終わる世界と始まる戦いと
天使は話した。
実際に声に出して話したのではなく、どんな国でも理解できる言語で、寝ていても理解できるような形で。
天使は告げた。
「貴殿方の今までの行いに関係なく皆、死んでしまえば天国に行きます。」
―――ですので、安心して死んでください。
誰もいなくなる世界で勝ち負けなどなく、ただ世界が終わるのを戦って待つだけだった。
しかし、戦わずにはいられなかった。
俺達は大切な人を殺した天国教と天使を赦しはしない。
「ジョン!そっちに行ったぞ!」
「ああ。」
大きなアクビを一つやり終えると上から声が聞こえた。
といっても上は天井だ。上の部屋から叫んだのだろうか。
その直後に天井を突き破って男が落ちてきた。
辺りに埃が舞い、思わず咳き込む。
あまりにもボロいアパートとはいえ、こんな欠陥住宅で良いのだろうか?
いくら、人類の99%が死んで管理するものがいなくなったからと言ってこんな欠陥住宅は許されるわけがない。
といっても、訴える相手もいないし第一俺が借りているアパートでもない。
適当に探して見つけたそこらに転がっていた椅子は中々に座り心地がよく、いきなり男が上から落ちてきても立てないでいた。
彼が女なら世界を巻き込んだ戦いやら、空に浮かんだ城を探す冒険か何かが始まっていたのかもしれない。
不意に2メートルは落ちたというのにその男は元気なもので俺と違って立ち上がろうとした。
落ちたというより逃げるために自分から突き破って落ちてきたのだろうか。
誰から?最も恐ろしい上の奴からだ。
男がさっきまで天井であったはずのボードの瓦礫を押しのけると上を向いて何かに気づいたように必死で横に転がった。
穴の空いた天井から浅黒い拳を握った筋肉質の腕出てきたのと同時に、鼓膜が破れんばかりの轟音と青白い閃光が爆発のように次々と落ちてきた。
男が間一髪でかわしたようでさっきまで転がっていた場所には焦げ跡と、天井と同じような穴が残っていた。
「おい、ジョン!何やってんだ!」
「分かっているよ。ちゃんと働くって。」
このままでは上にいる男までもが天井を突き破って落ちてきかねない。
手を膝に添えて「よっ」と立ち上がると意外に体は軽く感じた。
落ちてきた男はいつの間にか扉へ向かって走っている。
「おい、誰が逃すと言ったさ。」
腰に手をかけベルトからナイフを一本取り出す。
刃渡りが十五センチを超えるサバイバルナイフだ。
右手で柄を持ち、それを頭の後ろに持って行き構えた。
男の姿は消えかける寸前で扉から逃げ遅れた右腕だけが見える。
渾身の力でナイフを打ち付けるようにして投げる。
ナイフは回らずに真っ直ぐ飛んでいき、右手の甲を貫いた。
扉の向こうから甲高い悲鳴のような声が聞こえる。
ナイフは手を貫通し、木製のドアにまで深々と突き刺さっていて動けない状態だ。
ナイフが刺さった手だけを見るとまるで昆虫をピンで刺した標本のようだ。
「やったか!?」
反対の扉から声が聞こえる。
「殺ってはいないさ。」
また同じ椅子に座り、胸ポケットからタバコを取り出し火をつけた。