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095  秋のはじまり

ジン:

「よし。んじゃ、ダンジョン行くべか」

ユフィリア:

「うん!」

シュウト:

「……って、そこらを散歩するんじゃないんですから!」


 朝練が終わると、テキトー極まりない台詞が飛び出して来た。準備らしい準備を指示されてすらいない。ポーションの備蓄はギルドで(自分が)管理しているが、そのぐらいだろう。


ジン:

「肩慣らしなんだから、気楽にいかないでどうする?」

シュウト:

「何処の、どの位のレベルのダンジョンに行くんですか?」

ジン:

「60~70レベルの、ぱーちー向けダンジョンを適当に頼んでおいた。石丸先生!」

石丸:

「うっス」

シュウト:

「とりあえず60ですか、70ですか?」


 ジンは『いうべき事は言った』という満足げな顔をしているが、10レベル差があったら、難易度が大違いだ。どうしてこう、大ざっぱなのか。


石丸:

「70っス」

シュウト:

「ああ、もう……!」

ユフィリア:

「ウフフ。シュウト、大丈夫?」


 天を仰いでこちらがもだえていると、心配するどころか、笑いながらユフィリアが心配するフリをしてきた。何もわかっちゃいないんだから、たまったものじゃない。


シュウト:

「大丈夫じゃない!」

ユフィリア:

「……回復、する?」

シュウト:

「そういうことじゃないんだって!」

ニキータ:

「そんなにイライラしないの。どうせ、いつも通りでしょ」

ジン:

「そうだぞ。何しろ明日はドラゴン狩りなんだ。サクサク終わらせんぞ」

ユフィリア:

「はーい」

シュウト:

「だから、準備はどうするんですか?!」

ジン:

「は? ……んなもん、いるわきゃねーだろ?」


 心底から『なに言ってんのコイツ』という顔をされた。けっこう傷つく。自分は間違っていないはずだ。常識とかチーズとかはいったい何処に消えたのだろう?と思う。


 シブヤから〈妖精の輪〉で転移。シブヤの周期は完璧に網羅し終えている。転移先の周期把握までは、さすがに手が届いていない。従って、シブヤから飛べる転移先までの自由しか利かない。それでも他の全てのギルドを圧倒する機動力を確保したようなものだ。アクアという保険があればこそ、である。


ユフィリア:

「こういうお出かけって、久しぶりだね?」

ニキータ:

「そうね」

ジン:

「これからはこういうのを増やしていくからな」

ユフィリア:

「そうなの?」

ジン:

「そうさ」

シュウト:

「…………」


 準備・その他で言いたいことは幾らでもあったのだが、ウズウズしながらも我慢して口を噤んでいた。言っても無駄だからだ。


 移動時間は30分ほどで、目的のダンジョンに到達していた。こんなにテンポが良いことなど、本来はあり得ない。今日は石丸が全て準備してくれていたのかもしれない、と考え直す。


シュウト:

(そうだよ、ジンさんだって、幾ら何でもなにも考えてないハズが……)


ジン:

「よっしゃ、後はぶっつけ本番でいくぜ!」

シュウト:

「って、何も考えてないんですか!?」

ジン:

「70レベル基準のパーティランクダンジョンなんか、目を瞑ってたって……それは流石に言い過ぎか。うむ、寝てなきゃクリアできるだろ」


 そういうと、あっさりとダンジョンに潜ってしまう。


ジン:

「とりあえず、俺のミニマップ範囲を再確認したいんだけど、……クリアしてからでもいっか」

シュウト:

「先にやらなきゃダメですってば!」

ジン:

「じゃあ、頼むわ。目ぇ瞑ってるから、数を数えながらまっすぐ歩いて行ってくれ」

シュウト:

「えっ? えっと。じゃあ、いきます。1、2、3、……」


 ジンが目を瞑っているのを見てから、一歩ずつ歩いていく。もともとゲーム時代から、ダンジョン内部ではミニマップの範囲はかなり限定されてしまうためだ。ジンはミニマップを復活させているが、以前ダンジョンに入った時は、目で見える距離のモンスターにも全く気が付くことが出来ていなかったのだ。


