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ghost  作者: 長居智則
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Good bye

ghost(下)


Meeting again


枕に埋めた顔をゆっくりと上げた。ぼんやりとしたはっきりとしない瞳で部屋にあるデジタル時計を確認する。

12月 22日 9時 32分

私という短い絵巻が終わってから2週間が過ぎた。

あの後、私はすでに私が運び出された後の葬儀場で目が覚めた。自分が焼かれるところなんかもちろん見たくないし、急いで私の部屋まで戻り、閉じこもった。ここがせめて私の部屋じゃなくなる時までここで過ごそうとすぐに決心できたからだ 。しかしながら両親はなかなかこの部屋に入ろうとはしなかった。当然といえば当然かもしれない。私は一人っ子だったから2人に他の子供なんていない。自分らの先に我が子が逝ってしまう悲しみはきっと私の想像を絶する、途方もないものだ。私といえば大して親孝行もできぬまま死んでしまった親不孝者、こんなんになってしまってはどうしようも出来ない。たまに意を決したのか母が部屋に入ろうと扉をあけるも、すぐに泣き崩れて出て行ってしまう。だから結果として私の部屋は生前と寸分たがわぬ状態のまま綺麗に保存してあり、そして恐ろしいほど静かだった。

私は今日までベッドで倒れこみ、音から遠い世界で夢を見るようにあの日を脳内で再生していた。改めて考えてみると幽霊というのは思っていた以上に次から次へと未練が出てくるものだ。昨日辺りから本当に壊れてしまいそうで深く考えるのを極力避けるようになって、そして今に至るわけだ。

家に誰もいないのを慎重に確認し、そっと勝手口から外へ出た。瞬間に冬の冷たい空気が私を通り過ぎて家の中に風を送り込んだ。外の世界は憎たらしいほど晴れていて私には少し眩しかった。

外の世界に出てみる。

それは私にとって大きな決断だ。あの部屋でじっとしていてもどんどん腐っていくだけ。ならば今残っている人たちのためになりたいというの結論が出た。まずは私が死んだ世界を認めることが大事なのかもしれない。だからとりあえず両親は家にいないという理由と、湊の様子が心配という理由で彼の家に行ってみることにした。立ち直ってくれているといいが、もしまた琴さんのときの様 に潰れそうなら何とかしてやりたい、そういうつもりだ。

「…でも、今の私に何ができるのかな?」

本心をため息と一緒に吐き出してしまった。

結局、私はこの身体でできることを何 一つとして知らない。人に触れなれないし、声を届けることも姿を見せることも出来ない。不思議と物には触れるようだが、そんな私が出てきたところでまだどうしようもない現実を突きつけられて折れてしまうのではないか。

正直なところすごく怖い。

でも、諦めて逃げるのも嫌だった。それにもう一つ本心を言うとここまで来たらもうヤケクソだということだ 。実際自分はもう死んでいてこれ以上折れてもこれから困ることなんてない、自分に言い聞かせるように私は考える。

そんなことを脳内で復唱しながら湊の家の門の前に立った。どこの一軒家にでもありそうな背が小さい黒色の門。この門を前にしてここまで緊張と不安がこみ上げてくるのは初めての経験だった。いや、これまでにもあったが、それとは全くの別なものに感じた。

ただの門とわかっているのにこれがたった今も私のことを睨みつけているようにしか見えなかった。

「・・・でも自分で決めたことだし、行かなきゃ」

何とか決心して門の取っ手に手を掛けようとした瞬間。

「か、香乃?」

不意の聞きなれた声、これから聞こうとしていた声に私の心臓が口から出てきそうだった。声の主が誰かなんて見なくてもわかる。

「・・・みなと?」

搾り出した声は震えていた。

だって彼には私の姿が見えるわけない。

「・・・本当に香乃か?」

振り返ると彼も驚きと歓喜の感情が瞳から口から零れていた。

すぐにわかる、彼には私が見えているんだ。

「湊ぉ!!」

思わず無我夢中で彼の胸に飛びついた。強く抱きついた。でも、そんな私の身体はあっさりとすり抜けて彼の腕を通過した。

「うわっと!?」

「きゃ!」

私はバランスを失いかけて腕を前でぶんぶんと振った。彼も必死に私を受け止めようとするも、私の身体は虚しく彼を透き通り、呆気なく地面に衝突した。

どてっ

「いてて・・・」

「大丈夫か?」

彼がかなり慌てた態度で数歩下がった。まあ、すり抜けた状態の私と重なっていたんだ。人間同士がこういうふうに重なっているのはものすごく奇妙だ。私だってさすがにこれは引くくらい驚く。

「・・・どうなってんだ?」

ゆっくりと起き上がる私を見ながら彼が首を傾げた。私もハァとちょっとした疲労のため息をついて「実は私、今幽霊なの」と、彼に打ち明けた。

「幽霊?」

当然彼は目を丸くした。

「うん」

その意味を納得してしまったのか、私が頷くとほぼ同時に彼の表情が曇ったような気がした。

「とにかくさ、合いたかった・・・香乃」

彼は静かに雫を落した。それは私もだよ、そう言おうとしてついつい泣き崩れてしまった。

空にはとてもとても遠い青色の海原に純白のわた飴が流れていく綺麗な晴れの日だった。日の光に慣れてきたのか、さっきまでギンギンと目にしみるように憎たらしいそれは私の心を和やかにしてくれた。川の冷水も透き通るような音色で演出してくれている。道には人影も物音もなく、穏やかな静寂に包み込まれていた。

彼はこの一週間、ずっと寝込んでいたそうだ。あの日、彼が泣いていたあの日からつい昨日まで気を失っていたという。「私のせいでごめんね」、そう言うと彼は「お 前が謝ることじゃねぇよ」と視線を落した。

変わって私が死んでからどうしていたかを説明すると彼は何も言わずに肩にそっと手を回した。もちろん触れることはできないけれど彼はそうしてくれた。彼が昔 、泣いていたよく私にしてくれたことだ。あの事件以来、彼とまったく話したことがなかったからそんなこととっくに忘れていた。今でも変わらずにそうしてくれる彼に少しだけ昔のような親近感を覚えた。だから私も寄りかかるように彼にそっと近づいた。

そしてこれが一番大事なところだが、どうして彼には私が見えるのということ。 訊いてみたところ彼自身もどうしてなのかわかってないらしい。少しだけ違和感を覚えたが、結果としてはいい事だからそれ以上は考えないようにした。

「それにしても湊が一応元気でよかったよ」

「なんでだ?」

彼は不思議そうな声で私は見る。

「だって湊は変なところで責任感じちゃうところあるから、もっとどんよりしてると思ってた。いきなり俺のせいだとか言って謝られたらどうしようか不安だったからね」

そう言うと彼は一瞬厳しく顔を引き締めたがすぐに困ったように緩めた。そして肩にあった手を私の頭に持ってきて「わざわざ俺の心配なんかするなよ」と言って撫でるように動かした。

実のところ、彼が謝るのが一番怖かった。だから会話をなるべく切らないように して隙を与えないで私は口を動かし続けていた。

きっと今の彼はどうしても謝罪したいんだろう。表情がの変化があまりない彼でもしっかりと顔に書いてあった。でも、今謝られるとまた泣いてしまいそうで、彼に向かって自分の死に対する憎しみを吐き出しそうで嫌だった。心が壊れかけていた私には今こうして話しているだけでも嬉しくて煌いていた。それと同時に後悔が喉をゆっくりと上ってくるのを感じた。

「・・・香乃」

さすがに会話が途切れてしまい、あせり始めて頃に彼が口を開いた。

「何かな?」

「明日もこうして会えないか?」

彼の言葉に少しだけ驚いた。彼のほうからそう言ってくれるとは思ってもみなかったのである。

「・・・うん」

私は彼の言葉にYESと返事をした。

「ありがと、湊」


彼と別れて家に戻る。見ると車が家の駐車場に捨てるように止めてあった。お父さんの薄い空色のスターレットだ。そういえばお父さんが車にうるさいのを思い出した。そのお父さんが自分の愛車をこんな粗雑に扱うなんて考えられなかった。矢で心臓を貫かれるような痛みが胸を襲う。

音のないように家の玄関を通り過ぎ、狭い家の裏口への道に足を忍ばせる。そこからキッチンとリビングが一望できる窓があるからだ。そして見る限り両親はリビングにいるようだった。扉の前に人がいないと確認し終えると急いで玄関に戻り、ゆっくりと扉を開いた。私の幽霊がいるなんて2人に知られるのはあまり気が進まない。第一私の姿は生きた人には見れないんだ。だから幽霊の存在を知ったとして私とはわからない。何も解決してないのにいきなり霊能力者とかに消されちゃうのは御免だ。

「とは言ったものの、私のせいでどんよりしてるのは目に見えてるよね・・・」

今、私が2人の力になれるなら出来る限りなりたい。ろくに親孝行もせず親よりも先に死んでしまうという親不孝までしてしまった。だからなんとかしたいと考える私がいる。でもここで幽霊がこの家にいるということになればどうなる? それに2人を変に怖がられるのもどうだろう?そう言い訳する私もいるわけだ 。

それでも、やはり向き合わなければいけない。

「・・・はあ、私ってやっぱ弱いな」

自分の脚がどうしても階段を上がろうとしている。身体は正直だと言わざる得ないということか。

結局親の様子を確認することもなく自分の部屋に戻ることにした。


カチッ・・・カチッ・・・

時計の針が頭の中にジワジワと鈍い痛みを与える。また今日もこうして常闇の時間まで泣いている。昼間だって外に出ることなく。

カチッ・・・カチッ・・・

やっぱりこうも静かだと秒針というのは相当こたえる。無意味とわかっていて一応時刻を確認するとまだ11時と10分くらいだ。

ウチの精神はこうしていることで思っていた以上に磨り減っていた。

気づいたのはつい今朝のことだ。常にどの景色とも焦点が合わなかったウチの目がたまたま洗面台の鏡に焦点があったのだ。

………あれ、これ誰?

心の底からそう思った。

自分の目の前にあるものが鏡だと理解するのにかなりの 時間を労した。目の前の女の子は、目はまるでパンダのように周りが黒くなり、 頬に少しずつニキビが出来ていて、全体的に痩せこけて不気味とさえ思った。これが本当に自分なのかと驚きはしたがショックを受けることも嘆くことも取り乱すこともしなかった。むしろ納得がいった。あれから一睡もしていないし、口に物を入れたのも昨日水を飲んだくらいだ。記憶自体が曖昧だったが食事なんて摂った覚えがない。摂ろうにも水くらいしか喉を通らないんだから仕方ないよ。

もう一度時計を見る。11時17分。

でも、外へ出るときっともっと傷口を抉られる。だからこうしてただゆっくりと削られていくことしかできなかった。

「香乃・・・」

虚空の暗闇の中で今亡き親友の名を呼ぶ。別に返事が来るなんて思っていない。 でも期待はしたかった。あと一回だけでもいいから彼女の声が聞きたかった。どう しても面と向かって謝りたかった。

彼女はもういない。


川原の風はきっと冷たくてこの時期だと相当寒いのだろう。どれくらいかというと人影が一つもないくらい。たまたまかもしれないけど。

それにしても幽霊というのは最後に着ていた服装から変えられないらしい。というのは今着ている高校の制服を 脱ぐことも上から着込むこともできない。否、実際には脱いだり着たりすることは出来る。出来たとしても服はこの世にあるモノだからそれだけが浮いて他の人に見られたら大変なことになりそうだ。

言葉が出てこなくて、私はとりあえずため息を吐き出した 。

私は昨日の約束通りに川原に来ていた。

家を10時くらいに出てきたからそろそろ約束の11時になる頃だと思う。彼を待つにつき、さっきからこうして川の流れをずっと眺めているわけだけど、不思議となかなか飽きない。そして不思議と何かを考えさせる。考え事にはちょうどいいスポットかもしれない。

「・・・・」

ーーー明日もこうして会えないか?

昨日の彼の言葉が頭の中で再生される。確かに彼と会うのは私も望んでたことだ 。だけど、彼と会って私はどうしたいんだろう。自分でもよくわからない。

「わかんないよぅ・・・」

虚空の中に呟いた。

わからなくなんてないよ、私はきっと残った人たちの力になりたいんじゃない、幽霊であることを否定して逃げたいだけ。

「・・・違う」

違わない、だってならなんで昨日、私は親から逃げたの?もういない自分を確かにしてしまうのが怖いんでしょ?

