舞い込んできた危険
えー、この小説は元々宮田市が主催する公募賞に投稿するはずのアイデアだったのですが、ぜひたくさんの人に読んでもらいたくここに載せました。拙い文章だとは思いますが、本格歴史ミステリの世界観をお楽しみ下さい。
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「ボス!ボス!もう起きる時間、とっくに越しちゃってますよ!」
部下がいつものように落ち着きの無い声でわめきまわるのを無視して私はまだ夢の中でのびのびとすることにする。
「ボス!もう依頼客が待ってるんですから!早く起きてください!」
・・・・・・。
「早く起きろっ!」
「んだようるせぇなさっきから!」
一時は無視を決め込んでいた私だが、耳元でインコのように反復しながら叫ぶ部下の熱意(?)に負けて、ややヤケ気味にソファから体を起こす。もう若くはない体は勢いよく起きたので軽く悲鳴を上げた。
「あっ、やっと起きましたか」
「起きましたか、じゃねぇんだよ!こっちは徹夜続きで疲れてるってぇのによ!探偵稼業も楽じゃねぇってことを客はわかってんだろうね!」
「わかってないんじゃないでしょうか」
部下は動じずしれっとして、
「依頼客も命がけなんでしょうから」
「ったく、参るぜ」
私はまだ愚痴をこぼしながら朝の一杯を沸かすために台所に立った。
私はこの平和な学生街に探偵事務所を構えている、老探偵だ。まぁこんな稼業なのでうかつに本名を明かせはしないが、頭の切れる探偵、とだけ言っておこう。私の隣に座って心配そうに待合室を覗いているのが部下のヤス、数年前うちに転がり込んできた探偵志望の不思議な青年で・・・・・・っとっとっと、朝から依頼に来る迷惑な客が待っているというのにこれじゃヤスにまた白い目で見られる。全く依頼人も依頼人だ。さっきも言ったが探偵の身にもなって欲しいものだよ、全く。
「ボス!もう依頼人をお通ししてもよろしいんで?相当背の高い人ですよ」
「ああ、いいよ。朝っぱらから来る迷惑極まりない客の面、拝ませてもらおうじゃないの」
私はどんな大柄でヤクザな男が来ても動じまいとクッと身を引き締めた。さぁ来い。
「どうぞ、こちらです」
「あら、どうも」
しかし、私はさっきの身構えが全くの無駄だったことを、今知った。なんとドアから現れたのは一,八メートルはあろうという長身の女だったのである。
「ごきげんよう」
端麗な顔立ちをした女は柔らかい物腰でそう挨拶した。
「あのぅ、朝から迷惑でした?」
「いえいえいえ!さっきのはちょっとした自分への叱咤です。どうかお気になさらずに・・・・・・」
ヤスが私を睨みつける。仕方が無いじゃないか、まさか依頼人が女だなんて思いもしなかったのだから。
「それは良かったわ」
女はそんな二人の様子に気づくはずも無く、ハンカチで口元を押さえてちょっと微笑んだ。
「んで、ご用件とは・・・・・・?ここに来たということは何か事件でも抱えてらっしゃるんですね」
「ああ、そうだったわ。私、大学で日本史の学者をしております水鎌麗子といいます。ここの探偵事務所さんはなんでも解いて下さるんでしょう?」
「ええ。物探しから盗難事件、人捜しから殺人事件まで・・・・・・」
「それじゃ良かったわ!実は今回の件は私の人生に関わることなのでございます」
「人生、ねぇ。また重々しい事件を持ってきたもんですね」
私は胸元に携帯している煙草を取り出すと、点ける。すると麗子が顔をしかめたのでヤスが慌てて灰皿に押し潰させた。
「どうぞ続けてください。それはどんな事件なんですか?」
「それは・・・・・・あまり大きな声では言えないのですが・・・・・・」
麗子はちょっと周りをきょろきょろと見ると、
「私、実は命を狙われておりますの」
「命を?そりゃ穏やかじゃありませんね」
「はい。それに脅迫状まで届いて・・・・・・」
彼女が差し出した脅迫状のコピーとおぼしきものには確かに『三日後の宮畑遺跡研究発表会で汝が発表した瞬間汝の命は事切れることだろう』と書かれてあった。
「あのぅ、ここまでされたのだったら警察に届けたほうがいいんじゃないんですかね?」
「いえ、私には警察には話せない理由があるのです。だから探偵のあなたに私の身を守って頂きたいんですの」
「その理由ってのは聞かせてもらえないでしょうね」
ヤスがちょっぴり期待の念をこめて言ったが麗子は首を横に振った。
「もし絶対に口外しないと誓えるのなら話しても良いのですが・・・・・・あいにく私は今、誰も信じられないのでございます。なので・・・・・・」
「大丈夫ですよ、大体察しはついてますから」
思わず呟いていた私の声にびっくりしたのか、ヤスも麗子もゆっくりとこちらを見る。
「わかっているって、何をですの?」
「あなたが警察に話したがらない理由ですよ」
私は脅迫状を手に取ると、
「たぶんこの宮畑遺跡研究発表会であなたが発表する論文は・・・・・・多分、盗作かなにかでしょう」
ふと部屋に冷たいものが走る。さっきまで穏やかだった麗子の表情は緊張と絶望で歪んでいた。そして彼女はこう呻くのだ、
「なぜ、解かったんですの」と……。