決戦への準備 その1
史実では、「桶狭間の戦い」と呼ばれた合戦準備編となります。
うつけと呼ばれた、信長と、東海道一の弓取り、今川義元の対決です。
織田VS今川は、実際には、伊勢湾沿岸の海運利権を巡る争いであったようです。
両者の激突は、今川軍有利で進みます。安祥城の確保と松平党人質奪還は、知多半島東側沿岸の制海権を確保しつつ、「鳴海」「大高」を巡る、知多半島西側沿岸における制海権を求めて今川軍が展開をすすめます。織田軍は、「鳴海」「大高」の周辺に、丸根砦、鷲津砦を築き、今川軍の展開阻止をはかります。
大軍をおこして、織田勢の阻止線を叩き潰し、津島への道を開くのが、今川義元の目的でありました。
良く、今川義元による尾張侵攻は、天下を求めたかどうかで論議されることがありますが、尾張侵攻の目的としては、伊勢湾沿岸の海運利権を確保すること、今川義元は、伊勢湾を巡る海運利権を求めるために、津島湊を確保するということであったように思います。
また、当時、万を超える軍勢を長期に稼動させるための準備には、かなりの時間がかかると推定されます。今川義元の目的が略奪でなく、津島湊を中心とした伊勢湾沿岸の制圧と利権確保とすれば、一定の規律下で軍勢を稼動させる必要があり、そういった意味合いでは、年単位で準備期間が必要と判断します。
史実でも永禄元年頃に実施された、今川氏実への家督相続が尾張侵攻開始に向けた第一歩となります。
これに対して、信長の方は、永禄元年(永禄二年の説あり)に織田信賢と戦い、斯波義銀の追放と、尾張領内での戦争を繰り返しています。実際に今川が軍を起す永禄三年までに、尾張から対今川戦のために戦力を抽出するにはかなり厳しい状況であったと言えます。
ここらへんが、織田と今川が持つ国力と戦力比率の差になって現れます。大軍をまとめ、展開するだけの時間的な余裕が無い織田軍と、大軍をまとめ尾張侵攻に準備を整えて臨んだ今川軍とは、かなり大きな差が開いていたと思われます。
好男子ではなく、講談師という奴は、見てきたように嘘を吐くと申しますが、それも時には、真実が混ざっていたりするものであります。
遠州は井伊谷城の宵闇のなかで、井伊直真と、井上篭は、褥の中で、二人は愛の誓いを交わします。
天才対決は、織田信長VS今川義元のことですが、この作品は、対決する主役ではなく、脇役の脇役である方々なので、緊迫感はあんまりありません。
史実について少し説明をしておきます。
弘治四年正月は、永禄元年正月でもありますので、ちょうど、今川義元が尾張侵攻の準備を開始した頃のこととなります。桶狭間の戦いが永禄3年9月頃なので、今川義元様は、三年くらい準備に要し、万全の体制で尾張侵攻に臨んでいたと考えられます。
対する織田信長様は、永禄元年や二年も、織田信賢との戦や、斯波義銀の追放など、尾張国内で戦を頻繁におこなっており、尾張がかなり疲弊していて、大軍を抽出することそのものが困難であったと言えます。
それでも織田軍は、かなりの無理をして、戦力を展開し、大高城、鳴海城を抑えるため周辺にいくつもの砦を築き、今川との対決に備えております。ここらへんの状況から、焦点は、伊勢湾西側の海運利権という捉え方ができます。今川も織田も、伊勢湾制海権確保を目的として、様々な策謀を巡らしております。そういう意味では、尾張侵攻というより、津島湊への侵攻という方が正しいかもしれません。
史実の中では、義元公が、戦略的優勢に進めて、広範囲に部隊を展開させたところを、信長公が一発逆転を狙って、今川軍の前線を浸透突破して、義元本軍を撃破という結果になっています。
準備段階では、戦略的に大規模戦の準備を進めた今川軍に対して、戦略面で対応できない信長公は、作戦面で城と砦を複数築いて防衛線を構築しています。これは、大軍になるだろう今川軍を点で止めるのではなく、点を繋いだ線で止めて前線を広げさせると共に、浸透突破をしやすくしたためと考えられます。
