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~たぶん、転生者~腐った友人も転生してた件

作者: 佐倉硯

前作より長くなりました……。

ヲタクネタ、ネットスラング多用、腐った発言、ちょい流血? もありますので、苦手な方はご注意ください。





どうしてそうなった?! どうしてそうなった?!


一大事だからもう一度言うけど、どうしてそうなった?!


目の前で繰り広げられるヒロインにとってはバッドエンドな展開に、唖然とする傍観者の中でただ一人だけ笑いを堪えている自分が居る。


大事な事なので奇声を発して爆笑したい。


ご子息・ご令嬢が集まる学校でそんな事したら白い目で見られるだろうけど。


いや、普通の学校でもそうだよ、ってツッコミは置いといて。


とりあえずだ。


言わずにはいられないので。


あえて言おう。



ヒロインざまぁ(m9(^Д^))ああぁ(プギャーwww)!! と。




【~たぶん、転生者~腐った友人も転生してた件】




そりゃもう、自分が転生者だと気づいた時にはktkr(キタコレ)! と思いましたよ。


前世の自分はものすごい腐臭を放つ女子でして、何を間違ったか男に生まれ変わったわけですが。

この世界が前世でハマった『下剋上の恋をしよう』という乙女ゲームの世界だと気づいた時には拳を高々と持ち上げて「漏れ()勝ち組!!」と一人、自室で踊りました。


そりゃもう全裸になる勢いで。


トチ狂って「びっくりするほどユートピア!」を叫ぶ勢いで連呼してたのを両親に発見され、ガチで精神科に連れてかれました。


転生後初、黒歴史誕生の瞬間です。


その後、外観的には大人しくしてましたので、両親がヒソヒソとお祓いに行くべきか否かを相談し合っていたのは、保留とされましたが。


要観察ってところです。


そんなわけで、腐った前世の記憶を元にこれからの人生もバラ色になること間違いなし、と思いつつ、前世の反省を生かして、今世では友好関係は浅く広く持つように心がけました。

若干名、自分の腐った臭いを嗅ぎつけた同胞が寄ってきましたが、裏と表を器用に使い分けて円滑な友好関係を広げていきました。


ほら、一応、今世では自宅にガチ執事(セバスチャン)が居るような、お坊ちゃまなんで。


両親が金持ちでよかったーと思ったのは、念願だった下戸恋の舞台である華ノ宮高等学院に進学出来たからに他ならないのですよ。


あ、下戸恋っていうのは『下剋上の恋をしよう』の略称ね。


漢字が違うとか当て字なんだから当然ですけど。


華ノ宮高等学院は学力はもちろんのこと、ある程度コネがなければ入れない学校なんで、勉強にももちろん力を入れましたが、親の財力ってシャレにならんくらいありがたいんです。


本棚の裏側にあるコレクションは全部親の財布から出てますしおすし。

前世では必死に働きながらつぎ込んだけど、働かないって素晴らしい!


前世でも今世でも下種でサーセン。


まぁ、自分が入学したのは下戸恋の主要メンバーが二年生になった時で、ようは一つ下の学年ではあったものの、最終的にどの攻略対象とヒロインがくっつくかは二年生になってからだから、超特等席で見られんじゃーん! と期待に胸を破裂(膨らみが膨張した結果)させ、吐血(幻)しながらwktk(ワクテカ)で色々探りを入れてみたんですけれども。


うわー。ないわー。


と、思ったのはしゃーないっつーか。


個人的には嫌いじゃないんですよ? 逆ハーレムってやつ。


むしろ自分も前世ではこのゲームで逆ハーエンドを迎えて嬉しさのあまりに奇声発したくらいですからね。


けど、現実にそれをするってどーなの? って思うわけですよ。


ヲタって現実見てねぇよなぁってよく言われるけど、よく見てるから現実逃避するんだよ。

現実をよーく理解してるから妄想に突っ走るんだ。


現実的に考えてさ。誰かひとりじゃなくて、イケメンを複数人侍らすって微妙よ?