「違う」

湊なら私が見える、そこにいるとわかってくれる。彼は私が唯一存在を確かめられるモノだもんね。彼と話してるときは幽霊ってことだって忘れられると思ったんだよね?

「違う!」

「香乃」

不意に彼の声がした。

「大丈夫か?」

「・・・大丈夫だよ」

彼から目を逸らした。罪悪感でとても彼のことを見れなかった。

「・・・大丈夫じゃないだろ、これ使えるか?」

彼がポケットからハンカチを取り出した。すぐにどうして私がハンカチを渡されるのかわからなかった。それが表情に出ていたのか「涙拭けよ」と、優しく言った 。そうか、私泣いてたんだ。

「あ、ありがと」

今時の男子は基本ハンカチにティッシュなんて持ち合わせていないものだが、こういうものをしっかり持っているのも彼らしい。ほんの少しホッとする。でも、溢れ切れんばかりの負の感情はそれを大きく上回った。

「ねぇ・・・湊」

「ん?」

彼はまだ心配そうに答える。

「私、もうわからないんだよ」

「・・・香乃」

「何で私、ここでこんな事してるの?」

「・・・・」

彼は私の問いに黙ったままだった。

「言葉は届かないし、誰かの温もりも感じられない。そんなの寂しすぎるよ。 ねぇ、教えて、私は何で死んじゃったの?」

言葉の途中から熱が篭もってきて震えていることに気づいたものの、すでに言葉 を止める術はなかった。

「だって私何も悪いことなんてしてないよ!ただ湊に笑って生きて欲しいって願っただけなのに、何で死ななきゃいけないの!?それとも、私みたいな凡愚な女の子は神様にお願いするのだって許されないって言うの!?そんなの、理不尽じゃない。許せないじゃない…!」

私の言葉は川の流れる音が一つ一つを綺麗に流していった。やがて、静寂が辺りを支配し、その場の緊張を何倍も重くした。

「ねぇ・・・私、どうしたら、いいの・・・?」

そしてすがるように彼を見据えた。でも彼は目を逸らさなかった。

「香乃」

それどころか彼はゆっくりと私に近づいてきた。よく見ると彼の瞳は潤みきって いた。きっとごめんなとか俺が悪かったとかで泣きながら謝られると私はすぐに確信した。

「まだ、諦めるのは早いぞ」

「え?」

「お前でも、いやお前にしかできないことがあると思うんだ。一緒に探そう、少なくとも今の俺にはお前の声は聞こえている」

彼はその泣きそうな顔と反して力強い言葉を私に手渡した。さすがに少し驚いた。それでも彼の表情には苦痛が見て取れた。

ああ、そっか。

湊は私のことを思ってこうして元気付けようとしてくれてるんだ。今ここで彼が私の予想通りに謝罪すれば沈黙した重い空気と途方もなくどうしようもない絶望感が襲ってくるだけだ。それを理解したうえでの行為なんだ。この川原で今度は私が元気付けられる、のか。少しだけ可笑しい気がした。

「ごめんね」

私なりに笑顔を作った。

「そうだよね、まだ諦めちゃダメだよね。これからもお願いね」

私はそう言ってその顔で笑ってみせた。私は所詮この世にいない人なんだ。だからこそ湊に気をあまり使わせちゃいけない。だってこれから私の分まで歩んでくれるのはきっと湊だから。

なんて決めつけるのも、少し勝手な話だよね…。

それからまた昨日みたいに話し合った。なんと今日は彼の手作り弁当持参だった 。一応食べるみたいなことはできたから私も一緒に食べさせてもらった。どういう原理か、味らしきものはちゃんとした。優しい味がした。

そして、とにかく私は明るく振舞った。昨日よりもがんばったかも知れない。でも、途中からは本当に楽しかった。というのは彼のほうが昨日に比べて明るくなったようだったからだ。たくさん話しかけてくれた。もしかしたら無理してるのかもしれない、けれど私には本当に楽しんでいるように見えた。皮肉にも、さっき否定したのに自分が幽霊であることを忘れられた。これなら、いっそこのままでもいいと少しだけ思ってしまった。

やっぱり私は弱いな。

気がついたら夕日が見える時間だった。こうして川原から見る夕日は何だか現実離れしていて漫画にでも出てきそうだった。彼に向かって自分の思いの丈をぶつけたのは反省している。だって彼だってすでに大切な人を失っているんだ。それなのに自分だけ好き勝手なことを言ったのは褒められることじゃない。でも後悔もしていない。それこそ彼には悪いけど、彼のお蔭で少しだけスッキリした。

まだ大事なことは何も解決していないけれど、それでもきっと一番初めの一歩を今日踏み込めたと思う。多くの学校では一年に一、二度は心理学の人やカウンセラーの先生が講義をしてくれるだろうが、彼らの言うとおり、悩み事は誰かに話すといいのかもしれない。

・・・自分勝手だな、私。

話は10分ほど前から途切れていて、2人で静かに川と夕日とを眺めていた。夕日はさらに輝きを増し、紙と筆を持ってこれば一句書けそうな景色だ。これほどの絶景がこんな近所にあるなんて気がつかなかった。

私は徐にそっと彼の夕日に当てられて朱色に染まる彼の顔を覗き見た。今までと変わらず、彼の顔からは一切の表情が零れていなかったが、それでもかなり柔らかくなったかもしれない。それがとても微笑ましくて思わず、 私はクスッと笑ってしまった。

「な、なんだよ」

「ううん、何にもないよ」

そう言って再び夕日に目を向けた。こうしているとついついこんなことを思ってしまう。

このままでもいいかなって。

もちろんいいわけなどない。私が憑いたままじゃ彼は一生幸せなれない。私のせいで生きている人々のこれからが閉ざされてしまうのはやっぱり嫌だ。でも、今は、彼とこうしていたかった。

過去をやり直せるならやり直したい。もちろんそんなことができないのはわかっているし、きっと私は過去をやり直せても千明を見捨てることなんてできない。なら、こ うして静かにささやかな幸せを糧にして存在するのも悪くないと思った。

わかっているのに、綺麗で聖なる夕日は私には少し痛かっ た。

そうして、私の頭の中は同じことを永遠と繰り返していた。

「そろそろ、行くか?」

彼の優しい声が徐にこの時間の終わりは告げる。本当はもっとこうしていたかったけど私は彼に「うん」と、頷いた。


「もう真っ暗だな」

「大袈裟だよ、まだそれなりに明るいよ」

そう言いながら湊を見上げる。でもこっちの視線に気づいていないのか、彼は正面を向いたままだった。

歩き馴れた暗い小道を私たちはゆっくりと下っていた。もう日はもうほとんど沈んでいて、夜の帳が落ち切るのに数分もかからないことだろう。やっぱり幽霊でも 冬は寒いものだ。制服のスカートから出る足が夜風にさらされてかなり堪える。さっきも彼が心配してコートを貸そうとしてくれたが、私の姿は彼にしか見えてない 。他から見ればコートだけが一人でに動いてるよう見えるというわけだ。だから断ってしまった。今思えば夜なんだし、人通りが少ない道だし、思っていたよりも寒いし、借りておけばよかったと後悔している。

まあ、過ぎたことだし気にしないでおこう。

「ねぇ、湊」

「なんだ」

「明日も会えないかな」

「やだ」

一瞬、凍りつく。

「おい、本気にすんなよ。冗談だ」

だったらせめてもっと冗談らしい表情をしてよ。とまではさすがに言えなかった。

「そんな酷い冗談やめてよ」

代わりに少し小さくなって言う。

とても平和で自分が死んだことなんて忘れられる、何度確認しても、私にとって小さい、数少ない幸せの時間だった。

そのときだった。

家まであと5分くらいの住宅が並ぶ道路まで着ていた。

そこで見たものが信じられなかった。

肩まで伸びたボサボサな髪に、ヨレヨレの長袖のTシャツ、青白く痩せこけた顔、どう見ても全くの別人だが、私が彼女の、親友の顔を間違えるはずがなかった。

咄嗟に焦りが生まれた。

「湊!あの娘呼び止めて!」

「はっ?」

不意の要求に彼も戸惑いの声を漏らすがそんなこと言っている場合じゃない。

「お願い、あの娘千明なの!早く!」

「おう」

そして私と湊でほぼ同時に走り出した。

「待って、千明!」

「おい、君月!」

正直なことを言うとただの人違いで終わって欲しかった。私のただの思い過ごしで終わって欲しかった。しかし、現実は甘くないと私は再度思い知らされてしまっ た。振り返った少女はまさしく、君月千明その人だった。

「・・・・・えっ、香乃?」



best friend


君月の変わり様を見て、さすがに俺も驚かざるえなかった。髪はボサボサに伸びて、顔にはところどころニキビができ、青白く痩せて、ただでさえ華奢な少女がさらに 小さく弱く見えた。否、実際そうだろう。そこにはこの前まで周りに散々元気をばら蒔いていた笑顔がない。全くの別人になってしまっていた。

「・・・な、何?」

君月は冷たく嫌そうに言い放った。

俺はどう答えればいいのかわからず、香乃の方を覗き見るが、彼女も唖然としていてとても応答できる状態ではない。

「どうしたんだ、お前。まるで別人じゃないか」

そう言ってから後悔した。理由なんてとっくにわかり切っている。むしろ彼女の心情を逆撫でしているようなものだ。

「それ、本気で言ってるの?」

彼女の声に怒りが宿った。

「親友が、香乃が死んだんだよ!ウチがあんなバカなことをしたせいで!!そんなの平気なわけないじゃん!!!」

目の前、声を嗄らして、大粒の涙を零して叫んだ。彼女は自らにある負の感情を俺に吐き出した。反射的に俺は香乃のほうに目が行った。あいつの性格じゃ、きっ と・・・。

思ったとおり、彼女はさっき川原で見せた悲しみの瞳で今にも泣き出しそうだった。

確かにそうだ。俺の隣にいる香乃は幽霊でもう生きていないんだ。俺の好きな人 は、もう死んでいたんだ。

「・・・・・」

彼女は何も言わず、ただ踵を返した。

だがすぐに立ち止まった。

「・・・ねぇ」

「な、なんだ?」

「・・・・・なんでもない」

とても小さくてか弱い声だった。とても小さくて消えてしまいそうな背中だった。そしてそれに俺は何故か既視感を覚えた。


カチッ

部屋の電気がついて真っ暗な部屋が明るく照らされる。こうしてこの部屋、私の部屋に明かりを灯すのは何日ぶりだろう。この身体になってからいつも怖くて電気 などつけた試しがない。改めて見ると私の部屋は生前と何一つ変わっていない。いや、そういえば机の上にあった写真がなくなっているっけ。

さっきから気を紛らわそうと何か考えても真っ白になっちゃって上手く答えにたどり着かない。ただ、浮かんでくるのは自分の無力さとまた後悔だった。

千明だってきっとなんらかのショックを受けていることはわかっていた。でもあそこまで気に病んでいるとは思ってなかった。これじゃあまるで昔の湊みたいだ。私は正直、 湊はもっと強くてきっと琴さんの死も糧に進んでいけると思っていた。しかし、実際は数年にも渡って引きずってしまっている。湊も千明も、私が思っていた以上に不器用で優しかった。だからこその結末なのだろうか。

私はどうすれ ばいいんだろうか。千明についこの間までの湊みたいになってほしくはない。でも私の言葉も心も幽霊となってしまった以上、千明には届くことはないだろう。かといってただでさえ自分だって辛いのにここまで幽霊の私に気遣ってくれている湊にもう迷惑はかけたくない。

「…」

でもそんなことは理想論だ。

でも死んだ私に生きた人を動かせる権利も義理もない。

でも千明をなんとかして伝えたい。

でも湊を振り回したくない。

そんな言葉ばかりが脳みそにぐるぐると螺旋を描き、私を焦燥させた。しかし、いくら考えても私の答えはきっと一つしか出てこない。そんな負の感情しか出てこない。だって、もともとの元凶を作ったのは私だ。わかっている、私が死んだのも 、それを後悔しているのも、湊を自分を失わないために頼ってるのも、湊だって泣きたいのも、千明が苦しんでるのも、全部、悪いのは私なのもわかってる・・・。