これは、信長公と義元公の戦略目標の違いから来るものと推定されます。義元公が、津島湊を含む海運利権の確保を目指すのに対し、信長公の勝利条件は、敵総大将義元公の首を獲ることを目標としています。結果としては、義元公は、占領地確保のために、大軍を分散配置することとなり、信長公の浸透突破を許し、首を討たれたという史実に繋がります。
(大きな歴史の流れは変わってない感じだけど、祐様にとってはどうなのだろう?義元公が生きている方が良いのかな?死んだほうが良いのかな?史実では、直親殿が敗戦の中で戦死してしてしまうから、それを救う方法は考えた方がいいだろうなぁ・・・)
とまぁ、史実が起きることに対して、篭君は、どうすべきかということそのものに悩んでおりました。
(恋敵でもある、氏真の味方をするというのも、微妙だしなぁ・・・)
ちょっと、、篭君の私情を挟んでたりもします。
(鍵を握るのは、誰だっけ?本陣の位置が桶狭間かどうかは不明だけど、本陣の配置を決めたのは義元本軍の前衛を努めていた奴だったハズ?しかも、本陣襲撃の際には、大高城に居て戦って無い。本陣の位置が織田方にバレタとすると、そのあたりが怪しいという話だった気がする)
二人の閨での宵闇綺談は、かなり血生臭く展開していきます。
昼間、駿府よりの使者が浜松に来て、呼び出された祐は、駿府で正月に行われる宴への呼び出しを受けていた。父親の直盛を含め、三河、遠江、駿河の国人衆が、軒並み駿府への呼び出しを受けていた。このため、浜松城内でも、様々な噂が飛び、かなり大きな事柄が発表されるらしいという噂が流れていた。
「つまり、御館様は、若殿に家督を譲られると?」
「多分、家督を譲って、若殿に後方支援を任せ、自分は合戦の準備を進めるんじゃないかな」
「それだと相手は、織田になるな」
「うん。前にも話したけど、御館様は、甲相駿の三国同盟で、西へ向かうための体制を整えた。多分、伊勢湾沿岸の海運であがってくる利権を確保するのが、最終的な目的になると思う」
「伊勢湾?かなり広くないか?」
「水野が今川に付いて、大高城が落ちれば、知多半島一帯が今川の勢力圏になる。知多半島を抑えれば、津島の湊を抑えにかかることができる」
「織田は、どう出てくるんだ?」
「津島を抑えられたら、織田は滅亡するというか、もう今川と戦う力も斉藤と戦う力も無くなる。だから、絶対に阻止するために動くというか、動くしかないし、清洲に篭城するという選択は無い」
「無いのか?御館様だって、大高城から清洲城はかなり遠いし、城に篭もられたら、攻めるのは難しいと思うぞ」
「ん。信長が清洲に篭もったら、御館様は戦う必要が無くなる。そのまま尾張の南部と津島を抑えれば良いもの」
「あ。そうか。津島は、清洲の南だから、わざわざ清洲まで行く必要は無いんだ」
「そういうこと。で、祐姫は、どっちが良い」
「え。どっちって?」
「前に話したように、井伊家そのものは、今川と織田の戦に巻き込まれるけど、どっちが勝っても、多分、生き残る道はある。だから、どちらに勝ってもらいたいかってこと」
「井伊家は、今川方だぞ?」
「うん。でも、御館様がこのまま負けて、死んだとしても、若殿様や祐が死ぬわけじゃない。生き残るだけなら、織田との大戦に関わらなくても良い。だから、祐がどうしたいかってこと」
「あたしが、どうしたいか?」
「うん。ぼくは、祐を守りたいもののためにできることをしたい。何ができるかはわからないけど、」
(異世界転生なら、チート知識って?あんまり無いし、ここには魔法とか、もののけが住んでるから、史実とはかなり違うし。でも、好きな女のひとのために、何かできれば良い・・・なぁ)
