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097  移動攻撃理論

 ドラゴン狩りを終えてギルドホームに帰還したのだが、みんなどこかぐったりと疲れた様子を見せていた。いつもにも増して緊張を強いられる戦いが連続していたためだろう。精神力の配分みたいなものが取りにくいことも大きい。

 普段ならば一度ドラゴンと戦えば、次のドラゴンを探して倒すまでの間に30分近いインターバルをおけたのだ。しかし、今回はそこら辺を歩いていると、しょっちゅう〈竜牙戦士〉と遭遇して戦闘になる。

 〈竜牙戦士〉は一撃が重く、特に金色の攻撃は3000~5000点のダメージを受ける。防御力のない石丸では、一撃で倒される危険性すらある。手抜きもできないが、かといって本番であるドラゴンとの戦いで疲れていてはダメなのだ。こんな状態がシブヤに戻る夕暮れまでずっと続くことになった。


シュウト:

(敵の強さとか、まるで大規模戦(レイド)のダンジョンみたいだもんなぁ……)


 一回ごとの戦闘での、敵の数は多くない。加えて平均して90レベル付近であるため、レベルアップには向いているかもしれない。しかし、状況的には不自然に〈竜牙戦士〉が生み出されている訳でもあって、特殊な魔法(竜語魔法?)を使う強敵の存在が予見され、先の見通しは決して良くなかった。不気味な悪い予感に流されてしまいそうになる。



 ――翌朝。



 普段通りの朝練をこなし、外の練習ポイントに移動。


ジン:

「では、今日は移動攻撃理論をやります。急ぎでな」

シュウト:

「お願いします」

ジン:

「ゴホン。では、…………剣道は、なぜ、右足から踏み込むのか?」

シュウト:

「はぁ」

ジン:

「一般解では、左足を斬らないため、などと言われている。これは正しいかもしれないが、正し過ぎる訳でもない。

 もう一つ。寸止め系の空手の場合、右足の踏み込みと一緒に右拳を突き出す形を練習させ、それを『順突き』と呼ぶ。逆に、左足前で、右パンチの場合、――いわゆるボクシングでいうストレートパンチ、に相当するものを『逆突き』と呼ぶのだけど、これはなぜか?」

シュウト:

「……わかりま、せん」

ユフィリア:

「理由があるってこと?」

ニキータ:

「そもそも、それの何が問題なんでしょう?」

ジン:

「デスヨネー。……前提が分かってないお前らに、ゆっくり謎解きする時間が惜しい。さっさと次に行くから教えちまうが、これは『腰の回転運動』を防ぐためだ。

 たとえば野球のバットスウィングやゴルフのクラブを振り回す動きは、腰を中心とした回転運動からエネルギーを取り出すことで、球を遠くに飛ばしたりしている。でも、剣術でこれはNG。ノーグッドなんだ」

シュウト:

「そうなんですか」ぽけー

ジン:

「そうなんだよ。じゃあ、どうすればいいのか? 答え:移動力を利用する、だ。

 腰の回転運動を利用するものをAFS。腰の回転運動を使わず、移動力を利用するものをBFSと呼びます。これらの運動現象を理解し、主にBFSの優位性を利用しようというのが、ここでいう移動攻撃理論だ。

 ……ダメか。じゃあ、わかりやすーい例題を見せよう、な!」



 で、前に立たされる。実験台ということらしい。


ジン:

「では、AFSから。AFSとは、After front foot's landing stroke の略称で、大雑把に言えば、移動『後』攻撃だ」


レイシン:

「いくよ?」

シュウト:

「お手柔らかに、……お願いします」


 目の前にたったレイシンが、立ち構えから、体を捻り、もの凄い速さの突きを繰り出していた。眼前で停止したものの、風圧が髪をなびかせる。たぶんロウソクなら10本や20本は楽に消せるだろう。


ジン:

「これが、腰の回転運動を利用したAFS系の動作。AはアフターのA。前足の接地『後』の動作って意味だ。腰の回転運動は、前足をブレーキにして、回転運動を作るんだ。じゃあ、次はBFSな」


 5mばかり離れた位置にレイシンがたつ。「いくよ~」とのんびりした声を掛けてくる。もうこの段階からイヤな予感しかしなかった。


レイシン:

「フッ!」


 飛び込みからの突きなのは分かる。分かったが、移動速度もさることながら、その突きは、反応可能な速度をまるっと超えていた。拳が見えるとか、見えないとかの問題ではない。速すぎた。防御無しなのは怖い。

 拳から顔まではかなり離れていたが、強烈な圧力だか空気だかが顔にブッ飛んでくる。間違って拳が当たりでもしたら、首から上が跡形も残らないような? それ以前に衝撃波が飛んでこなかっのは何故だろう? 単なる幸運? もしかして奇跡? 神様、ありがとう。

 どうにか防ごうと思っても、この拳速からすると防御不能な感じだった。


ジン:

「これがBFS。Before front foot's landing stroke の略で、前足の接地『前』動作のことをいう。大雑把には移動中攻撃と訳せばいい。BFSのBはビフォアのBだな」

ユフィリア:

「前と後だね。……ん、後と前? あれっ、後と中?」

ジン:

「ハハハ。移動前攻撃にはできないから、移動中になる。『停止前』だな。んで、現在の日本ではAFS系運動が主流になってる。移動、停止、回転運動を連続させるものばかりだ」

シュウト:

「移動攻撃理論ってことは、メインはBFSですか?」

ジン:

「まぁ、そうなんだけど、それは現在の主流がAFS系運動になっているからなんだ。この世界の原型になっているエルダーテイルも、AFS中心で作られている。部分的にBFSの動作が混じっていたりするけど、まず例外扱いだ」

シュウト:

「ジンさんのよく使うシールドチャージとか、カウンターの斬り抜け、〈暗殺者〉だとアクセルファングとかですね」

ジン:

「BFSの基本的なイメージは、ランスを使った突撃(チャージ)だな」


 しばらく雑談になって、あれはどうか、これはどうか?という確認タイムになった。


ジン:

「AFSのメリットは、全身運動による威力強化だ。筋力を総動員しなきゃならない場合は、AFSの方が向いている。

 一方でBFSの特徴は、その速度にある。ただし、走っている最中なので、腰から下の筋力は利用できない。ほぼ腕だけの筋力使用になる」

シュウト:

「腕だけになっちゃうんですか?」

ジン:

「メンドいな。いいから、ちょっと走りながら武器を振り回してみろ」


 やってみると直ぐに理解できた。走りながらだと腰の回転運動は全くと言っていいほど利用できない。走りながら、横を走っている相手と戦うなら、腕で武器を振り回すのが精一杯だろう。


ジン:

「BFSは、前方のみの小方向、大移動距離、高速度を扱う。

 AFSは、前後左右ナナメの多方向、小移動距離、高加速度を扱う。

 ……それぞれにメリットとデメリットがあるのは分かるな?」


ニキータ:

「なんとなくは……」

ジン:

「しょうがないな。分かりやすくて覚えやすい例題を出してやろう」

シュウト:

「お願いします」

ジン:

「背が高くて、メガネをかけていて、俺ほどじゃないがそこそこイケメンの〈守護戦士〉がいるとするよな? そいつがかなりデカい大きさの両手斧を振り回してくる」

シュウト:

「あぁ……」

ユフィリア:

「もしかして、クラスティさんのこと?」

ジン:

「いやいやいや、あくまでも例題ですよ? 俺は特定の誰とかは言ってませんよ?」

ニキータ:

「すっごい悪そうな笑顔ね」

シュウト:

「うん」

ジン:

「うっせ。とある偉い人はいいました。『悪意で覚えよ!』と」

ユフィリア:

「やっぱりクラスティさんなんだ?」

ジン:

「ちがうってば! 誰を連想するかは、個々人の自由というヤツなの!」

シュウト:

「とりあえず、続きをお願いします」

ジン:

「ぬ。……そのエセイケメンメガネは、そこそこ運動能力があると仮定しよう。攻撃してくるわけだから、まずダッシュの踏み込みで1拍子。敵の眼前で斧を振りかぶりながら停止、これで2拍子。急激な停止で斧には慣性運動が継続、前方に『吹っ飛んで』行く。これを利用しつつ、足から腰から全身の回転運動で、巨大な両手斧を振り回す。当たった相手は可哀想になる威力だろうな。胴体は真っ二つだ。これで3拍子」