シュウト:

「41、42、43……」


 ストップが掛からないので歩き続けてしまっているが、このまま進むと敵モンスターが出てきそうな気がして、寒気を感じる。


ジン:

「もういいぞー、もどってこーい!」


 言われた瞬間にダッシュで戻った。背後にチリチリとモンスターの殺気を感じた気がしてならない。


ジン:

「おう、お疲れさん」

シュウト:

「はい。……で、どうでした?」

ジン:

「40歩ぐらいかな。まぁ、35歩ぐらいまでは確実に判断できるだろう」

ニキータ:

「じゃあ35メートル?」

ジン:

「いや、1歩で80センチぐらいだろ。30mってとこだな。無いよりはマシぐらいか。もうちっとどうにかしねーとなぁ~」

シュウト:

「いえ、かなり凄いと思います……」

ジン:

「ええっと、30mぐらいの距離でバフとか使うと、結構な確率でアグロになるから、気を付けろよ?」

ユフィリア:

「アグロってなーに? お魚さん?」

シュウト:

「それはマグロ。モンスターを『怒らせる』ことだよ。ヘイトが発生して、戦闘が始まってしまうんだ」

ユフィリア:

「具体的に、どうすればいいの?」

シュウト:

「ジンさんが先にヘイトを獲得するまで『行動しない』とかが基本だけど」

ジン:

「細い通路ならフォローするからいいんだが、広い場所だと周囲を取り囲まれたりするから、一応な」


 70レベル水準のダンジョンにもなると、敵がそれなりに強いハズなのだが、宣言通りにサクサクと奥に進んで行った。敵はスケルトンやレイスといったアンデッドモンスター系が大半だ。味方が武器を振り回す範囲に気を付けるように指示され、それ以外は普通に戦って奥に進んでいく。


ジン:

「見ろ、この骸骨を。膝から下に太い骨と細い骨とがあんだろ? この太いがケイ骨で、こっちの細いのがヒ骨だ」

ユフィリア:

「でも、この骸骨さん、細い方の骨で立ってたよ?」

ジン:

「つまり、ザコってことさ」

シュウト:

「あの、死者を冒涜するの、止めませんか?」

ジン:

「おいおい、ただのデータかもしんないだろ? あんまムキになるとハゲるぞ」


 死んでからもこんな風にバカにされるのでは、骸骨だってたまったものじゃないだろう。 


ジン:

「やっぱ数の多いザコ敵よりも、中ボスの方が楽勝だな」

シュウト:

(おかしい、何かがおかしい。絶対まちがってる……)


 順調そのものであり、苦労する気配などなかった。

 死臭が漂いそうな地下ダンジョンで、穏やかな昼食タイムになり、のんびり休憩してから、ボスエネミーの所に向かった。


ジン:

「おっと!」

石丸:

死神(グリムリーパー)っスね」

シュウト:

「即死攻撃アリの難敵です!」

ジン:

「じゃあ、サクッと終わらせるぞ?」

ユフィリア:

「うん!」


 非実体系のモンスターの中でも、〈死神〉の強さは別格である。パーティランクのレベル78なのだが、数値よりも上の強さを持っているはず、だった。

 ……おもむろにジンがフェイスガードを下げる。


 青く輝く〈竜破斬〉のライトエフェクトが炸裂する。輝きが増しているような、青色が濃くなった印象を受けた。念のためなのか、大鎌を振り回してくる敵の必殺攻撃は、〈竜破斬〉で全て相殺してしまっている。


ジン:

「いけ、ユフィ!」

ユフィリア:

「〈ジャッジメントレイ〉!」


 〈ホーリーライト〉でさんざん攻撃した上でのトドメは、MP消費の高い必殺技〈ジャッジメントレイ〉であった。ユフィリアの全身が光り輝き、その手に収束した光が野太いレーザーとなって打ち出され、死神を貫通する。


ジン:

「フッ、勝ったな」

ユフィリア:

「やった! やっつけたよ!」

二キータ:

「大活躍ね」

レイシン:

「ホント、早く終わったねぇ」

シュウト:

(あれっ、パーティランクの78って、けっこう強い方……だよね?)