「あたしは、御館様は鬼娘の色が強かったあたしを、若殿の側室に迎えてくれた。それに、お前には悪いが、若殿も、大女になったあたしを、女としてはともかく、大切にはしてくれている。だから若殿のために戦う方が良い。千千代様や若殿も含めて、出来る限り守りたい」
「わかった。祐。ぼくも、出来る限り思い出してみる。なんとか、御館様を守れるように考えてみるよ」
「ありがとうな。篭」
そのまま、宵闇の褥に篭を押し倒す祐姫であった。
宵闇の中では、睦み逢う二人ではあったが、弘治四年正月の駿府で行われる年末年始の挨拶を兼ねて、居館である井伊谷城を弘治三年師走に出発することとなった。篭を連れて、龍潭寺に向かい、篭を大婆様に預けて、駿府に向かうこととしていた。
「ねぇ。城で待っているっていうのは、ダメなの?」
「彩女や狗賓達も、年末年始は大婆様に預けるし、大婆様には、篭のことを文で説明しているが、直接お話して、預けておきたいんだ・・・何かあるのか」
「え。だって、ぼくは、公にできない男妾だから、あんまり親族と顔合わせない方がいいんじゃないの?」
「篭。お前は、あたしの夫だから、それに大婆様には、きちんとお前を紹介したいんだ。確かに、あたしは、主筋の側室でもあるからな。あまり褒められたものじゃない。だけど、あたしは、遠州の次期領主でもあるからな。国許にお手付きがいるのは、若殿にも諦めてもらうさ」
「大丈夫なのかな?」
「女領主には、男の側室が多くなるのは良く在るぞ、越後の領主にいたっては、側近は全員側室だって噂だ」
「越後の領主って、長尾影虎のこと?女の人だったの?」
「ああ。女性だと身重になったりするし、子供を増やすには都合が悪いけど、誰の種でも、自分の子供だってことになるからな。嫡子相続は、鎌倉以来の御法だからな。女領主は、多くは無いけど、珍しくも無いぞ」
「そうなんだ・・・祐が良ければ、ぼくは構わないよ」
(なんか、色々と史実と雰囲気が違うなぁ・・・)
井伊谷城から、龍潭寺までは数キロ程度、馬で10分程度で到着する。龍潭寺は、井伊谷城から浜松城の途中にあり、森の中に築かれていた寺で井伊谷宮と併設されていて、井伊家発祥の地となっております。
かつて、龍潭寺の井戸に捨てられていた捨て子が、井伊の初代である井伊共保だと伝承されているのです。
さて、井伊家の菩提寺でもあることもあって、龍潭寺の住職は、代々、井伊の一族が努めておりました。現在の住職は、直真の祖父直宗が娘で、玲姫様こと松玲院姉が努めておりました。玲姫様は、直宗様が娘となっておりますが、養女でありまして、南朝の宗良親王と一緒に戦った、井伊道正との間に生まれた尹良親王が源姓を賜って、臣籍となり、源良王に連なる一族の娘で、諸国を放浪して後に龍潭寺に匿われた。今川との争いの中で囚われ、氏輝の側室となり、遠州井伊家が今川家に従う人質となった。氏輝が亡くなった後は、剃髪し、松玲院として、龍潭寺の住職となった。松玲院様が、祐姫様の大婆様ということになります。
「大婆様。祐が参りました」
「ようきた祐や。今年も健やかであったか?」
龍潭寺の広間で、対面したのは、養祖母と言われた、松玲院様なのですが、お年は40を超えていて50に近かったような気がしますが、まだ30程にしか見えない、美しさを持った女性でありました。
「はい。あまり病にかからず、健やかに過ごせました。これも、彩女や狗賓達のおかげにございます」
「ほほほ。彼奴等は、自らがそなたを選んだのじゃ、気にすることは無い。ま、健やかであればよいさ。ところで、その後ろの御人が、お前の男かや」
「はい。井上篭と言うあたしの夫にございます」
「ほお。そなたが、駿府の氏真様が室というのは、承知なのかの」
「はい。それは、伝えてあります。これから、浜松の城に出て、駿府に向かいまする」
「ほぉ、篭殿も駿府へ連れて行くのかや」
