93 陰の技
ジン:
「8月ももう終わりだな。9月からはダンジョンに挑むことになるわけだが、その前にちょこっと夏休みの宿題を終わらせたいところだね」
ユフィリア:
「宿題って?」
ジン:
「うむ。ドラゴンにやられてプライドもズタボロであろうシュウト君を、ちったぁ強くしてやらんと可哀想だろう?」
シュウト:
「……それはいつもの『小技』ってパターンですよね?」
ジン:
「当然だな」
シュウト:
「でしたら、たまには『大技』っていうのはどうでしょう?」
何かあると小技を教えてくれるらしいので、ちょっと要求してみた。
ジン:
「大技に相当する本質的な技術は、毎日練習させてんだろうが」
ユフィリア:
「そうなの?」
ジン:
「以前に説明したと思うが、もう一度いっておこう。立つ、歩く、走るといった二足運動のレベルが、全ての水準を決定する。ここを疎かにして小技に目が眩むと、痛い目を見ることになるんだ。スムーズな体重移動、精密な重心制御ってヤツに比べたら、他の技なんて『子供の遊び』だぞ」
シュウト:
「子供の遊びまで言っちゃっていいんですか?」
ジン:
「事実だし。……たとえば、コントローラーとかを握りしめてやってるゲームと、スポーツの違いは何か?と考えてみろ。実際問題として大した違いはない。脳を駆使し、目で見て反応して、体も動かしている」
シュウト:
「主に手先を使うか、走ったりするかって差はありますよね?」
ジン:
「結局は、『そこ』だろ? 運動らしい運動ってヤツは、重心が移動するものを言ってるに過ぎん。……つまり、歩いたり、走ったりするものを『運動』だって認識しているだけだ。移動を含まないベンチプレスとゲームの違いなんて、運動負荷ぐらいのもんだぞ。ゲームの方が頭は忙しいぐらいだ」
ユフィリア:
「……?」
ニキータ:
「つらいものが運動ってことね」
ジン:
「スポーツと武術にだって本質的な差はない。表面的な技術の違いと、目的の違いといったところだな。だからってスポーツ選手が武術家に勝てるとか言うつもりはないが、武術家がスポーツ選手に無条件に勝てるとも言えないわけだ。特に『この世界』だとな」
シュウト:
「……武術をやっていることの利点は、でもやっぱり大きいですよね?」
ジン:
「応用できればな。実際にゃ肉体条件が同じだと、ゲーマーが勝ってもおかしくないんですけどー」
シュウト:
「そうなんですか?」
ジン:
「そういう怖さはあるってこと。ゲーマー舐めたらアカンよ。いや、たかがゲーマーごときに武術の蓄積を超えられるだなんてコレッポチも思っちゃいないけど、この世界の仕組みはちょっと怖いところがあるからな」
ニキータ:
「ジンさんの弱気って、珍しいですね?」
ジン:
「そうか? 強くなればなるほど、簡単にゃ負けられなくなるもんだぜ? 仲間の命だのが自分の肩に掛かって来たりで、不安は逆に増えてっかもしれねーぞー?(笑)」
へらへら笑って誤魔化しているけれど、内容はかなりシリアスだった。
ジン:
「話を戻そう。料理のサブ職があっても、本人に料理のスキルがなきゃマトモなメシにありつけないように、本人に武術的なスキルがなきゃ、マトモに戦うことは出来ない。これが本来の理屈だ。だから、それらを補うための様々なフォローがある。レベルとかステータス、装備、特技、オートアタック、あとなんだっけ?」
シュウト:
「とりあえず、分かります」
ジン:
「分かってる、とはとても思えないがね。たとえば、武術を駆使する場合、HPがどう影響してるか、とかって分かるか?」
シュウト:
「ええっと……、すみません」
しょっぱい顔になる。ろくに予想すらできないのだから、失言だった。
ジン:
「実際問題、HPは武術を構成する大半の小技を封じてしまってんだよ。威力なんて殆どなくても、現実では有効な技なんていくらでもある。それらがまるっきり役に立たなかったりしてんだ」
シュウト:
「……そうなんですか?」
ジン:
「そうだなぁ、たとえば剣道の小手とか? あれはスナップを利かせて、素早く相手の手首を打つ技だけど、元々の意味は失われてるな。現実世界でなら、真剣で軽く手首を打たれただけで、もう武器が持てなくなる。指ぐらいなら簡単に切れるはずだし、下手すりゃ手首がコロンと落ちる。出血多量で死ぬ可能性だってある。でもこの世界じゃ威力が無さ過ぎだし、HPに守られているし、防具もある。なんと言っても、武器を取り落とす効果がない。敵だって人型に限られてなんぞいない。熊とかに小手を打っても価値があるか微妙だろ?」
