仕事
館の中は隅々まで清掃されている。
メイド長のミッちゃんを筆頭としたメイドが毎日掃除しているからだ。
しかし、掃除中のメイドの姿は誰も一切見る事はなく何時の間にか綺麗になっている。
それは都市伝説なようでそうではない。
クマがある時、廊下を歩いてる途中に視線を感じてふと振り返ると自分が歩いてきた筈の床に自分の足跡一つなく
変だと思いながらも、もう数歩だけ歩いてる振り返るとワックス掛けまでされていたと話していた。
美しさを保っている館。
しかし、森にある館から離れ道路に出るだけで狂気が散見する。
車が衝突を起こし中に血や肉がぶちまけられていたり、フロントガラスに頭が二つ飛び出していたり。
街に近付くにつれより開放的な死体が散乱している。
ネクタイで首を吊った死体、薬を大量に服用した死体などはまだ綺麗な方だ。
ビルの上から飛び降りた死体、刃物を自らに突き立てている死体。
最初は目を背けたくなるが時が立つと慣れてしまう。
前衛的なオブジェと言うのだろうか。芸術作品のようにも見えてくる。
ほとんどの死体は硬直して人形の様に見えるせいだろう。
その中で俺と真城ちゃんと新入りの権兵衛と共に歩いていた。
権兵衛は周りの死体に怯えながらも何とか付いてきている。
館に住む以上は仕事をしなければいけない。
生存者や食糧、物資を探す仕事を。
初めはコンビニやスーパーが食糧で溢れていたが、その半分以上が一週間で消費期限が切れ、電気が通っていない店では食品を衛生的に保管できなかった。
探すのは長期保管を目的とした食品だ。
真城ちゃんが歩きながら権兵衛に今の世界の現状を話していた。
「私らみたいな未だに死なない生き残りを自分が正しいと確信して殺してる集団が天国教って言うの。」
俺ら生き残りの敵は空腹の他にも天国教がいる。
天国の知らせを受けた人類の中では死ぬ者と死ねない者、その死ねない物を殺す者とで分かれていた。
「奴らは個々の意思を問わず、全ての人を問答無用で天国に送るつもりなんだよ。」
「なら僕達三人で歩いている状況はとてもマズいのでは?」
権兵衛は周りを見渡し警戒する。
「もちろん。いつものペアと違って目立つ三人組だからな。もう奴らはこっちに気付いているだろう。」
今更だよ、と俺は言う。
冗談でしょう。と権兵衛は思ったようだが、無言の真城ちゃんと俺に何かを察し立ち止まる。
無意識なのか、彼の足が子鹿のように震え、壁を背にする。
「安心しろよ。隠れてほくそ笑んでいるクソ野郎を殺せるから俺達はこうやって生きているんだ。」
そう振り向いて権兵衛に言う。
権兵衛は無理に笑う。
その直後、雑な足音がした。
路地裏から拳銃を持った男が目の前でそれを構える。
身構える真城ちゃん。笑顔の消えた権兵衛。
「大天使の代理にて貴様らを天国に送る。」
銃を構えた信者が引き金に手をかける。
「そうかい。」
いつになっても変わらない台詞にいつも通りに応える。
素っ気ない答えの直後に男は引き金を引く。
シリンダーが周り、撃鉄が銃弾の雷管を叩くまでの過程がスローに見える。
だが、男の銃口から鉛玉が飛び出す事はなかった。
想定外の事態に一瞬戸惑う男に一瞬安堵する権兵衛。
だが無慈悲にも男はもう一度引き金を引いた。
もう一度の奇跡はないと歯を食いしばる権兵衛。
また拳銃のシリンダーが周り、新しい銃弾の雷管を叩く。
弾がただの不発弾であったなら普通では死んでいた。
だが銃はそれでも発砲しない。
ついには困惑した表情をする男。
これも何度も見飽きた場面だ。
「もう良いよ真城ちゃん。殺しちゃってよ。」
「分かった。」
真城ちゃんが地面をひと蹴りする。
それだけで10メートルは離れていた男に距離を詰める。
あ、と銃を弄っていた男が間抜けな顔をする。もう手遅れだ。
真城ちゃんは男の頭を掴む。一度腕を手前に引き下げ、そして渾身の力で前に突き出す。
突き出した先は何もない空間だったが男の顔が壁のような物に当たったように見えた。
その瞬間に男の顔が大きな音と共に吹き飛ばされる。
真城ちゃんが返り血や肉の着いた手を首から離す。
死体の倒れ際、男の顔があったであろう場所から酷い断面図が見えた。
権兵衛は目の前に起こった事を受けいられず座り込む。
「これが対抗手段さ。」
実際に見なければどれだけ話した所で完全に理解はできない。
権兵衛は十分過ぎるほどに理解できたようだ。