「神様」

それはか弱くて、不器用で、心優しい少女の心からの叫びだった。

「・・・・・あの日に、返して」

ぶぅぅぅ、ぶぅぅぅ、

「ふぇっ!!?」

私の部屋の携帯電話がバイブレーションを発動させて蠢いていた。すぐさまそれを鷲づかみ、誰からかを確認した。


『From:千明

無題

ごめんね、今そっちに行くから。一人にしないよ香乃。』


「これって、どういう…?」

よく見たら受信ボックスにはすでに15件ものメールが来ていた。全部千明からだ。どれも一昨日から今日にかけてのものだ。


『From:千明

無題

ウチは貴方のことを殺してしまいました。どうしても謝りたいです。こんなウチの顔なんてもう見たくないだろうけど、会って下さい。』


一番初めのメールは謝罪したいから会ってくれというものだ。私は胸が途端に苦しくなった。メールも内容もいつもの千明のものじゃない。相当病んでいる。今さらこんな身体の私じゃあ会えるわけがない。そもそも、死人にメールを送るという時点でおかしい。それに彼女はどんなときも絶対に無題で送らないし、どんなに互いの機嫌が悪くても絵文字か顔文字を使う。それは状況的に考えれば当然かもしれない。でも何から何まで不自然で、本当に彼女のメールかすら疑った。


『From:千明

無題

天国ってどこにあるんだろう、高いところかな?ウチも空を飛べたらそこへいけるかな?会いたいよ。』


メールを順に開いていき、これは大体昨日の昼くらいに届いていたものだ。途中からメッセージは私にすら向けられていなかった。どこか独り言みたいでいない誰かに話しかけているようだった。


『From:千明

無題

もう耐えられない、香乃がいないなんて。私はどうすればいいの。』


そしてこれ以降のメールはすでにメッセージと呼べるものですらなかった。ただ 、「ごめんなさい」「許して」という記号がひたすらに並べてあった。そうしてやっとこのメールに篭められた意味を察した。

私は大馬鹿だ。

普通なら初めに呼んだ最後のメールで状況を気づけたはずなのに。


ーーーごめんね、今そっちに行くから。一人にしないよ香乃。


「・・・ダメ!」

私は息の止まった喉を振るわせた。千明は死のうとしている。私のとこへ来ようとしている。自分の命で償おうと考えてる。

次々と、またもや後悔の言葉が頭に渦巻く。

うるさい!

こんなの相手にしている時間なんてないんだ!

メールの日付は今日の一時間前、さっき千明と会ったのが30分くらい前。きっと千明はこのメールを送ってすぐに家を出て、死にに行こうとして いる。

私は自身の身体に出来る限り全力で鞭を打った。

急いで!

間に合わなくなる!

千明を死なせちゃだめ!!

無我夢中で部屋の扉を叩き開けた。


カチッ

部屋の電気の電源を入れた。いつも見ている部屋の風景がモノクロの絵画のよう に色褪せて見えた。いや、別に今さら悲しむことなんかじゃない。あいつが死んでることなんてとっくに呑み込んだ。それじゃない、俺がショックを受けているのは 。

ーーーそんな平気なわけないじゃん!!

君月の言葉が心の中でこだまする。俺だって平気じゃない。平気なわけがない。俺は俺が憎い。あのときに自分がしっかりと手を伸ばしてあいつをこっちに引き込んでいたらこんなことにはならなかったと、まだ自分自身が潰れそうなほど後悔している。でも潰れるわけにはいかない。今潰れたあいつはどうなる。あいつは川原で自問自答を繰り返していた。あいつは俺を唯一の自身の存在を確かめられるモノだと言っていた。そのことを本人は違うと否定していたが、俺はそれでもよかった 。俺をああして香乃と話していれば、生きている頃と変わらずにいられる・・・のか?

違うか、俺はやっぱり呑み込めていないんだ。だから、見えている香乃に縋っているだけなんだ。

自分勝手だな、俺は。

「・・・・・」

香乃はまだ一度も心から笑っていない。俺にはそう彼女が見えた。とりあえずは、あいつも助かっているようだし、いつかの恩もある。というよりも個人的にずっとああして話していられたらいいのにと思っている。

もちろんそれはダメなことだ。いつまでも過去に捕らわれていては前には進めない。乗り越えなくてはいけないんだ。そんなことわかっている。

「わかってるよ・・・でも、俺」

この間の川原で2人で撮った写真。メールに添付して香乃が送ってきたのを俺がプリントして写真立てに飾っているものだ。どういうわけか、あっさりと止んだ雨を忘たような、住宅で欠けた夕日が背景にあって薄暗い空をオレンジ色に染めている。その中で香乃は確かに微笑んでいた。

俺は昔から香乃が好きだった。姉貴の事故でそんな感情は忘れかけていたが、今までずっと変わらない。あの日、香乃の最後の日ももちろん好きだった。それだけじゃない。

あの日は、俺は告白しようと思っていた。

姉貴のことが落ち着き、改めて自分の周りを見渡すと香乃以外残っていなかった 。彼女はずっと俺のそばにいてくれたんだ。前々からわかっていたことだが、それでもとても嬉しい。好きじゃなかったとしてもあれは普通に惚れていただろう。優しくて不器用だからこそ、懲りずにいてくれたのかもしれないけど、俺はそんな彼女が愛しかった。

まったく俺も不幸な男だ。

なんて愚痴りたくもなるさ。

大好きな家族の1人を亡くし、そのショックになんとか立ち直って、告白しようとしたその日に、今度は恋した相手を失う。どんな悲劇ムービー だよ。神様に文句の一つでも言ってやりたいというのは今も変わってない。ぜひとも合ってみたいものだ。

そうやって、俺は今更わかりきったことを脳内で病的にループさせていた。

ピーンポーンッ

不意に自宅のインターフォンが俺を思考から現実に呼び戻した。

時刻は7時半ってところか、誰だろう。

今、家には俺しかいない。出るしかないだろう。

「はーい」

と、扉を開ける前に相手が威勢良く扉を突き飛ばした。そして相手はそのまま余った勢いで俺を突き抜けた。比喩ではない、本当に俺をすり抜けてそのまま床に豪快に倒れた。

「湊ぉ!」

本人の態度、声音から尋常じゃない事態だとすぐに理解できた。

「どうした」

「急いで、千明が!」

嫌な予感がした。直感なのか、それともさっき見た彼女の雰囲気でなのか、香乃がこれから何を言うか容易に想像できた。

「千明が死んじゃう!!」

香乃は今にも泣きそうな、崩れてしまいそうな形相で訴えた。

「さっきあの娘の家に走ってきたけど、まだ帰ってなくて。・・・どうしよ」

一瞬先に心の準備が出来ていたからなのだろう、俺の頭は存外早く機能しだした 。最終目標は君月の自殺を止める。香乃のためにも、本人のためにも。

「おい」

「えっ」

「遺書か何かがあるなら見せろ」

「湊・・・?」

「そんなのは後だ!今はとにかくあいつを探し出して止めるぞ」

いきなりの要求に少し固まっていたが、すぐに携帯を取り出して操作した後に「はいっ」と、画面を目の前に突きつけた。

そこには端的に今から死ぬと伝える文章があった。これだけでは情報が足らない。

「他にもメール届いているか?」

「うん」

「貸せ」

俺は香乃からひったくる様に携帯を取り上げた。

そして受信ボックスにあるメールを上からどんどん開いていき、千明のメールに 目を通す。間に合わなくなる前に急がないと。

ふと、ある文章に目が止まった。


『天国ってどこにあるんだろう、高いところかな?ウチも空を飛べたらそこへいけるかな?』

確かに、小さい頃は天国は雲の上にあるだとか信じていたが・・・。

ほとんど勘に近いものだったが、何故だか確信はあった。

「高い、ところ?」

後ろから香乃が携帯の画面を覗き見る。そう、高いどころ。

「香乃、なんかあいつが行きそうな高いところなんてわかるか?」

「・・・わからない」

彼女は申し訳なさそうに目を俯かせた。

後のメールにはそれらしいことは見つからなかった。となると、最有力候補は「高いところ」になる。考えろ、この地域で高校生が簡単に立ち入ることができて空に近いところ。高層ビルもあるにはあるが、一般の学生が理由もなしに行けるところじゃない。かといってこの辺りには廃ビルなんてものはない。じゃあどこなんだ ?そう、時間帯も重要だ。この時間に立ち入ることのできる高いところってだけでも相当絞れるはずだ。あくまで推理の範囲内だが、今の君月はなるべく高いところを選ぼうとするはず。どこだ、君月はどこにいる。どこに・・・。

「あっ!」

「なんだ?」

「学校・・・」

一瞬、なんのことかわからなかったが、なんとか俺の脳は情報を処理し切った。

そうだ、学校だ。四階建ての校舎なら充分に高いし、この時間なら遅くまでやっ ている部活とかでまだ校舎は閉まってない。さらに学校に学生が入っていっても止められもしないし、不自然でもない。なんなら忘れ物を取りに来たとかで簡単に入れるはずだ。うちの屋上は例外なく常時締め切りだが、あんあボロい校舎なんてその気になって、ちょっとした道具でも持っていれば女子でも簡単に出られる。それこそ例外なく。

「きっとそうだ。この辺だと屋上あるデパートとかないし、屋上はお気に入りだって!」

「決まりだな、行くぞ!」

「うん!」

そう言った直後に俺たちはまるでリハーサルをしっかりとしてきたかのように揃って走り始めた。目指すは通い慣れたうちの高校。

間に合え!!


この時期の夜の校舎は予想以上に暗くて気味が悪かった。日はほとんど沈んで 、いや、もうすっかり沈んでいる。真っ暗な上にボロボロの校舎、確か夏休みにここの 学校で肝試しとかもやったっけ。あのときは香乃はいなかったけど、それでもいい思い出かな。今度は香乃も一緒に遊びたいな。そんなこと言っても思ってももう手遅れだけど。

彼女はもうこの世にいない。

今となっては存在しないんだ。

でも、こ れから会いに行く。ウチも同じところに逝く。いや、1人の人を殺してしまったウチは1人の人を助けた彼女とは同じところになんて逝けないかも知れな い。きっと多分逝けないだろう。だからこれは賭けだ。もし願いが叶うならば、ウチは香乃に謝りたい。結果して地獄に落ちても構わない。どうしても香乃に会いたい。

「か、の・・・」

カツンッ、カツンッという音で淡々と階段を上る。こうして踏みしめて歩くと階段というのは存外と長い。中々最上階に辿り着かない。踊り場のプレートを見上げる、3とあるからあと少しのはずだ。

そう思った矢先、気がついたらもう屋上だった。ウチは相当疲れているらしい。 まあ、でもここまでこれば大した問題はない。金網を越えて、一歩空へと踏み出すだけだ。それできっと、香乃に会える。

「もうすぐ・・・」

それでも身体は軋んで悲鳴を上げながらそれを焦らそうとする。それもそうだ、ここ数日間ろくに食事もせずに毎晩泣いていたんだ。今のウチの姿がその表れじゃないか。

ゆっくりと、ゆっくりと、前へ、前へ、一歩ずつ、一歩ずつ、ただひたすらに、無我夢中になって進もうとする。きっとあの娘はウチを恨んでいたとしても「いい よ」なんて許してしまうかもしれない。いや正直に「嫌だ」と言ってウチを本気で軽蔑するかもしれない。でも今となってはあの娘の解答なんて問題じゃない。ウチはとにかく香乃に心から謝罪したい。今のウチにとってそれが目標で、それが全てだった。

ガシッと金網を掴むとそれは少しだけ揺れた。登っている間も少々不安定で少しだけ怖かった。これからここから飛び降りる人間がこんなので怖がっていてはと、なんとかよじ登る。もちろん恐怖もある。あるって表現じゃあ表しきれないほどに溢れている。死ぬのは怖い、けど死なないと香乃に会えない。あの娘に会うのがウチの最優先事項だ。ならば、行くしかない。それにこれは償いでもある、香乃を殺したのはウチなんだ。これだけ理由が有れば飛び降りるしかないだろう。

