決戦への準備 その4
史実で言えば、0時10分横浜駅発大垣行きに青春18切符で乗って、大阪に帰ることが多かったのを覚えています。大垣から米原、米原から若干は待たされるものの早朝には大阪に着くというのが、非常に便利でありました。大阪から東京に出張で出ても、次の日に出勤できるというのは、疲れはしますがなんとかなるものです。
今だと、帰りは高速バスによる移動といったところでしょうかね。
好男子いやさ講談師は見てきたように嘘を吐くであります。
翌日の未明、居待ち月が沈んだ宵闇に、一人起きる。藤吉郎が疲れたようにぐったりとして眠っているので、起こさない様に褥に置いて、縁側へと出る。ぼぉーと、銀河を眺める。天の川が、なんというか綺麗に見える。この世界の星は、綺麗だなぁ・・・
満天の星というのは、神隠しに逢う前は、見ることも出来なかった。こういうのは良いなぁ、虫が多いとか、泥だらけになるのは、仕方ないといったところだろうし、まぁ、面白い人生だったかなぁ
「ぼくを、殺す?藤吉郎・・・」
「え。篭様」
縁側に座っているぼくの後ろに立っていた。
「天の川が綺麗だなぁ・・・そう思わない藤吉郎」
「何故、誰も呼ばないのですか」
「ぼくは、この世界に来て、鬼の姫に抱かれたんだよ」
「はぁ・・・」
「祐姫の膂力は強くてね、ぼくの首くらい折れるよ。それは、カグチに焼かれるかもしれない、そういうものでしょ」
「それは、そうですが」
「だから、家族から命を狙われるなら、諦めようって思ったんだ」
「家族からって、篭様」
「言ったでしょ。藤吉郎は家族だって。この世界に一人で放り出されたぼくの家族」
「家族ですか・・・」
「ねぇ、ひとつ昔話をして良いかな、藤吉郎」
「はぁ」
「昔々、尾張の国の中村というところに、日吉丸という少年がいました。家族が多く、寺へ出されたのですが、寺を飛び出し、針売りの行商をしながら、旅をするようになりました」
「こ、篭様・・・?」
「でも、その少年は、なんと女の子だったのです。それを知ったのは、少年が主とした男でした。少年の主は、少年の才を見抜き、少年が望むまま男として武士としたのです」
「その少年は、どうなったのですか・・・」
「少年は、算術に明るく、手柄を多く立て、一国一城の主となったそうです。少年の主も嵐のように近隣諸国を我が物とし、天下を治めそうになっていったそうです。でも主は貪欲に天下を目指します。そして、すべての臣下に才の限界に挑むかのような、無理難題を言うようになっていったそうです。臣下の者達は、なんとか必死で難題を解決していきましたが、徐々に少年を含めて主に仕えていた者達はみんな疲れてきました。そして、失敗して使い潰されて行く仲間を見て、少年は、同じように主に仕えていた同僚をそそのかし、主に謀叛を起こさせてしまいました」
「そ、それは」
「そして、少年は、今度はそそのかした同僚を、主殺しの仇として討ち果たし、主の持っていたモノを奪い取ったのでしたそして、残った敵を倒して天下を取ったのでした」
「て、天下を・・・」
「天下を取った、少年は、栄耀栄華を極めながら、ある愛妾に女である秘密を知られ、愛妾の間男との子を実子にして、養子にしていた甥や親族を死に追いやり、寿命が尽きて亡くなったのです。そして、その後の天下は、家臣だった男が、愛妾や間男や子を殺して、天下を乗っ取られたのでした」
「篭様・・・その話は」
「ぼくが知っている、ただの昔話。そして、ぼくを殺して、尾張に帰ると、待っているかもしれない未来・・・」
「わたしには、子がなせないのでしょうか」
「そうだね、藤吉郎には陰嚢に見えるけど、ほんとうの陰嚢じゃないから、子種が造れない。でも、女陰は本物だから、子は産めるかも知れない」
「自分の子は産める・・・」
「さっきの昔話の中で、一度だけ、少年に子供ができるんだ、自分自身を側室として、側室の子という形でね。多分、主との子だったのだと思う。でも、主はね、少年に子を殺させて、自分の子を養子に送ったと言われている。ただ、昔話だから、どこまでが本当かは判らない」
「そんな・・・」
「藤吉郎の才は、おそらくは、藤吉郎が考える以上に高い。だから、悔しいという思いが、本当に強いのだと思う」
「それは」
「ぼくはね、才あるものが、才を活かせる世界が好き。性別や出自が左右される世界は、あまり好きじゃない」