 最近はドラゴンと戦っている為なのか、なんだか感覚がおかしい。苦労もなく楽勝してしまい、全力で肩透かしされてしまった気分だ。もう少し何か苦労するとか、ピンチになるとかは無かったのだろうか?


 結局、トラップや敵の数といった『ダンジョンそのもの』に少し手こずった程度で、難なく踏破してしまっていた。アーティファクト級のアイテムをいくつか入手しつつ、早々とシブヤの街に帰還する。





ジン:

「なにボケてんだ、シュウト?」


 朝練してからここまでの数時間で、ダンジョンをひとつ踏破してしまったことに軽いショックを受け、イスに座ってボーッとしていた。レイシンが夕食作りのために厨房に立ったためか、暇そうなジンが話しかけてくる。


シュウト:

「いろいろと確認したいことがあるんですが……」

ジン:

「ん? 晩飯まで暇だし、少しなら付き合ってやらなくもないが」


 自分のソファに戻るジンについていくことにする。


シュウト:

「ジンさんの『スタイル』って、何なんですか?」

ジン:

「改めて言われるとアレだが、広い意味だと『荒神』がスタイルってことになるな」

シュウト:

「その、ジンさんのビルドって特殊ですよね?」

ジン:

「おまえは何が言いたいんだ。……ったく、質問があるって時は毎回こうなのな。まだ考えてる途中なんだろ?」

シュウト:

「すみません……」


 図星を指されて言葉が詰まる。


葵:

「そこで何を質問するか、それが問題だ」

ジン:

「……哲学なら余所でやってくれ」

葵:

「んで、今日はどうだった?」


 葵が現れ、気楽に質問を投げかけていた。なんだかんだと有り難い。


ジン:

「別に、普通。……だけど、先々のことを考えると、やっぱりアタッカーだのが足りねーなー」

ユフィリア:

「なになに? 楽しいお話?」


 レイシン以外の全員が出てきて、それぞれ思い思いの場所に座った。ユフィリアがジンの隣を占拠して、ニキータは自分の横にごく自然に座った。石丸は少し離れたイスの所に落ち着いている。


葵:

「アタッカーが足りないんだったら、ジンぷーがやればいいじゃん」

ジン:

「つまり、レイのデキ次第ってことだろ? なんもかんもアイツにオンブにダッコってか」


 眠たそうな顔をして、そんなことを言ってくる。


ユフィリア:

「えっと、どうしてダメなの?」

ジン:

「24人で挑むフルレイド用のクエストだとか、ダンジョンを目指しているからだよ。ぶっちゃけた話、単体ボスはどうって事ないんだ。ドラゴンを倒している調子で戦えば済むからな。……問題は、複数型のボスとか、途中の探索ルートの掃除がキツくなりそうなことで」

ユフィリア:

「でもそれも、ジンさんがバババーってやっつけちゃえばいいんじゃないの?」

ジン:

「そうなんだけど、ネームドの処理が、ね……」

シュウト:

「ああ、そうか。そうですね」

ユフィリア:

「んと、なに? どういうこと?」

シュウト:

「ネームドっていうのは、名前付きモンスターのことなんだけど、エリアボスみたいなものなんだ。強力なボスは全てネームドモンスターなんだけど、たとえばゴブリンみたいなモブの中にも、ネームドが混じっていたりするんだよ」

葵:

「……簡単に言っちゃうと、ダンジョンの奥に進むためには、ネームドを一番最後に倒さなきゃいけない、だとかの条件が付与されてるんだよね」

シュウト:

「ですね。たとえば3つの部屋を一定の順番で突破する。その際にネームドは一番最後に倒す、みたいな条件化がされてるのが定番なんだ。部屋の順番が間違っている場合、何回も繰り返してモブの掃討をやり直すことになったりするんだ」

ジン:

「……て、ことはだ。壁役がネームドを引きつけている間に、アタッカーは先に名無しモブを倒さなきゃならない。敵がレイドエネミーの場合、壁役の維持には相応の回復役を付ける必要がある。俺が壁をやる場合は回復は大していらんが、殲滅に力を回せなくなる。俺が殲滅に回る場合は、レイが壁役をやるわけだから、回復を厚くしなきゃならない」

葵:

「無理ポだね。ジンぷーが殲滅に回ればなんとかなりそうに聞こえるけど、それは敵の数に依るっしょ」


 10体、20体の強力なレイドエネミーが出てきた場合、複数の壁役で引きつけておかなければ、背後に回られたり、側面から攻撃されてしまうのだ。


シュウト:

「やっぱり、人数、ですか」

石丸:

「そうなると、遊動型の陣形を活かせなくなるっス」

シュウト:

「それはこの際、仕方がないんじゃ?」

ジン:

「いや、結論は既に出ている。この世界はゲームではないし、かといって現実でもない」

葵:

「それが俺たちのリアル!」キリッ

ジン:

「茶化すな」

シュウト:

「だったら、どうすれば?」

ジン:

「ひとつは、ゲームの理屈で動かないことだ。それをやると、勝つためには、人も、物資も、際限なく必要になっちまう」

シュウト:

「その場合は、オーバーライドみたいな『チート能力』を、みんなで獲得しないとダメだと思うんですが……?」

ジン:

「オーバーライドがチートかどうかは、まずもって視点の問題だが、……それはともかく、そこまで必要になるわけでもない。〈冒険者〉ってヤツの性質を正しく理解すれば、なんとかなるハズなんだよ。フリーライドの『ライド』ってパートの一部でもあるんだけど」

シュウト:

「……はい」


 遂にライドの情報解禁かと思い、少しばかり緊張してきた。『メタ制御』ぐらいしか情報が無く、何をどうすればいいのかは知らされていない。


ジン:

「〈冒険者〉ってヤツが人間の延長線上にある生命体だと仮定した場合、本来というか、本質的な姿ってのは、もっと高水準の移動力を駆使しているハズなんだ」

シュウト:

「いや、でも、今でも遊動型の連携を駆使していると思うんですが?」

ジン:

「従来型の連携が成立する範囲で、だろ? 理想を言えば、今の3倍以上の速度で動き回るぐらいじゃねーと」

葵:

「それなんて赤い彗星?」

ジン:

「だまれロリうんこ。敵と同等か、それ以上の速度で動き回れば、相手だって当てにくくなる。今のレイドの作法はどうだか知らないけど、ボーッと突っ立ってるだけの『いいマト』になってないって言えるのか? そんで、それは〈冒険者〉って生命体の『本来の姿』なのか?」

シュウト:

(本来の姿……?)


 つまり、『本来の姿』の回復が、ライドということなのだろうか? 以前にジンが話していた『自分化の罠』を考えれば、それを延長し、さらに踏み込んだ内容といえなくもない。

 ジンのイライラとした感じが微かに伝わってくる。本当に言いたいことがまるで伝わっていない、とでも言いたげなような……?


葵:

「つまり、結論としては『当たらなければどうということはない!』ってことだね」

ジン:

「茶化すなと言っている!」

葵:

「昔さー、別のゲームで『回避タンク』ってのが流行ったんだけど」

シュウト:

「あ、聞いたことあります。アレですよね? 別ゲームの忍者か何かのクラスで、安価な消費系回避アイテムを使っての、全弾回避とかって」

葵:

「そっそ。タンク職におけるニュータイプだよね」

ユフィリア:

「にゅーたいぷ?」

ジン:

「パイロット特性のある人のことだよ」

葵:

「(無視)避けちゃえば回復する必要も無くなるからね。〈エルダーテイル〉だと、〈武闘家〉がそれに近いタイプだけど、シュウ君にも、もしかしたらやれるかもね♪」

ジン:

「一時凌ぎなら可能だろうが、無理があんだろ」

葵:

「おっ、嫉妬? なにさ、役割を失うことへの不安? 恐怖?」

ジン:

「ちげーっつの、このタコ」

葵:

「あんだとぅ……?」

ニキータ:

「あの! どうして、シュウトじゃダメなんですか?」


 そのまま悪口合戦に流れるかと思いきや、ニキータが口を挟んだので中断された。


ジン:

「ああ。AE――いわゆる『範囲効果』を防ぐ能力の欠如だ。厳密には『範囲攻撃』と『範囲効果』とがあるんだけど」

ユフィリア:

「範囲攻撃と、範囲効果……? ドコが違うの?」

ジン:

「俺が相殺できないのが範囲攻撃。俺に相殺できるのが範囲効果だ」

シュウト:

「なんて自分勝手なカテゴライズ……」

ジン:

「うっせ。……たとえば、爆発する火球の場合、爆発してから相殺することは出来ないが、着弾・炸裂する前の『火の球状態』でなら、相殺できる、と思う」

シュウト:

「えっ、……ジンさんって魔法も相殺できるんですか?」

ジン:

「何を今更。非属性性をブーストさせたって言っただろ。魔法も相殺できるのは確認済みだ。ドラゴンブレスだって相殺しただろ?」

シュウト:

「そう、だったんですか……」


 魔法を相殺しようという発想自体が、自分の中に無かった。当然、ゲームでは不可能だった。


ジン:

「それから、巨人が超デカイ武器を振り回して来ても、攻撃の本体部分を相殺してしまえば、範囲効果を出さないようにできる、はずだ。やったことないけど、理屈でいえばそういうことになる」

ユフィリア:

「じゃあ、映画みたいにたくさんの矢が降ってきたら?」

ジン:

「範囲攻撃だから、俺には相殺できない。自分の周りのちょっとの範囲だけしか手が届かないからな」


 意外にも我が儘な『自分勝手カテゴライズ』の方が分かり易いらしい。うなずくユフィリアの瞳には理解の色が浮かんでいた。


シュウト:

「ってことは、ジンさんは〈竜破斬〉を使って自力で相殺するスタイル……?」


 通常の盾持ち〈守護戦士〉は、〈フォートレス・スタンス〉を基軸にした防御主戦タイプのビルドになる。しかし、ジンは防御力を得る代わりに機動力を喪失させる〈フォートレス・スタンス〉は使わず、ノックバック耐性を低下させる弱点を持つ〈フローティング・スタンス〉によって、機動力・回避力を重視したモビル・フォートレス型を選択していた。しかし、それではフォートレス型のビルドとは反対のやり方になってしまう。言ってしまえば、中途半端なスタイルなのだ。


 HP吸収系の装備や特技はほぼ使わないので、スカーレットナイト型のビルドとは言えないだろう。……このため、一番近いのはジャガーノート型だと思われる。本来、ジンは大技を高回転させるための装備などはもっていない。それどころか金策で苦労しまくっているぐらいなので、やりたくても出来ないはずだった。そこを、技後硬直や再使用規制が極短の〈竜破斬〉を超威力化して連打することで生まれた新種のジャガーノート、ということになりそうなのだ。


 そもそも敵の攻撃を相殺するには〈カウンターブレイク〉の様な、特技の中でも必殺技に分類されるものを使わなければならない。特技の多重使用はできないため、〈カウンターブレイク〉を使えば〈竜破斬〉は使えない。ところが、ゲームから現実化した『こちらの世界』では、タイミングやモーションを計っての『自力相殺』が可能になっている。タイミング良く〈竜破斬〉を使えば、大半の攻撃を相殺できることに……。


 たとえば〈暗殺者〉である自分が、大規模戦闘でレイドボスと戦うとするなら、相手の必殺攻撃をこちらの必殺攻撃〈アサシネイト〉で相殺することでダメージを減らすことが考えられる。しかし、それは再使用規制によって連発できない。つまり不可能なのだ。この問題は〈暗殺者〉に限らなかった。『相殺タンク』は、大威力必殺技の再使用規制によって不可能なビルドなのだ。


ジン:

「お前さー、今まで何を見てきたんだよ? 俺は交差法がメインのカウンター剣士だぞ? 相殺はパーティ連携用のオマケだ」

シュウト:

「そう、ですよね……」


 この辺りが混乱の原因らしい。分類できないほど先に行ってしまっている人なのだ。相殺タンクだなんてブレイクスルーも良いところなのに、オマケでしかないなんて……。


葵:

「あはは。あのね、基本的に『防御』『回避』『相殺』の3つしかないんだよ」

ユフィリア:

「そうなの?」

ジン:

「そうだ。……防御の必殺技が〈キャッスル・オブ・ストーン〉。相殺のは〈カウンターブレイク〉。回避は〈武士〉の使う〈刹那の見切り〉とかだな」

葵:

「後は反撃とか、HP吸収とかを混ぜてるだけだよ。ジンぷーは回避+反撃での、カウンター剣士になるわけ。んで、この3つの中でダメージ無しなのは『回避』だけなの」

ジン:

「もしくは、相殺時に敵ダメージを上回っていれば、ノーダメージにできる」

ユフィリア:

「じゃあ、回避が一番『強い』んだ?」

葵:

「んー、でも現実には全ての攻撃を回避するのは不可能、よね?」

ジン:

「ああ。『命中判定を消す』ぐらいしなきゃ無理だな。相殺不能の範囲攻撃もあれば、回避不能の命中攻撃も、防御不能の貫通攻撃もある」


 カウンターによる回避+反撃を基本戦法にしつつ、状況に応じて相殺でパーティを護る。更に先日、〈竜血の加護〉を手に入れたジンは、防御においても切り札を入手したことになる。

 高水準の戦士に穴などあるわけがない。もっと細かい分析を積み重ねていかなければならないのだと痛感する。


葵:

「ポイントはね、多彩であることが有利にもなれば不利にもなるってことなの。極端なビルドだと、様々な状況への対応力は下がってしまう。けれど、味方は何をすればいいのか?は決め撃ちできるから、レイド全体の行動指針はブレさせないで済むでしょ。ジャガーノートで特技を高回転させたいのなら、〈吟遊詩人〉の援護歌は〈猛攻のプレリュード〉になる、とかね」

ニキータ:

「結局、どうすればいいのでしょう?」

ジン:

「まず『やりたいこと』と『出来ること』を区別することだな。自分に出来ることを積み重ねていくのが基本だ。だがそれだけだと、大きく飛躍するのが難しくなったりするのが、ちっと面倒なところなんだが」

シュウト:

(やりたいことと、出来ること……)


 頭の中で言葉を反復させていると、ユフィリアが座り直し、ジンを見つめていた。


ユフィリア:

「あのね。私、前で戦いたい。アタッカー足りてないんでしょ?」

ジン:

「ぬぐっ。ちょっと待て、少しだけ待とう。……葵、どうにかしろ!」

葵:

「いやぁ~、アリじゃないの?」

ジン:

「美人の殴りヒーラーとか、どんだけロマン詰め込めば、気が!済むんだ! よ!」


 通常では考えられないほどの焦りっぷりに、少し楽しい気分になる。


シュウト:

「……葵さんって、ハイヒーラーでしたっけ?」

石丸:

「自分知ってるっス。葵さんは『ハイヒーラーの頂点』と呼ばれていた人っス」

葵:

「いやぁ~、照れるのぁ~」


 ニヤニヤしてドヤ顔を隠しもしない。当時は『不死身』『魔法少女』のダブルネームだったらしい。今でも事情通には『魔女』と呼ばれていたりするのだ。


ジン:

「んで? 究極のハイヒーラーとか呼ばれた女の弟子が、どうしてアーマークレリックになるんだよ!」

葵:

「向き不向き、とか? つかさー、シュウ君だってジンぷーみたいなカウンター剣士になる訳じゃないんでしょ?」

ジン:

「シュウトは次元が違うだろ。俺の弟子を名乗るだなんて、おこがましくてごめんなさいレベルじゃねーか。恥ずかしすぎて、飛び降り自殺キメちゃったらどうするんだよ!」

シュウト:

「そこまで!?」


 結構イイ線まで来てたりしてないのかなー?とか思ったのもつかの間、粉々にされて終わった。肩にポンと手を置かれる。いや、ニキータさん?今は慰めは逆効果だと思うのですが……。


ユフィリア:

「じゃあ、私も前で戦うってことでいいよね?」

ジン:

「もちろん、ダメー」

ユフィリア:

「どうして? 怪我するのなんて平気だよ?」

ジン:

「俺が平気じゃない。俺が、イヤだ」

ユフィリア:

「……それって、ジンさんのわがまま?」

ジン:

「そうだ。知らなかったのかい? この世界は、強えぇヤツは我が儘を言っていいんだぜ」

ユフィリア:

「ウフフ。しらなかったー」


 もの凄いニコヤカな笑顔のユフィリアだった。

 直後、大口を開けてジンに噛みつこうとするのだが、オデコとアゴの先に指を当てて阻止している。


ジン:

「はっは。まるでケモノだな」

ユフィリア:

「う~、ジンさんのイジワル、イジメっ子!」

ジン:

「何て言おうが、ダメなものはダメ~」

ユフィリア:

「いつも、無茶はしてもいいって言うでしょ!」

ジン:

「無理だからダメなんだよ。安全な所で待ってろとかは、もう言わない。けど、弱いヤツが出来ないことするのはダメだ。許さない」

ユフィリア:

「シュウトもレイシンさんも、痛い思いしてるのはいいの?」

ジン:

「いい。構わない。男が怪我しても何も思わない。痛くも痒くもない」

ユフィリア:

「私が怪我したら?」

ジン:

「…………」


 室温が、数度上がる。ひきつるように上げられた口角が全てを表していた。ジン本人が、我慢ならないのだ。しかしそれは、たぶん自分も同じだろうと思う。自分の腕が吹き飛ぶぐらいはどうとも思わない。だが、彼女がそうなったら負けだ。敗北だ。自分たちにとって『勝つ』とは、最早『そうならないこと』なのかもしれない。


ニキータ:

「ふぅ。……無理ね、パーティも、連携も何も、崩壊しちゃいそう」


 汗を拭うようにそう呟いたニキータは、しかし、どこか嬉しそうに見えた。


葵:

「フフフ。モブの掃討は協力して貰って、ボス戦は前に出ないで引き気味に戦うのがいいかもね」

シュウト:

「なるほど。……妥当な妥協点かと?」

ジン:

「チッ」


 舌打ちがしぶしぶと認めることを伝えてくる。


ジン:

「シュウト、もうレベル91になったし、少しずつ組み手もやってくぞ」

シュウト:

「それは願ったりですけど、……どうしてレベルが関係あるんです?」

ジン:

「そりゃあ、そうだろ。死んだら経験点ロスするからな」

シュウト:

「こ、殺す気満々ですか?」


 それは八つ当たりでは?としか思えないタイミングだった。


ジン:

「アレだ。お前が強かったりすると、咄嗟に殺しちゃうかもしれないんだよ。 対応力が高すぎるのもアレなもんでなー」

レイシン:

「だよねぇ。おかげで4回も大神殿に行くことになっちゃったよ。はっはっは」


 レイシンが現れてそんな補足情報を付け加えてくる。


ジン:

「おっ、そろそろか?」

ユフィリア:

「いっけない! 私、手伝わなきゃ」

レイシン:

「うん、よろしく」


 夕食の準備でぱたぱたとみんなが動き始める。自分も立ち上がり掛けた所で、座り直した。石丸がこちらに、ジンの方に近づいてくるのが見えたからだ。


ジン:

「……次のダンジョン、どこにするか?」

石丸:

「そうっスね。今回が楽にこなせるとなると、もう少し厳しくても平気っスね」

ジン:

「いきなり低級レイドか?」

シュウト:

「いえ、低級でも、レイドはまだ早いと思います」


 踏み込んで行かなければならない。ギアを上げて、覚悟のレベルを高めなければならない。出来ることを積み重ねていくのだ。 

 


しまった、0時過ぎてた

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