「いえ。さすがにそれはできません。大婆様にお預けしたく、龍潭寺へ連れて参りました。なにとぞ、よしなに願いまする」
「ほぉ。ここにか。彩女や狗賓達と共にかや」
「はい。井伊谷の城や浜松の城に預けとうはなく、どうかお願いいたします」
「篭殿は、どうかの。ここにおるよりは、浜松の城の方が、なんぼか人も多い。わざわざ、もののけと住むこともなかろうに」
「ぼくは、この地に神隠しに逢って、連れてこられました。そこで祐姫様に出逢ったのは、何かの縁であろうと思います。もののけは怖いと思いますが、皆は優しく接していただきました。知らぬ者達と共にいるよりも、もののけ達と共にいることを選びとう存じます」
「お前が気に入らねば、喰らうかもしれぬぞ」
「ぼくは、まだ余所者ですから、そうなるかも知れません。できるかどうかわかりませんが、鬼の血を引く姫を愛するのであれば、それを乗り越えなければならないと思います」
「まっこと、覚悟できるかや」
「ぼくは、まだ死にたいわけじゃありません。だから、せめて腕一本くらいで許していただければと、喰らおうとする者にお願いします」
「ほほほほほ。面白い男をみつけたの。祐や」
「は」
「ま。彩女や狗賓達が良ければ、妾は、構わぬよ。好きに住まうが良い」
「「ありがとうございます。大婆様」」
好男子ではなく、講談師という奴は、見てきたように嘘を吐くと申しますが、それも時には、真実が混ざっていたりするものであります。
遠州は井伊谷城の宵闇のなかで、井伊直真と、井上篭は、褥の中で、二人は愛の誓いを交わします。
例年正月には、三河、遠江、駿河の国人衆が、御館様へのご機嫌伺いのため、駿府へと向かいます。特に、今年は出来る限り多くの国人衆の参加が、御館様から呼びかけられていました。これは、井伊谷城の祐姫こと井伊直真も同じで、遠江の国人衆をが師走の10あたりから、浜松城へ終結し、遠江介である父直親が三河の松平衆をまとめて浜松を経由し、三河遠江の国人衆と共に、駿府へと向かうこととなります。
一人、残されることとなった、篭は、龍潭寺の住職にして、父井伊直盛が養母、松玲院様の元へ預けられることとなりました。
龍潭寺の客間にも、井伊谷城と同じく、宵闇の褥には、鉄蓋がされた壷を4個、褥の四方に置かれていた。壷が非常に熱くなっていて、どうやら中で火が焚かれているようだが、鉄蓋がされているのに消えないみたいなのである。
「ねぇ。彩女さん」
「どうかなさいましたか」
「あのさ。この壷は、中に火を入れているの?」
「はい。これは、炉壷と言います。中に狐火を入れて暖めています」
「火ってさ、壷の中に入れると消えちゃうけど、狐火は消えたりはしないの?」
「そうですね・・・」
小首をかしげて、指先に小さな狐火を燈す。橙色の穏やかな炎がゆらめく。
「狐火にせよ、鬼火にせよ、術者の力で燃やしています。術者の力が尽きない限りは、消えたりはしません」
「そうなんだ。でもさ、縄とか近づければ燃えるよね」
紐を狐火に近づけると、ぼぉっと炎が移る。ふっと、吹き消して
「はい。だから、炉壷の守をするのが、我等の務めです」
「かなり、大変じゃないの?」
「そうですね。普段であれば、姫様の部屋だけですが、ここでは、大婆様の部屋に8人と篭様の部屋を4人と12名で対応しております」
「4人で大丈夫なの?」
「こちらには、私がおりますから、他の者は、私が休む間だけ、3人で対応することとしています」
「無理はしなくても良いよ。こっちの部屋は、炉壷を2個にしようよ」
「篭様に風邪など召されては困ります」
「大丈夫、流石に炉壷が無いのは寒いけど、炉壷2個でも暖かいから大丈夫だよ」
「はぁ・・・本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だって。ねッ」