「才あるものが、才を活かせる世界・・・」
「ただね、藤吉郎。これだけは忘れないで欲しい、隠し事をしたまま、生きていくことは歪を生み出す。生み出された歪は、必ずどこかに現れる」
「では、あきらめろと・・・」
「違うよ。ぼくは、女の藤吉郎が、武士として出世していくのが見たいな」
「そんなことができるのでしょうか、篭様」
ぼくの背中にしがみついてきた、藤吉郎は泣いていた。
「難しいよ。戦は変わっていくけれど、人はそう簡単には変わらないからね」
「戦が変わるのですか」
「うん。変わる。変えたのは、ぼくの世界にいた日吉丸の主だけどね」
「日吉丸の主は、誰なのです」
「織田信長」
「・・・もしかして、篭様」
「ぼくはね、一度だけ、考えて欲しかったんだ。信長を主とするかどうかを。それとね・・・ちょっと嫌だった」
「嫌だった」
「藤吉郎を信長に取られるのが、だから、藤吉郎が欲しかった」
そのまま、ギュッとしてきて
「ほんとに、わたしが欲しかったのですか」
「うん。彩女さんに言った数え方の話があったでしょ
「はい」
「あれは、誰かに聞いたとか本に載ってたの?」
「いえ、重さが同じなら、数も大きくは変わらないと」
「それに気づくことが、普通にはできないことなんだ」
「そうなのですか」
「藤吉郎は、やっぱり、凄い才能があるって思ったの」
「やっぱりですか」
「昔話で聞いていた、才が本当にあるのであれば、側に居て欲しいって思ったんだ」
「篭様・・・」
「大変だし、苦しいと思うけれど、女の藤吉郎を、まず武士としたいな」
「何故、わたしなのですか、篭様」
「明日は、女が天下を取れるようにするために、かな」
「明日ですか・・・」
「ねぇ、考えてみてよ。何故、女は、家を立てられないのかな」
「弱いからではないですか。確かに井伊の姫様のような方もおられますが、男よりも弱いからではないでしょうか」
「これからの戦は変わる。鉄砲を撃つのに、力は要らないから、鉄砲を持って戦場に立つのに、女も男も関係ないということになる」
「鉄砲ですか」
「多分、剣を振っていても、槍で突いても勝てない時代がやってくる。大量の鉄砲、大量の大砲、大量の火薬が勝負を決する時代。購入するための資金を集め、兵粮を用意し戦場へ運べるものが勝者となる時代。そんな時代の武士であれば、女も男もなく戦える」
「そんな時代がやってくると」
「あと、二十年もすれば、戦は勝手に変わっていく」
「その中であれば、ということですか」
「天下を目指せる器を持つ女ならば、あしたの女が道を開くことができると思う」
「女のままでも、天下を目指せますか。篭様」
「やってやれないことはない。やらずに出来るはずがない」
「面白い言葉ですね」
「ぼくの好きな言葉だよ」
「天下が取れたら、篭様を祐姫様から奪って、わたしだけのモノにできますか」
「え。それは、許して欲しいな」
「駄目ですか、篭様」
「だから、許してって言ったよ」
「わかりました。わたしは、女として天下を目指します」
「藤吉郎・・・」
つまりは、寝取るために、天下を目指すってこと?
「女として、それだけの難事を目指すのですから、まずは、姫様よりは先に篭様から、子を貰います」
「へっ」
と押し倒されてしまったとさ。
ようよう、淫気に溢れ満ちた後・・・
カンカンカンカンカンカン・・・立ち木に打ち込む音が響く。
「・・・篭様」
少し、寝ぼけた感じで藤吉郎が起きてくる。
「起きたの、もう少し、寝てても大丈夫だよ」
「いえ、主が起きられたのですから・・・」
身を起し、身づくろいをてきぱきと始める。あっという間に、従者の姿となった藤吉郎は、手桶に水を汲んで来る。
縁側に、腰をかけて座って休んでると、藤吉郎が、手桶の水で手拭を濡らして絞り、小袖を脱がせて、背中を拭き始める。そんな、藤吉郎に、棒を差し出す。
「立ち木打ちをしてみる?この棒は、藤吉郎に合わせて削ったよ」
「え。は、はい。ありがとうございます。でも、まずは篭様の汗を流してからです」
汗を流し、拭き終わると、三尺半の棒から一尺二寸ほど削りだした棒で、藤吉郎が立ち木打ちを始めた。
カン・・・カン、、カン、、カン構えて打ち込むと、腕が痺れるようで、間が開いてしまっている。それでも、必死で打ち込みを続けていく。
カン、カン、カン、カン、カン一定の間隔で打ち込みが進められる。
「お、藤吉郎もやっているのか、俺も入れてくれ」
