表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/260

096  常勝の戦法

 室内練習に使っている倉庫の中で、四つん這い歩きから、立っての重心移動の基礎練習までを終える。本日はドラゴン狩りの日なので、朝の訓練時間は、あまり長くとれない。

 

ジン:

「んじゃ今日から、もちっとディープな世界にごあんなーい、だ。 ……つっても、そんなに難しい訳じゃない。実際問題、剣術は理論的にはあとちょっとしかないからな」

シュウト:

「そうなんですか?」

ジン:

「うむ。剣術は、武蔵ぐらいの強さがあると、もうどうにでもなっちゃうからな。誰も対抗できなかったし、真似も出来なかったから、進化しようがなかったとも言える。ここから先は『移動攻撃理論』と、『剣にかわる身・身に変わる剣』ぐらいだな」

ユフィリア:

「でも、それって簡単じゃないんでしょ?」

ジン:

「理屈はそんなに難しいとは思わないけど、実戦で使うにはやっぱり練習しないといけないし、とにもかくにも運動能力自体をどげんかせんと、予定の出力が出ねぇかんなー」

シュウト:

「それで終わり、ですか?」

ジン:

「剣術はな」

シュウト:

「じゃあ、剣術じゃないのは、まだまだあるんですね?」

ジン:

「うーん。非常に残念なことに『形而上の領域』がお待ちかねなのだよ。体を動かす『具体的なテクニック』だのは、その割合を減じていく。威圧だの、丹田だのの方がメインになっていくしかないんだ」

シュウト:

「形而上、ですか……」

ユフィリア:

「……?」

石丸:

「形而上とは、形をもたない、抽象的・観念的なもののことっス」

ユフィリア:

「そうなの?」

ジン:

「まぁ、ぶっちゃければ『神』のことだが、ここでは意識の話をしている。人として生まれて来たからには、物質領域だけに縛られて、形而上の領域に踏み込まないのは、寂しかろうとは思うんだ。それでも、純粋な技術や理論が好きだと、少しばかり残念な気もするものだ。ただ、どうしても強くなろうと思ったら、避けては通れない道だったりして」

ユフィリア:

「でも、意識って目に見えないんでしょ? どういう風に練習するの?」

ジン:

「ほんなら、試しにやってみせようか?」

ユフィリア:

「うん!」


 移動攻撃理論は後回しにして、形而上の領域を体験することになった。パーティの前にジンが立つ。5人全員に向けて、何かをするらしい。たぶん剣気による威圧とか、そういうものだろう。意識や気による不思議な現象であれば、普段から体験しているので、今では慣れっこになってきている。


ジン:

「じゃ、弱めでいくぞ」

シュウト:

「はい。お願いします」

ジン:

「ほいさっ!」


 ハラに気合いを入れたような気がした途端に、轟々たる圧力と奔流に押しつぶされ、押し流される感覚に襲われていた。半ば自動的に顔をかばうように腕を交差させ、歯を食いしばり、腰を落として耐える体勢になる。ほぼパニック状態で、全身に力が入らない。戦意を喪失させる強制的なエネルギーを前に、どうすることもできない。

 以前に一度、似たようなものを経験したことがあった。怒り狂っていた時、ジンに殺意を向けられた途端、逃げ出したくてたまらなくなった『あの夜の感覚』に近かった。震えが止められない。


ジン:

「……という感じで、これがドラゴンストリーム的なヤツだな。最強に分類されるものの一つだよ。重々しい気と、高熱の気が入り混じったヤツが直進して相手の下丹田を破壊し、うねり上がって中丹田もブチ壊して、更に相手を奥に吹き飛ばすように突き進むんだ。抵抗力そのものを破壊した上に、闘志も消し飛ばし、足は浮き足立ち~の、腰は引けるわで、大変な目に遭うんだな、これが」


シュウト:

「…………」

ユフィリア:

「…………」

ニキータ:

「…………」


ジン:

「ん? どうかしたか?」

ユフィリア:

「今の、凄く、なんだろ? 凄く、凄かった……」

ニキータ:

「……無理、……絶対に、無理」

ジン:

「刺激が強かったか? あー、スマン。加減が下手だったかも」

シュウト:

「なんというか、こんなことが出来たら、剣術なんか要らないんじゃ?」


 脱力というよりも虚脱感に近い。まだ『力が入らない感覚』が全身にまとわりついている。いま敵に襲われたら、ひとたまりもないだろう。


ジン:

「その通りだ。相手をビビらしてから、殴ったり、切ったりすれば無条件で勝てるからな。これが古今東西、最強とか言われた連中が軒並み使っていたとされる『常勝の戦法』だな。チンピラレベルを越えたガチの威圧・封殺能力。……武道関係者が下丹田を異様に重視する理由が、少しはわかったんじゃねーの?」

シュウト:

「……ジンさんは、どうして使わないんですか?」

ジン:

「ドラゴンとかには使ってるよ。ただドラゴンだとあんま効果がないだけ。連中には意識体としての強さがあるからな。……実際、こんなのまで使って人間と戦ったって、面白くもなんともないし、ぜんぜん使う必要もないし」

シュウト:

「最低でもこれを防がないことには、ジンさんには勝てないってことじゃ……?」

ジン:

「これを使わせるほど、俺を全力に持ち込めたら、まぁ、そうなるだろうな。がんばれ、無理だとは思うが」


 登るべき山の高さが、いきなり数倍化した。例えると、富士山だと思っていたら、エベレストどころか軌道エレベーターだった、という類いの大変更だ。詐欺にもほどがある。


シュウト:

(待った。……本当に軌道エレベーター程度なのか? 可能な限り低く見積もろうとしてるんじゃ? そんなの意味が無いんだぞ)


 自らを叱咤する。励ます意味を込めて、振り絞るように質問する。


シュウト:

「ちなみに、ジンさんの限界って……?」

ジン:

「ねーなぁ、そんなモノは。……少なくとも、俺は知らない」

シュウト:

「それは、その、どういう意味なんですか?」

ジン:

「『フリーライド』だとか『フリーの世界』に到達するってことは、筋肉だのの物質領域から、意識領域にシフトすることを意味してるんだよ。つまり逆に『拘束された世界』は、物理的な限界から生まれる限界に阻まれた結果なんだ。物質イズムというか、物理イデオロギーというか……」

シュウト:

「物理限界が、限界って、それは普通のこと、ですよね?」

ジン:

「だから、今、見せただろ? 形而上だのが始まるんだって。というか、現実には『とっくの昔に始まってる』。

 いわゆる意識に物理限界はない。限界から自由になるから、フリーって言ってんの。逆にいえば、幾らでも、際限なく、無限に鍛えることが出来んだわ。

 そんでもって、強さってヤツは、それを発揮するには相手が必要で、相手が強ければ強いほど、高水準の強さを発揮できる場が、可能性が、出てくる。従って、どんだけ強かろうと、敵もある程度まで強くないと強さってヤツは発揮されないモノなんだよ。逆に相手が強すぎても瞬殺されるだけだし、丁度いいランクの相手との出会いは奇跡みたいなものなんだ」

ニキータ:

「意識に限界がないから、強さにも限界がない?」

ジン:

「そうだ。それが、……(タメ)……秘密だ。秘密って言っても、最初っからオープンにされてるんだけどさー」

レイシン:

「でも、誰かが説明してくれる訳じゃないんでしょ?」

ジン:

「それは、俺たちの世界も、この世界も同じだな」


 綺麗にまとまった気がしたが、納得いかないものは納得いかない。


シュウト:

「でもあの、物理限界は、物理限界、ですよね?」

ジン:

「おう、しつこいな。物質的な限界は確かにある。人間は光の速さで『走る』ことは出来ないだろう。単なる『移動』だったら、遠い将来に可能になるかもしれん。たとえば『意識だけ』とかの限定的な形でなら、なんとかなるかもしれない」

シュウト:

「だったら、物質限界は越えられないんですよね?」

ジン:

「現実なら無理だが、魔法があるこの世界では、微妙な辺りだな」

シュウト:

「それは……、そうか、そうですね」


 たとえば死んでも復活できてしまうのだから、前提付近からして限界を越えている気がしないでもない。魔法はある種の法則利用かもしれないが、いわゆる一般的なイメージの物理限界からすると、逸脱してしまっている部分がある。


