決戦への準備 その10
摂津渡辺党は、本拠地である渡辺湊近くに本願寺が出来たため、多くの者が門徒となっていたようです。三河渡辺党の半蔵守綱も一向衆門徒であったので、史実での三河一向一揆では、一揆側に加わっています。
史実での織田信長と本願寺の戦いでは、摂津渡辺党は、湊を含めて本願寺の寺内町のような構成になっていたこともあり、水軍衆を含め本願寺に味方していたようです。(他の渡辺党は、織田方について。坐摩神社とかは中立であったようです)
本證寺から沓掛城へは、五里くらいだから、歩いて4時間くらいである。沓掛城から大高城へ向かうのは、二里半なので二時間ほどで着くこととなる。夜明け前に出立して、昼前に沓掛城を抜ける。
「ここらへんで決戦ということですか」
極端に大きな高低差があるわけではないが、鬱蒼した森や坂が続く。東海道ではあるが、尾張と三河の国境近くということもあり、あまり整備されていない印象を受ける。
行軍経路が今一つ判断しにくいなぁ・・・史実の桶狭間が、かなり南にあるようなイメージがあったんだよな。右手が鳴海城方面、左手が大高城かぁ。周辺に付け城をいくつか造っていくということは、あの山の向こうくらいかな、大高城は・・・ということは、あの山あたりが鷲津山かな。
「ねぇ、あっちの山が鷲津山なのかな」
「よくわかりますな。今は、織田方とも今川方とも言えぬといったところでしょうか」
鬼半蔵に来てもらって良かった。
「左手が丸根あたり」
「はぁ・・・このあたりに来たことがありますか」
桶狭間はなぁ、友達が延々と説明されたからなぁ、丸根、鷲津に先に砦を築くというのもあるかな。特に鷲津は抑えれば、その奥になる丸根に砦は造れない。
「大高を攻めるには、鷲津山に砦が欲しいということか。ならば先にこっちで造ればいいのかな」
「ほぉ・・・」
「鷲津山を越えると、大高城だよね。大高の先が海だけど渡れるのかな」
「今は、伊勢長島の願証寺からの迎えを湊へ呼んでおります」
「ありがとう」
鷲津山を左から回り込むように抜けようとするところで、数人の破落戸が現われた。
「おっと、ここは鷲津山の御領だぜ、関銭を頂こうか」
「わたしは、今川家家臣、井伊直盛様が家来、井上篭と言います。まずは、名前をお聞かせ願えませんか」
「名前など、知らん。やっちまえ」
ばらばらと、道に十数人が出てくる。装備はばらばら、川沿いの郷士という感じである。
「藤吉郎、彩女達を頼んだ」
すっと、今朝まで立ち木を打っていた棒を構えて、話していた男へと振り下ろし、そのまま隣の男へも振り下ろした。そのまま、二人は、崩れるように倒れた。一人目が、左側頭部から頸椎あたりを砕き、二人目は右側頭部から頸椎を砕いていた。
そのまま、駆け抜けるように、ひたすらに打ち込んでいく。右に左にひたすらに立ち木と同じように打ち込んでいく。
「な、なんだ。てめぇ・・・」
後方で、数人のうめき声が重なる。
「「「あべしっ」」」
そして、脇から出てきた男が火炎に包まれ転げまわる。
「ぐぅわぁ」
「「「お、鬼だぁあッ」」」
ひっくり返ったような声がして、逃げ出していく。
「朝、見た時に感じましたが、実際に凄まじいものですな」
示現流、立ち木打ちかぁ・・・ほんとに、人を相手にするもんじゃないや・・・骨を砕き、肩を砕き、当たるモノへ叩き込む・・・先の先、戦に当たって必要なことを、ひたすらに立ち木を相手に繰り返し繰り返し、築き上げていく剛剣中の剛剣か・・・
無言で屍骸を、鷲津山を抜けた後の河原へと運び、カグチに焼き祓いをしてもらう。