カ、カ、カ、カ、カ守綱は、五尺の棒を槍と見立て、突き抜くことを極めようと打ち込みを始めた。
東の空が、紫に煙っていく。
夜明けに立ち、東海道を進み、亀山へと向かっていく。
「カグチ。亀山は、どこにいくのかな」
「亀山は、城に寄ってくれって、斎宮様に頼まれたよ」
「亀山城って、誰の城なの?カグチ」
「伊勢平氏の関様の城。今回は、北畠の天祐老が待っているからって言われた」
「北畠は、伊勢の国主だよね、天祐老というのは」
「うん。先の国主様。だから、斎宮様の知り合いだよ。貉も側仕えしているからね」
「つまり、貉と子をなしたということ?」
「今の国主が貉との子をなしたから、隠居したって聞いた」
「知り合いの貉がいるの?」
「あたしの母様が、天祐様の巫女貉になって、あたしを産んだの」
「えっと、カグチの父上ってこと?」
「そうなるかな」
「城主の関様は、国主の味方なのかな」
「まぁ、今は停戦ってとこかな。斎宮様の御客人ということでもあるし」
「停戦の証が、天祐様ってこと」
「そうなるのじゃないかな」
「大丈夫かな」
「大丈夫じゃないかな。斎宮様に頼むと言われたし」
「斎宮様から頼むと言われたの」
「うん・・・」
「そぉ・・・」
何かあるのかな?斎宮様は、何か企んでいる雰囲気があるなぁ、試されているようなそんな感じがする。
北畠の当主は、確か北畠具教という卜伝の弟子だよな、最期は、弟達や家臣に裏切られて、惨殺されたって話だったような。義輝もそうだけど、戦国で剣に強い大名は、何か欠けているんじゃないのかな?あまり戦国大名で剣をやってる人で良い話を聞かないなぁ・・・若殿も卜伝の弟子だったよな、大丈夫かな。
しかし、願証寺から、亀山までの道は、東海道を行く感じだし、楽かと思ったけど、鈴鹿の関に近いし、なかなか厳しい感じの道だなぁ。ようやく、鈴鹿川の流れに出て、上っていくように歩いていくと、向こうから数騎の騎馬と兵がやってきた。
「我は、伊勢平氏が流れ、亀山城城主、関盛雄が嫡男関盛信なり、伊勢斎宮が巫女貉、カグチ様が一行とお見受けいたす」
お迎えのようだ。かなり若いな。見た目は中学生になったところかな。
「あたしが、カグチだ」
「わたしは、カグチが子の種にして、遠州は井伊家当主直盛が嫡女井伊直虎殿が妾の井上篭でございます。こちらは、直盛様より、わたしに付けていただいた、井上藤吉郎殿。遠州一宮が眷属の長、狗嬪様、遠州の宮狐が長、彩女様にございます。こたびのお出迎え、かたじけのうございます」
「「「よしなに」」」
一同が、頭を下げる。
「おれは、三河渡辺党が当主、渡辺高綱が嫡男渡辺半蔵守綱です。よしなに」
「お聞きしております。どうぞこちらへ」
騎乗していた、嫡男の関盛信が、徒歩で旅してきたこちらに合わせて、馬を下りると家臣の方々は渋々ながら、騎馬を下りてつき従った。徒歩の従者には、綺麗な女武者が居て、関盛信様の傍についている。
「そちらは、綺麗な方でございますね」
「は、昨日より伊勢斎宮家より、亀山に送られた巫女貉衆の一人で”葉”にございます。今日、迎えに出ると言うと、どうしても一緒に行きたいと言うもので、着いて参りました」
「そうでございますか、愛されておられますね、盛信様」
「えっ・・・」
真っ赤に染まって固くなる。巫女貉の方も真っ赤だ。うん。可愛い。
「巫女貉の”葉”様も、カグチと一緒に、延命院へ行きますか」
「え。カグチ様と違い、わたしは初めてで、まだ良く判らなくて、子が成せたかどうか・・・」
「でも、盛信様をお慕いしておられる」
「は、はい。それは」
「ならば、今ではなくても、すぐに、子も授かりましょう。関家の御隆盛も約束されたものにございましょう、家中の皆々様に置かれましてもお祝いを申し上げます」
「「「は、はい。かたじけのう存じます」」」
毒気を抜かれたように、家臣たちが挨拶をしてくる。おそらくは、京洛貴族の名門であり、伊勢の国主である北畠に対して、伊勢平氏という武門の格式で対峙するには厳しいものがあったのだろう。今の、貉に子をなせたという言葉に、かなり、気が良くなっているみたいだ。
領地の亀山一帯は、大和や近江に対する最前線でもある。貴族の格式を持つ北畠と、武家の一門である関家では、割を食うことも多かったんじゃないかな。北畠は、代々が貉との子をなしたことで、伊勢斎宮の後ろ盾としての地位を確保し、朝廷への立場を堅持しているということになる。