ジン:

「根本的な限界はともかく、心理的な限界の方が大きな問題だ。それは視点の影響を受けてしまう。たとえば、100m競争での人類最速が更新されるかどうかは、物質限界の問題か? 違うだろう。それはほぼ才能の問題として扱われている。世界記録は思いっきり人類の壁、限界そのものなんだけど、そもそもウサイン・ボルトが登場する前は、9秒8ぐらいが人間の限界だろうと予想されていた。それを、ボルトが変えてしまった。100mを9秒台で走れる人間は、世界でも100人ぐらいしかいなくて、人類でも一握りのトップランナーに属する。そういう連中にとっての0.1秒は、ほぼ1mに相当するわけ。……で、そんなトップランナーの連中にとって、4mも、5mも、前を走ってゴールするバカが現れたらどうする? どうなると思う?」

シュウト:

「わかりません」

ユフィリア:

「凄いなって思う?」

ジン:

「限界って何だったんだ?と思うことになるのさ。つまり『このぐらいが限界だろう』と思っていた『決めつけ』がブチ壊されることになるんだ」

ニキータ:

「意識の力で、ですか?」

ジン:

「まさしく。 ……そんな訳で、物理限界には何の価値もない。限界手前のギリギリの最高スペックがどのくらいなのかと、それはどうやったら発揮できるのか?ということにしか、意味も価値もありはしない」

シュウト:

「それは、はい。そうだと思います」

ジン:

「そして、真の問題は、その限界スペックとやらの遙か手前で、テメェ勝手な妄想をタレ流していることにある。もうダメだ、もう限界だ、絶対に無理だ、不可能だ!……ってな」

シュウト:

「もの凄く耳の痛いコメントではあるんですが、なんというか……」

ジン:

「じゃあ、こう言い換えよう。ボルトが91レベルの〈暗殺者〉で、お前と完全に同じスペックしかなかったとしても、走って競争したら、圧倒的にボルトの方が速いと考えられる。その理由は?」

シュウト:

「同スペックなら、同じスピードになるんじゃ?」

ユフィリア:

「ボルトさんの方が、背が高いとか?」

ニキータ:

「つまり足の長さ?」

シュウト:

「ぐふっ」

石丸:

「『同じスペック』という部分がキモになっているっス」

ニキータ:

「じゃあ、……走り方が違うってことね」

ジン:

「ほぼ正解。意識力の差でもオーケー。ボルトは他のトップランナー達と比べても、スペック的な差はそこまでない。特殊な走り方をすることで、巨大な推進力を手に入れることに成功したんだ。……そっちの解説はまた今度な。

 じゃあ、第二問。『同じスペック』なのに、どうして走ったら負けるのか? この場合の『同じスペック』とは何のことでしょう? ここまでの文脈から答えなさい」


 みんながこちらを見ている。自分が答えなければならないらしい。


シュウト:

「えと……、『物理限界』?」

ジン:

「よし、オーケーだ。この場合スペックは評価言語でな。同じ数値である場合、同じやり方をしたら同じ結果を発揮しうる、といった形式で整えられている。この世界は『最低レベルの引き上げ』が行われている関係上、最低ラインは同じだから……」

ユフィリア:

「最低レベルの引き上げって?」

ジン:

「みんな顔が美形になってたり、筋力から頭の働きまであらゆる能力上昇効果があること、更に言えば、本来なら戦いなんて出来ないようなガキにも戦闘が可能になってたりする。こういうのを底上げ、ボトムアップという。

 オートアタックの形状変化による『戦闘モード』は、システム的な支援によって、走り方も一定水準まで引き上げるから、一見すると同スペックだと同スピードになって感じる。けれど、それは最低ラインによるものだってことだ。

 ついでに言うと、レベル制限によってスペックアップは出来ない。筋力は一定値に保たれる。すると抜け道は『方法論の変化』へ自然と収斂されることになる。これはフリーライドでの基本的な考え方だな。上達するのには、とても都合のいい世界なんだ」

シュウト:

「同スペックでも、方法論の変更で、最終出力値を変化させることが出来る……」

ジン:

「いや、視点の問題なんだから、同スペックのボルトは、方法論の変更で最終出力値を高めているのに過ぎないのに、『まるでスペックアップして見える』ってことだ」

石丸:

「オーバーライドとフリーライドを間違える訳っスね」

ユフィリア:

「んー、どうして?」

ニキータ:

「システムサポートに依存してしまうと、やり方を変えられなくなる」

シュウト:

「……形が、限界を作るんですね」

ジン:

「だが、下手な変更を加えると、システムサポートにお任せするよりも最終出力値は落ちてしまう。その場合、何もしない方がマシってことになるな。この問題は気合いや根性では越えられない。これは絶対だ。

 大ざっぱでも何とかなるんだったらイチイチ説明しなくてもいいんだが、そういう態度だと墓穴を掘るばっかりなんでなー」

シュウト:

「微妙なニュアンスの違いで、大違いってことですもんね……」

ジン:

「ところで、ボルトがそんな風に超高速走行してきたとしても、さっきみたいな威圧の力で動きを止めればいいってことなんだよ。ちょっと速くたって、なんの意味もなくなる。どんだけ動きが速かろうと関係ない。反応とか、動き出しが一瞬でも遅れたら、その隙にパカーン!と一発入れられたら強制終了だ。どんだけ精妙な技を練ろうが、パカーン!で終わりなんだ。もう、やってらんないね。アイコンから特技を入力しとけばいいんじゃね?ってぐらいだね」

シュウト:

「……理不尽、ですね」

ジン:

「技の強度問題というヤツだな。こういうのもあるから、難しいもんで、武道だの格闘技だのは、気合いや根性がなかったら、そもそも上達できなくなってくる。……なんだけど、気合いや根性に馴らされた人間は、あっというまに大雑把になる」

ユフィリア:

「何で大ざっぱになっちゃうの?」

ジン:

「んー、何も考えないで、雑にやる方が楽だと思ってるからだ。自分の感覚を麻痺させれば、我慢したり、耐えられたりするようになると信じているんだろうな」

シュウト:

「ラフとレフってのもありましたね」

ジン:

「……これがなー。現実世界だったら、そんなんおおざっぱーだの、雑だの、ラフだののやり方じゃ、終いには怪我するから、そん時に反省すれば、やり方を変えたりするチャンスも来るんだ。

 でも、だけど、しかし、この世界じゃ〈冒険者〉ってヤツは頑丈すぎる。痛みも感じにくいし、怪我しても一瞬で回復できたりする。そんな超強力なボディだったりするから、あっさりと詰む。アホが根性論なんてやってると、まんまと、この罠に、ハマる」

シュウト:

「えっ、と。……さっきと言ってることが違いませんか?」

ジン:

「そうな。自然と『やり方を変える』方向に向かう最高の環境のハズが、根性論のパワー主義に向かうと、いくら努力しても全く成長できないような最悪の環境になっちまう。まさに、紙一重。天国と地獄。ちょっとバカだけど、真面目で一生懸命なタイプとかは、おめでとう。地獄行きです」

ニキータ:

「ちょっと怖いわね」

シュウト:

「ちょっとじゃないような気もするけど。……えっと、根性論だのパワー主義の人達って、絶対に報われないんですか?」

ジン:

「いや、誰かが世界のルールらしきものを上書きすれば、筋力アップ可能な世界にならないとも言い切れない。……だけどその場合は、更にエグい罠になるだろうな」

シュウト:

「仮に、その場合というのは?」

ジン:

「いま以上に筋力依存が加速するのは間違いない。大手の戦闘ギルドはほぼ全滅するだろう。筋力アップでちょっぴりダメージが増えて、それ以上に動き全体が悪化して終わりだ。どこの筋肉を鍛えるべきか?という問題一つとっても、答えられる人間が何人いるのか?って話だし。その鍛え方や器具の開発まで考えたら、キリがなくなるだろうな」

シュウト:

「動きが悪化するんじゃ、困りますね……」

ジン:

「うむ。高度な運動制御ってのは、筋力を極力排除した動きを利用するものが多いから、筋トレ可能なことで筋力主義に陥り、高度な動きに到達できなくなるだろう。この場合、代替可能であることがマイナスに働くんだ。力を抜くべきところを、より強い筋力で代替しようとしてしまう。筋出力の快感に溺れると、技の本質を捉えられなくなり、抜け出せなくなる。

 周囲と比較されるから、一度はじめた筋トレは、色々な都合でやめられなくなる。つまり、無駄な努力をした上で、今より下手になったり、下手なまま固定されていくことになる。上手い、下手の格差は広がっていくから、雑魚というか、カモが増殖することになるだろうなー」


 ジンのおかげで自分達だけは平気、という状況に安堵を覚えてしまう。それが品のない、卑しい発想だと分かっていても、正直なところ、ホッとしていた。ホッとならないのはもはや『不可能なこと』だった。

 もしも、まだ自分が〈シルバーソード〉に残っていて、仲間達と筋トレを始めたとしたら、何の疑念も抱かなかったと思う。筋肉を鍛えて、それだけで強くなったつもりになって、安直に満足していただろう。……今でさえ、筋肉を鍛えられれば、それだけでも多少は強くなれるのでは?といった安直な発想が消せないでいるのだから。

 ジンの教えている訓練の大半が、筋肉に頼らないように動く練習が中心になっていることを考えると、自分が、自分たちが、壮大な勘違いの中にいることは、想像に難くない。


ジン:

「……という訳で、認識不足をキチンと補いつつ、鍛錬に励まないといけない訳ですよ。心得の無い人間は、簡単に罠にはまったり、カモにされたりしちゃうかんな!」

ユフィリア:

「ジンさんみたいな人に、でしょ?」


 イタズラっ子の顔で、そんな風に付け加えるユフィリアに、睨むように目を細めたジンが言葉を返していた。


ジン:

「そうだ。お前もカモにしちゃうぞ~」


 タイムアップになったため、ドラゴン狩りに向かうことになった。





ジン:

「う~んにゃ~ら、ぐ~んにゃ~ら、バンラ、ばらん」

ジン&ユフィリア:

「ウーハッハーッ!」


 手を上げ、(抵抗するのも諦めて)一緒になって腰を左右にふりふりさせる。心は呆然として、まるでハニワか何かになった気分だ。しかし、これはもう仕方がないと自分に言い聞かせておく。ジンという人は、意味のないことなんてしない人なのだから。


シュウト:

(いや。少し違うかも……?)


 訂正である。意味のないことも、とても好きそうな性格だ。意味のあることが好き、もしくは、害悪になることが嫌い、とか、そういった性格の人なのだ。よくわからないけれど。


ジン:

「よし。じゃあ、慎重にいくぞ」

シュウト:

「……?」


 安易な遭遇戦を避けるような慎重さで山中を進む。偵察に出るように指示され、ドラゴンを厳選する感じで戦闘に入る。実際には、発見して戦闘に入れるドラゴンとは全て戦っているのだが、ジンがことさら慎重に振る舞っているためか、こちらも程良い緊張感をもってドラゴンに挑むことができている。


ニキータ:

「散開! ……薙払い!」

シュウト:

「地形を確認! 段差に隠れるんだ!」


 咄嗟に周囲を見渡し、ゲーム時代には利用が難しかった地形効果を発見、指示を出す。

 ドラゴンブレスの中でも、薙払い系は回避することがとても難しい。『範囲攻撃』に相当し、ジンでも全てを相殺することができない。そのジンは、逃げ遅れに対するフォローと囮の意味とで、その場にとどまっていた。

 段差に飛び込む石丸・ユフィリアを見ながら、自分も移動。薙払いは僅かだが時間に猶予がある。それがあると無いとでは、大違いなのだ。

 ドラゴンに向かっていくジンの動きを確認しつつ、猛然とダッシュ。薙払いブレスに追いかけられつつも、更に加速。敵の背後へと抜け、抜けきった。


シュウト:

(よし!)