シュウト:
「嫌がらせぐらいには、でも、なりますよね?」
ジン:
「手首を一度叩いて、防御が間に合わないようにするみたいな使い方なら可能だろうけど、それをやる意味はあんまないんだよ。結論的にはHPが高いせいで、大ダメージ技を駆使したダメージレースになっちまう。モタモタしてたら回復されたりとかするからな。アイコンから特技を使って、避けて、当ててってゲームになった場合、武術家が勝つ理由なんて幾らもないから」
あんまりにもあんまりなので、武術家側の擁護を発言しようとしたのだが、何も出てこなかった。こういう時、自分はゲーマーでしかないのを自覚してしまう。
ニキータ:
「〈ハーティ・ロード〉のさつきさんはどうですか?」
ジン:
「うむ、あの子は別格でいいだろう。武器を使った威嚇、踏み込みの度胸に大胆さ、間合いの取り方、読み合いの的確さ、地の反射速度、連携と武器の取り回し、動き出しの気配の消し方、……と、かなりの応用っぷりだな。正面からタイマンで勝つのなんて、かなりの無理ゲーだぞ」
知り合いの名前が出て少しばかりホッとする。
ジン:
「そういう訳で、大ダメージ技の連打に成り易いんだよ。回避が覚束なきゃ、下手な間合い調整なんて回転が落ちるだけってな」
石丸:
「ボタン連射の格闘ゲーム状態っスね」
シュウト:
「なるほど。……ところで、今日はどんな技を?」
連打で勝てるなら、別に連打でもいいかもしれない。人間相手ならば工夫しなければならないが、モンスター相手に連打が通用すれば、すべて連打でもいい。
そんな事はともかく、新技が重要だ。
ジン:
「うむ……。概念的には、いわゆるなんだか分からないけど、相手の懐にするっと入るのが上手いのが時たまいたりする、のヤツだ」
シュウト:
「はぁ……。間合いを詰める技ってことですね。それは、名前はなんて言うんですか?」
ジン:
「わからん。あるのか無いのかも知らない。もしかすると無いかも。なんか名前決めなきゃなー。何がいい?」
シュウト:
「えっ? ……えっと、先にどんな技なのか見せてください」
ジン:
「ん? んー、悪いが俺には使えないんだ」
シュウト:
「えっ? じゃあ、どうやって練習するんですか?」
ジン:
「お前にゃもうできるハズだから、適当にやってみて感覚を掴め」
シュウト:
「…………は?」
ジンが武器を構える。さっそく実戦形式でやらされるらしい。
シュウト:
「ちょ、ちょっと待ってください」
ジン:
「なんだよ?」
シュウト:
「流石に、もう少し説明して欲しいんですが……」
ジン:
「お前、気配を殺して攻撃する技があるだろ?」
シュウト:
「『殺しの呼吸』ですか?」
ジン:
「それそれ。それの戦闘中応用形、というか、劣化版のことだ。お前は、最終的な完成版を、先に手に入れてんだ、よ!」
台詞の最後に併せて攻撃される。手加減されているので、受け流すのはそう難しくなかった。
ジン:
「ダメージレースしている訳だから、相手の意識はパワー主義になりやすい」
連続攻撃を躱しながら、説明を聞く。この練習方法はちょっと新しかった。
ジン:
「まずスピードやパワーを相手に印象付けるんだ。さ、攻撃してこい!」
言われるままに攻撃を仕掛ける。鋭く攻撃を幾度も仕掛けるのだが、受け流されたり、躱されたり、くるくると位置が変わりながら防御されてしまう。こちらは一切の手加減をしていない。避けられてしまうのは実力差によるものであった。
ジン:
「自分のタイミングでいい。意識をOFFにして、滑り込め」
あまり難しくは考えなかった。更に速度を高めて攻撃する。その攻撃終わりに、普通か少しゆっくりめの動きで、ジンの懐にするりと入り込んでみた。
レイシン:
「うまいっ!」
シュウト:
「こんな感じ、でしょうか?」
ジン:
「まぁまぁだな(ニヤリ)。しかし、これじゃ50点だ。お前なぁ、ゼロ距離に入ったら一気に仕留めなきゃダメだろ!」
シュウト:
「えっ? いや、でも、とりあえず入るので精一杯でしたし」