確かに見てて面白いっちゃあ面白いけど、ヒロインの子はやり過ぎなんじゃないかなぁと思うわけ。


あー、ヒロイン、もしや転生者?


と、まぁ、すぐに勘付けちゃうくらい、うふふ、おほほ、と楽しそうに頭に花が咲いている風景を見たら、傍観者としてはリア充爆ぜろってなるわけです。当然ですよね。


ヒロインの浅生(あそう)桃姫(ももひめ)先輩は、それはもう稀にみる美少女で、ふわふわほんわか頭に花が咲き誇っていそうな天然系。

ただ、時々彼女を取り囲むイケメン御曹司達の影で見せる鋭い視線を見て、真っ先に彼女も転生者だと理解する。


天然を装っている女子って結構見破るのが簡単だ。


だって、時々、狩人のようなギラリとした目をする天然女子ってありえないでしょ?


そうかそうか、彼女は転生者で逆ハー狙いかと思っていたけれど、あんなにwktk(ワクテカ)してた楽しみを返してほしいと思ってしまうくらい、砂を吐きそうな甘い言葉のオンパレードに、誰でも見破れそうな猫かぶりなヒロインを見てたら、逆に攻略対象達が可哀想になってくる勢い。


乙女ゲームって現実にしたら残酷だよなぁと、ヲタながら反省してしまった。


逆ハーエンドは確かに捨てがたいけれど、今後は一人ひとりを愛してやろうと心に強く誓った。無論、ゲームの話ですよ?


攻略対象は一人ひとりで見るとhspr(ハスペロ)もんですよ。


画面の向こうに居たイケメンが、現実的になるとこうなるのか、っていうのもそうだけど、やっぱりイケメンは画面越しだろうが肉眼だろうがイケメンなのだ。


残念な事に自分は男として転生したので、イケメンに恋するようなことはしないけれど、攻略対象同士が絡むのは有りだと思うの。


薄い本も厚くなります。


今世で幼馴染みで婚約者でもあるご令嬢を腐らせたのは自分ですが、そのご令嬢も攻略対象達の絡みを見て「次のイベントは彼らで決まりね」とポツリ呟くように言ったので、即「言い値で買おう」と言った俺は悪くない。


キリッとした顔で言ったら「貴方のそんな変態なところが大好きよ」って頬を赤く染めて言ってくれた。


よせやい、照れるじゃねぇか。


今夜、俺の所に来いよ。クレバーに抱いてやる。


と、言ったら、その夜はとても熱く激しいものになりました。


いやぁ、男っていいねぇ。


可愛い女の子を美味しく召し上がれるって誰得、俺得。


高校生だから節度は保ってるよ? たぶん。


今度、もっと激しくしても、いい、よ? って彼女が照れ臭そうに言うモンだから、ネットに齧りついて目下勉強中なのは余談だ。クリックする右手が腱鞘炎になったのも余談。


大丈夫だ、問題ない。


テメェだってリア充じゃねぇかと言われるだろうが、実際そうなんだから仕方ないよ。


悔しけりゃあ転生してみな。ふふんっ。


と、まぁ、下い話はこれくらいにしておいて。


なんやかんやと下戸恋メンバーの行方を傍観者として観察し、それなりに充実した生活を送っていたわけですが。


前世の記憶を持つ自分にとって、ヒロインの行動が不可解でならない。


だって、彼女、転生者のクセに全然あの人(・・・)の好感度を上げようとしないんだもん。

イケメンにちやほやされ過ぎて忘れてんのかな? って何度も首を捻ったくらい。


この世界の元となっている乙女ゲームは、ダブル好感度アップを必須とされた攻略難易度が高めに設定されているものだ。


攻略対象達が崇拝してやまない、この学院の唯一とも呼べる高嶺の花で、当人も実は攻略対象になりうる西園寺(さいおんじ)耀あかる先輩という人の好感度も上げておかなければいけない。