「わかりました。寒ければ、いつでも仰ってください。それに、咳などするようでしたら、無理にでも炉壷を増やしますので、そのおつもりで」
「うん。わかった。ありがとう・・・」
(炉壷って近くだと、暖かいではなく熱いって感じだから、昔の石油ストーブみたいな感じだよな。だとすると、水を暖かくすることもできるかな?お風呂を作れるかなぁ・・・洞窟の中だと、祐姫の鬼火で周囲を熱くして、水に入ってたからな)
「どうなさいました」
「いや。ムクロジってこの寺にもあるのかな?」
(ムクロジって数珠の材料だって言っていたよな)
「はぁ、ムクロジであれば、この寺にも何本かは育てておりますが」
「実をね、集めたいんだ」
「数珠でもお造りになられるのですか?」
「違うんだ。ムクロジを砕いて漬けた水で、体とかを洗う時に使うと汚れが落ちやすいんだよ」
「京洛の湯女狐のお話ですね。ムクロジ粉ならありますよ」
「京洛って、京の都かぁ、湯女狐って何」
「そうですね。狐火で湯を沸かし、無患子の粉や米糠を使って、身体を洗ってくれるのが杜湯と言います」
「このあたりには無いの」
「そうですね。戦乱が続いて、湯女狐も多く亡くなられたと聞きます。また、人の血が入ったためか、狐火が上手く使えない狐が伏見でも増えて、杜湯は京洛でもほとんど残ってないと聞いています」
「彩女さんはできる?」
「わたしは、伏見より遣わされた湯女狐ですから、湯殿を使うことはできますが、湯を沸かすのに狐火を使うと、夜の炉壺が使えなくなります。夏場ならばできますが、冬場の時期は難しいですね。姫様がおられたら、一人で湯気にできるかと思いますが危ないでしょうし」
「ん~。狗賓達は炎は使えないの?」
「はい。彼らは、炎というより風使いですね」
「そっかぁ、他に使える人っていないのかな」
「それは・・・あ」
「いるの?」
「居るには、いますが、河原者衆のカグチですので、宮に入れるわけにはいきません」
「河原者衆?」
「はい。山々に住み漂う者達で、鍛冶や獣の皮、屍骸を扱っているのが、河原者衆にございます」
「皮もあると、暖かいし便利だから欲しいな」
「お待ちを、篭様。あれらは、賎しい者達にて、付合ってはなりませぬ」
「賎しい?」
「はい。鹿、狐、鼬といった獣達を狩り、肉を食い、山々を巡って鉄や銅を扱い、毒液を撒き散らす、賎しい者達です」
「鍛冶は、刀や釜を造るのに必要だし、獣の皮も暖かいから、寒さをしのげるよ」
「ですが、我等を狩る者です」
「あ」
(そういえば、彩女さんは、狐さんだった)
「ですから、ここに呼んではなりません」
(そうだよな。自分達を狩る相手だから、でも、賎しいというのとは違うよね)
「彩女さん。狐や狼、鹿や熊とかを狩る者は、確かに敵だから、彩女さんが傍に来て欲しくないとか、嫌いだというのは正しいよ。でもね。賎しいということと、敵は違う。それは解ってもらえるかな?」
「え。えぇ。ですが、敵を賤しめ・・・」
(それは、ダメ。だから、指で口を抑えて)
「待って、敵であっても、同じ生命だって考えて」
「はぁ・・・でも、城主さまも、賎しい者達と呼んでいましたし、間違っていないと思いますが。いけないのですが」
「彩女さん。敵だから殺しあうんじゃない、自分の命を狙うから殺しあうんだよね」
「はぁ」
「ごめん。少し、遡って、話すとね。ぼくのいた世界では、渡辺綱が大江山で鬼退治をおこなって、酒呑童子や茨城童子を含め、数多の鬼達を殺していった。結果として、鬼だけでなく、あやかしすべてが狙われて、ぼくのいた世界では、鬼や天狗、狐達もみんな”あやかし”と呼ばれて殺されていったんだ」
「そんなッ。我等は何もしていませんのに」
「そうだね。鬼が鬼であるだけで、敵では無い。自分を殺そうとする者は敵で、敵であれば殺さなければ、この考え方に執着すると、敵はすべて殺さなければならなくなるよね」