そういった意味で風下につかされた思いが、此度の一時的とはいえ、巫女貉が贈られ、その巫女貉の一人が関の若殿と子をなしたとなれば、関家としてはわだかまりも少しは和らぐ・・・といいなぁ
西の空が少し朱に染まる頃、亀山城へと着いた一行は、蒸し風呂へと案内され、汗を流し、城の大広間に招かれた。
大広間の正面には、頭巾を被っている、おそらくは天祐様が居て、左右には貉がついていて、脇にいるのは城主かな、盛信様に似ているから、現当主の盛雄様かな?傍に貉が控えている。城中の主だった方々の傍にも、貉が控えている・・・
まずは、天祐様へ五間ほどの間を置いて部屋の外で、平伏して対峙する。
紹介の挨拶を交わして、正面の頭巾の人が、
「近こう・・・」
その言葉に合わせるように、するすると右手右足、左手左足のナンバ歩法を用いて、近寄りて、二間ほど手前に平伏する。周囲に気を巡らせてみると、盛信様の傍の貉様は、凄い緊張して気を張っているか・・・この様子では、貉衆は亀山城の主だった方への篭絡に使われたみたいだ。しかも主だった方の傍付きとなっている。
「面をあげよ」
少し顔を上げながら、周囲を見回す。困ったなぁ。この様子だと、正面は、天祐様じゃない、北畠具教本人がきているんじゃないかな。手に張りがあって、まだまだ若い感じだ、とても五十を超えているようには見えない。
この様子だと、この機会に、たぶん関家を滅ぼすつもりだったんだ。そして、貉に命を下せるのは、現役で貉と子を成した方のみ。だから、盛信様を慕っても、本人に言うこともできず、周囲から若殿だけを護るつもりだ。できなければ、一緒に死ぬつもりなのだろう・・・健気な。
この世界に来て、あやかしの話を聞けば聞くほどに、健気な生き物であるように思う。正邪を預け、ひたすらに、主とした相手に仕え、どのような事となろうとも、己の想いに素直に、ご下命をいかにても果たすという覚悟が見える。
貉は、この地に逃げのび、辿り着き、古代より主上がために、おなじあやかしを敵とし、人のためにひたすらに戦い続けてきた。一族を護り、人と寄り添い生きるがために。本当に、健気な生き物なのだと、貉は自分の種族で、自分の種族を維持できないがために、それこそ、種を護るために必死で生きて、今の立場を築き維持してきたのだろう。
それがために、いくつもの哀しい想いを持って生きてきたのだろう・・・なんか、涙が零れてしまった。ぎょっとしたように、正面の頭巾より声がかかる。
「どうした・・・何を泣く」
「は、いえ。貉とは、ただ、ひたすらに相手が想いに忠実で、健気な者達なのだと、いまさらながらに思ったのであります」
「そうじゃ、それが貉である」
当たり前のことを、当たり前のように応じる。
そうか、冷静に見ることができるんだ。事の正邪を預け、ひたすらに主に仕える想いも、すべて太刀を振るうのと同じように、振り切ってしまうことができる。それが剣客というものなのだろう。そこに情があっても、剣と同じように、すべてを振り切ってしまえるものなのだ。
ならば、その剣気に抗ってみようじゃないか。ごめん、祐。生きて帰れないかも知れない。
「此度は、カグチ様だけではなく、我らもお招きいただきありがとうございます。伊勢斎宮様より、此度のこと伊勢安寧のために誠に目出度くとのお言葉を、昨日、鴉天狗様より言霊を頂きました」
少し、息を継いで、気合いを込める。
「わたしからも、皆々様にお祝いの言葉を申し上げたく存じます。
先ほど、お迎え頂いた折に確認しましたが、北畠の国主様を含め、関家の嫡男盛信様も、こたびの北畠の国主様の導きによって、貉衆と交接する機会を得、また貉との間に子をなしたとのこと、誠におめでとうございます」
貉衆に、動揺が奔る。
「誠か、盛信っ」
城主の関殿が、腰をあげんばかりに問いかける。そんなに嬉しかったのか。
「は、はっ。先ほど、カグチ様が種、井上篭様より仰せがありました」
周囲の皆に、明るい顔が広がっていく。貉衆との機会を得るというのは、斎宮家からの試しを受けるに等しい。子をなせる相手となれば、貉衆にとって、そう簡単に斬れる相手ではなくなる。そして、子をなせる家となれば、斎宮家にとっても、重要な地位を占めることとなる。
此度のことは、斎宮家よりの私事である以上は、ここで、貉と子をなせた、関家やぼくを構わずに敵として斬ることは難しくなったはずだ。もうひとつ、追加してやる。