男子生徒(・・・・)ながらヒロインのライバルの位置に立つその人は、おおよそ欠点が見当たらないほどの化け物だ。

満点以外を取った事がないというほどの頭脳と、同性さえも虜にしてしまう圧倒的な美貌を持ち、しかしながら病弱で体が弱いという儚さを携えている雲の上の存在。


中級ながらも一般家庭の出身で、生れつき《運》がよく、幼い頃から各界の大御所達へアドバイスをするなど、稀に見る才を持っていた。


それなのに自分の力に驕ることなく、謙虚で誰にでも分け隔てなく穏やかで優しい言葉をかけてくれる。家族を大切にし、慈愛に満ちた笑みを浮かべると失神者が続出するほど崇高されている。


前世の自分も一押しのキャラクターで、同志達にも圧倒的人気を誇っていた。ヒロインそっちのけで対攻略対象総受けの薄い本が何冊も同志達の間で発行されていたし。


自分も愛読者です。


あの時の先生方、大変お世話になりました。


よければ今世に転生してきていただけませんか。頼んます。


ま、転生者でなくても彼の人気は留まるところを知らず、この世界でも圧倒的な人気っぷりはすさまじく、非公式ながらもファンクラブが設立されている。他の攻略対象達にもファンクラブはあるけれど、彼の場合は比にならない。


だって、ファンクラブ会長が世界納税者ランキング一位の某さんというんだから。まぁ、つまり、彼の人気は日本に留まらず、世界各国のセレブ達に支持されているという事です。


マジ恐い、この世界。


アホかと言いたくなるけれど、実際には自分もひっそりと会員に名を連ねているので口が裂けても言えない。


てへ☆ぺろ。


そりゃあ、前世のゲーム内でも病弱設定で学校にはほとんど来ない人だったけれど、来たら来たで周囲が騒ぐからヒロインの耳にも届いているはずだ。


授業はほとんど免除されていて、それにもかかわらず毎回テストでは必ず満点を叩きだし、当然のように一位に名を連ねているのだから誰も文句は言えまい。


むしろ、教師より頭がいい生徒が居たところで、教師達が困るだけだ。


そんな彼がいつも一人で居るのは、学校で公然のルールとなっている事項があるからだ。


彼の穏やかな学校生活を脅かさぬよう、話しかけるときは必要最低限の言葉のみ交わすだとか、その場合は三人以上、五人以内の人数で話しかけなければいけないだとか、事細かなルールが自分が記憶しているだけで40以上ある。


時々、彼がひとりでいるのが可哀想だと勘違いをして近づく生徒は、問答無用の制裁が待ち構えているので、普通は誰も単独で行動を起こすことはない。


だけど、その単独行動を唯一行わなければいけない人がいる。


それがヒロインの浅生先輩。


攻略対象誰かひとりと結ばれるにしろ、逆ハーレムを築くにしろ、浅生先輩は西園寺様と接触を図って好感度を徐々に上げなければいけない。

西園寺様の中でヒロインである浅生先輩の好感度が上がれば、やがて西園寺様が彼女を真のヒロインと認め、平凡な家庭出身の彼女の後ろ盾となることによって、周囲にも正式な交際を認められることになる。


これが結構な無理ゲーで、ぶっちゃけ自分も各ルートでどえらい目にあった。


何しろ滅多に学校に来ない、近づくにはルールを順守しなければいけない、などなど縛りがキツくて、全攻略対象をハッピーエンドルートに持っていくまでに半年費やした。それ以外のルートは至極簡単だったから一ヶ月半ほどで制覇できたけれど、一番の醍醐味であるハピエンスチールを見る為に何日徹夜したことか。


