢れを祓う仕事が増える。だからって、穢れを祓えば腹は膨れるさ」
「へっ、どうして」
「戦場の屍骸は放っておけば、瘴気を放つ。なら、瘴気を放つ前に喰らえば良い」
「それって、実際に食べるってこと」
「そうさ。狗や鴉が喰らい、瘴気がでるようであれば、狗神や鴉天狗が喰らいて祓う。今の戦であれば、子天狗達で片が付く」
「瘴気が溢れるほどではないのかな」
「なんでだろ、平安時代とかは大変だったんだよね」
「戦の在り様が違うのさ」
「在り様って」
「瘴気ってのは、もともと生気に満ち溢れる想いがぶつかりあって、負けた方が負に転じて瘴気として溢れるものさ。生気が小さければ、負に転じる瘴気も小さくなる」
「そういう意味じゃ、今の遠州は、生気が溢れ流れてきているよ」
「そなの」
「あぁ、東より発し西へ向かう、流れが生まれている」
「尾張辺りでぶつかるのかな」
「かもな、尾張を通った時は、尾張の生気も溢れていた北に流れる感じだったけどね。護国の戦となれば、生気の溢れる戦になるだろうね」
「砕けた方が、瘴気に満ち溢れることになるかな」
「関わる人の運命を変えていくくらいには、溢れるだろうね」
大戦となれば、溢れる量が変わるってことか。
「あとさ、カグチ達は、白漆喰とか色々な工夫をしているよね」
「まぁね。綱様というより颯様は色々なモノを造ってたからね」
「颯様って綱様の妻だよね」
「颯様は、延命院で博士だったから、仮名草子で描かれた医薬書の多くは延命院に残されたから進んでいるよ」
「延命院って」
そんなのが、史実にあったっけ?
「延命院は、もともと摂関家勧学院にあった医薬寮だけど、颯様が京洛から古都の興福寺に移されて、薬樹園が造られて、医薬品とかが売られているし、勧学院医学寮となってるよ。あたしはそこで学んだのさ」
「そんな施設があるんだ」
「勧学院は僧侶学校になっているけど、医薬寮には制約はないからね、人だけじゃなくて、あたしみたいに伊勢斎宮から送られた狢や、八坂や伏見の巫女狐、天狗衆を含めれば人が三割であやかし七割ってとこじゃないかな。姫さんとこの狗嬪も一緒だったよ」
「人とあやかしも一緒の学校なんだ」
「そうさね、能化にもあやかしがいるからね」
「薬とかを売ってるんだ」
「延命院でしか造っていない薬や道具もあるからね」
「どんなものを売っているの」
「延命院は、南方でしか取れない薬とかを薬樹園で造っているし、牛とかも育てているから、蘇や醍醐なんかも造っているし、湯葉とかも人気だね。後は、書籍がおおいかな」
「書籍もあるんだ」
「まぁ、料理の造り方とかは、人気があるよ」
「料理?薬膳料理ってこと」
「まぁ、それだけじゃないさ。延命院のまわりには、薬屋と一緒に茶屋が何軒かあって、延命院で創作した料理をだしてるのさ。こんにゃくとか梅干、蕎麦切り、饂飩なんかは延命院で生まれて、いろんなところで造られるようになっているよ」
「でも、造り始めたら、お金にならないんじゃない」
「店として造りたい時は、延命勧請ってのをするのさ」
「延命勧請?」
「延命院に寄進して、こんにゃくだったら、こんにゃくの造り方を書いた書籍と勧請札を貰うのさ」
「店で売ったら、延命院に金が入るの?」
「そこまでは難しいさね。ただ、勧請札の配布先は記録されてるからね。それぞれの地域で延命院の巡幸祭の時に寄進願いは出させて貰ってる」
「延命院ってたくさんあるの」
「勧請札が増えた地域には、讃岐延命院、紀州延命院、下野延命院が建てられているよ」
「讃岐は、饂飩? 紀州は梅干?、下野ってなんだろ」
「讃岐は、饂飩札が多いね。梅干は、昔からあるさね。蒸留酒の果実漬けで梅酒札と杏酒札を延命院であたしが造ったのさ」
「梅酒かぁ、美味しそうだね。札を造ると何か貰えるの」
「まぁ、延命院に金が入ってくれば、あたしが延命院に行けば、融通してもらえることになってる。新しい札になりそうなものがあれば、いろんな札を作っているからね。それを考えている連中も多いさ」
「白漆喰とかもそうなの?」
「白漆喰は、坐摩神社の発祥だよ。園は、坐摩衆の一族になるさ、あれだけの徴がでてるんだ、姫さんも坐摩衆の血を引いていることになるさ」
「渡辺綱ってさ、妻に衆を任せてたの?」
「そうなるのかな。九州や和泉の松浦党や甲州、関東古河の渡辺は祐姫の血筋だよ。坐摩衆や天神衆は茨城童子、延命院は颯様、信太衆は葛葉様の流れになるさ。あたしら伊勢斎宮の狢衆も、綱の血を引いてるよ」