「この度は、斎宮様より、カグチ様を養生して頂くために、大和延命院へとお連れするにあたり、貉衆を亀山へと派遣する旨、長島願証寺にて、斎宮様よりのお話としてお受けいたしました。また、此度の亀山では、三河渡辺党が主、渡辺高綱が嫡男、渡辺半蔵守綱殿の筆下しをも含めて、斎宮様よりの願いを受けております」
一向衆との繋がりも深く、国人衆への影響も強い渡辺党が居る場であることを強調し、少しでも血の雨が降ることへの警戒を強めさせる。
「また、表向き、頭巾にて名を伏せることとなりますが、天祐様として伊勢の国主様のご臨席をも賜り、まことにありがとうございます。
この井上篭は、ご臨席の皆々様に言上すべき家格も手柄も無く、ただ、遠州介直盛様が嫡女井伊直虎様にご愛顧を賜る伝手にて、カグチ様との御友諠をいただいただけの身でありますが、このような席に臨ませていただけたこと、誠にかたじけのうございます」
ぼく自身のことではなく、周囲すべてを巻き込むことを告げる。ぼくが、言葉を紡いでるうちに、正面の頭巾から、怒気が立ち上っていくが、必死で覆うように言葉を繋げていく。
「ご臨席いただきました、天祐様に申し上げます。なにとぞ、亀山にて貉衆を迎えてのこの席にて、この井上篭に斎宮様より付けられし、貉のご紹介をいただけますでしょうか。また、此度は、カグチどのが母貉殿もご来席なされると聞き及んでおります。なにとぞ、ご紹介のほどを重ねてお願い申し上げます」
斬りこんでくるような視線を受けながら、じっと見返すようにして見詰める。この場で、ことを起せば、北畠は、悪行を重ねたことを天下に示すこととなる。それに、亀山を簒奪するには、貉との子をなしたかもしれない盛信様、そして護ろうとする貉。今宵、貉衆の相手をする守綱、ぼくをすべて斬らねばならなくなる。
それでも、尚、亀山一城に拘るか。
頭巾を被った天祐様は、右についていた、巫女姿の貉に視線を流す。巫女貉は、ぼくの目の前に進んで平伏する。
「巫女貉にございます。今宵、姉と同じく、篭様のお相手をするように斎宮様よりも仰せつかっております。まだ、名を持たぬ故、お受けいただきましたら、名を頂けますようお願い致します」
「顔をあげて」
「はい」
正面より見ると、少し幼い感じではあるが、しっかりと胸乳があるし、腰も良い感じだなぁ・・・ただ幼さの中で、ピリピリした感じが、そのまま昔の鬼娘が出ていたアニメみたいだ。初めてなのかな。
「鬼火を扱い、カグツチが名より受けしカグチが妹なれば、イカヅチが名よりイヅチではどうか」
少し、巫女衣装からプラズマのような輝きが煌く。うん。綺麗だけど、交接するのも命懸けだよな。冷汗が噴き出てくる。
「はい。良き名を頂き、ありがとうございます。わが身は術としてイヅチを放つは得意でございます」
やっぱりか、ぼくが今宵、生きていられるかどうか覚悟がいりそうだ。
「では、イヅチ。ぼくの女になってくれますか」
「え・・・は、はい」
動きが止まってしまう。満座の席で、イカヅチを傍へ呼び、この場において、ぼくの女にすると宣言する。
「これから、貴女の姉カグチ様を連れて、山越えで伊賀街道を抜けて、大和の延命院へと向かいます。一緒に来ていただけますか」
「はい。ご一緒させていただきますよう、私からもお願い致します」
「ぼくは、井上篭。井伊直盛が嫡女、祐姫が夫が貴女を女として迎えます。それでも良いですか」
「それが、巫女貉にございます。決して、篭様がご迷惑になるようなことはいたしませぬ」
人と交わることで生き残りを図った種族、貉の想いは深く哀しい。
「ぼく自身は、カグチと成せたように、貉と子をなせた、ただの男にすぎません。貉衆が望むならば、この身は、祐姫が下へ貉衆を繋いでいただく証としても構いませんよ」
「ッ」
「篭、貉は人に仕えるものだぞ」
絶句するイヅチに横から、カグチが口を挟む。
「人が、貉衆にできることは、子を成すことのみ。なれば、子を成せた男を貉衆へ捧げるも、一家として関わりようの一つとなりましょう」
こうやって様々な貉衆を見ると、良く判ってくる。男に好かれるように、磨き上げられた肢体に、女にも嫌われぬように培われた掟。
「それは、なりません。篭様」
凛とした声が、場を遮る。正面、天祐様の左に着く巫女貉であった。凛としたたたずまいが、生気に溢れ満ちる。