揚句、彼自身を攻略対象として定めた場合には三ヶ月かかったし。


「途中で飽きないの?」って唯一の友達に聞かれたけれど「飽きるどころか燃える(萌える)」って明言して、友人を呆れさせてしまったのは懐かしい思い出。


ええ、だって、リアルの恋愛に興味なかったもんですから。


そんなわけでさ、重度のヲタだった自分を振り返れば、彼女がやっているのは恋愛ごっこに過ぎなくて、同じ転生者として恥ずかしいわけですよ。


せめて攻略本読んでから転生してこいや、と。


そんな彼女の浅知恵は、意外な形で代償を支払う事になった。


ぶっちゃけ、転生者の自分もビックリ仰天な展開。


だって、西園寺様に幼馴染みなんて存在はゲームの中で存在してなかったんだもの。


しかも彼女はゲーム本編で、攻略対象の一人である男子生徒の幼馴染みの立場だった人。攻略対象をヒロインの浅生先輩に取られそうになって、妬み僻みを形に変えてヒロインをことごとく苛める悪役だったのに。


なんで貴方が西園寺様の隣で並んでるんですか、大乗(だいじょう)妃美香きみか先輩。


流石にヒロインには劣るものの、大乗先輩は稀に見る美人でどちらかと言えばクールな知的美女。

CMに出てきそうな黒いストレートのサラサラの髪と、つりあがった目は初対面の人に「に、睨まれてる?」という誤解を受けることも多々ある。

成績も優秀で、本来であれば気性が激しくプライドが高い、お嬢様そのものなのに対し、現世の彼女は控え目で奥ゆかしく目立たないような存在。


シナリオ通りに進まないなんてありえない。


つまり、彼女も転生者……である可能性が、非常に高いとすぐに思い当たった。


そんな彼女の存在が明らかになった理由は、ヒロインのシナリオミス。この一言に尽きる。


本来であれば自分をけっちょんけちょんに苛めるはずの大乗先輩が、待てど暮らせど自分に関わってこない。


大乗先輩がヒロインを苛めていたのが攻略対象に発覚するイベントは、好感度と親密度が一度にぐーんっと上がるイベントだ。


業を煮やしたヒロインが、自作自演で苛めを演出。


攻略対象達がこぞって大乗先輩を犯人に仕立て上げて、暴言を浴びせていたところに、このイベントには直接関係することがなかった西園寺様が満を持して登場。


あれよあれよと言う間にその場を収め、大乗先輩が西園寺様にとって唯一無二の大親友であることが公になり、あげくこのイベントは警察沙汰となって、ヒロインの自作自演が発覚。


攻略対象達からは見放され、学校全体からも見放されたヒロインは逃げるように海外の日本人学校へ留学したと風の噂で聞いた。


正直に言おう。


スカッとしました西園寺様!


颯爽と現れて、大乗先輩の窮地を救う西園寺様!


そこに痺れる! 憧れるぅ!!