ジン:
「ここまでは予想通りなんだよ。お前に出来るのは分かっていた。真の問題は、このゼロ距離戦闘を有利に展開できるかどうかだ。お前は、自分のタイミングで相手のゼロ距離に侵入できた。これがイニシアティブ、主導権を握っている状態だな」
シュウト:
「はい」
ジン:
「通常の武器戦闘の距離と、ゼロ距離とでは動きを変えなきゃならない。短めの武器を扱う〈暗殺者〉は、ゼロ距離でこそ有利かもしれないが、どっちにしても変化には対応しなきゃならない。主導権を握ることで、いつゼロ距離に入るか、お前が決められる。だから相手には慌てさせ、自分は準備済みで動いて倒すんだ。しかし……」
シュウト:
「しかし、なんですか?」
ジン:
「ゼロ距離の方が得意な相手もいるかもしれない。俺もゼロ距離の方が得意かもしれないからな。だから、懐に入ったぐらいで『勝った』とか思ったら大間違いだってことだ。ましてやアイコン操作ミスってモタモタするのなんて有り得ないからな!」
シュウト:
「分かりました」
ジン:
「じゃあ、レイと実戦形式で練習してみろ」
実際に戦いながら、要所を狙ったり、意味のなさそうなところで不意を衝いてみたりを試してみる。
これまでは技後硬直の確定反撃でダメージを稼がず、更に大技を狙ったりするぐらいだったが、この技術が安定して使えるのだとすれば、戦いの流れをコントロールして、相手を翻弄しながら戦えるようになるだろう。
レイシン:
「凄いねぇ。これは才能だなぁ」
シュウト:
「ありがとうございます」
レイシンからの絶賛は新鮮で、かなり嬉しくて照れてしまう。
ユフィリア:
「どう?」
ニキータ:
「…………」ふるふる
どうやらユフィリアの側は苦戦しているらしい。無言で首を横に振るニキータだった。
ジン:
「入ろうとし過ぎだ。……一生懸命さがマイナスに働いてるなぁ」
ユフィリア:
「どうすればいいの?」
ジン:
「相手の間合いに、『入ろうとして、入る』のじゃなくて、『入ろうとしてなくて、入る』んだ。意識をOFFにしながら行動する」
ユフィリア:
「……それはどうやればいいの?」
ジン:
「改めて言われると、どうやるんだろうなぁ。おい、シュウト! お前、どうやってんだ?」
アドバイスを求められても困ってしまう。
シュウト:
「あんまり深く考えないでやってるんですが……。さりげない感じでやればいいんじゃないですか?」
ジン:
「……だそうだ。アレだな。ちゅーするぞー、ちゅーするぞー、ちゅーするぞー!って行かないで、サッと近づいて軽くチュってする感じか?」
ニキータ:
「例題がすでに変質者」
ジン:
「……ほぅ。そういうのをお望みですか。それならそうと先に言ってくれなきゃあ。ほーれ、ニキータのおっぱい揉むぞー、揉むぞー、揉むぞー!?」
ニキータ:
「ヤダッ、気持ち悪い!」
逃げるニキータにニジリよるジン、それを阻止しようとするユフィリアが背後から襲いかかり、しばらくドタバタやっていた。いつも通りである。
ユフィリア:
「でーきーなーいー!」
ジン:
「真面目なユフィリアに出来ない。いい加減な俺も出来ないってことはだ、シュウトは凄まじいレベルの『いい加減野郎』だという結論になる。もはやダメ人間、人間失格……」
シュウト:
「変な結論に持ち込まないでください! そもそも、どうしてジンさんに出来ないんですか?」
ジン:
「俺は完璧にやっているつもりなんだが、レイが出来てないっていうからさー」
シュウト:
「……そうなんですか?」
レイシン:
「出来てないって言うか、よく分からないんだよねぇ」
シュウト:
「ちょっとやってみてもらってもいいですか?」
1回目、技あり、あっさり踏み込まれる。
2回目、技なし、あっさり踏み込まれる。
3回目、技あり、あっさり踏み込まれる。
シュウト:
「すみません、わかりませんでした!」
レイシン:
「ね、分からなかったでしょ?」
シュウト:
「はい。……これは無理ですね」
ジン:
「だから、わかんないって何なんだよ!」
シュウト:
「違いが分からないんです。技を使っても、使わなくても、あっさり踏み込まれちゃうっていうか」
レイシン:
「その技、使わなくてもいいんじゃないの?」
ジン:
「むー。武蔵の剣があるから要らないっちゃ要らないけど、何かイヤだ」
向こうには向こうで、いろいろと葛藤があるらしい。
シュウト:
「あの、名前なんですけど、もう『OFFの動き』みたいなのでいいんじゃないですか? 意識をオフにするわけですし」
ジン:
「ダサい、却下」
シュウト:
「ええええ」
ジン:
「お前にしか使えない時点で、どこか論理に間違いがあるかも知れないだろ。そうするとその名前も『正しくない』かもしれないし?」
シュウト:
「じゃあ、どうすれば?」
ジン:
「そうだなぁ。まぁ、何だっていいんだけど、敢えて言うなら『DQN殺し』とかどうよ? あ、やっぱ待て。リア充爆発しろを略して『リア爆』とか? それとも相手の懐に潜り込むわけだから、『もげり』なんてのもいいかも知れない」
シュウト:
「その名前、悪意がありませんか?(汗)」
自分が使えないとなると、途端にいい加減さの度合いが上がるのは何なのか。それこそ僕にしか使えないのなら、僕が決めるべきでは? ……別に腹案があるわけじゃないのだけれど。
ニキータ:
「オンとオフのメタファーになっていればいいんですよね? 光と闇みたいなのとか、太陽と月、満月と新月……」
ジン:
「ワァオ、乙女? 乙女なの? 花とゆめ? ロマンティックあげるよ?」
ジンの冷やかしコメントに睨みつけるニキータ。
ユフィリア:
「カワイイ名前でもいいの? ら、らびっと……」
シュウト:
「いや、うさぎに関係ないから」
ユフィリア:
「でもね、月といえばウサギなんだよ?」
ジン:
「そうだぞ、月と言えばもうウサギしかないだろ」
これ見よがしにユフィリアの肩を持とうとするジンだったが、顔を逸らして笑いを堪えている辺りが、全て台無しにしていた。
シュウト:
「ダメ過ぎる……」
ユフィリア:
「ご、ごめんね?」
シュウト:
「主にジンさんのことだから」
ジン:
「なんだとぅ!? 一生懸命考えてやってんだろうが、ゴラァ!」
シュウト:
「からかって遊んでるだけじゃないですか!」
ジン:
「それの何が悪いんじゃオラァ!」
開き直られてしまうと、ロクな反論もできない。せっかく使えそうな技なのに、みっともない名前になったら悲しい。いや、使わなくなるかもしれない。そうなれば死活問題だ。
ジン:
「じゃあ、もうロマンティック路線でいいだろ? 新月とかにしとけって」
シュウト:
「急に面倒臭くならないでください!……石丸さん、何かありませんか?」
石丸:
「新月は陰暦で朔と呼ばれることもあるっス」
シュウト:
「……いやあの、新月から離れて貰っていいですか?」
石丸:
「そうっスか?」
ジン:
「陰暦ねぇ。……陰陽でいいんじゃねーか? 『陽の技』に対して、『陰の技』とか、『陰の動き』とか」
シュウト:
「陰の技……。そうします!」
許容範囲の名前のところで即決してしまう。これ以上は長引かせてもこれより良い結論は望めないだろう。
ユフィリア:
「ラビットって入った方がカワイイのに」
ニキータ:
「うさちゃんはまた今度ね?」
ジン:
「うさぎ的な技か……」
ユフィリア:
「なにかあるの? 私、覚えたい!」
ジン:
「いや、ねーな」
ユフィリア:
「いじわるぅ!」
ジン:
「わーった、考える、考えとくから、なっ?」
◆
ジン:
「シュウト、新技の実験するから手伝え」
シュウト:
「また新技ですか……」
次から次へと新技が出てくる。本当に『技のデパート』みたいな人だ。そんな人でもウサギ的な技は思いつかないのだとしたら、これはもはや絶望的だろう。
ジン:
「防御系のだからな。念のためにダメージカット率の測定をしておきたいんだ。んじゃ、アサシネイト入れてくれ」
シュウト:
「アサシネイトですか?」
ジン:
「……ん、どうかしたか?」
武器を構えてみるのだが、もやもやとした気持ちがわき起こってくる。
シュウト:
「いえ、ジンさんに始めてアサシネイトを入れるのが実験っていうのが、ちょっと……」
ジン:
「は? なにそのコダワリ」
シュウト:
「やっぱり、自分で入れたかったなって……」
ジン:
「はいはい。現実世界に帰還するまでの間に、間に合うといいな?」
シュウト:
「…………いきます」
せめて思い切り叩き込もうと思った。日頃の恨みとかも思い切り込めるつもりだ。