 ジンのカバー範囲外に立つ不安よりも勝利の予感が上回る。テンションが高まる心地良さを味わい噛みしめる。だが、無謀な攻撃はしないでおく。十分に無茶はしているのだ。慎重に、丁寧に積み上げていけばいい。仲間に心配させないのも大切な仕事である。


 段差から上がってきた味方がドラゴンへと殺到する。『いける!』という思いがますます強まってきた。


 〈竜破斬〉の青い輝きが、色濃くドラゴンを染める。出の速い魔法に切り替えた石丸の〈サーペント・ボルト〉らしき電撃がドラゴンを打つ。まけじとたて続けに矢を射かけ、隙を窺う。ドラゴンの注意が自分から途切れたら、背に乗って攻撃を仕掛けるつもりでいた。


 ふと、力強いエネルギーのようなものを感じた。ドラゴンを恐れる気持ちよりも、打ち勝とうとする意識の強さに違和感を覚える。


シュウト:

(これは、……なんだ?)


 問い掛けは、答えを導いた。


シュウト:

「ジンさんのドラゴンストリーム!」


 敵に対しては、その意識を粉々に吹き飛ばすものだが、どうやら味方にとっては精神的な支えになるものらしい。ようやく、自分たちがドラゴンを恐れなくなった『真の理由』にたどり着き、理解した。


 意識の奔流に身をゆだねるように舞い上がり、ドラゴンの背へ。そのまま〈ステルスブレイド〉でダメージを加える。振り落とそうとするドラゴンの動きを見切り、更に追撃で〈アサシネイト〉を首の後ろに叩き込む。終わりの硬直にバランスを崩して落下するものの、タイミングの良すぎるレイシンのフォローに助けられ、その場から離脱。


 最終局面だった。ドラゴンは飛び立って逃げようとするものの、許さずにダメージを重ねていく。最後の悪足掻きとばかりにドラゴンブレスのモーションに入るが、先にジンの一撃が胸元に突き入れられ、終了していた。全体の展開速度が確実に速まっている。原因はひとつしか考えられなかった。


シュウト:

「お疲れさまです」

ジン:

「おう。炎ブレスのドラゴンだったからな。探すぞ、ドラゴン袋」

シュウト:

「はい!」


 倒したばかりのドラゴンの体をバラしにかかる。ドラゴンの血液も売り物になるし、骨も素材として有用なのだ。黙々と作業は続いていく。沈黙に耐えられないタチではないのだが……。


シュウト:

「あの、ジンさんの〈竜破斬〉って、パワーアップしてますよね?」

ジン:

「……たぶんな」

シュウト:

「どうやったんですか?」

ジン:

「なんもしとらん。……というか、たぶんお前が原因だろう」


 思わず手を止めて、ジンの方を見てしまう。


シュウト:

「僕ですか? 何かした覚えは無いんですが」

ジン:

「『アサシネイト耐久実験』だよ。あん時にHPが2倍ぐらいだと分かっただろ? アレがたぶん切っ掛けだろうな。認識したことが影響したんじゃねーかな」

シュウト:

「はぁ……?」

ジン:

「オーバーライド時のMPも、HPと同じで変化しない。ついでに特技で消費するMPも固定されてる。しかし、MPはたぶん2倍になっている。だから、勿体ねーなーと思ったんだよ。……威力が上がったってことは、MPというか、魔力が圧縮されていることになるだろ? これの影響で、たぶん+20%ぐらいのダメージアップだと思う。正確な数値は測定方法が無いからアレなんだけど」

シュウト:

「ダメージが1.2倍、……ですか?」

石丸:

「面白いっスね。通常時が平均22000点から26400点に、『ジ・エンド』は30000点から36000点にアップしたことになるっス」

ジン:

「おーっ、けっこう増えるのな?」

シュウト:

「増えすぎなのでは……」


 スタート時点から巨大な差があるのだが、現時点でも加速度的に強くなっている気がして仕方がない。

 ドラゴンの解体を進めてる途中だったが、間に合わずに消滅してしまった。ドラゴン袋のような未知の器官はまたしても発見できなかった。消滅が速すぎて、よく分からない間に終わってしまうのだ。


ジン:

「ここんとこ威力に関しては何をやってもダメで、頭打ちかと思ってたからな。嬉しい発見だ」

ユフィリア:

「ジンさん、おめでと」

ジン:

「ありがとうよ」


 笑顔のユフィリアに、ジンもにっこりと笑顔を返す。時間を遣って丁寧に返事をしていた。


ユフィリア:

「だけど、魔力が2倍になったら、威力は2倍にならないの?」

シュウト:

「確かに……」


 それはそれで勿体ないような気持ちになってくる。


ジン:

「まだ正確な数値は分からないんだぜ? +5%かもしれないし、+30%あるかもしれない。とりあえず今はこれで十分。……いろいろと道が開けたかもわからんしな。魔力の圧縮方法や、気と魔力の配合とか、出来ることやら、考えなきゃならないことがたくさん出てきた。オーバーライド時は他の特技全般の威力アップも可能かもしれないし、〈妖術師〉のクローズバーストなんかの応用形とかも考えられる。インパクト理論とか、ダブルインパクトとか、いろいろデッチ上げたりも出来そうな気がしてきた」

シュウト:

「それは、また……」


 尽きせぬ工夫と研鑽の日々。焦ってもいなければ、諦めることもない。プラス思考にありがちな強引さもなく、ごく自然に、前向き。その幾ばくかは、ジンの意識が無自覚に反映されたものなのかもしれない。





 昼食も済ませ、更に2回の戦闘をこなす。順調過ぎるほどだった。空を見ていたジンが不意につぶやく。よく晴れていたが、雲行きが少し怪しい気もする。


ジン:

「……やっぱ、どうも一巡した気がしてならねーな」

シュウト:

「一巡?」


 なんのことだろう?と考える。敵が強くなっている感じはあったが、そのぐらいはまだまだ誤差の範囲でもある。


石丸:

「リポップっスか?」

ジン:

「ああ、なんか、待ちかまえてる感じがあるんだよな。殺された個体が復活してんのか、情報だけ共有しているのかは判断の付かないところだが」

ニキータ:

「ドラゴンの顔の見分けなんて、つく?」

シュウト:

「無理だね」

ユフィリア:

「私もわかんない」

石丸:

「……色や種類、レベルなどは記憶しているっス」

レイシン:

「流石だね」

ジン:

「それで、どうだ?」

石丸:

「同一個体とは戦っていないハズっス」

ジン:

「ふむ。気のせいか……?」

ユフィリア:

「私たちのことがドラゴンの間で噂になってたりして」

ニキータ:

「なら、きっと、ジンさんの悪口ね」

ユフィリア:

「ウフフフ」

ジン:

「ノンキだねぇ。……もう少しデータを集めるか」


 ちょっとした思い付いたことがあったので、何気なく口に出して言ってみる。


シュウト:

「もしかして、この間のネームドドラゴンがトリガーになってて、フィールドレイドが始まってたり、しないですかね?」

ジン:

「…………」

レイシン:

「…………」

石丸:

「…………」


 気まずい沈黙に慌て、否定の言葉を付け加える。


シュウト:

「じょっ、冗談です。未発見の大規模戦用フィールドレイドだなんて、そんなの……」

ジン:

「だが、無いとも言い切れない」

ユフィリア:

「その場合、どうなっちゃうの?」

石丸:

「今までとは比較にならない強さのボス級ドラゴンが出てくることになるっス」

ニキータ:

「今だって、お腹いっぱいなぐらい強いのに?」

シュウト:

「強さの質が変わるっていうか……」

ジン:

「竜語魔法やら、強烈なデバフ攻撃が追加されるとかな」

レイシン:

「中級ボスを探して、何体か倒すと、ラスボスが出てきたりするんだよね?」

シュウト:

「その倒した中ボスが復活して、数体でまとめて襲ってきたりとか」

ジン:

「復活した中ボスを先にもう一度叩いて、数を減らしてからラスボスに向かったりするんだろ?」

シュウト:

「あはははは」


 ……シャレになっていない。穏やかな『あるある話』は、つまり、現実逃避だった。



 ちかっ。



ジン:

「なにっ!?」


 一瞬、何か紫色の光が見えた気がした。


シュウト:

「今のは、一体……?」

ジン:

「あうっ。……マズいな、マズいぞ」

シュウト:

「ちなみに、何がマズいんですか?」

ジン:

「すっかすかのフィールドゾーンに、敵の反応が増えて行きやがる」

ユフィリア:

「それって……?」

ジン:

「くるぞぉ、戦闘、用意!!」


 ジンの指し示す方向に、弓を構える。

 地面が盛り上がり、這いずるようにして現れたのは……。


ユフィリア:

「骸骨?」

ニキータ:

「派手な色、だけど……」

シュウト:

「違う、スケルトンじゃない!〈竜牙戦士〉ドラゴントゥースウォリアーだ!」


 金、銀、黒色に、淡く輝くパール色の4体がおのおの武器を持って立ち上がる。さっきの紫の光は、フィールドゾーン一帯に掛けられた何かの魔法のようなものらしい。これまではドラゴンしか出てこない特殊すぎるゾーンだったのは、こういう裏が隠されていたから、なのかもしれない。


ジン:

「ボーっと見てるな! 先に仕掛けるぞ!」


 ジンが飛び出すと同時に石丸が詠唱開始。こちらも矢を放ち、ダメージを稼いでおく。続けてジンのアンカーハウルが炸裂していた。


ジン:

「うおっ、雑魚の強さじゃねぇ!」


 金色が繰り出す、身の毛もよだつ速度の連続攻撃を、しかしキチンと捌いているジン。回避した金色の剣撃が地を叩く。すると、そこにあった石はあっさりと砕かれ飛び散った。それは見かけより凄まじい威力を物語っていた。と、いくつかの破片がジンの足にも当たる。


ジン:

「イテッ。……ンにゃろう!」


 石の破片が鎧の上から足に当たっただけだろうに、「もう、怒った!」と理不尽な怒りモードで始末しに掛かるジン。敵の攻撃を一瞬だけ待ち、カウンターの斬り抜けで〈竜破斬〉を叩き込んでいた。


ジン:

「うげっ、死なないのかよ!」


 金色の〈竜牙戦士〉は、ジンの一撃に反応して反撃を繰り出したものの、ジンが背後に切り抜けていたため、攻撃は届かずに終わった。……これで最低でも、金色は2万点を越えるHPを持っていることになる。


ユフィリア:

「レイシンさん!」


 銀色の相手をしていたレイシンに、ユフィリアの回復呪文が飛んだ。金や銀の個体は、ダメージに反応してカウンター攻撃をしてくるらしい。この場合、一撃でしとめるか、弓や魔法による遠隔攻撃で倒すか、ダメージを覚悟して相手のHPを削るか、これらの組み合わせで攻めることになる。

 弓に持ち変えるようにニキータに指示し、ダメージを負っている金色を近接攻撃で始末してしまう。続けて、ジンを攻撃しているパールを背後から強襲。


 結果的にはさほど問題もなく倒してしまったのだが、手応えが違った。ノーマルランクのモンスターの強さでは、もはやない。


ジン:

「これ、やっべぇな。この程度の雑魚にいちいちオーバーライド使ってられねぇし、かといって……」

レイシン:

「今日が終わって帰ったら、このフィールドレイドが失敗とかにならないのかな?」

シュウト:

「期限切れで失敗、みたいなのが仮にあったとしても、3ヶ月後とかだったりするかもしれませんよ?」

石丸:

「〈大災害〉前のルールを単純に信じるわけにもいかないっス」

ユフィリア:

「ジンさん、どうするの……?」


 みんなでジンの顔をみる。どうするか決めるのは、この人なのだから。


ジン:

「そりゃ、まぁ。……じっくり腰を据えて掛かるしか、あんめぇよ」


 歯を見せてジンはニヤリと笑った。それだけあれば、自分達は戦えるのだと、みんな分かっていた。力強く頷くユフィリア、もう諦めているという顔のニキータ、無感動の機械のような調子の石丸、苦笑いだがどこか華のある笑顔のレイシン。そして、自分。

 まだ見ぬレイドボスを、空の彼方に睨みつける。……予想外の挑戦が、こうして始まっていた。

 


2013年10月末の段階で、100m走で10秒を切り、9秒台で走れるランナーは世界で100人居ません。(日本人には1人もいません)物語の舞台である2018年までに、ボルトが世界記録を更新したり、ボルトを超える選手が出てくる可能性はゼロではないものの、かなり低い確率になると思われます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