……って思ってたんですけどね。


いやー……怒った西園寺様、マジパネェッス。


まず、表立って大乗先輩を批判していた、攻略対象の御曹司達をガン無視。


視界に入っても、目に映ってませんの勢いで無視。


謝りたくても無視。


しゃべりかけようと思っても無視。


無視。無視。無視。無視。徹底的に無視。


御曹司達もさすがにガチ泣きしてたよ。うん。


そんでもって、野次馬ってた自分を含めた傍観者達にも微笑みながら一言。


「見てるだけって、楽でいいよね?」


ええ。そう。にっこりと。


にっこぉぉおおぉりぃと微笑みながら、いつもの穏やかな口調で静かに静かぁーに、野次馬になっていた生徒達を痛烈批判しました。


あれはトラウマもんです。


でも、西園寺様が怒るのも無理はない。


結局、自分も傍観者だ、関係ないと思い、それでも興味本位でイベントだー! と胸を弾ませながら一部始終を見ていただけだし。

いくら前世の記憶があるからって、ここがゲームの世界だったからって傍観していいものでは決してなかった。


ここは自分が生きている現実で、攻略対象も、ヒロインも、西園寺様も、大乗先輩だって生身の人間なんだ。


苛めは怖い。


それに関わるのはもっと怖い。


それでも自分が、誰かが、勇気を持って西園寺様と同様の行動をとれば、少しは状況が変わったかもしれない。


このまま西園寺様が現れなければ、大乗先輩は苛めっ子としてのレッテルを貼られてしまっていた。彼女の人生を大きく変えていたかもしれない。もしかしたら、この学校から去るのは彼女だったかもしれないと思うと、自分の浅はかさにゾッとして、そして嫌悪した。


婚約者は落ち込んだ自分を必死に慰めてくれたけれど、結局前世の記憶を持っていても自分は前世と変わらず臆病で他力本願なんだとますます自己嫌悪に陥って行く。


こんな時に思い出すのは、前世で唯一友達と呼べた人達の事。


友達夫妻は重度ヲタクな自分を嫌悪せず、幼い頃からずっと守って来てくれた。


誰かに気持ち悪い趣味だと罵られたら、彼女達は「一つの事に夢中になれるのは羨ましいよ」と言ってくれた。


根暗でコミュ症だと鼻で笑われた時は「貴方は、人より何十倍も色々と考えてから話すだけ。とても優しい人だと知っているよ」と慰めてくれた。


――無理をしないでいい。世界は広いもの。今できなかったことが、今度できるかもしれない。だから今のうちに視野を広げてごらん?