「では、われらも人に殺されてしまうのですか」
「この世界は、きっと変わったんだよ。渡辺綱は、自分と殺しあう相手の鬼の娘を愛して、妻に迎えた。鬼と人を繋いだんだ。ぼくは、祐姫に愛されて、愛して、結ばれたよ。そして、祐姫には、渡辺綱は、人が鬼を嫁にしたから、今度はあたしが人を婿にするって言われたよ」
「祐姫様は、大江山のお話がお好きでしたわ。自分も渡辺綱のように生きたいって仰られてましたし」
「でもさ。考えてみて。ぼくは弱いからさ、祐姫の敵になったら、簡単に死んじゃうよ」
「えぇ、それは当たり前です。篭様くらいであれば、私でも殺せますよ」
「でも、ぼくは、殺されていないよね」
「それは、祐姫様の大事な方ですから」
「でも、ぼくを殺せる力がある」
「はい。間違いなく」
「ぼくは、ぼくを殺せる相手に守られて、夜を過ごす」
「えぇ。でも殺したりは、しませんよ」
「うん。じゃぁ彩女さんは、自分が賎しいと呼んだ、河原者衆の中で眠れる?」
「そんな。何時殺されるかもわかりませんのに・・・あっ」
「ほらね。ぼくは、気にせずに眠るから、構わないけど、普通は、一緒に生きることが難しいんだ」
「そうなのですか」
「相手の河原者衆の人だって同じだと思うよ。熊や狼に無防備であれば、殺されてしまう。油断すれば、殺しに来れる相手、普段は狩りの相手として殺す相手と一緒に寝るって、とっても覚悟のいることだと思う」
「 祐姫の命を狙うような人が居れば、ぼくは全力で戦う。戦えるかどうかはわからなくても、彩女さん達や狗賓さん達を含めて、守りたいものを守るために戦うよ」
「はぁ・・・ありがとうございます」
(あ、なんかお情けっぽい目でみられた)
「でも、昨日は敵だったけど、今日は味方になるってことだってあるよ。大婆様だって、南朝宮様の末裔として戦ってきたけど、今は今川家に仕えているでしょ」
「は。そうですね」
「ねぇ、彩女さん」
「はい」
「これだけ、覚えておいて欲しいんだ。
天地の狭間に在って、生命あるものは、すべて等しく魂魄を宿すモノ。
確かに、屍骸を扱えば、穢れは多くなるかも知れない。
鉱石を扱えば、毒液を生み出すかも知れない。
でもね、誰かが扱ってくれなければ、穢れが溢れ、疫病が蔓延し、生命が奪われる。
鉱石を扱わなければ、鍋釜も造れず、刀や槍も造れない。
誰かがやらねばならぬことを勤めとしてくれる者達でもあるんだよ」
「それは、確かにそうですが、怖いのです。狗賓達であれば、戦うこともできましょうが、我等は彼らから逃げ隠れすることしかできません」
それは、仕方ないよ。ぼくだって、彩女さんが怖いよ。ぼくが祐姫の邪魔になったら、殺しに来るでしょ」
「篭様・・・」
「それにぼくのことは、だんだん噂になるよね。もし、氏真様が、ぼくの存在を許してもらえななければ、祐姫が困った立場になるから、彩女がぼくを殺しちゃってね」
「篭様。何を仰います、祐姫様が、そのようなことを言われるはずがありません」
「でも、ぼくは、祐姫を困らせたくないし、駿府の知らない人や恋敵に殺されるぐらいなら、彩女さんが良いなって思うよ」
「それは、そのときに考えます。だから、今は仰らないでください」
「うん。わかった。でも怖いことと、賎しいことが違うというのは、解って貰えた?」
「はぁ。でも、それでは御城主様とかが、間違っておられるということなのでしょうか」
(間違っているわけではないけど、正しくも無い。嫌いだから石を投げたのでは、証拠が残るし、戦うこともできる。だけど、話をするしないは、本人の自由で、付き合う相手を選ぶことも本人次第。話すことを強制すされる場所で取り繕えば、それ以外の場所では、決して表になることは無い)
「そうじゃない。みんな自分が強いと思いたいし、怖いと言いたくないから賎しいと言って、近づかず、見えないことにすれば、自分が穢れを受けることも無い。