「横より、口をお出しして、申し訳ありませぬ。伊勢斎宮家貉衆が長、椿にございます。人を必要としているのは、貉の方なのです。人に捨てられれば、貉は滅びます。人の傍らで暮らしていくことをご容赦いただくことこそが、貉の本懐にございます」
カグチを色っぽくして、艶やかにするとこんな感じという見本のような方であった。
「「母上」「母様」」
カグチとイヅチの声が響く。やっぱりか。
「我ら、貉衆が無くても人の世は成り立ちます。貉衆が生きる場所を人に許していただくことこそが、貉衆が生きる道なのです」
「貉衆が長にして、カグチ、イヅチの母君、椿様に申し上げます。この身は、男として多過ぎるほどの愛を祐姫よりいただき、カグチに分けることができた故の言にございます。この身で、貉衆がためにできることを申し上げたにすぎません。出過ぎたことであれば、ご容赦いただけますよう、お願いいたします」
「そのようなことはございませんよ。篭様。それに、あまりに貉を褒めると、すべての貉が女になろうと、精気を絞られますよ。お気をつけ為されませ」
「は、はっ。お気遣いいただき、ありがとうございます」
そういえば、カグチ一人でも大変なんだよね。それを、全部とか・・・死ねるか・・・
後は、我儘を聞きすぎないようにお願いすることかな。
「では、貉衆が長、椿様に申し上げます。人と寄り添うがために、人の役に立つは、貉の本懐でもありましょう。されど、人の役に立つことと、下命に従うことは異なりましょう、それをお忘れなきようお願いいたします」
「そ、それは」
傍らの頭巾を被った、伊勢の国主様へ視線を向ける。
「また、天祐様こと伊勢の国主様に申し上げます。椿が娘、カグチ。同じくイヅチは、この井上篭がお預かりいたす。関貞盛殿および伊勢の国主様がお許しあれば、巫女貉と共に関盛信様を、大和延命院へお連れする所存、いかがでしょうか」
「はははははは、見事なり、井上篭」
被っていた頭巾を取って、顔を晒す。周囲が唖然とみつめる。敵地とも言うべき、この地に休戦の証として、父親を送るところを本人が来ていたのだから、驚くのも無理はない。
さて、国主であるとばらしたとなれば、どのような想いでこの地に来たのか聞かせてもらえるということかな。
「そこまでの思いあらば、是非もなかろう。この伊勢国司、具教。見事に一本取られたわ。確かに、わしの見込み通りの男よな。カグチが惚れこむのもようわかる。この地まで訪れたは、一度、逢うてみたかっただけじゃ。関の小童まで、貉の子を宿せるとは思わなんだがな」
「それは、確かに。されど、伊勢の国主殿は、忘れておられます」
「わしが、何を忘れておるというのじゃ」
「人であれ、あやかしであれ、想いはそれぞれにあって、剣ほどに言うことのきくものではございません」
「あやかしもまた、想いを持つ者か」
「カグチ様が母君、椿殿が、想いはいかなご下命といえど、そのすべてを投げ打っても果たしてくれましょうぞ。なにとぞ、その想いを大事にしては頂けませんか、具教殿」
「はははっは、確かに、椿に無理を言って、このような敵地へきたはわしの不覚なれど、関殿とて、このような席で荒事におよぶこともあるまい。ましてや、おのが嫡男が貉との子をなす慶事まであってはな。だがどうじゃ、関貞盛殿。これを気に、この正三位具教をここで討って、この伊勢を見事纏めて見せるか、どうじゃ。椿達を斎宮へ無事に返すとあらば、ここで具教が首を討っても構わぬぞ」
「と、殿!」
あわてるようにすがる椿様。流石だわ、己の命を賭けて返すのは、やっぱり見事だなぁ。関殿が慌てたように、言葉を告げる。
「いやいや。この関貞盛には、亀山一つがやっとの器量にあれば、国主殿に逆らう程の欲はございません。また、嫡子盛信は、ここで終わる子では無いとのことならば、カグチ様が一行へつき従うも定めにございましょう」
「そうか。盛信っ」
「はッ」
関盛信が、前に出て平伏する。
「貉の情は深いぞ。あまりに甘えては、足元をすくわれるぞ、気をつけよ。よいな」
「は、ははぁっ」
「と、殿」
真っ赤になった椿様が、顔をそむける。
「篭殿」
「はいッ」
平伏する。
「あやかしよりも情が深いのは、周囲に甘えすぎじゃ。もう少し、己の命を大事にせよ」
「はい。肝に命じます。されど、具教殿もお気をつけを」