大高城の傍らを抜け、大高の湊に出て、伊勢長島へと船で出る。
日が暮れる前には、なんとか長島へ辿り着き、夕暮れに願証寺へと入ることができた。少し、厳しいなぁ・・・
「今日は、少しごめん。休ませてもらうね」
「「篭」「篭様」」
「あ。ごめん。藤吉郎・・・ちょっと良いかな」
「は、はい・・・」
大坂に本願寺を構えたこともあり、坐摩神社と渡辺湊が門前町に組み込まれていた。このため渡辺党には、本願寺門徒衆が多くなることとなった。瀬戸内を含め、各地に水運利権を持ち、様々な交易品を持つ渡辺党は、各地の本願寺系の寺に屋敷を抱え、中継拠点としていた。三河本證寺で泊まった屋敷も渡辺党が維持していた一つである。
伊勢長島の本願寺も、本願寺門徒衆の拠点であり、渡辺党の屋敷があった。
「狗嬪殿。篭殿は、今日が初陣であったのかな」
「おそらくは」
「しかし、ほんとに凄まじい剣であったな」
「はい。屍骸を抱える際、頭蓋から頸まで砕けておりました」
「確か、自らを省みることなく、相手より先に、相手より強く。ただそれだけの剣と言われていたが、まさに言葉通りというところか」
「そうでございますな」
「なぁ、狗嬪よぉ。篭大丈夫かよ。側に居てやった方が・・・」
「それは、わたくしが・・・」
「カグチ様。彩女様。今日は、お引きを。篭様のご指名は、藤吉郎様です」
「「・・・なんでぇ」「・・・そんな」」
縁側に座って、宵闇に浮かぶ、居待月をぼぉーと眺める。手の震えは、なんとか止まっていた。丸木の柱にもたれかけて、言葉が零れる。祐に逢いたいなぁ・・・
「ぼくさ。神隠しにあって、此処に来た。そして祐姫に逢ったんだ」
「神隠しでございますか」
「それにさ、笑っちゃうんだよ。神隠しに逢うことがあるかと、立ち木打ちとか始めて、色々調べたりしていたけど、実際に神隠しにあってみると全然違うもんだなぁって」
「そうなのですか」
「殺すということが、どういうことかは、知識ではわからない」
「それは確かに」
「でも、身体が思ったよりも冷静に動けた」
「冷静ですか」
「本当の破落戸だったかはともかく、問答無用で叩き潰してからって思って、その通りに身体が動いた」
「問答無用ですか」
「そら、そうさ。彩女さんや藤吉郎が人質とかされたら、動けなくなるからね」
「は、どういうことですか」
「ぼくにとって、、藤吉郎や彩女さんが人質だと動けなくなりそうだったからね」
「そんな、わたしのような者のた・・・」
人指し指で藤吉郎の口を抑える。
「だめだよ。もうぼくにとっては、彩女さんと藤吉郎は家族なんだから」
「か、家族・・・」
「うん。だから、あんまり無理しないでね」
「いえ。この藤吉郎、主に家族と呼ばれるとは思いませんでした。篭様のためとあれば、どんなことであっても成し遂げます」
「だ・か・ら。無理しちゃだめだよ。かなり色々頼もうと思っているからね」
「は。なんなりと御申しつけください」
「ははは。ありがと。あとで泣いても知らないよ」
「泣きません」
「わかったよ。藤吉郎」
藤吉郎かぁ・・・小柄で可愛い感じだよな。猿?だし、鼠?って感じはしないしなぁ・・・日焼けとかしてるけど、髭とかないしなぁ。
「藤吉郎。ぼくはさ、知識があれば、薬とか造って儲けたり、武器を造ったりとか、できることが色々あるって思ってたんだ」
「違ってましたか」
「なんていうか、渡辺綱が凄いっていうか、渡辺党や様々な人達が築いてきた想いが本当に凄いって思ったんだ」
「想いの凄さですか」