「そっか、渡辺党は武家との衝突が起きると親王とかに味方する者が出るから、あまり大きな勢力になっていないんだ」
「ま、平家との戦に始まって、鎌倉との戦にしても、室町との戦にしても、結果は良くないからね」
平家との戦は、治承・寿永の乱。鎌倉との戦は、承久の乱。室町との戦は、南北朝の動乱かぁ、貧乏くじだよな~渡辺党って。
「戦に勝つ勝たないってのは、渡辺党にはないからね。ただ、信義って奴は、そうは変わらないさね」
「信義?」
「内裏警護の武者は、今も坐摩衆からでてるからね」
「それが信義」
「まぁ、滝口武者にしても無位無官だからね。朝廷から、知行や領が貰えるわけじゃない名誉職だ。まして、今の天皇家の財政は、和泉の松浦党、坐摩衆、信太衆が納める御厨からの租税くらいだよ」
「つまり、朝廷を支えているのが、渡辺党ってこと?」
「中心になっているのは、和泉松浦党だけどね」
三好長慶配下だったかな。能力は、良くわからないけど、岸和田を中心に河内を抑えていた気がする。
「ははは、気になるのかい」
「まぁ、祐姫のために何ができるかなって思っててさ」
「姫さんは、しばらく駿府かい」
「う、うん。・・・若殿の子が欲しいって言ってた」
やっぱ悔しいなぁ。仕方ないかなぁ・・・ちょっと複雑な気持ちである。寝取られって言っても、ぼくの方も、色々と縁があるしなぁ・・・でも、祐の傍にいたいなぁ・・・
「ふぅん・・・じゃぁ、旅に出てみるかい」
「旅?」
旅って、どこに?
「あぁ、三月くらいあれば、大高から伊勢に出て、山越えで大和延命院から渡辺湊に出て、坐摩神社から川を上って京洛に行くことができるよ。延命院まで行ければ、多少の路銀は面倒見れるよ」
なんか、ヒモっぽい旅行だなぁ・・・でも見ておきたいな。史実そのものの流れは、あんまり変わってないけど、雰囲気が、かなり大きく違うんだよなぁ。
あやかしが生活していることで、なんか大きく変わっているところがあるんだよな。それに、一番気になるのは、南蛮人の動きだよな。日本は、交易相手ではあるけれど、南蛮人から見ると悪魔扱いされそうなんだよな。
「南蛮人が良く来るの湊は、渡辺湊かな?」
「渡辺湊は、川湊だからね、京洛との川舟が多いさね。南蛮船は、堺湊が多いさ」
「堺湊は、行けるかな」
「商売するものがあればかな、あっちには住吉があるからね、玉鋼は商売にならないよ」
「住吉には、鬼六釜があるの?」
「鬼六釜は、丹波で鬼六が築いたけど、渡辺綱と摂津に来た時に住吉に鬼釜を造ったのさ」
「だから住吉には、鬼火が使える鬼が多い、南蛮船が鉱石を運んで、玉鋼や刀に変えて売ってるのさ」
玉鋼とか刀は輸出品かぁ・・・
「他にも南蛮に売っているのかな」
「そうさね、檸檬や梅なんかも売ってるさ、檸檬酒や梅酒なんかは大金で売れてるよ」
「檸檬があるの」
レモンて明治とかじゃないのかな。
「檸檬は天竺から伝わったからね、瀬戸内あたりじゃたくさん栽培されてるさ」
天竺というか、ペルシャとかだよな。檸檬や梅の酒かぁ・・・あれ、ビタミンCが多い保存食ってことだよね・・・
「壊血病対策か」
「良く知ってるな。長く船に乗っている連中は、危ないんだ。海の病気対策に良いって売り始めたら、南蛮船がこぞって買ってくんだ。あたしの造った梅酒でもいけるんだけど、向こうの方が歴史が長いからね、梅酒の方が少し安いのさ」
「松浦党の船にもあるんだ」
「もともと、蜜柑や檸檬の果実酒や檸檬の蜂蜜漬けなんかは、松浦党の交易商品だからね」
「養蜂とかもしてるのかな」
「養蜂は昔からの業だからね、延命院だけじゃないさ」
そういえば、日本では、養蜂は盛んだった。
「旅に出るかい」
「お願いできれば」
「わかったよ。じゃぁ、龍潭寺にあたしも行くよ」
宵闇の流れは、新たな潮流となって時代を紡いでいく。
もともと、質が高くない砂鉄とかを鋼に変えてきた日本の製鋼技術は、鍛造等で考えれば、それほど低いものではなかったと考えられます。鬼火という高火力があれば、ここらへんの事情も大きく変わることとなります。
また、日本という国は、古来より大学寮や足利学校のように、様々な教育機関がありました。渡辺綱という個人の力というのではなく、母親(祐姫、茨城童子、颯、葛葉)が形成していった様々な組織と周囲の組織(伊勢、伏見、住吉など)が連携して力を発揮していったこととしています。