そう覚悟した。

そして生と死の境界と言う屋上の端に立ち尽くした。あとは、もう一歩先へと踏み出すだけだ。それだけで香乃に会える。

「今、行くね」

大きく深呼吸をする。身体が、全身が震えているのがはっきりとわかる。そんな弱音を吐く身体に鞭を打って、空を見上げた。最後は下なんか見ずにあの娘のいる 上を見て逝こう。来るときからそう決めていた。

「・・・よし」

一歩、前へ。

「千明ぃ!」

咄嗟にウチは出しかけていた一歩を戻した。

だって、聞こえた気がしたんだ。あの娘の声が。ウチの名前を呼ぶ香乃の声が。

一瞬にしてウチの心は自分の身体を突き破るくらいの期待と希望で一杯になった。香乃が、生きているかも知れないという、今までの人生の中でないほどの気持ちで一杯になった。

そして期待と緊張を込め、ゆっくりとした速さだが急いで、ウチは後ろを振り返った。


屋上の風はやたらに冷たかった。実際に外気温が低いのか、それとも俺が汗で濡れててそう感じるのかわからない、ただ確かなのは夥しい鳥肌が立ったことだ。

そして彼女小さな背中は視線のずっとずっと先に佇んでいた。

「君月!」

「千明ぃ!」

2人で同時に腹の底から声を張り上げた。瞬間、彼女の背中はビクンッと動いて 、一歩下がった。やがて少し間をおいて、柵の向こう側からゆっくりとこちらを向 いた。

まず初めに視界に映ったのは君月の希望に満ち溢れた瞳だった。だがしかし、それはすぐに冷たい絶望の眼へと変貌した。

「なんだ、あんたか」

目の前の君月は目を細めた。一体何を期待していたかは知らないが 、ひとまず一時的だが、止めることが出来た。

「・・・もしかして止めに来てくれたの?」

「あたりまえだ」

俺は荒く上がったままの息で答えた。

「悪いんだけど、帰ってくれないかな」

君月が俺達に身体も向け、お互いに対峙するような態勢になった。

「残念だけど、帰れないな」

彼女にしっかりと目を向けた。

「・・・優しんだね、雨宮ってさ」

「…」

そうでもない、と言い返そうを思ったが、咄嗟に口から出なかった。何故だか目の前の華奢な少女に強いデジャヴを感じた。

「でもね、ウチにはそんな言葉かけてもらう資格なんて、ないんだよ?」

弱々しく今にも消えてしまいそうなのに強い熱を持った言葉だった。彼女の罪悪感が目で見て取れるくらい鮮明に出ていて胸が苦しくなる。

「そんなことはない、お前は…」

「悪くないなんて言うの?」

君月の自虐的な声が遮った。

「あの日、買い物に誘ったのはウチ、道路に飛び出したのもウチ、香乃が庇ったのもウチなんだよ!ウチ以外の、一体誰が悪いって言うのさ!?」

「・・・っ!」

悲痛に顔を歪め、苦しそうに息を上げ、泣きながら彼女は叫んだ。自分のありったけの感情をぶちまけた。あの日から今まで溜め込んできたたくさんの想いを声にして叫んだ。獰猛で憎悪に歪んだ声音で。

少し前に感じだデジャヴの正体がこれだ。

これは、“かつての俺”だ。

ついこの間まで自分の罪悪感で潰れそうで、姉貴の死にとり憑かれていた俺なんだ。

そして、自分で背負い込んで償おうとしているかつての俺なんだ。

「君、月・・・」

「だからウチはあの娘に謝りたいの、死んであの娘に会いたいの!邪魔しないでよ !!」

「…」

君月はもう本当に死のうとしている。俺に、止められるだろうか。俺の、あいつの思いを伝えられるだろうか、あのときの香乃のように。いや、香乃を俺は超えないといけない。目の前の少女はあのときの俺よりも相当蝕まれている。

できるだろうか、俺なんかに。

姉貴の死に、気持ちに向き合えなかった俺。でも、放っておけない。違いはあれど、同じ境遇にある人を放ってはおけない。それに答えだって本当はずっとずっと昔からわかっていたんだ。どうしてもそれが出来なかっただけ で。それを今、口にするだけだ。

「・・・・君月、俺は」

俺は胸に不安をたくさん募らせながら、君月に言い聞かせるように、俺に言い聞かせるようにゆっくりと口を開けた。


「お前の言っていることは、あながち間違いではないと思う」

「えっ!?」

思わずウチは素っ頓狂な声を上げた。まさか肯定するとは思っていない。さすがに面食らっ てしまった。

「買い物に誘ったのも、道路に飛び出したのも、香乃が庇ったのもお前だ。お前の言ったことは間違いではないと思う」

「・・・だから、死にたいって言ってるじゃん!」

そう言うも、ウチも少しだけ焦っていた。早くしないと死ぬのが怖くて逃げてしまうそうで。かと言って、今ここでこの状況で飛び降りるのもできなかった。

「じゃあ、お前は何のためにそこから飛び降りるんだ?」

またもや耳を疑った。今度は声すら出なかった。

かなり突飛なことをいう人だ。香乃が好きな人は。それでも、混乱している様子などない。とても落ち着いていて真っ直ぐとウチを見ていた 。

「だからーーー

「あいつは親友が死んで喜ぶような人間じゃない!」

ウチの言葉を遮って雨宮は言い放った。

「あいつはな、どうしようもなく不器用なやつなんだよ。俺の姉貴が死んだとき、 何年も落ち込んいた俺みたいなヘタレをずって気にかけてくれる、大事なもののた めに命を懸けられる、そんな馬鹿なんだよ。馬鹿で、不器用で、後先考えないし、その上お人好しで、健気で、馬鹿みたいに優しい、そんな女の子だ!そんな奴がどうしてお前に死んでくれなんて言えるんだ!本当にあいつに償いをしたいんなら、死ぬなよ!!」

「・・・っ!?」

ハッとした。

確かにここに香乃がいたとして、優しい香乃なら私を止めるに違いない。

柵の向こうの彼はまるで自分に言い聞かせるように言葉を繋いだ。一生懸命に語った。咄嗟に言い返せなかった。声が出なかった。

でも。

「・・・あの娘はきっとウチを恨んでる!だから謝りたいの!ちゃんと会って謝罪したいの!赦してもらえなくてもいい!どんなに貶されても構わない!でも、あの娘に、香乃に私の気持ちを伝えなきゃいけないのぉ!だから、死なせてよぉ」

力なくウチは叫んだ。

「・・・きっと香乃はお前を恨んだりなんてしてない」

「何でそんなこと言い切れるの!だって、あれはーーー

「好きでもない奴に命を懸けようなんて思わねぇだろ」

「っ!?」

「結局、お前は自分自身のために死を選ぼうとしているんだ。

・・・違うか?」

ウチはその場に膝から崩れた。力が抜けて立っていられなかった。完全に見抜かれていた。ウチが目を背けてきた部分をしっかりと見透かされていた。そしてその通りだった。ウチにとっての本当の意味での友達の香乃はもう死んでしまった 。もうこの世にはいないんだ。知っていたし、わかっていた。ただ、その事実と向き合いたくないだけだった。だったら、あの娘のいる死の世界へ行きたかった、逃げたかった。

ゆっくりと彼はこっちに近づいてきた。でも、ウチにはもう抵抗する気力も精神力も残っていなかった。それでも、とウチは抵抗した。

「・・・・・でも、じゃあどうすればいいの?香乃がいなくなって、ウチ独りで、ウチはもう耐えられないのにどうしれば、いいの?」


「独りじゃない!」

彼はガシッと金網を掴み、ものすごい勢いで登りきってから、ウチの隣に飛び降りた。

そして、大きな手を差し出した。

「今は、俺がいる」

彼の表情は変わっていなかったが、それでも少しだけくだけた、感情の篭もった顔のような気がした。

「香乃のことが好きな俺たちだからこそ、あいつの分までしっかりと笑っていこうぜ。なっ?」

そのときだった。

ヒュゥーーーと静かに風が吹いて、背中に何か温かい感触が伝わった。背中だけじゃない、肩や首元にも、まるで後ろから誰かが抱きしめてくれているようなとても優しくて、とても温かい気持ち。

ウチは、そのときたしかに聞こえた。

“ごめんね、千明”

「・・・香、乃?」

“貴方をこんなに悲しませちゃった、本当にごめんね”

微かに耳に届いた声音は彼女のそれそのものだった。

「違うよ、謝るのは・・・・ウチの方だよ」

頬に熱いものが流れ、伝う。

“もちろん、死んじゃったことはものすごく辛いよ、でも私は千明が苦しんで泣いてることの方が辛いの。だから、笑ってよ、千明。いつもみたいに元気に、ねっ?”

やがて、風は吹き抜けて、何事もなかったかのように過ぎて行った。抱きしめてくれた温もりも、届けてくれた声ももう聞こえない。今のは、一体なんだったのだろうか。

幻覚?

幻聴?

だとしてもだ。

とても綺麗で優しい、まるで香乃が蘇ったよ うな幻覚だった。

「…」

ウチは彼の差し出された手をとった。その手は冬の寒さで冷たかったけど、どこか温かくて、大きくて、ゴツゴツしていて、人間味のある感触だった。

「…あり、がと」

そんな言葉は自然と口から零れていた。


タンッという乾いた音を立てて柵から内側へ飛び降りる。いつもならこれくらいで自分の足は悲鳴を上げたりはしないが、さすがに女の子1人を抱えたまま飛び降りるのはキツいようだ。

何にせよ、なんとか君月の自殺を止めることができた。

そして、しっかりと現実に向き合うことの大切さを理解した。今なら命を投げ出して大事なものを助けようとした姉貴や香乃の気持ちがわかる気がする。

あの事故、姉貴の死は確かに悪いのは俺だ。そのところはまだ変わっていない。でも、いつまでも背を向けて立ち止まることなんて出来ない。逆に背を向けたまま進むことだってできないんだ。人間はそんなに器用じゃない。前に進むにはしっかりとそれを向き合って前を向くしかないんだ。だって人間はそうやって前を向くことで成長していけるものだから。

俺が悪いという事実は変わらないけど、姉貴が俺を好いてくれてるからこそ、大切に思ってくれてるからこそ、助けてくれたという事実も変わらないんだ。だから 、俺も前を向いていればいい。姉貴の繋いでくれた命に感謝して。

ふっと誰かに呼ばれた気がして夜空を見上げた。億千の星々の中を煌く箒星が尾を引いて流れていった。

あんなところでずっと見ていたんだな、姉貴。

死んだって心配性なのは変わりゃしねぇ。

けど、今まで迷惑かけたな。

俺、もう少し頑張れる気がする。

だから、ありがとな。

「じゃあな、姉貴」

その言葉にそんなたくさんの意味を込めて、箒星を見届けた。

君月を抱きかかえ、屋上を後にした。余程疲れていたのか、それとも普通に体調不良か、君月はすぐに寝てしまった。いろいろと全力な奴だ。

とりあえず、自宅に運ぶか。きっとこいつの両親も心配してる。そして香乃も。

さっき、俺が君月に手を差し伸べたとき、いつの間にか移動していた香乃は君月を抱きしめていた。そして、何かを彼女に囁いていた。よく聞こえなかったが、とても優しくて柔らかい声だったのは覚えている。

でも、香乃は幽霊だ。彼女の声は伝わったのだろうか。

・・・きっと伝わったのだろう。俺はそう信じた。

「・・・香乃、そろそろ行くぞ」

俺はまだ屋上にいるであろう彼女の幽霊に声をかけた。

しかし、返事は返ってこない。

「おい、香乃?」

今度も返事がない。仕方なく、俺は入りかかった扉から顔を出す。

「香乃?」

呼びかけても見回しても、返事もなければ姿も見えない。背中に嫌な悪寒が駆け抜けた。

「香乃!?」

今度は校舎の中へ向けて声を出すも、虚しく反響して自身の声が返ってくるだけだ。いきなりの出来事に不安と焦燥で胸が苦しくなる。いったい香乃はどこへ行っ たんだ?