「ははは、言うわ。関の者達よよく聞け。伊勢の国人衆は、伊勢神宮斎宮の守人が家系ぞ、それは、国主が変わろうと、決して変えてはならぬ。国是と考えよ。その護法を護る司として、この具教に不服あらば、いつでもこの首取りに来るが良い。椿ッ」
「は、はい」
慌てて、傍へ控える。
「わしの仕事は、終わりじゃ。首も繋がっとるようじゃ、霧山の館へ帰るぞ。椿は誰にも渡さん。他の貉衆は、満足できるまで亀山に留まるが良い」
「はい・・・」
椿様以外の貉衆が平伏する中、そのまま立ち上がり、立ち去ろうとする時に、振り返り、
「篭殿は、剣をなされるか」
「立ち木を打つ程度ですが」
「どのように打つのか」
「ただ、昨日の自分より速く強く、ただひたすらに打ち込むだけの剣にございます」
「打ち込み方も関係なくか」
「はい。ただひたすらに、過去の自分と対峙し、勝ち続けることこそが、極意と存じます」
「わかった、一手ご教授いたそう・・・」
すぅっと近づいて来て、ぼくの頭上で柏手を打った。響き渡る音が、平伏した頭上に響く。顔を上げると、目の前に、白刃を取った刃があった。え、何時、抜いた。投げたのか、
「どうじゃ、敵というモノは、必ず、隙を狙うモノなれば、戦いを受けてくれるとは限らぬ。わかるか」
「は、なんとか」
小太刀を鞘に納めて、目の前に差し出した。
「精進せぇぃ。その小太刀は、無銘なれど業物じゃ、刀も無く敵が前に来るでない。せめて、小太刀の一つも持って、己を大切にしてくれる者達への意識とせよ」
「おのれを大切にしてくれる者達への意識・・・は。お教え、しかと承りました」
「ははははははは」
笑いながら、立ち去って行った。まるっきり嵐のように、掴みどころの無い感じだったな。なんか、とっても吹っ切れたような感じだった。自分の意識が外にあれば、斬ることは叶わず、ただ斬られるだけということか。
流石に、塚原卜伝より直伝の一の太刀を受け継いだだけのことはある。本物の剣客だねぇ、勝てる気はしないよなぁ・・・
小太刀を受け取りって、あっけにとられたように控えた。
「ほほほ。さすが具教殿よ、見事な引き際よな」
周囲に狐火が灯り、鴉天狗が舞い降りて、話を始めた。そのまま、平伏して、迎えた。
「斎宮様、此度こと、ありがとうございました」
「ほほほ、なんに、亀山で貉の子ができたというで、祝いに来ただけよ」
「関貞盛殿、盛信殿、まっこと見事なものでござったな」
「「ははぁ、ありがたく存じます」」
「のぉ、貞盛殿。盛信殿、この斎宮からの願いじゃ、北畠へ味方しろとは言わぬ。されどな、敵となるは許したもれ、妾達を護るがための伊勢じゃ」
「この貞盛とて、伊勢の国人にございます。斎宮様が護るは、我らが務めなれば、斎宮様に叛くことはございませぬ」
「ほんに、よしなにな。ほれ、女衆が、酒肴を運び入れようぞ、今宵は、斎宮からのせめてもの手向けじゃ」
酒樽やとれたての海老や貝といったものが、天狗衆によって運ばれてくる。見事なまでの伊勢湾の魚介類が並んでいく。
「多聞院の札もあるでな、豆醤や味噌もあるぞ、盛信殿、貞盛殿」
「これは、見事な。まことかたじけのうございます。斎宮様」
「我らも、酒肴を用意いたしますので、皆々様も宴へご参加くださいませ」
人とあやかしの宴が始まった。カグチに聞くと、無礼講というのは、人もあやかしも無く、山海の珍味を皆で持ち寄り、出来る限りの礼を尽くして皆が、皆をもてなすことを言うとのことであった。もてなす心意気が、礼無き礼なのだと。
「人とは、凄いものだな、藤吉郎」
「何が、凄いのでしょうか、皆々酒を飲み、肴を喰らっているだけでは」
「うん。それが、凄い」
「あやかし《ひとならざるもの》と人が、共に酒を飲み、肴を喰らう世界を、ぼくは護りたいな」
「それは、難しくは無いのでは」
「いや、きっと天下を取るよりも難しいこととなるさ・・・だから、ぼくは戦うと決めた。ぼくが好きな人達を護り戦うために」
盃を飲み干して、好きな歌を詠い始めた。
I am a thousand winds.夢幻の風になって舞っていこう。
酒が入り、気を良くしてしまったし、この好きな歌を歌い始めた。
夢幻の風に、そう風となって、ぼくは舞って、吹き渡って行こう。
この国の空を僕は知らない。
だから、ぼくは夢幻の風となって、吹き渡って行こう。
この国の海もぼくは知らない。
だから、ぼくは夢幻の風となって、吹き渡って行こう。
人であろうと、あやかしであろうと、