だから、河原者が、そこで死体を片付けていても、見なかったことにする。そんな存在は居なかったものとして扱えば、自分は穢れを見ていないから穢れない。
人ってさ、牙を持たず、魔道も使えない、弱い生き物だから、すべての生命に怯えて生きている。
牙の代わりに、刀を手にして、刀を使いながら、刀を河原者から手に入れる。獣の皮で出来た鞍に乗っていても、獣に触れることができない。
銭を使いながら、銭を造ることを嫌い、視ることを嫌う。
それは、すべて弱さや悔しさ、憧憬や畏怖が生み出したもの」
「弱さと悔しさに、憧憬や畏怖ですか」
「うん。自分ができないことをする。それは、良い意味にも悪い意味にもなってしまう。ぼくはね、捨て子だったから、親がいないままに育てられた。それもあってか、育っても子供らしくなくて、老成しているように見えたのだろうね。だから、良くイジメにもあったんだ」
「イジメ?」
「そこに居るのに、居ないことにする。存在を感じたくないから、話しかけない。これを周囲の人達がみんなで実施すれば、イジメッコの出来上がりってね」
「篭様?それは・・・」
「ぼくね。相手が良く解らなかった。目の前で、イジメてくる相手とはまだ戦える。だけど、目の前に居ない相手とは戦えない。認めれば、取返しはつかない。だから、目立たないように、人と同じように生きてきた。でもね、強く生きるモノが好きだった。そう祐姫のように」
「姫様のように、強く生きるモノですか?」
「そう。ぼくの世界では、大江山の伝説は、御伽噺に聞いたことがある。鬼を騙して、鬼を討ったヒーロー源頼光と配下の渡辺綱、坂田金時、碓井定光、卜部季武。悪さをする鬼を退治した英雄と言われている。だけど、ぼくには酒を飲ませて騙し討ちをした彼らがヒーローには思えなかった」
「この世界では、違ってた。渡辺綱が、鬼の姫を愛して、大江山で鬼族の長と戦って勝つことで認めて貰い、源頼光達にも認めさせて、姫を嫁に迎えたって」
「はい。姫様がお好きな御噺でございますわ」
「うん。だからこの世界の渡辺綱は、本当のヒーローだって思う。まつろわぬモノを、騙して剣で討てたとすれば、それは自分の子孫が、誰かに騙されて討たれる世界を生み出す。結果は、騙し騙され、信じられず、認められない。そんな世界が広がってしまう。そんな世界は嫌なんだ」
「そんなことが起きるのですか」
「戦があれば、力有るものは、役に立つから使われる。だけど、戦が無くなれば、力有るものは、要らなくなる」
「そんなものなのですか」
「簡単でもないし、時間もかかるだろう。生命の危険が身近にあれば、助け手は、神様のように大事にされる。だけど、生命の危険が去って、世代を重ねると気になるのさ、自分に無い力を持つ者そのものが」
「つまりは、親の代はともかく、孫子の代まで信頼されるとは限らないと」
「人間同士ですら、昔の大陸では起きたことだ。建国の忠臣は、治世の奸臣として裁かれ殺される。親が死んだら次の代にとっては危険な存在を消そうと、子孫を殺そうとする、そんな例がたくさんあるのが、人間と言う生き物の歴史なんだ。ぼくは、それをちょっとでも変えていければ良いなぁって考えている」
「どうすれば、良いのですか?」
「まずは、出来る限り多くの血を混ぜて、拡散していくことかな」
「人と子をなし続ければ、どんなに尊き血でも、血族に別の血が生まれることを止められなくなる。既に、鬼の血は、三百年は人に混ざり、拡散しているし、他にも多くの血が自分の体に潜んでいるんでしょ」
「それは、狐にせよ天狗にせよ、あまり変わりません。純粋な者は、ほとんど居ないと思います。先ほど申し上げた、河原者衆のカグチは、母親のホトを焼いて生まれたと言われております」
(ホトって、イザナミの子供とおんなじってこと?)