シュウト:

「なるほど」

ユフィリア:

「うん、分かりやすかった」

ジン:

「だろう? じゃあ、そこに現れたるは、真のイケメン〈守護戦士〉だ。彼はブロードバスタードソードを片手で軽々と~」

ユフィリア:

「だから、ジンさんのことでしょ?」

ジン:

「そうだけど、ちがうんだよ。そこは想像にお任せしたいわけですよ」

ニキータ:

「ユフィ、お手柄ね。自画自賛が長くなりそうだったもの」

シュウト:

「ははは」

ジン:

「ちぇっ。まぁ、いい。真のイケメン〈守護戦士〉さんは、無造作にダッシュして踏み込み。これで1拍子だろ? そのまま停止しないでエセイケメンメガネの首に剣を引っかける感じで、斬り抜けながら惨殺。終わり。これで1.2拍子ぐらいだ。納得いかなければ、大負けに負けてオマケで1.5拍子でもいい」

シュウト:

「えっ?」

ユフィリア:

「……それだけ?」

ジン:

「そうさ。仕組みの上では『負けようがない』。だろ?」

シュウト:

「3拍子と1.5拍子。仮に2拍子だとしても、クラスティさんの停止中に、ジンさんは首を落とせてしまう……」

ジン:

「1.2拍子だっつーの」

ニキータ:

「これがAFSとBFSの違いってことだとしたら……」

ジン:

「そのまんま、AFSとBFSの違いだろうが」

ニキータ:

「一般認知度はどのくらいですか?」

ジン:

「ほぼゼロだ。お前らは、ほんの少しでも耳にしたことがあったか?」

シュウト:

「ありません……」

ユフィリア:

「これって、どうすればいいの?」

ジン:

「応用すればいい」

シュウト:

「それは、そうでしょうけど(苦笑)」


 言ってること自体が身も蓋もない。


ジン:

「じゃあもう少し例題を続けようか。

 ……黒い剣を自慢げにぶら下げて調子こいてる中途半端なヤンキー〈守護戦士〉がいたとする」

ユフィリア:

「今度はアイザックさんだよね?」

シュウト:

「さ、さぁ……?」

ジン:

「想像にお任せします。そこに現れたるは、黒装束を身にまとったヘタレ〈暗殺者〉だ。腰にはキラリと銀色の短剣が光っている」

シュウト:

「……つまり僕ですか?」

ジン:

「ヤンキーはダッシュする。ヤンキーダッシュだ。峰越えで1拍子、ダッシュで2拍子。我らがヘタレ〈暗殺者〉もダッシュだ。峰越え無しのカカトダッシュが、たまったま、巧く行って1拍子」


 『たまたま』が思いっきり強調されて、『たまったま』になっていた。


シュウト:

「がんばります……」

ジン:

「ヤンキー〈守護戦士〉は、〈暗殺者〉が予想より速かったので、AFSを諦めて、咄嗟に技を切り替えます。体当たりか、蹴り、突き技あたりが候補だが、とりあえずは剣による突きだろう。するとヘタレの方は、突きに変化したのを見て、慌てて回避に切り替えてしまいます」

シュウト:

「ああ……」

ジン:

「ヤンキーは内心ヒヤッとしているけども、弱気を見せないから『予想以上のスピードだぜ』とか適当にホメるような台詞を言って、誤魔化してくるだろう。〈暗殺者〉の方はヘタレなもんだから、大チャンスを逃したこともぜんぜん分かってなくて、『一瞬であんな風に対応してくるなんて、さすが……』とか言って、相手がとんでもなく強い、みたいな幻想を重ねて見てしまう訳だ。ヘタレだとこんなもんだろう」

シュウト:

「うぐっ」

ジン:

「言いたいことは何かあるかね?」

シュウト:

「……ございません」

ジン:

「うむっ!」

ニキータ:

「けちょんけちょんね」


 ヤンキーならぬアイザックさんの側はどうか分からないが、ヘタレ〈暗殺者〉ならぬ自分であれば、予測・予知・予言通りの行動を取ると思われた。反論の余地がない。


シュウト:

「そのぉ、僕が勝つにはどうしたらいいんでしょう?」

ジン:

「残念だが、ヘタレは勝てないと運命によって定められている。イケメンになるこったな」

シュウト:

「いや、そういうことじゃなくてですね?」

ユフィリア:

「ジンさんだったらどういう風になるの?」

ジン:

「さぁ~? どうだろうね~?」

ニキータ:

「……真のイケメン〈守護戦士〉が、ヤンキー〈守護戦士〉と戦った場合はどうなるんですか?」

ジン:

「そりゃあもちろん、真のイケメンが勝利するさ!」


 空気を読んだらしきニキータの発言にはしっかり反応を返している。最初から破綻しているのに、あくまでも『想像にお任せ』の立場を堅持するつもりらしい。


シュウト:

「なんて面倒くさい……」

ジン:

「黙れヘタレ。ヤンキーが峰越えして、ダッシュするので2拍子だろ。真のイケメンも1拍おいて、相手に合わせるように同時にダッシュする。ここでヤンキーには葛藤が生まれる。敵の動き出しが予想を超えて速いから内心で怯むんだ。予定より早いけど止まってAFSを開始するか、もしくは、念のために止まって防御するか、それともこのままとりあえず突撃してしまうべきか?ってな。十中八九、そのまま突撃を選ぶだろう。真のイケメン〈守護戦士〉の装備は、幻想級じゃない。店で買える程度の品だからな。レベルも90になっていない。装備のランクからすれば、たぶん大して強くないだろうし、このままでも何とかなるだろう。そう判断するからだ」

シュウト:

「普通、そうなりますよね……」

ジン:

「しかし、それが間違いの元。真のイケメン〈守護戦士〉は、ブランドではなく、必要な性能でモノをキチンと選ぶことのできる中身もイケメンさんだ。まさに真のイケメン。油断したヤンキーはただのヤンキーだ。とりあえずその場しのぎ的な突き技を繰り出そうとするが、時、既に遅し。この行動は真のイケメンにとっては予測の範疇でしかない。無惨にも突き技は間に合うことはない。もしくは、間に合ったとしても、きっちり技をかぶせてカウンターをごちそうさま。ヤンキーの首は飛んで終わりだな」

シュウト:

「同時にダッシュしたことで、相手は行動を変える時間が得られないわけですね?」

ジン:

「そういうこと。速度で有利なんだから、先の先も、後の先も余裕っチ。AFSでこういう戦い方をするだなんて、殺してくれって言ってるようなもんだ」

シュウト:

「これを理解していないと……?」

ジン:

「無論、カモにされる。分析するにも、概念や言葉を持っていない訳だから、随分と不利だね」

ニキータ:

「その場合はどうするんですか? ほとんどの人はこういうことを知らないですよね?」

ジン:

「大体は、タイミングの問題として一元処理だな。技の種類や、タイミングのせいになってくるんだ。なにか噛み合わないとか、タイミングが合わない、苦手、ムズいとかって判断で思考停止だ。

 AFS・BFSの場合、運動構造そのものが違うから、タイミングの問題として処理しようとすると、かなり無理が出てくる。だけど、一元処理すること自体は、そんなに悪いことじゃない。未知の概念への対応では、なんだって一元処理で当たるしかないからだ」

シュウト:

「AFSでBFSを迎撃しようと思ったら、どうすればいいんですか?」

ジン:

「タイミングの問題として扱うのだったら、早い段階で足を止めて、武器を振り回せばいいことになるな。ゲームの場合は、命中判定の相性勝負になったりすることが多いかな。居合いだったら、抜き手の速度で勝負。他にも、ランスの突撃に対処するケースなら、ランスより更に長い槍を構えて、相手が勝手に突き刺さるのを待つだとかな。後は、AFS系は多方向移動に向いているから、相手の攻撃軸線上から回避とかね。タンク系だったら、一発もらうのを覚悟で受け切って、相手の動きを止めて、AFS戦闘に持ち込んだりが基本の流れだね」


シュウト:

「原理的には、接地する前か、接地した後か?というシンプルなものなのに、結果とか、応用は複雑なんですね」

ジン:

「その通り。ついでに『剣にかわる身・身にかわる剣』もやるぞ。

 内容的には以前にも触れたことがあるんだが、剣の重心から回転を起こしたりの使い方の話なんだ」

シュウト:

「振り上げない振り上げの動き、ですね」

ジン:

「武蔵は五輪の書の中で、これらの概念に触れていたんだ。剣は振り回してはいけませんよ、と教えている。特に長い得物に頼ると、武器を振り回してしまい易くなる。敵と間合いを離して戦えば安全だと普通は考えるからな。すると、武器だけを動かそうとするから、回転運動に成りやすいんだ。こうした回転運動が何故いけないか?というと、それが『居つき』になってしまうからだ。人間は回転の中心になると、動きが止まる」

ニキータ:

「回転運動は、基本的に足が止まる運動ってことですね」

ジン:

「そう。達人同士の世界は、足が止まって居ついたら必ず斬られる。

 たとえば、年末でお馴染みの忠臣蔵、赤穂浪士の使った戦術が有名だ。敵1人に対して3人で打ちかかるのだが、前に1人、後ろから2人で戦うという作戦だった。この戦法だと、剣の腕に多少の開きがあったとしても、関係なく倒すことができてしまう。

 ……たとえ達人でも、AFS系はこれをやられると対処できないんだ。回転攻撃は足が止まるから、後ろからバッサリだ」

シュウト:

「じゃあ、武蔵は『剣にかわる身』ってことで、自分の体を敵に近付けてたってことですか?」

ジン:

「そういうことだな。相手も武器を構えているから、そんなに簡単なことじゃないが、相手にサッと身を寄せる動きを極意としていたんだ。五輪の書でも、何回もそういう表現が出てくるよ」

シュウト:

「仮に踏み込もうとしたとしても、そんな簡単に踏み込めないと思うんですが……?」

ジン:

「武蔵にはできたんだろ(苦笑) ……踏み込めない真の理由は『拘束世界』によるものだ。その他にも、使っている武術がAFSだったりとかな。フリーに到達したつもりでも、AFS武術を使えば、居つきに囚われてしまう。これは武術種目や流派レベルの問題だから、個人レベルを超えている。AFS系の流派の内側にいる人には、AFS自体を問題として自覚するのが難しい」

ユフィリア:

「どうすればいいの?」

ジン:

「俺たちにはあまり関係はないが、……そうだなぁ。試合が多いとかの競技化が進んでいる場合は、試合で結果を出してしまえばいいのかもな。伝統を守るタイプの武術の場合は、複数の武道を個人的にかじって、自分の中で融合させたり研究することかなぁ。AFS系ならはBFS系を、BFSはAFSを学んでみる、だとか」

シュウト:

「何事も、極めようと思ったら大変な苦労があるんですよね……」

ジン:

「そりゃ、そうだ。というわけで、こういう知識や練習を積み重ねていくと、フリーの剣術に近づいて行くって訳だ(笑) 当面の問題は、エルダーテイルの戦闘システム上での応用、パーティプレイとの融合。いわゆる妥協点を探る作業になるわけだな」


シュウト:

「いくつか疑問があるんですが?」

ジン:

「いいぞ、順番に解決していこう」

シュウト:

「その、BFSとAFSを合体させて、必殺技とかって作れないんしょうか?」

ジン:

「いきなり『それ』かよ。結論を言えば、不可能ではないが、難易度は高いな。これを『B→AFS』というのだが、現実の例を出すと、野球のピッチャーが速球を投げたりとかが、これに含まれる」

シュウト:

「あっあっ、その辺りの話を、ちょっと詳しめにお願いできますか?」

ジン:

「ん? まぁ、いいけど。……野球は大半がAFS運動なんだが、ところどころでBFSの萌芽が見られたりする。有名な例だと、オリックス時代のイチローのバッティングだとかな」

シュウト:

「えっ、あれって、BFSだったんですか!?」

ジン:

「だから何なの、その食いつき? 野球ファンか?」じとー

シュウト:

「……スミマセン」

ジン:

「いや、いいけどさー。……特にバッティングはAFS型が主流だし、批判も凄かったんじゃないかな。腰の回転をあまり利用せず、体幹部を移動させ、腕でバットコントロールしてるから、BFSの特徴をちゃんと備えてるんだよ」

シュウト:

「なるほど」

ジン:

「笑えるのは、誰もキチンと分析できてないことだ。日本人なら当時、みんな知ってたのに、アレが何だったのかは今だに良くわかってない。いや、BFSだから有利かどうかってのは別の話だし、結論的にはヒットの量産は可能だったことになるんだけども。

 これと同じパターンに、テニスのジャンプショットがある。ジャックナイフとかエアKって名前だけど、話題になっただろ?」

ニキータ:

「アレも、ですか」

レイシン:

「停止しないで、ジャンプしながら打ってるからね」

ジン:

「腰の回転運動には接地が必要だから、ジャンプするとBFSになりやすかったりする。

 ……そんな感じで、メジャースポーツで実際に目にしてても、ロクに分析できていないのが現状だな。選手がAFSに足りないところをどうにか補おうと、いろいろ工夫した結果だろう。

 話が逸れてんな。……えっと、野球のピッチャーが速い球を投げようとする場合、通常だとAFSを頑張っちゃうわけなんだが」

シュウト:

「たぶん、そうなりますよね」

ジン:

「ところが、ピッチャーには他の野手たちとは違う要素がある」

ユフィリア:

「違う要素?」

シュウト:

「どんな要素ですか?」

ジン:

「ちったぁ考えような。 ……マウンドだよ、マウンド。じゃあ、マウンドは何のためにあるものだ?」

シュウト:

「び、BFSですか?」

ジン:

「はい、そうです。そういう話をしてるわけだからな。

 ピッチャーマウンドにはこんもりと山状に土が盛ってある。このため、僅かだが高低差がある。このため前下方への前進運動が誘発され易くなっている。体幹部の移動速度が、投げるボールに加算され易い構造・環境だ。さっき、レイのBFSパンチを見ただろ? すげぇスピードだったろ?」

シュウト:

「はい。なんというか、逆に全く見えませんでしたが」

ジン:

「さよけ。ピッチングのB→AFSでは、移動速度をギリギリまで残しつつ、AFSの回転運動も成立させる。しかし、BFSを強めると、腕投げになるし、AFSを強めると、体幹の移動速度を殺してしまう。

 更に野球の場合、プレートから足を外して投げるとボークを取られるだとかのルールがあるから、相応に難易度は高くなってる。体幹部の移動速度が速ければ速いほど、ボールに加算される速度も高まるが、同時にボークになる危険性も高くなるって寸法だ」

シュウト:

「良くできてるんですね」

ジン:

「他に質問は?」

シュウト:

「……これで、剣術は終わりですか?」

ジン:

「理論的には、大元をおさえたことになるね」

シュウト:

「もっと、武器の動かし方とかってやらなくていいんですか?」

ジン:

「武器攻撃術ってのは、究極的には、相手が死ねばどう動かしてもよいのだよ。もっと厳密に言うなら、『武器が動きたい方向』だのは存在するんだけど、それは『剣にかわる身』があって初めて出てくるわけで、BFSが前提になってる。結論的には、大元の理論をおさえたから、自動的に理想形に近づく、という仕組みだな。あとはひたすら練習するのみだ」

シュウト:

「……理論だけで、人は強くなれますか?」

ジン:

「アホなことを訊くな。……無理に決まってんだろ。所詮、理論なんて現実の後追いに過ぎんのだし。天才を解読可能にするのがせいぜいだよ」

シュウト:

「そうですか」





 一通り質問し終わったので、練習もかねて組み手を行う。

 BFSに近い性質があるため、アクセルファングを組み込んで攻撃していた。


ジン:

「移動距離があるのは分かるけど、当てるために使うな。間合いに入るまで我慢しろ」

シュウト:

「はい!」


 『普通に戦って、普通に負けろ』という謎のオーダーに従って、普通に戦う。やってみたい工夫だのが幾つも思いつくのだが、我慢して、普通を心がけて戦う。理由は、その内に理解できるのだろう。


 目で追うのも難しい高速の斬撃や、やたらと重い攻撃が入り乱れて圧倒される。盾をこちらの右腕に押しつけるようにしながら攻撃を封じて来たり、なぜか戦いにくいポジショニングだったりと、戦う度にパターンが変わってくる。基本的に使ってくる技は同じなので、やりやすいのか、やりにくいのか、よくわからないままポンポンと負け続ける。