――そうそう。そうしたらきっと――。


学校だけが世界じゃない。


苛められて引きこもった自分に、何度もめげずに向かい合ってくれた友達夫婦。


あんな風になりたいと願った。


あんな風に誰かを思いやることが出来たらと。


結局、友達夫婦のようにはなれなかった自分。


彼女達が居たから自分を変えられた。


変えられたはずなのに、自ら変わらなかった意思の弱さが己を苛み、無残な事件で亡くなった友達夫婦に顔向け出来ない。


「大丈夫? 顔色が悪いけれど……?」


ふと、声を掛けられてゆっくりと視線を上げた先に、件の人が居て驚いた。


隣に居てくれた婚約者も驚いているようで、今世ですでに変声期を終えた自分の低い声が「は、はい……」と戸惑いを浮かべながら醜い返事をする。


昼休みの渡り廊下に設けられたベンチに、婚約者と並んで座っていた。ただそれだけなのに、大乗先輩に声を掛けられるとは思ってもいなくて。


視線をずらせば、少し先に振り返り大乗先輩を待つ西園寺様の姿があった。


彼も大乗先輩が声を掛けた事に驚いているらしく、けれどすぐに穏やかな表情を取り繕うと、自分の元に歩み寄ってくる。


「どうしたの?」


凛とした美しい西園寺様の声。


「とても具合が悪そうだったから、つい声をかけてしまったわ」


振り返りながら答える大乗先輩の声に、ようやく西園寺様が自分を見て。


「ああ、あの時の」

「……っ!」


その視線に思わず息を呑む。


「知り合い?」

「君が嵌められた時、野次馬の中に居た子の一人かな」


思い違いかな? というニュアンスを含めながらも、確信めいた言葉に酷く動揺した。


「よく覚えているわね」


と言ったのは大乗先輩。


「まぁ、ね」


と肩を竦めたのは西園寺先輩。


息が詰まる思いで必死に視線を泳がせると、隣に並んで座っていた婚約者も同様だったらしく、真っ青な顔をしていた。


そうだ。


だってあの野次馬の中に、彼女も自分と一緒に並んでみていたから。


西園寺様が投げかけた言葉は、自分にだったのか彼女にだったのか。


あ。


守らなきゃ。


咄嗟に脳裏に浮かんだのはその一言。


「っすみませんでした!」


勢いよく立ち上がって頭を下げた自分に対し、大乗先輩も西園寺様も目を丸くして驚いていた。

けれど、頭を下げたままの自分には見えない。


ただ、守らなきゃ。


ちっぽけな自分だけど、彼女を守らなきゃと、ただそれだけで。


「あの時っ! 本当はっ、自分も西園寺様と同じ行動をとるべきだったのにっ! 自分には関係なっ……っく……てっ……俺っ……い、いじめっ……怖いものって……知ってた……っのに! ……助けっ……なくてっひっ……ごめっ……うぅっ……」


途中から感情が高ぶって涙がこぼれた。


ごめんなさいを伝えたくて。


自己満足であっても、伝えなきゃと思って。


「かっ……彼女っ……俺にっ……ひっ……俺についてきただけでっ……わる、っくっ……悪いひの……俺だけでっ……」


ようやく自分が何を伝えようとしていたか悟ったらしい、西園寺様の息の呑む音が聞こえた気がした。


「ごめんなさいっ!」


突如聞こえてきたのは婚約者の声。


思わず涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をあげると、自分の隣で立ち上がり、彼女も二人に頭を下げていた。


「わ、私っ……私もっ……あの時の野次馬の一人でしたっ」


泥をかぶろうとした自分の厚意を台無しにした彼女に対し、間抜けなくらい呆けた表情を浮かべていたと思う。


だって。付き合いの長い彼女なら分かっていたはずだ。


なけなしの勇気で自分が彼女を守ろうとした事くらい。


けれど彼女はそれを許さなかった。


一緒になって頭を下げてくれた彼女に、惚れ直さないわけがない。


優しくて、自分にはもったいないくらいの婚約者。


「わ、分かったから顔を上げて頂戴……は、恥ずかしいわ」


そう、自分と彼女に声を掛けたのは大乗先輩の声。


恐る恐る顔を上げると、大乗先輩は気恥ずかしそうな顔をして、下唇を指でぷにぷにとつまんでいる。



――あれ?



ふと、覚えた既視感だったけれど、即座に現実に引き戻したのは西園寺様の声。


「君達は」


唐突な投げかけに、自分の視線を西園寺様に向ける。

先ほどまで柔らかな視線の中に含まれていた冷たさは既になく、いつも大乗先輩に見せる優しい笑顔を浮かべた西園寺様がそこに居た。


「君達は、自分が起こした行動を省みる事ができる人達だね」


穏やかな優しい口調で語る西園寺様の言葉に、無意識のうちに鼻水をすすったのは仕方がない。

そんな間抜けな自分を見て、西園寺様はフフッと笑って。




「無理をしないでいい。世界は広いもの。今できなかったことが、今度できるかもしれない。だから今のうちに視野を広げてごらん?」


「そうそう、そうしたらきっと――世界が優しくなるから」


続けざまに大乗先輩はそう言って笑って。


思わず西園寺様を見ると、彼は「ん?」と微笑みながら首を傾げて。サラリと揺れた襟元の髪の隙間から、三つ並んだホクロが見えた。


静かに大乗先輩を見れば、相変わらず下唇をぷにぷにと指先で触っている。





――ああ。





――神様。






――あの誰よりも優しい人達は、ここ(・・)に居たんですね。




「っあ゛あ゛ああぁあ゛あ゛ああぁああぁぁぁあ゛あ゛あぁあああっ!!!!」


壊れたように泣きだした自分に、西園寺様も大乗様も、あげく婚約者さえもギョッとした顔をしたけれど。




ねぇ? 知ってる?



前世で君達がどんな最期だったのか?



君達は覚えている?