生きとし生けるモノ達よ。聞いて欲しい、生きることは罪ではない。
生きとし生けるモノ達よ。聞いて欲しい、生きることが奇跡なのだ。
宴に集いて、語り合う。それこそが、天に与えられた奇跡なのだ。
地を駆けるモノ達よ、駆けることができる世が、すでにして奇跡なのだ。
天を駆けるモノ達よ、駆けることができる世が、すでにして奇跡なのだ。
ははは、楽しい。楽しいよ祐。ぼくは、今ほど祐に居てほしいと思ったことは無いかもしれない。だから、今は、ここに居るモノ達と楽しむよ。だから、祐も楽しんでいると良いな。
大河内城の館へと向かう最中、椿が問いかけます。
「殿。よろしかったのでしょうか、今は、宴を始めておりましょう、手勢を率いて明暁に攻め入れば、亀山城を落せるかと思います」
「椿・・・それでは、その方が、娘達を含め、多くの貉衆が死んでしまうであろう」
「それは、そうですが、それでも殿の望みである、亀山城を攻略できましょう」
「椿。ならぬ・・・本当に、わしは椿に甘えておったのだのぉ」
「と、殿・・・なにを」
「ははは、父天祐院と子をなした、そなたが、わしの傍に仕えて、カグチ、イヅチの子をなした」
「はい」
「そなたは、何よりも、わしに仕え、わしの命をすべてとして仕えてくれた」
「あたりまえではございませぬか、わらはは、殿と共にありとうございます」
「貉の長である、その方の想いにわしが甘えたと、あの小僧は叱ったのよ」
「そんなことは、ございません。すべては殿の策ではございませんか」
「そうじゃ、確かにわしが策じゃ。だがな、思い出したのよ」
「何をでございましょう」
「楠公のことじゃ・・・」
「楠公というと、正成様でございますか」
「日の本六十余洲で、おそらくは、もう国司を持つ国は、この伊勢以外にはあるまい」
「は、はい。そのように聞いております」
「椿。河内の悪党であった、楠公はな、少数の兵を率いて戦った武略以上に、楠公に味方するものが多かったのよ」
「は、はい、河内の鋳物衆や鍛冶衆を含めた町衆や、紀州がモノ達も含め集うたと聞きます」
「だが、最大で数千を越えたハズの町衆がな、楠公の最後に集うたのは、七百程であったと言う。何故だと思う、椿」
「勝てないと思ったからでしょうか」
「違うな。勝ち負けで言うならば、赤坂や千早で戦っていた時の方が、よっぽど苦しい闘いであったはずじゃ」
「それでは、なんであったのでしょう」
「楠公と尊氏の戦にな、勝つことの意味を見いだせなかったのじゃ」
「勝つことの意味」
「椿。楠公はな、商売の自由を求めて、幕府と戦っておった悪党じゃ、幕府を倒せば、商売の自由が為せると信じてな」
「それが、裏切られたということですね。殿」
「そうじゃ、主上は、確かに、幕府を倒した。貴族の支配という旧に戻っただけじゃ、民にとって意味なき勝利となった」
「此度のことは、勝っても無益なことということですか、殿」
「確かに、亀山を取れることは、大きい。されどな、椿。貉衆を死なせれば、わしは斎宮の信を失う。そして、カグチ、イヅチを亡くせば、そなたの哀しみが、わしを責めよう」
「そのようなことは、ありませぬ。この椿は、殿がモノでございます」
「だが、椿を長として従う、貉衆にとっては、どうであろうな・・・」
「それは・・・それが、正成殿と・・・」
「そなたは、最期まで、わしに従ってくれよう。わしが、それに甘え、戦い続ければ、わしの最後は、そなた一人と迎えるものとなろう。家中の者すべてに裏切られてな」
「・・・殿」
「井上篭という小童は、それを見切ったのじゃよ」
「それで、亀山を引かれたのですか」
「そうじゃ、おそらく貞盛は、わしの策に気づいて居ろう、だからとて貉衆をたてに戦うことはすまい。おそらくは、手勢率いて攻めれば、盛信と小童を逃がして、城を焼き払うであろう」
「仕切り直しじゃ、この伊勢の国司、北畠具教のな。つきおうてくれるか椿」
「はい、殿」
宵闇を駆ける二騎は、何か吹っ切れたように、明るく駆けていくこととなった。
甲相駿同盟の流れで、尾張侵攻を図る今川義元の思惑は、戦略の王道を行くものであったと考えられます。戦略の王道は、戦力を揃え、兵站を整え、動いた時には既に勝ちを固めていることとなります。
派手である必要もなく、地道に積み重ねていく流れは、小説のネタとしては弱いように思いますが、「王覇への正道」といったところでしょう。




