[第3話:奥田 武]
「…ただいまー。飯は?」 いつものように力ない武の声が奥田家の茶の間で響いた。 「おう!武、ちょっとこっちゃ来い!話がある。」 「なんだよ爺ちゃん。部活で疲れてんだ。おれ。先に飯食わしてよ。」
奥田家は……と言っても、用務員の奥田惇次郎と武と丈と言う名のネコの2人と1匹で暮らしている。
武の両親は幼い頃に離婚し、母親に引き取られた武だったが、この母親というのが絵に書いたようなダメ母で、ギャンブル、ホストクラブ、欲しい物は借金してでも買うような浪費生活を続けていた。だがそんな生活は長く続くわけもなく、武が中学2年の夏に誰にも何も言わず母親は姿を眩ましたのだった。
その何日か後に、惇次郎の家の前で土砂降りの雨の中立ち尽くす武の姿を見た惇次郎は、何も言わず、何も聞かず、優しく武を家に入れた。
それ以来、武の心から笑う姿を惇次郎は見ていない。
「武、おまえ学校楽しいか?」 「…急にどーしたんだよ爺ちゃん?」 「…いや、おれぁメンドクせぇのは好かねぇから率直に聞くがよ、おめぇ最近死人みてぇな顔して帰ってくるじゃねぇか。学校でなんかあったんか?それともバスケが面白くねぇのか?」
惇次郎は週に3日だけ用務員として仕事をしている。
仕事がない日はこうして惇次郎と飼い猫、丈の夕飯の支度をして2人の帰りを待っている。
「うーん。まぁ普通。別に変わった事ないよ。それより飯はまだ?」
「おめぇ、おれに嘘をつくのか?後悔するぞ?」
「な、なんだよ!?嘘なんかついてねぇって!……まぁ確かに?楽しくはねぇけどさ。」
惇次郎はその言葉を聞いたとたん、満面の笑みを浮かべた。
「…ふーん。そうか。それなら話は早いな。」
「何がだよ?」
「…おめぇ暁帝高校って知ってるよな?」
「ああ、知ってるよ。ってか爺ちゃん行ってるとこじゃん。
それがどーかした?」
「どーしたもこーしたも武、お前あそこ行け!」 「はっっ!!?」
「あそこはな、面白れぇ4人組がいるんだよ。おめぇと同じバスケ部に。しかも同い年にな。」 「だからって何で急に?ってか、はっ!!?ぜんっぜん話が通じねぇ!いかねぇよ!暁帝なんか!」
「まぁ、落ち着け。確か再来週辺り練習試合だって言ってたろ。暁帝と。
それ見てからでも遅くねぇんじゃねぇか?」
「見ても見なくても変わんねぇよ!それに俺もあいつらも入ったばっかりだし試合に出れるかどうかだってわかんねぇよ?」
「わかったわかった。別に急ぐ事はねぇな。
まぁでもおめぇも近いうちにわかるさ。あいつらはなんか違う、一緒にバスケしたくなるってな。」
「安心しろって。それはねぇから。だいたい学費が安いからこっち選んだのに、今更私立に転校なんてできねぇって。」
「金の問題じゃねぇ!武!おまえが本気でバスケしてぇのかしたくねぇのかだろっ!ガキが変な心配してんじゃねぇ!!」
怒鳴りながらも惇次郎は笑みを浮かべていた。惇次朗の頭の中ではすでに4人に交じって本気でバスケを楽しむ孫の、奥田武の顔が浮かんでいた。