君達の間に子供が出来たんだ。



それはもう嬉しそうに彼女は微笑んで。



彼はまだ目立たない彼女のお腹を撫でながら。



それでもこの世で一番幸せだと笑って。



自分もその輪の中に入れてくれて。



号泣して喜んだ私を、君達は苦笑しながらも嬉しそうに笑ってくれたんだ。



それから興奮して急く私に連れられて。



性別も分からない、まだ見ぬ赤ちゃんのために買い物をしようとショッピングモールに向かって。




――無差別殺人だった。




幸せそうにしている連中が憎かったと。



誰でもよかったと。



犯人は後に、警察病院のベッド上でそう語る。



狂ったように笑いながら君達二人を何度も刺した。



何度も。何度も。繰り返し刺した。



彼は彼女を庇って。



彼女は近くに居た幼い子を庇って。



お腹に子供がいるのに。



真っ赤に染まる君達を見て。



真っ赤に染まる世界を見て。



私は。



その後を明確に覚えていない。




発狂した。



叫び狂い。



涙を流し。



暴言を吐き散らし。



他の人へ牙をむく犯人の後ろ姿へ、消火器を振りかぶった。



抵抗して切りつけてきたけれど、その数すら覚えてない。



神様を恨んで。


恨んで。


恨んで。


恨んで。


恨んで。


恨んで。


恨んで。


恨んで。


恨んで。


恨んで。


恨んで。



真っ暗闇に沈んだ私に誰かが囁いた。



――そんなに恨まれると、さすがの私も辛いものがあるね。



――だから、君にもう一度チャンスをあげる。



――人を傷つけた君は、彼らより一年遅れてしまうけれど。



――今度こそ、守るんだよ?




泣きじゃくる自分に、大乗先輩と西園寺様はオロオロとする。

婚約者の彼女は自分に成り代わって平謝りだ。


「ねぇ、大丈夫? もう、耀が威圧するから」

「僕、何もしてないよ」


おろおろしながらも西園寺様を叱る大乗先輩。事実無根を訴える西園寺様。


彼の首筋の三つ並んだホクロは、前世の()と同じだった。


彼女が照れると唇に触れるクセは、前世の彼女()と同じだった。


「――るからっ」


ぐしゅぐしゅと涙と鼻水を垂らしながら、()は誓う。


「ごっ……んどっ……ごぞっ……守るっからっ!!」


『え?』


二人の声が揃って聞き返したけれど。


泣きしゃっくりが止まらない俺は、繰り返すことが出来なくて。


二人は顔を見合わせて首を傾げていて。


婚約者の彼女が一番困っている事に気が付くまで、あと少し。



 ◇◆◇



――ねぇ、華ノ宮高等学院の高嶺の花と呼ばれる、西園寺様と大乗様を知ってる?


――知ってるに決まってるでしょ!


――そんなお二人に、最近、忠犬よろしくついて歩く、一人の男子生徒が見られるようになったのはご存じ?


――ええ、もちろん。あの可愛らしい一つ年下の方でしょう?


――本来であればお二方に近づくのさえ恐れ多いのに。なぜか皆許してしまったのよね。


――だって、あのお二方も大層可愛がっていらっしゃるじゃないの。


――そうなのよね。なんとなく引き離せないというか。


――誰がどう見ても仲睦まじいもの。


――お二人の時間を邪魔をしているというより、あっさりと輪に溶け込んでいるというか。


――羨ましいわぁ。


――ふふ、確かに羨ましいわよね。



彼らが仲睦まじく生涯を共にする事から、華ノ宮高等学院では新たな伝説が生まれた。



「ねぇ知ってる!? 華ノ宮高等学院で運命の人を見つけると、生涯幸せになれるんだって!」

「私が聞いたのは華ノ宮高等学院で見つけた友達は、一生縁が切れないって話だよ!?」

「両方本当だよ!」

「私にも出来るかなぁ、運命の人」

「私は友達がいいなー」



そして、新たな物語は生まれる。








――約束だよ。








2014.04.21執筆了

これにて完結。

読み返したら対して面白くもなかった。畜生。

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