ジン:

「ほいよー。ああ、来たのか。わかったー、戻るわー」


 念話しながらの連続攻撃。こちらも反撃を試みるも、狙い澄ました様なタイミングで『カウンターの斬り抜け』を合わせられた。……無理ゲーとはこのことか。


ジン:

「いい負けっぷりだったな。……んじゃ、客が来たから戻るぞ」

ユフィリア:

「はーい」


 ギルドホームに急ぎ足で戻る。ジン曰く、『客人を長く待たせるのは趣味じゃないから』だとか。『駆け引きで待たせる場合は例外な』という注釈のオマケ付き。ミナミに行った時、〈ハーティ・ロード〉に丸一日待たされたのを思い出し、すこし苦笑いしてしまう。

 戻ってみると、〈海洋機構〉のエルムが既に待っていた。


シュウト:

「戻りました」

葵:

「おかえり~ん」

ユフィリア:

「エルムさん、こんにちは☆」

エルム:

「お邪魔してます。ユフィリアさんは今日もお美しいですね」

ユフィリア:

「ウフフ。ありがと♪」

エルム:

「っと、お世話になっております。お先に、上がらせて頂きました」

ジン:

「おう、待たせて悪かったな」

エルム:

「こちらもちょうど到着したところでして」

レイシン:

「えっと、今からお茶を煎れるけど、希望はあるかな? 緑茶、紅茶、ブラックローズティー、あとは、オレンジジュースとかもあるけど」

エルム:

「実は、甘いものを用意して来ました。みなさんでご一緒にいかがでしょうか?」

レイシン:

「じゃあ、紅茶がいいかな。ミルクティーの人~? ホット? アイス?」


 全員でミルクティー。話の流れにより、ホットで統一された。


エルム:

「では、今回はこちらが秘密兵器を出させて貰います」にやり


 マジックバッグから紙箱が出てくる。包装をとき、箱を広げると、甘やかな香りと共に、色とりどりのケーキが現れた。


ユフィリア:

「うわぁ、ケーキだぁ!」

ジン:

「うおっ、生クリーム? バタークリーム?」

葵:

「バナナ世代か!……ってスッゲ。〈ダンステリア〉じゃん。もしかして新作? あそこ品薄で入手困難だって聞いたよ!?」

エルム:

「フフフフ。蛇の道は蛇です。〈海洋機構〉が砂糖を卸している関係で、優先して入手できました」しゃきーん

葵:

「コネとはやるねっ!……おぬしもなかなかワルよのぉ?」

エルム:

「いえいえ、お代官様ほどではございません」

シュウト:

「うわぁ、悪い大人の人がいる」

ニキータ:

「とりあえず、頂きましょ?」


 さすがのニキータさんも瞳が輝いて見えた。ミルクティーが全員分そろう前なのに、フォークに手が伸びる。


ユフィリア:

「ふぁ~、おいひい。……エルムさん、ありがとう!」どっぎゃーん

エルム:

「うはぁ! 持って来て、よかっったーーっ!!(感涙)」


 ユフィリアが潤んだ瞳に、幸せの輝きオーラ全開にさせての感謝型必殺攻撃。手をにぎられたエルムは、クリティカル直撃らしい。


ジン:

「いやぁ、甘いものって、本当にイイですねぇー」

葵:

「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ……」

石丸:

淀川長治(よどがわながはる)っスね」

ジン:

「えっ? あの人、チョウジじゃないの?!」

シュウト:

「何の話ですか……」


 エルムがホットミルクティーをやたらと丁寧に飲んでいる。ゆっくりと、可能な限り堪能しているようだった。


エルム:

「……いやぁ~、すばらしいです!」

レイシン:

「だったら、おかわり、いる?」

エルム:

「それは是非とも!」

ジン:

「……つか、お前は何をしに来たんだ?」

エルム:

「それは勿論、お茶をして雑談に……」

ジン:

「帰れ」

エルム:

「おかわりを飲み終えるまで待ってください」

シュウト:

「あの、ツッコミを期待されても困るんですけど」

エルム:

「それはそれは、失礼を。……そういえば、こういうのもありましたね」


 そういってエルムが取り出したのは、アキバ新聞だった。ジンが手にとったので、ユフィリアが体を寄せて横からのぞきこんでいた。


ジン:

「どれどれ? そうだよな、レベル91が一番の話題だよな」

ユフィリア:

「シュウトのことも載ってるよ」

シュウト:

「取材を受けたからね」


 〈アキバ新聞〉のユーノという女性冒険者からのインタビューを受けたのだった。どちらかと言えば、面白い感じの人だったと思う。


ジン:

「てか、何で7番目なんだよ」

シュウト:

「ちょっと、いいですか?」

ジン:

「ン」


 ジンが差し出した新聞を中腰で受け取る。〈黒剣騎士団〉が先に来ているのは、もはや仕方がないだろう。個人的には、順番などどうでもいい話なのだ。


ニキータ:

「どう?」

葵:

「ヘイヘイ、どいたどいた~」


 ひょいと顔を近付けてくるニキータ。葵はヒザの上に強引によじ登り、自分のポジションを確保していた。つまり僕のヒザの上に座っているのだが、気にしたら負けかなと思う。


葵:

「ありゃりゃ、〈シルバーソード〉にも3人いたんだねぇ」

シュウト:

「……ですね」


 あの日のお祭り騒ぎに現れなかったため、まったく気にしていなかったが、こうなってみると、挨拶ぐらいしておいた方がいいような気も、しないでもない。


ニキータ:

「うん。これなら悪くない扱いじゃない?」

ジン:

「ハッ、クイズだったら引っかけポジだろ」

葵:

「問題。アキバで最初にレベル91になった10人を答えよ!」

ユフィリア:

「〈黒剣〉と、〈シルバーソード〉と、あと誰だっけー?」

エルム:

「いや、むしろ〈黒剣騎士団〉の誰かをド忘れするパターンでは?」

シュウト:

「新聞にも載ったし、目的達成ってことでいいんじゃありませんか?」

ジン:

「お前なぁ、金を払う側の気持ちにもなりやがれ!」

エルム:

「えー、話しもちょうど出たところですし。こちらを、お納めください……」


 ケーキが避けられたテーブルの上に、あの日の金額が書かれているであろう紙が置かれた。ジンは嫌々半分、怖いもの見たさ半分の様子で、指先でそーっと引きずって、テーブルの端に来たところでぱっと掴んだ。


ジン:

「……(チラッ)ぐはぁぁぁ!」

葵:

「大ダメージだったか」によによ

エルム:

「いやぁ、これでもだいぶアチコチに泣いて貰って来たんですが」


 サラッと恐ろしいことを言っていたが、気が付いていないフリをしておいた。


シュウト:

「あえて金額は訊きませんけど、……知りたくもないですし。利子とかって平気なんですか?」

エルム:

「大丈夫です。借金というのは、金額が大きいと逆に安全なものなんですよ。誰も責任を取りたがらないので、みんなが返済に協力してくれるようになります」

ジン:

「人事だと思って気楽に言いやがって!」


 さすがのジンも、精神的に大ダメージだったのか迫力が足りていなかった。


エルム:

「それはそうと、あの日は私もタダ働きということになるのですが?」

ジン:

「それがナニか?」

エルム:

「少しばかり、ご褒美を頂けないかと思いまして」

ジン:

「却下だ」

エルム:

「できれば、正式に夕食に招待していただきたいのですが?」

レイシン:

「そんなこと? だったらぜんぜん構わないけど、今日? 食べたいものとかあるの?」

エルム:

「お恥ずかしい話ですが、女性を同伴したいので、また日を改めてお願いできますでしょうか」

ジン:

「なに勝手に話を進めてんだ。女連れってどういうこっちゃ」

レイシン:

「じゃあ、都合がついたら、前日に連絡を貰えるかな? 準備しておくから」

エルム:

「ありがとうございます。必要な食材などがあれば、ご連絡ください。可能な限り、こちらでご用意させて頂きます」

レイシン:

「それは助かるなぁ」


 もはや、やりたい放題という感じだった。その後、ドラゴン素材もキチンと購入し、満足そうにシブヤを後にするエルムだった。……ああいうフリーダムさは自分にはない部分で、まるで敵いそうになかった。

 


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