香 乃 ~kano~


千明は自殺しなかった。

彼女は生きてくれた。

とても胸が一杯だった。

湊には感謝し切れないほど感謝している。

そういえばその湊も自分で答えに辿り着いいて、琴さんの死にしっかりと向き合えたみたいだ。

いや、彼のことだから答えはきっととっくに知っていたのだろう。でも不器用にも実行することが出来なかったようだ。またそこが湊らしいかも。

「さて、私はどうするかな」

なんて空に向けて言ってみるも、答えはわかっていた。

湊や千明が何かに気づいたように、私もあることに気がついた。というよりも知ってはいたけど、強く実感させられた。

それはとても簡単なこと、「人間の死は残った人間に大きな影響を及ぼす」こと。

大袈裟でも何でもない、限りない事実だ。

人の死はそれだけで残った人に人生を変えうる大きな影響をもたらす。もちろん個人差がかなりあるだろうが、今回の私たちにとってその影響はとても大きなものだったはずだ。もしかしたら人の人生に終止符を打ってしまう寸前でもあったのだから 。それから湊にもすごくお世話になったし迷惑もかけた。きっと彼がいなかったら 私はとっくに沈んで何も出来ないままこの世を呪っていたのだろう。今もこの世を許したつもりはない。神様を引っ叩いてやりたいという願望をちっとも変わってい ないのがいい証拠だ。だってこれから思い出に残る青春が待っているというその矢先に死ぬことになるなんて誰が予想したか?千明と晴れて心の友になって一緒にがんばって同じ大学を目指そうとしていたのに、湊が一人と言う殻を破ってこれから彼が笑ってくれるまで笑いかけていこうと決心したのに、湊に自分の気持ちをはっきりと伝えようとしていたのに。

こんなの許せない。

でも、今さら後悔しても後の祭り。

もうそこはいいんだ。

もう死んでしまった私 なんかは今さら報われても遅いんだ。ならば今を生きている湊たちが笑ってくれればいい。そのために私はどうするか。

私の結論は、私が、私という幽霊がこの世から消えること。消えなくても彼らの前に現れないこと。

それだけだ。

さっきも言ったとおり、人の死は残った人に大きな影響を与えてしまう。ならばその影響元は早急に消えたほうがいい。悪い影響をこの世に残す前に。これ以上湊に迷惑をかけられない。

千明が消えようとしているのとはわけが違う。死んでいる人間が消えようと止め る人もいないし、影響を与えることもない。

湊はきっと悲しむかもしれない。でも、今ならきっと大丈夫だろう。きっと彼なら幸せに生きてくれる。

これで一件落着だ。

私が我慢さえすればそれでみんなが助かるんだ。

そう、私さえいなければ・・・。

…そんなこと、私にできるかな?


君月の両親に彼女を引き渡し、俺はすぐに走り出した。目的地なんてない、とにかく頭に浮かぶ香乃がいそうな場所を周るだけだ。

「くそっ、あいつ!」

すでに俺の身体は君月の時の学校までの全力疾走と、止める時の緊張、そして君月をまた急いで運んできたことで満身創痍だった。走る足が思っていたよりも重く 、吐く息の感覚が狭くて苦しい。でも急がないと。香乃が何を考えてるかなんてわかからい。ただ、今の香乃を独りにしておくのが怖かった。そのまま会えない気が して怖かった。だからすぐにでも香乃の顔が見たかった。


香乃の家の前。

「香乃!」

俺はところ構わず彼女の名前を呼ぶ。きっと傍から見れば俺は相当おかしな人だ ろう。でもそうせずにはいられなかった。

しかし、香乃の返事はない。


もう一度学校に戻る。

「香乃ぉ!」

返事はない。


バタッ!

足が縺れて前めりに倒れる。疲れていたのか、それとも俺がドジなのか、咄嗟に手が前に出なくて顔から諸にアスファルトに激突する。

「・・・くっ」

それもすぐに立ち上がった。

今を逃したら、きっともう会えない。根拠なんてない、直感だ。

「・・・だいたい、律儀なあいつに限って礼も言わずに消えること自体がおかしい んだ、急がねぇと」


そして、いつも香乃の幽霊と話しているあの川原に着く頃には足が本当に棒にな った様でろくに動かせなかった。

「はぁ・・・はぁ・・・」

途切れ途切れの弱い吐息が自分でもわかる。膝に手をついて息を地面に叩きつけ 、吸い上げる。そのまま倒れてしまえればきっと楽だろう。でも、心に大きな穴を残すことになる。香乃を、何とかして見つけ出さないと・・・。

「・・・香乃ぉ!」

ガクッと膝が地面につく。俺の身体はもう限界らしい。

情けねぇ・・・。

もう、このまま倒れるんだろう。ほんの少し前にがんばるって自分の心に確認したばかりだろうに。

やっぱり、俺は弱いんだな。

「・・・・香、乃」

だが。

俺は立ち上がっていた。

あいつを探そうと立ち上がっていた。膝を持ち上げ、踵でしっかりと地面を突き 、進もうと立ち上がる。自分でも驚いていた。ヘタレの俺のどこにそんな動力源があるのだろう。

「・・・・そっか」

俺は、こんなになっても諦められないくらい、死なれても諦めがつかないくらいに、香乃が好きなんだ。馬鹿みたいに、それこそ不器用にもあいつのことが諦め切れないんだ。俺って本当に馬鹿だよな、ここまであいつのことが好きならしっかりとすぐにでも告白してしまえばよかったのに。

「香乃ぉ」

俺は問いかけた。

「早く出てこいよ、馬鹿野郎!」

そのとき。

ふらつく俺の身体が何かに支えられたようにピタリと止まった。驚いて目を丸く して顔を上げるとそこには香乃がいた。倒れそうな俺を華奢な体が支えていた。

「・・・何で?」

「香乃」

「何でそんなになるまで、諦めようとしないの?」

彼女は泣いていた。

「何で、探そうとするの?」

すすり泣く声が耳を劈く。震える香乃の肩が痛いほど伝わってきて心が苦しかった。彼女の苦しさが直に感じられて彼女の幽霊そんざいを改めて確認した。

「・・・私は、消えようと・・してるのに」

「・・・知ってる」

「じゃあ何で私を探すの!?

私は、死人はこの世にこれ以上影響を残しちゃダメなんだよ。幽霊なんて負の産物でしかない、そんなものから負の産物以外をどう生み出せるの?

湊は、湊は今の私だから出来ることがあるって言った。でも、私は怖いの!

また誰かを傷つけることが!

湊なら、わかるでしょ!?」

「ああ」

「じゃあ、なんでー―ー」

「お前はそれでいいのかよ」

俺は自分の心を押さえ込んで目の前の悲しみに埋もれてしまった少女に訴えかけ た。

「俺がとか、君月がとか、みんながとか、そればっかじゃないか。お前はそれでいいのかよ。お前だって後悔があるんじゃないのか?」

今日、香乃はここで泣いていたんだ。彼女の言葉は俺にも聞き取れていた。


ーーーだけど、彼と会って私はどうしたいんだろう。自分でもよくわからないよ。


ーーーわからなくなんてない、私はきっと残った人たちの力になりたいんじゃない 、幽霊であることを否定して逃げたいだけだ。


ーーーだってならなんで昨日、私は親から逃げたの?もういない自分を確かにして しまうのが怖いんでしょ?


ーーー湊なら私が見える、そこにいるとわかってくれる。彼は私が唯一存在を確か められるモノだもんね。彼と話してるときは幽霊ってことだって忘れられると思っ たんだよね。


彼女は自分で言った全てに違うと叫んでいた。そんなんじゃないと子供のように泣きくじゃっていた。でも、あれが彼女の本心だ。本当は自身の死から逃げたい。こんな現実を認めたくない。そんな言葉にある本当の後悔が俺には見えていた 。

「そ、そんなの、いい…」

彼女は、苦しくも何かにしがみ付く。でも、そんなことしなくても顔に書いてあった。「死にたくなかった」と。俺の手を握ったまま香乃は目の前に躍り出た。


「いいわけないよっ!!!」

そして香乃は俺の前で初めて心を剥き出しにして叫びを上げた。

「・・・私は、貴方が好きだった!

今も昔も湊が大好きだった!

だから貴方が放っておけなかったし、何とかしたかった。気持ちを伝えたかったし、笑って欲しかった!

なのに、世界は、私からホシイモノを奪っていく。琴さんと湊の心を奪って今度は私の親友をも奪おうとした。 そして最後に私の命を奪った。この世界は、私が願ってはいけないっていうの!?」

「・・・・・」

あのときと同じ問いに咄嗟に答えることができなかった。俺が姉貴のことから逃げている間も、俺は気づかないうちにこいつを蝕んでいたのかも知れない。

「本当に、酷い世界よ。湊に想いを伝えようとして、失敗して、まだこれからだって心に決めたその直後に死ぬなんて、後悔してるに決まってるよ。でもどうすればいいの?私は・・・」

今思えば、香乃という少女は数奇な人生を送っていたのかもしれない。不器用で優しくて、対人関係が苦手で、一度手に入れたモノを切り離すことが出来ない。明 らかに重荷になっていた俺を切り離すことも、この世の理不尽への恨みも、自身に満ち溢れる後悔も切り離せなかった。死んでなお苦しんでいる。

でも、そんな数奇だけで表せられるような不幸な人生にさせない。俺は、香乃が好きだ。香乃も俺が好きだ。

それを知っていて、今、ここで彼女の苦しみを知っているのは俺だけだ。香乃に想いを届けられるのは俺だけだ。

「・・・香乃、明日予定とかないか?」

「えっ?・・・な、ないけど」

「じゃあ、デートしよう」

自分で言って少しだけ恥かしくなった。でもこういうのは男の俺が言い切らないと。そんな感じで心の奥にあるそれを言い包めた。

「ふぇっ?」

「俺らさ、こんな切羽詰った状況続きだったからもう忘れている思うけど、明日はクリスマスイヴなんだよ。お前の気持ちが折角わかったんだ、行かないか?」

12月23日。

明日はクリスマスイブである。

俺は目の前の少女に手を差し出した。この世の理不尽を恨み、悲しみ、歪んだ表情は引いていっていつもの小動物のような、ウサギのような儚い瞳を俺にむけた。

「えっ、でも・・・」

「別にお前のためじゃねぇよ、俺がお前と行きたいだけだ。駄目か?」

「ううん、行きたい」

その返事は小さくて弱々しい、そして少し嬉々としているようにも聞こえた。

「即答だな。じゃ、行こうぜ」

そう言うと彼女はコクリと頷いた。

その日の川原はどうしてかゆっくりコロコロという音を立てていて、綺麗だなと思った。俺の手を透ける手でとった香乃は少しだけ恥かしそうに頬を紅色に染めた。その触れられない手の感触が、俺には温かく感じた。



Good bye


朝、私は緊張していた。

起きて何気なく空を見上げたら、窓に映る自分の顔が耳まで真っ赤になっていると知った。もしかしら昨日からかもしれない。嬉しさもあるけど、それと同時に緊張とか不安とかもある。

昨日、私はついに本音を口にしてしまった。死んで後悔していること、湊が好きなこと、それぞれ違うけど同じなのは口にしてしまったら取り返しのつかないということだ。もう私は自分で消えると言う選択はできない。だって自身の後悔を否定するモノがもうないのだから。

「・・・でも、今日はがんばらないと。叶わないと思ってたことが実現するんだから、今日ぐらいは楽しもよう。ねっ、私?」

自分の胸にそう言い聞かせる。

そう、今日は湊とデートなのだ。私の最大の未練の一つである湊への告白、昨日ははずみで言ってしまったから今日はしっかりと伝えなきゃ。あわよくば彼が笑ってくれるといいけど。

手のひらで頬を軽く叩いて「しっかりしろ」と窓の中に自分にも聞こえるように言ってやった。窓の彼女も同じ行動をして引き締まった表情になり、親指をピンッと立てて見せた。別に驚くこともない、私自身も窓に向かってそうしているのだから 。

もちろん服装は生前の制服から変わらないからおしゃれとかできない。メイクなんてしようものなら、周りの人の視界に人の顔だけあるという不思議な光景をさらしてしまう。それは私も湊にもまずい。とりあえずいつもの格好で行くしかないかな。