「そして、それを代々想いを伝えて、築きあげていく強さかな」
「想いを伝えて、築き上げる強さ」
「そ。一人でも一代でもできない。万民に拡げて万民自体が力を築く力、平安の御代から五百年の継続が、万民にもたらした力」
「継続が築いた力・・・」
この屋敷ひとつにしても多分そう。大坂の渡辺湊は、本願寺のすぐ側だから、本願寺門徒が多くなる。本願寺の拡大と共に、門徒衆に連携して渡辺党も拡大していく。この様子だと、三河、伊勢、加賀、越中といった地域を含め、渡辺党の流れがあると思って良い。
それに、渡辺党だけじゃない。稲荷神社の湯女狐の流れや、八咫烏の雑賀衆、烏天狗や大天狗もまた拡大していると思っていい。山伏、修験者、巫女だけじゃなく、鍛冶や鋳物、医薬や農林に水産といった様々な職種に、あやかしを組み込んでいっている。それこそ、もう斬って切り離せないほどの拡大だ。
商業も同じだ、交易商品を造り、しかも南蛮船すら高額で買い付ける、鋼や果実酒といった加工商品まで生産している。鑑札という公的なバックアップを確保して、医薬品の交易等において鑑定の大切さを浸透させ、一定の資金を確保して、教育研究機関を維持する。 おそらくは、今の日本だと、延命院は世界有数の研究機関ということになる。おそらくは、昔の「神農本草経」だけでなく、様々な本草学や養生訓とかが既に描かれていて、かなり広範囲に調べられていると思ってよさそうだ。特に、
檸檬やオリーブといった薬樹を世界各地から集めて、栽培等を含めて根付かせている。しかも、一か所だけでなく、何か所かに設置して、それぞれの地域での発展に繋げている。結果的にその流れがあったからこそ、ジャガイモとかが流れてきているんだ。
住吉で鬼釜が立ち並び、鬼火での鋼造りが進められている。ちょっと工夫すれば、鬼火で動く蒸気機関とかも作れるような気がする。狐火にせよ、鬼火にせよ、なんとか上手く貯めて使える工夫ができればなぁ・・・温石じゃぁ長時間ってわけにもいかないよなぁ・・・
それに、日本という土地は、琉球の亜熱帯から蝦夷の亜寒帯までの広大な風土を持っている。かなり広範囲で気候条件を確保できる。世界中から薬樹を集めても、ほとんどの薬樹を日本で栽培できるようになる。
「おれが居た世では、渡辺党の頭領ってさ大名じゃないし、戦や海に強いってだけで、それほど有名ではなかったんだ」
「こちらでも、それほど変わらないと思いますが」
「そうだね。例えば、一緒に来ている三河渡辺党の当主も、大名じゃないし、勢力も小さく見える」
「はい。そうではないのですか」
「でも、駿河の御館様や京洛の将軍様すら持っていない、長島願証寺や三河本證寺に屋敷を構えている」
「これは、松浦党の商売に使っている屋敷と聞きました」
「商売で使っているなら、金を払って使えるということだよね」
「それは、みな一緒なのでは」
「知らない人に貸して、家財を持ち出されたら・・・」
「あ」
「信用ってさ。金で買うことができないんだよ」
「信用ですか」
「そ。人脈もね」
「信用と人脈ですか」
「うん。戦は人が為すものだけど、戦に使う道具や武器、兵粮といったものは、ただでは手に入らない。安く手に入れようとすると、必要なのは信用と人脈ということになる」
「確かに・・・」
「藤吉郎にはさ、その信用と人脈を繋いでいって欲しいんだ」
「へっ」
「ぼくのというか、祐姫の家臣として、信用と人脈をね」
「わたしがですか」
「うん。鬼の徴があるといっても、祐姫は渡辺党ではないし、半蔵殿は三河松平党の一員だからね」