「ホトを焼くって、カグツチということになるの?それだと、神代の方ってことになるんじゃないの?」
「河原者ですので、神代の扱いは受けておりませんが、われらでは傍によるのも難しゅうございます。姫様は、あまり気にせずに、時折、遊びに行っておったようです」
「ようです?」
「はい。私達は、近づけませんでしたので、お帰りになられた時に、幾度かお叱りしても、気にされずに出掛けておりました」
「まつろわぬ者が鬼達として、剣で追われることもなく、人に繋がる世界。そんな世界で生きることができるなら、ぼくも、自分らしく生きていられるのかなって思ったんだ。
死ぬことは怖くても、それ以上に好きな人と一緒に居られる世界で生きられることの方が重要だから。
そして、貴方達と一緒に暮らしたいし、生きている生命を持ち、魂魄を抱くモノすべてが、生きることを許容できる世界にしたいな」
「生きることは、許容するものなのですか?そこに生きているモノを嫌いだからと言っても、生きているのを止められないですよね」
「でもね。とっても小さい生き物だと、生きていても気づかないように、見えない、聞かない、気づかないようにしようとすれば、そこに生きている生命も魂魄は映らない」
「そんな」
「敵となれば、死に物狂いで戦うは正しい。味方であるなら、助け合うことも正しい。居るのに居ないとするのも、居ないことをあたりまえとするのも、ぼくは嫌いだ」
「はぁ・・・」
(戦に強いから認められるならば、戦が消えれば、消されてしまう。そんなことは認めないし、認めさせない)
(祐姫は、戦が無い世界を哀しんでいた。多分、戦があるから、自分が居られると思っている。ぼくは、戦が無くなっても、祐姫が暮らしていける世界にしたい)
「だから、悪いけれど、明日は河原者のカグチに逢いに行くよ。遠くからで良いから、近くまでは案内してね」
「いいえ。篭様が、仰られることは、よくは判りませんが、わたしは、篭様とご一緒いたします」
「ありがとう。彩女さん。でも、ほんとに怖かったら、無理しないでいいからね」
「いえ。わたしが望んだ事です」
ゆっくりと、褥に入ってくる。
(え。あれ。何?)
「あ。あの、彩女さん?」
「姫様には、篭様が不自由されないように頼むといわれました」
「え。でも・・・」
「殿方は、気にしてはなりません・・・」
とっても、仲良くなったそうな。
過去は記憶に、未来は夢に、存在は今という時にのみ在り。
過ぎ行く時は、過去となり、消えゆくもの。
来るべき時は、未来であり、夢幻のごとく。
ただ今という時に在りて、人は思い描く。
史実では、信長が構築した、防衛ラインを今川軍が叩き潰している間に、今川軍の前衛を浸透突破し、後方から大高城に向かってくる、義元本隊を叩き潰し、今川義元の首を上げることに成功しています。
はてさて、異世界ではどうなりますことやら・・・