誰もいないのを見計らってそっと家を抜け出す。この辺は基本的に車くらいしか通らないし近くに同年代の子供もいない。抜け出すことはそんなに難しくはない。扉を閉めてからもう一度キョロキョロと周りを見渡す。

「・・・よし、誰もいない」

ホッと息をついてから、さて出発だ。

「あっ、いけない!」

危うく忘れるところだった。せっかく書いたのにあのまま置いといては見つからないだろう。

あの二人にはお世話になったから黙って逝くのはさすがに気が引ける。

急いでそれを持って戻ってきた私は、大切にかつに急いでそれをポストに忍び込ませ、目的地に向かった。


むくりとベッドから起き上がる。否、ベッドだったものとしておくのがいいのかもしれない。家に戻ってきた初めの日に散らかっていた部屋はほとんど片付けた。とはいってもゴミに分類されるものは、俺が寝込んでいる間に親が片付けておいてくれたのであとは整理するだけだったけど。それでもタンスは凹み、ベッドは八つ裂きになっていて、プラスチック製の椅子もポッキリと折れている。全部買い換えるには少々時間がかかりそうだし、それ以前に目覚めてから買い物に行く時間もなかった。

いつものようにベッドから這い出て、時計を確認する。まだ9時にもなっていない。とりあえず遅刻することはないだろう。

「着替えるか」

タンスを漁り、一番良さそうなの服を適当に取り出し、どの組み合わせが良いか少しだけ考え込んでみる。今までこんなこと考えもしなかったが、さすがに今日は気になってしまう。だってあの香乃とデートなのだ。私服は何度も見られていたが、それとこれとはまた別だ。少なくとも俺はそう思う。

考え込んだ結果、そんなに気取りすぎると余計に変だ、という結論になったため 、お気に入りのジーパンといつもみたいなTシャツでも着て、後はいつものコートでいいかと、結局、普段とあまり大差ない格好になった。後悔も反省もしていない。

もう一度時間を確認する。まだ9時を少し過ぎた程度で、待ち合わせには充分時 間がある。

「そういえばーーー」

ギュルルルゥゥ・・・

朝食を食べていないことに今さらながら気がついた。昨日聞いたが、両親は朝早くから友人の結婚式か何かで出かけているらしい。何やら両方とも出身が県外どころか本州から離れているようで、帰るのは明日らしい。平日の朝食当番はいつも俺だ。冬休みくらいは毎日朝食を作ってもらおうかと思っていたが、今日は仕方ないか。

食べ終わり、片づけが終わって、歯を磨いている頃にはやっと10時近くになった 。時間というものは待っていると案外長いものだ。無趣味な俺にとって時間とはかなり長くてイライラしてくる。

さて、後の約6時間ほどを一体どうして過ごそうか。本でも読むという選択肢もあるにはあったが、あれはもう必要ない。楽しくて読んでいたわけじゃないし、もう何もしない時間が怖いわけでもない。だから、いつか本当にそれらが面白いと思える日まで触れないつもりだった。

となると、仕方ない。

「川原で時間潰すか」

先に待ち合わせ場所で待機しよう。どうせ家にいても退屈だし、川の流れを眺めながらゆっくりと考え事に浸るのもいいかもしれない。そこまで考えてから。

「俺って寂しい奴だな」

と口から漏れた。

まあいいさ、趣味もこれから見つけていく。そうすればいい。今は・・・。

「行ってきます」

誰もいない家にそう告げ、俺はドアをゆっくりと閉めた。


さすがにまだ時間が早すぎる、もちろん湊は来ていない。だって午後5時に約束したのにまだ午前中だ。でも、どうせ家にいても仕方ない。

正直なところ、湊を自分の存在を確かめるために使っていた、ということは否定できない。きっとどんなに否定してもどこかではそう思っていて、否定しきれないと思う。

でも、ここで彼と会って、話した理由。もっと単純なものだとやっと分かった気 がする。

あれも、好きだったからだったんだ。

彼といると心が休まる。死んだことを忘れられる。そもそもそれは、彼が好きだったからなんだろう。彼に声が届かなくともきっと私は彼に泣きつこうとしていたに違いない。

そんなふうに川の流れを眺めながら物思いに耽るというのもちょっといいかも。

前もこうして考えていたことがあったが、今回はとても安らかな気持ちだった。昨日まであんなに目の前の生きている景色が憎くて堪らなかったのに、今日は少しだけスッキリしてあまり苦しくない。やはり、恋心というものはすごいものなんだ。そう実感せざるえない。

そう、湊がそうさせてくれた。湊が私は少しだけ変えてくれた。

ふと、家の前での出来事を思い出す。

何か気配がしてふと振り返るとそこには千明がいた。目の前にいる私に気付かないのを見るとやはり私は幽霊なのだと感じて胸がチクリと痛む。でも、今私ん家の前にいる彼女の表情に昨日みたいな嫌な感じのものはなかった。

「香乃・・・・・ウチさ、頑張るよ」

千明の瞳には何か強いモノが変わりに宿っていた。とてもとても強い彼女の決意のようなモノ。

純粋に私は嬉かった。これを見ていると、私がいなくてもきっとやっていけると千明の成長がしみじみと身に沁みた。

はは、私って何様なんだろ。

それに千明にはこれから湊もいる。彼は約束を守る人だと知っている。もう心配はいらないかな。

そうして私は少しだけ涙を流した。

いつもの悔し、恨めし涙なんかじゃない。嬉し涙だ。

時間はわからないけど、太陽はまだ東のほうにあるから午前中だろう。湊、早く来ないかな・・・。


いつもの道を通っていつもの川原に出る。そしていつも通りその川を沿って歩いていくと彼女は昨日のように草原に座っていた。

こんな時間に制服姿なのはもちろん香乃以外の誰でもないだろう。

「よっ、随分と早いな」

俺はなるべく意識しないでいつも通り彼女の話しかけた。小説とかのベタな展開ならここで声が裏返ったり、噛んだりして赤面しているだろうが、生憎とそういうミスはこれまでしたことないものでな。

予想通り、彼女はものすごく驚いた表情をしていた。そしてすぐに嬉しそうに「えへへっ、早すぎちゃった」と微笑んだ。

「いくらなんでも早すぎだろ」

「湊だって、まだ午前中だよ?」

「そりゃ、家にいてもすることなかったからな」

「あっ、私も同じ」

そんな他愛もない会話で彼女は微笑んでいた。ここは俺が率先して笑顔を誘ってやらないといけないのだろうが、うまく笑うことが出来ない。今更ながら少し悔しい。

「無理に笑わなくてもいいよ」

それを悟られたのか、彼女に笑いかけられる。

「ねぇ、まだ時間たくさんあるしさ、お昼までお話しよ。またここで」

もうちょっと話したいんだと香乃は付け加えた。断る理由もなければ嫌でもない 。俺は「ああ」といつものように返事をした。


今日は昨日よりもやけに明るい内容の話ばかりで、笑いが絶えなかった。もちろん笑っていたのは私なのだが。何故かと言うと、今日の湊はとても饒舌で主に昔の 、まだ彼が笑っていた頃の思い出話に2人で花を咲かせていたのだ。

それもくだらない事ばかりだ。あのときのクラスメイトのあの子はすごく馬鹿で面白かったとか、隣のクラスのあいつは私のことが好きだったとか、中学の頃の君月の奇行など、私は笑ってお腹が痛くなったり、ちょっと恥かしくて赤くなったり 、少しだけ怒りが蘇って頬を膨らませて見せたり、とにかく楽しかった。

彼が「そういえば」と時間を確認した時にはすでに2時を過ぎていた。

「ちょっと話しすぎちゃったね」

「そうだな」

彼の表情こそいつも通り無表情だったが、その声音はすでにたくさんの色を帯びていた。それが嬉しくて笑顔になれた。

で、そのまま約束の時間まで話題を変えながらずっと話していた。不思議と話題も会話も途切れなかった。私としては当然だ。ずっとずっと湊とこうして笑って話がしたかったんだ、今日まで話せなかったことが山ほどある。

・・・ってさすがに多すぎるかな。

4時半になって俺たちはやっと動き出した。というか、やっと話題が途切れたのだ。楽しいかったけど、話しただけなのに疲れてしまった。こんなことはもしかしたら初めてかもしれない。

「どこ行くの?」

「そうだな、とりあえずついてきてくれ」

さあ、気を取り直して行こう。まだまだこれからだ。


「クリスマスフェアやってるよ!」

私たちは市内の商店街を歩いていた。通り過ぎる木々には色とりどりのイルミネ ーションで飾られ、それぞれの店がいつもは見せない姿を見せていた。ところによっては発行するサンタクロースが窓から吊られている。

「何か食べるか?」

彼も楽しそうに声を弾ませていた。

「食べたいけど、食べれるかな?」

私は質問を質問で返した。

「だって湊以外からは空中で食べ物が飛んでるように見えると思うけど」

「それじゃあ・・・」

彼はすぐ近くにあった小さなクレープ屋に止まって注文し始めた。ちょっとだけ驚いたけど、強行するってことは考えがあるってことだろうか。

「こうすればいい」

彼はクレープを持ってベンチに座り、そして隣に座った私にクレープを向けた。つまり、1つのクレープを一緒に食べれば目立たないだろ、ということらしい。

「えっ、でもそれって間接キスじゃ・・・」

「仕方ないだろ、せっかくだし楽しどけ」

「えっ、えっ、ちょっと」

はむっ

口に突っ込まれたクレープ。

生クリームの甘さが口いっぱいに広がり、それでいてちょっぴりビターなチョコシロップが絡めてあって、さらにバナナ独特の甘味がより一層おいしさを引き立てる。温かい生地も絶妙な食感。

「あれ・・・すごくおいしい」

「あれ、もしかしてお前ここ来たことないのか。結構有名なんだぞ?」

彼が不思議そうに首を捻る。女子の私より男子の湊のほうがスイーツ店のことを知っているなんて、ちょっと悔しい。

「も、もちろん来たことあるよ、でもこの味は初めて食べたってだけ」

だからついつい強がってしまった。でも、彼なら気付かずにいてくれるだろう。

「顔に嘘って書いてあるぞ?」

「ふぇっ!?」

「赤くなったってことは本当に嘘なのか」

彼は悪戯に微笑んだ。

そんな彼の笑顔に私は頬を膨らませていた。


それから結構いろいろと買って二人で分けて食べた。普通にこの時期にありそうなものばかりだったが、さっきのフランクフルトの屋台は正直驚いた。あのお爺さん、クリスマスを何かのお祭り行事と間違えているのだろうか?それともあえてか?

商店街の最奥部にはあの日に行ったデパートがある。俺たちはそこへ向かった。本当はあの日を思い出してしまうから自分から行くのは、と気が引けて考えていなかったが、さっきの川原の会話で服選びを彼氏としてみたいと言ったときがあった。香乃は自然に出た言葉で特には気にしてはいなかっただろうけど、俺は覚えていた。もしかしたら、これで最後かもしれないと思うと、行くしかないと俺の脳も心も一致した。

正直、不安もあった。もう着れない服をわざわざ見せるのも残酷かなと。

「ねぇねぇ、湊。これとこれ、どっちがいいかな?」

それでもなかった。

デパートに入店してすぐに「服見よ!」と目を輝かせて懇願してきた。少しだけ心配して損したというのもあるな、これは。

それにしても香乃はファッションに興味津々らしく、かなり忙しなくこれはイイだのこれはダメだのすっかりと熱中している。まぁ、楽しんでもらえて何よりだが 。

気がつけば俺の服も一緒に選ぶと言い出し、意気揚々で次から次へと持ってくる。こんな時期なのに珍しく客が少なくてよかった。

結局、俺は彼女に押されるがままに服を買ってしまった。まさか香乃にこんな暴走癖があるとは思っても見なかった。一応派手なものではないのでよかったというのが本心である。何だかんだで俺も楽しめたからよしとしよう。

香乃もこんなに楽しそうに笑ってるし。


「うわぁあ、すごい」

私は感嘆の声を上げた。デパートで楽しくショッピングした後にちょっと見せたいものがあると湊が笑顔で言い出した。

そして来てみて私は目を輝かせた。商店街の外れにある並木道がイルミネーションでその場所が1つのアートみたいになっていた。さっきの商店街のとはまるっきり違って、ここだ け眩しいくらいに明るい。道を進んでみるとところどころにイルミネーションでできた動物だとかも飾られていて、どこを見ても綺麗で目移りしてしまう。

「田舎の催しにしてはすごいだろ?」

「うん、私こんなの知らなかったよ!」

彼も嬉しそうだ。

とっても幻想的で綺麗な世界、おとぎの国にでも来ているのかと思うくらい私の心は弾んで興奮していた。

ん、おとぎの国?