「独自に築く必要があるということですか」
「そういうこと。最初は、カグチや狗嬪に繋いでもらうとしても、ぼくが動けない時に代理として動けるようにね。そして彩女さんにね」
「彩女様ですか」
「そ。藤吉郎は、彩女さんが好きでしょ」
「へっ」
真っ赤に茹で上がったように赤くなる。うん。衆道には興味ないけど、可愛いなぁ・・・いけないおじさんになってしまいそうだ。
「違うの」
「い、いえ、そのようなことは・・・」
「ぼくは、祐姫に夫と呼んでもらった」
「はぁ」
「ぼくは、彩女さんにとって大切な姫様の夫だからね」
「はい。わたしにとっての主は、篭様です」
「わかった。まず、この屋敷には、狐や狼が来ている」
「狐に狼ですか?」
「多分、船に乗らずに、地を駆けてきたと思う。出てきて貰えるかな」
縁側から、庭に降りて、地に座る。すると、狐耳の少女と狐が二人おずおずと寄ってくる。縁側の下から、狼が三人出てくる。
「話はできるかな」
「「少しだけ・・・」「「チョット」」」
やっぱし、こんな感じであやかしがいたら、獣肉を食うのは、ほんとに覚悟がいるわ。
「他にも居るような気がするけど、誰がいるのかな」
「「いるぜ」「「「いるいるぅ」」」」
鴉が屋敷の壁に並んでいる。何人かは子天狗達であった。一人、四尺ほどの女童姿になって降りてくる。
「伊勢からの御客人か」
「斎宮様から貉の子を為した相手を見て来いって言われた」
「カグチに子が出来ているのでれば、ぼくが、種になるのかな」
「カグチには、確かに子が出来てた」
「斎宮様へ、ぼくのことを報告するの」
「斎宮様へは、夜明けに子天狗達に伝えてもらう。俺が亀山へ案内する」
「亀山?」
「斎宮は遠いし、斎宮に男は入れない。貉は亀山で合流する」
「そっか、カグチのことは良いの?」
「カグチからは、文が送らているし、延命院で産むなら、安心」
「伊勢だけでなく大和や紀州の山々から、何人かの貉が亀山に集まる」
「え。どうして」
「貉の子を成せる男は貴重。護衛と子を成すために集まる」
「護衛って貉の?」
「そう。今日の昼について連絡があった。貉と子を成した男を、破落戸ごときを近づけるようでは貉の名折れ。破落戸など先に潰す」
「ねぇ、貉って多いの」
「良く知らない」
「いや、精が枯れたら嫌だって思ったんだ」
「それは大丈夫、一回一人相手にしてくれれば良い。淫気が溢れている間は、精は尽きないから大丈夫」
「え、それって・・・」
そのまま、女童が近づいて来て、口吸いをして、
「明日からは、貉が相手する。今日はおれの相手をしてほしい」
「あ、あたしもっ」
抱き着いていた狐も声をかける
「えっと、まだ子供ではないの?」
「大丈夫、赤飯は去年炊いた」
「一昨年に炊いた」
そういえば、寿命が違うから、大人になる速さも違うのか?
でも見た目は違くないか。なんか、悪いおじさんになったような・・・
「えっと、だけど、ごめん。ぼくには童に見える」
「大丈夫、褥で一緒に寝てくれれば、あとはおれが犯るから」
「犯る犯るぅ」
そのまま、狐と狼に運ばれていった。
「お前も来い」
藤吉郎も引きずり込まれて、褥に運ばれていく・・・これって、えぇえぇッ
宵闇に浮かぶ、居待月が、淡く輝いていた。
あやかしにとって、子を成せるというのは、非常に重要なことであったように思います。鬼釜の維持など、様々な能力の継承は、切実なものともなります。
ということで、これから篭君は、あやかし達に襲われる日々が続きそうであります。