そうだ、ここはおとぎの国だ。

だから、少しくらい魔法にかけられてもいいよね?

私は自分に言い聞かせながら、そっと彼の手をつなごうとした。

彼も嫌がらず、むしろ私の手をしっかりと繋ぎとめていてくれた。その大きな手からは冷たい私でも感じられるほど、とても温かいものを感じた。


いつもの川原に戻ってきた時にはもう9時が終わろうとしていた。約6時間も楽しんでいたことになる。俺はまだ2時間も経っていないような気がしてならなかっ た。

「今日は楽しかったね」

「そうだな」

香乃の楽しそうな声に俺も答えた。俺自身、本当に今日は楽しかった。まるで夢でも見ているかのようだった。おとぎ話の中に迷い込んだかのように思えた。それほど幸せで充実した時間だった。

「食べ物もおいしかったし」

「何だかんだで沢山食べたな」

「服も買った」

「お前がここまで服にうるさいとは思わなかったよ」

「イルミネーションも綺麗だったよね」

「…俺は、お前のほうが」

って何言ってんだ俺は!

「えっ、何?」

幸い聞こえていなかったようだ。

「い、いや、何でもねぇよ」

「そっかー」

「なんだよ、その物言い」

少しニヤけた香乃の顔が近づく。それから、「なーんにも」と微笑んだ。

「お前キャラ変わったんじゃないのか?ウサギから」

「どーゆうことよ」

「さぁ?言ったままだぞ?」

「なによそれ~」

そう言って彼女は少し赤くなった顔で俺を睨んだ。でも、あの憎しみはどこにもない。とっても可愛らしくて憎めない、どこにでもいる普通の女の子だ。少し違う か、普通の好きな女の子だ。

香乃の顔に近づいて俺は彼女の頬に指を押し当てた。予想通り、膨らんだ頬はぷしゅーと小さな音を立てて潰れた。

「・・・」

「・・・」

「ぷっ!はっはっはっは!」

「ちょっと、何笑ってんの」

「だってお前、ヤバイだろ!」

「何がどうヤバイのか50文字以内で説明してよ!」

「「・・・」」

「「ぷっ」」

そうして俺たちは声を上げて笑った。とってもくだらないくて小学生でも笑わないだろう。でもこんなくだらないのがすっごく楽しかった。これなんだ、一度失いかけた、俺の大切なモノ。それを香乃が死んでから分かるなんて皮肉な話だ。でも、今はこうして楽しもう。今こうしている時間を忘れないように。

「はぁ・・はぁ・・ちょっと笑いすぎたな」

「そう、だね」

ふと、口の中に冷たく瑞々しいものがつたう。

「ん、雪?」

「えっ?」

見上げるとそこには積もるほどでもないが、小さな雪の粉が宙を舞うようにして 降りてきていた。

「今年はホワイトクリスマスだね」

「だな、笑いすぎて口の中に雪入っちゃったし」

「それは笑いすぎだよ」

「まったく、いい歳した高校生がな」

「別にいいよ。それに湊って笑うといい顔してるのにね、だからもっと・・・」

瞬間、香乃の目に驚きという感情が一気に攻め込んで支配した。

「あれ、湊が笑ってる?」

「んっ?」

俺は香乃が何に驚いているのかすぐには分からなかった。

「あっ」

「あれ・・・いつからだっけ?」

「こっちの台詞だ」

俺は姉貴が死んでから今まで、笑ったことがない。

家族にも、香乃にも多くの人からそう言われていた。自分ではそんなつもりはないけど、何もかもが全然楽しく も嬉しくもなかっただけだ。

「・・・そうだ、デート始まってすぐからもう笑ってた気がする」

でも、それこそ今は違う。さっき確認した通り、この時間はとっても楽しいし、ありえないくらい嬉しい。

だからかもしれない。

「・・・そういうお前も、やっと笑ったな」

「えっ?」

「昨日までちっとも笑わなかったじゃないか、仕方ないことかもしれないけど、結構寂しくてな、そういうお前も、やっぱ笑ったほうが良いな」

「・・・湊に言われたくないかな」

そして俺たちは互いの顔を見合ってもう一度笑いあった。

俺にとって森野木香乃の笑顔は太陽よりも明るくて、月よりも美しかった。

そんな恥かしいことよく言えるなって?

そんなこと、本当にそう思ったんだから仕方ないだろ。


「ねぇ、湊」

ゆっくりと慎重に彼の名前を呼んだ。彼はすっきりとした表情で「どうした」と私の目と合った。

デートの途中、いつ言おうかずっと迷っていた。今思えば、そんなに急がなくてもベストなタイミングが目の前にあるんだ、急ぐ必要もなかったようだ。

湊が、ついに笑ってくれたんだ。そう、私のここに残してしまった未練おねが いごとの最後の一つ。湊に昔のように笑って欲しい。こうして彼が笑って、これが未練だと初めて気付いた私も相当な馬鹿なのかもしれない。でも、もう全部わかっている。

「あのとき、なんか勢いで言っちゃったから、言い直したいの」

正直、告白し直すかどうかも悩んでいた。それをしてしまえば私の未練はきっと全てなくなる。それはつまり・・・。

「あのね、私は雨宮湊が………」

たくさんの思いを込めた、お願い事を込めた。これから放つ一言に。


「…大好きです」


彼の目を見て真っ直ぐに言った。

彼は少しだけ驚いたように目を開いたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。その表情で答えはわかってしまった。それでも私はほんの少しだけ寂しくなった気がしてしまう。

しかし、彼はいきなり前の氷の表情に戻して答えなかった。黙って悲しそうな無表情を無理に作っいた。

「何で答えてくれないの?」

私は素直にそう聞いた。彼の表情から無表情のハリボテが簡単に崩れて、中の寂しそうな顔が姿を現した。

「・・・答えたら、お前が消えてしまう気がして」

「・・・」

やっぱり湊もなんとなく気付いていたのかもしれない。テレビや映画に登場する幽霊は未練がなくなると成仏して消えてしまう。それはきっと本当なんだろう。私 もこうしてとても安らかな気持ちの反面、意識が少しずつ遠のいていくような、そして不思議な浮遊感が増していっている。そういうことなんだろう、間違いはないはずだ。

「でも、それはいいことでしょ?」

当然、また私は泣きそうだった。目がすごく熱くて悲しみと嬉しさの結晶が流れ落ちてしまう寸前だ。それでも無理やり笑顔を作る。

彼はずっと我慢していた。優しい湊のことだ、不器用な湊のことだ、今度は自分がなんとかしないと、という気持ちがあったことだろう。本当なら彼だって悲しいんだ。でも私に会ってしまった。きっと思ったはずだ、死んだ本人のほうが辛いに決まっている、なんてことを考えていた。だって、湊は無表情のわりには案外雰囲気に出るもん。なんとなくだけど、わかるよ。今の私なら。

彼は限界だった。もう感情を押し切れないんだろう。その証拠に大粒の涙が流れ落ちて頬を濡らしていく。

「いいことであってたまるかよ!なんでお前が死ななきゃいけないんだよ!俺は、俺はもっとずっと一緒にいたかっただけなのに、なんでそうやって大事な人から死んでいくんだよ!意味がわかんねぇよ!香乃おまえが何をしたって言うん だ、香乃は俺を助けようとしてくれただけなのに!そんなの・・・認めてたまるかよ!!」

湊が喉を震わせて叫んだ。その悲痛な表情が辛かった。

私はさらに遠ざかりつつある意識を叩き起こしながらそっと湊に抱き寄った。不思議としっかりと彼に触れることが出来た。さっきだってそうだ。昨日だって触れることが出来たし、今日なんて手も繋げた。

おとぎの国というのはあながち間違いじゃないのかもしれない。

まるで魔法のようだ・・・。

「昨日も言ったじゃない、もうこの世にいない私はこれ以上この世に影響しちゃいけないんだよ。私は湊の人生を狂わせたくない」

はっきりと言った。それはもう今までにもないくらい。

「それにーーー」

でもまだまだだ、これからもっと言うんだ。私から湊へ。

「私、今すっごく幸せなんだよ」

抱きしめる私の腕に、身体に熱い力が入った。

「えっ?」

「確かに、昨日まで苦しくて、辛くて、きっとこの理不尽な世界を恨んでいた。でも、貴方のお蔭で私は今、楽しくて、嬉しくて、こうしてこんなに幸せなの。それは貴方がくれたんだよ、湊?」

私は大好きな幼馴染みに笑いかけた。

「・・・香乃」

「ほら、そんな顔しないでよ。笑ってよ、また笑えるようになったんだからそれを見失っちゃダメ」

さっきみたいに彼は驚いたように目を見開いた。でも、今度は笑ってくれた。涙でボロボロ、目は真っ赤で涙の痕までついている。決してかっこいいなんて言えな い不恰好な姿だ。でも、私はそんな湊の素直な姿が大好きでたまらなかっ た。

そして私たちはそっと互いの身体を離した。自然と手と手は握り合って、真剣な眼差しで、相手を見据えた。

サァァと風が流れ、私たちを自然の神秘のベールが包み込んだ。やがて、彼が徐に口を開いた。


「俺も、森野木香乃が大好きだ」


瞬間ーーー

あのとき、死んだ直前に体験したような、たくさんの思い出が頭の中に流れ込んできた。でも、今回は、全部じゃない。湊との辛かったこと、苦しかったこと、嬉しかったことに楽しかったこと、彼と出会ってからの幸せな思い出の数々。

自分はたった今からこれは失うと急に悲しくなった。

「・・・なんだ、お前もボロボロじゃねぇかよ」

きっとそのせいだろうか、私の涙腺はいつの間にか崩壊していたらしい。最後は泣かないって決めていたのに。世の中、中々上手くなんていかないんだね、やっぱ り。

「うん、でもさよならは無しだよ」

「そうだな、俺たちは他に言うことがあるからな」

私の意識の遠のきが急速に早くなっていく。目の前が白く滲んでいく。でも、最後は湊と・・・。

「香乃」

「湊」

「「ありがとう」」

そうして私の目の前の世界は真っ白になった。寂しさがないと言えば当然嘘になる。でも、それでも私の最後の心境は安らかで、心地よくて、幸せだった。

また生まれ変われたらいいな、そのときはきっと湊に・・・。


取っていた手は輝く光と化して俺の手をすり抜けていった。そして、あの空の星に還るかのようにそれらは天高く昇って行った。

ゴシゴシと目を擦って涙を拭き取る。

そして鮮明な視界で夜空を見上げた。

いつの間にか雪は晴れて、すでにそこは綺麗に映える星々の光のパレードだった。それに向かって小さくて温かな光たちがゆっくりと向かっていく。今なら、あの無情な神様がなぜ俺だけに香乃を見せてくれたのか、わかる気がした。本当に最後まで憎たらしい話だ。

「あっ」

そのとき、ふと流れ星が流れた。

「・・・たまにはこういうのもいいか」

俺は自分の両手を祈るように握り、空に向けて一言。

「きっと、また生まれ変わった香乃に逢えるように・・・」

その声に答えるようにもう1つ箒星が駆けて行った。それらを見届けてから俺はまた辛く厳しく理不尽な日常へと戻っていくのだろう。でももう大丈夫だ。香乃が見 守っててくれる、それに君月とも一緒だ。

きっと乗り越えていけるさ。

俺は、繋いだ手の感触を忘れないように、ポケットに仕舞い込んで家路につくのだった。



form now on


道路に散らばる色とりどりの花弁を踏んづけてしまう。かつて綺麗だった桜や梅の花もこうなってしまうと無残なものだ。ウチはそう思うのが好きじゃなかったか らなるべく踏まないようにって考えてはいるものの、どうやらそれは実行できないらしい。もう歩く度にがっつりと踏む。少し恨めしい気持ちで桜の木を見上げると そこにはピンク色なんて昔からなかったかのような緑色の葉が茂っていて、余計に脱力感がするだけだった。

「もうすぐ夏だなー」

最近は確かに暑くなってきている。まだ五月の上旬なのに、今年は猛暑になりそうだ。

昔から暑いのだけは苦手だ。プールや海は大好きだし、夏のアイスも格別なのだが、やはりこれから来るどうしようもない暑さだけは勘弁して欲しい。

実家の近所の小さな道路を道なりに歩いていく。今の自宅に比べるとやはりここは相当の田舎だ。だから下手な都会の公園よりもこっちのほうが大量の花びらが散っている。自然が豊かなのはいいけどこれは嫌だな。まだ向こうの方が花びら少なくて避けるの楽だのに。

そんなことを自分の内心でぐちぐちと呟いているうちに、目的地である高校の前に到着した。

そして彼はすでに校門の前で暑そうに黒と黄色い刺繍の扇子で煽っていた。団扇じゃなくて扇子を使うところがまた彼らしいと言えば彼らしい。さらに少し高そうな物をチョイスするところが余計にだ。

「おう、遅かったな君月」

「違うよ、あんたが早いの。だって今まだ待ち合わせの十分前だよ」

身長は最後に見たときよりも随分と高くなっていてもう180cmの後半には達しているだろう。それでも顔は高校の時から全くといってもいいほど変わっていな い。それと、前よりも何だかオシャレになったかも・・・。

「それにしても、久しぶりだな。もう三年ぶりか?」

「本当久しぶり、ちなみに四年ぶりだよ、雨宮」

夏の日に照らされる彼は四年前と違ってとても生き生きとした表情で初夏の暑さ に苦しんでいた。

あの年、今から四年前にもなる冬。長休みから明けて学校に来てみるとそこにはしっかりと雨宮の姿があった。まぁ、自分で一緒に頑張ろうなんて言っていたん だ、いたこと自体は驚かなかった。驚いたのは彼に表情が戻ったことだ。香乃からしか詳しい状況を聞いていないが、それでも基本的に表情は表に出ないと言ってい た。実際、ウチの記憶が正しければ確かに雨宮は笑っていたり、怒っていたりし たところを見たことない。

やがて、進学と共にクラスが入れ替わり、雨宮は多いとは言えないが、それなりに友達を作っていっていた。ウチはまだ香乃のショックが当分残ってて、そのときは雨宮のところに泣きついた。私が落ち着くまで彼は嫌な顔をせずにそばにいてくれた。それのお蔭なのか、回復は案外早くて無事に新たな目標通りの大学に向かうことができた。私は近くの医大に、雨宮君は慶応に進むこととなった。

「それにしてもお前が医大にね」

私の考えていることを見事に当て、彼は質問口調で口を開いた。

「人は見かけによらないな」

「どういう意味?」

少しだけ睨みつける。すると彼は悪戯に冗談だよと目を細めた。

雨宮はこうして笑うことのほうが多い、普通の男子大生だ。もう昔の笑わない彼ではない。そういう意味では彼がここ何年かで一番変わったのだろう。

「雨宮だって急に東京行っちゃうんだもん、いきなり残されたもこっちも寂しいじゃん」

「もうそんな歳じゃないだろ」

「うるさいなぁ」

ちなみにウチのキャラがおかしくない?という質問に関してだが、あれ以来、なんでかそういう立ち回りができない。それもそのはず、いじる相手はもういない、 他の子も香乃ほどに面白いのはいなかった。だからこうして逆立場に回ってしまっ たのだ。質問は受け付けない、自分でもよく分かってないから。

「それより、今日はこんな馬鹿話しに来たんじゃないの、本題のほうが気になるよ 」

「それもそうだな」

彼は真剣な目つきで自ら笑みを抑えた。そもそも今回彼にある用事が笑い事じゃないからだ。

あの日、私は確かにもういないはずの香乃の声を、言葉を聞いた。絶対に間違えるはずがない、あれは疑いようのない香乃自身声だった。

雨宮に話したところ、今は詳しく話せないけど心の準備が整ったら話してやると言われて結局高校時代中には聞けなかった。きっと大事なことのはずだ。だから今になってもどうしても聞いておきたいのだ。


「・・・あの娘の幽霊か」

「ああ」

「じゃあ、あの直後にあった『森野木家に届いた娘の天国からの手紙』とかいう特集って事実だったってこと?」

「まぁ、たしかに信じられないと思うけど、そういうことだ。それこそ信じるかはお前しだいだけどさ」

雨宮は一連の出来事をゆっくりと落ち着いた様子で語った。彼は真剣そのもので 嘘を言っているようには少なくとも私には見えない。

「いや、ウチも信じるよ。ウチだってあのときの声、ちゃんと覚えてるから」

“いつもみたいに、元気で、ね?”

高校の屋上でウチと雨宮が対峙した時、ウチは未だにしっかりと覚えている、忘れるなはずがない。あの娘の最後の言葉。ウチはあれからそれを糧にしてここまで人生を笑って生きていくことが出来た。もしあの言葉がなければウチはいつかの雨宮のように笑ってなかったのかもしれない。

「ねぇ、雨宮君」

けれどもふと、ウチは言いたくなった。

「どうして世界って、こんなにも理不尽なんだろうね」

ウチはあの日からここまで香乃の分まで幸せになろうと努力してきた。でも、やっぱり香乃がいないとダメだとずっと思っていた。

この世界は理不尽に満ちている。どこかのドラマの悲劇のヒロインではないが、それでもどうしてもそう思えてしまう。周りはどうしようもできない理不尽に溢れていると。ウチの親友を奪ったのもそれだ、心に穴を空けたのもそれだ。どうして世界はこんなにも辛いものだろうか。

そりゃあ自殺だってしたくなるよ。

「君月」

しかし、こんな難しい問いの答えを彼はもう持っていたようで返答まで5秒ともかからなかった。

「確かに世界は、理不尽ばっかりだ。俺だって今もなおそう思っている。だけど…」

彼はこっちのことをしっかりと見詰め、力強く言った。

「きっとそれだけじゃないと俺は思いたいんだ」

「・・・雨宮」

「それに、俺らまだ20前後だぜ、まだ人生はどうだとか世界はどうだとか語れる歳じゃないだろ。人生80年とか100年とか言うけど、まだ半分も過ぎてない。だから世界が本当に理不尽ばっかで、マイナスなのかなんてまだわかんねぇよ 。ならさ、俺は信じたいんだ、これからの人生は理不尽を吹っ飛ばすくらい幸せで楽しいものだってさ」

彼は偽りのない笑顔でそうウチに言ってくれた。つい数年前まで心を塞ぎこんでいたとは思えないくらい、あのときの面影はとっくに消えていた。

「・・・何で、そう言い切れるの?」

すると雨宮君は笑顔のまま答えた。

「だって、人生をプラスにするかマイナスにするか、結局は自分次第だろ?」

涼しい初夏の風が2人の間に流れ込む。

その通りだと思った。どこかの悲劇のヒロインだって大方は最後に笑っているじゃないか。人生は変わるんだ、変えられるんだ。悲劇を悲劇のままで幕を閉じるの か、それとも悲劇の分を幸せで巻き返すのか、それこそ自分次第なんだ。

少なくとも、香乃は最後に笑っていたのなら、きっとそうに違いない。

しばらくの間、ウチは彼に魅入っていた。これが香乃が好きになった人なのだと 。確かにあの娘の気持ちが分かる気がする。そうしている時間はとても長く、そして幸せに感じた。

「おーい、雨宮?」

突然の知らない声に、そんな時間は唐突に打ち切られ、ウチを現実へと引き戻した。彼もいきなりの呼びかけに驚いて目を丸くした。

「そこにいるのか?」

近づいてくる友人と思われる男性を「今行くから待っててくれ」と制した。

「ごめん、連れが案外早く戻ってきちゃった」

「いいよ、別に」

じゃあなと手を振りながら背を向ける雨宮。ウチは少しだけ寂しい感じがした 。雨宮が行ってしまうのが。

「雨宮!」

呼び止めたのはきっと違う理由だ。

「んっ?」

彼は立ち止まってこっちを振り向いた。

「今夜ってまだこっちにいるの?」

「ああ、明日の昼ごろ帰るつもりだけど、どうした?」

ウチは一拍おいてから、勇気を振り絞った。

「今夜、空いてるかな、ご飯でも一緒に食べない?」

口から出たのは今にも消えてしまいそうなとてもとても小さな声だった。特に意識しているわけじゃないはずなのに恥かしそうにする自分がさらに自身の体温を急騰させた。

彼は自然に微笑んで、「おう、じゃああのデパートの前で待ってるぞ」と言った。

「ふふ、わかってるじゃない」

「まあな」

彼はそういって公園を後にした。やっぱり少しだけ寂しい気持ちはあったが、でもそれだけじゃない気がした。

きっとウチの人生はここから再出発する。でもどこまで頑張れるかわからない。だから天から見守ってくれている彼女にもきっと祈ってて欲しい。いつかこの世界は幸せに満ちていると思えるその日を。

「…あれ?」

そんなとき、足元に違和感を感じた。

「あっ、うさぎ」

と言ってから流石にウチでも固まった。

野ウサギってこの辺いたっけ?

てかこの子ってばまだ小さんじゃん、子供かな?

足元には、まるで季節外れの雪のような、真っ白で小さいうさぎがこちらを覗いていた。

ふと、思い出す。

ーーー 何か1人で放っておくと孤独死しそう。

雨宮のあのときの言葉。それのせいなのかもしれない。なんだかこのうさぎがとても懐かしい気がしてたまらなかった。

だからウチはそのチビ助をひょいと持ち上げた。

顔の近くまで寄せてまじまじと見つめる。すると、うさぎはなんだか恥ずかしそうに縮こまった。いや、とりあえずウチにはそう見てた。

「ははっ、なんかますます香乃そっくりだな、お前」

思わず笑ってしまいそうだ。

「こいつもあれかな、一人にしとくと死んじゃう系の奴かな?」

なんて首を傾げる。

ペシッ

「あ、いたっ」

今度は器用にも足で頭を叩かれてしまった。

うさぎさんは大変憤慨しておられる様子だ。

「…ほんと、そっくりだ」

ふと、あることを思い出し、辺りを見回してみた。小さいように見えるが、何故だか親うさぎが見つからない。

「もしかしてお前、他の奴とかとはぐれちゃったの?」

うさぎは首を傾げる。こうして言葉に反応するところを見ると、通じているみたいで可笑しくなってきた。

「…お前、ウチの子にならないか?」

なんとなく、そんなことを考えた。

もちろんうさぎなんて飼ったことはないが、何でかこの子とは上手くやって行けそうな気がした。

向こうもそう感じてくれたのか、嬉しそうにはしゃぎ始めた。

「そっかそっか!じゃあ行こー!」

ウチは小さな雪玉のような子を優しく抱きかかえて、公園をあとにした。

「そうだ、名前決めなきゃな…。そうだな………」

なんて言うも、もうどんな名前にするかは決めてあった。それを言ってしまうのが少しだけ恥ずかしい名前な気もするが、別にこのうさぎ相手ならいいか。

「お前は、ノギーちゃんだ」

まったく、香乃の奴もせっかちなんだな。

名前が気に入らないのか、頑なに足でチョップしてこようとするうさぎと格闘しながら、思った。

天で見守るも何も、もうこっちに来てるじゃないか。

きっと、お前が香乃なんだろ?

そっと、ウチは空を見上げてみた。

その日は雲一つない快晴たった。


おわり。

どうも、長居智則です!

下巻ということなのできっと初めましての人は少ないと思いますが、一応「はじめまして!」

このghostを読んで頂きほんと本当に感謝です。

とりあえず、自分の感動というヤツを少ないボキャブラリーで表現してみました。楽しんでくれていたのなら幸いです!

この作品をデビュー作として、さらに他の作品も載せていこうと思うので、よろしければ、またよろしくお願いしますね!

そんでもってこの千明ちゃん、割とお気に入りのキャラなので、機会があれば他の作品にもこっそり登場しているかもしれないので、探してみてくださいね!

それでは、またねぇ~・:*三( o'ω')o

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