ジン:
「最初は素だけど、……生き残れるかな、俺?」
流石にHP13000全てを消し去ることはできないと思われたが、問題はレベル差にあるだろう。こちらは昨日91レベルに上がったばかりだ。ジンのレベルは出会った頃から6つも上がっている。それでも5レベル分の差はダメージにプラスに働くはずだった。
シュウト:
「フッ!」
鋭く踏み込み、速度を乗せた一撃を、マーカーが表示された首もとに叩き込む。一気にレッドゾーンまで持って行くが、殺しきるところまでは行かなかった。
ジン:
「し……死ぬかと思った。」
地面に手と膝を付いた四つん這いの格好で、瞬間の恐怖を告白しているジンだった。さっそくユフィリアが嬉々として回復している。
シュウト:
「ダメージどのくらいですか?」
ジン:
「11000ぐらい。フリーライド使ってても、やっぱアサシネイトは減らないんだなぁ。盾のHPアップがなきゃ死んでたかも……」
たぶん他の特技でなら、フリーライドで立っているだけでもかなりダメージを削ってくるのに違いない。アサシネイトに付与されている特殊性が、最大ダメージの理由になっているためだ。
一応、事故でも当たれば倒せる可能性がある技はこれだけだ。ダメージは伸びなかったが、満足できる結果だった。
ジン:
「んじゃ、残り3回な」
――5分後
シュウト:
「準備オーケーです」
ジン:
「よし、やろうか」
特技アイコンで再使用規制が解除されたのを確認する。アサシネイトはモーション入力できるようにしてあったが、規制状態の確認のためにも、アイコンには入れてある。
シュウト:
「ところで、どんな新技なんですか?」
ジン:
「〈竜殺し〉の追加特技だよ。アイアンスキン。日本語名称〈竜血の加護〉ってね」
〈竜血の加護〉。
サブ職〈竜殺し〉に設定されている前衛向け追加特技は3つある。ダメージ以外は最高性能を誇る一定ダメージ技〈竜破斬〉、癖は強いが優秀なスタンス技〈フローティング・スタンス〉、最後が割合でダメージカットする持続型防御バフである〈竜血の加護〉だ。
一般に、ダメージを無効化する防御特技は『ストーンスキン』と分類される。これらは防具(主に盾)の耐久値を減らす代わりに、一定回数のダメージを無効化する効果がある。このため大規模戦闘に挑むメインタンクは、何枚も予備の盾を用意していることが普通だ。〈守護戦士〉の緊急特技である〈キャッスル・オブ・ストーン〉も、ストーンスキンに分類される最高度の技であり、10秒間、全ての攻撃を防ぐことが可能になっている。
ダメージを完全に無効化させるストーンスキンと比べ、効果は薄くなるが、ダメージカットが持続するのがアイアンスキンの特性である。これは〈神祇官〉の使うダメージ遮断呪文や、〈施療神官〉の反応起動回復との相性が良いのも利点となる。ダメージ遮断呪文は『ダメージ発生前』、〈竜血の加護〉は『ダメージ後のカット』、反応起動回復は『ダメージ後の回復』となるため効果が重複しやすく、(それはそれで味方のMPは消耗してしまうのだが)圧倒的な強敵との戦闘では有利に働く。ダメージ計算の関係から、低防御力の〈武闘家〉でもダメージカットの恩恵を得られる点や、ストーンスキン系特技の再使用規制中に使うといった選択肢が増えることもメリットになる。
似た性能の防御特技が存在するものの、〈竜殺し〉の〈竜血の加護〉は、オーソドックスで高いダメージカット性能を持つ。その代わり『背面攻撃には効果がない』といった弱点も設定されており、ゲームバランスには配慮がなされていた。
ジン:
「さっ、いいぞ?」
皮膚が鋼鉄化しているハズだったが、外からの見かけに変化は見られない。これは厄介な性質だと思った。
シュウト:
「では、行きます」
ほぼ同じの動きからアサシネイトを叩き込む。これは余計な要素を排除する目的もあった。命中の瞬間、手元には予想外の金属的な感触が残った。
ジン:
「おおっ、効果あるじゃん。えっと、ダメージ7000ぐらいか?」
シュウト:
「そんな……」
90レベルの〈守護戦士〉のHPは装備にもよるが、だいたい14000付近。アサシネイトのダメージが7000にしかならないということは、HPの半分しか削れないことを意味している。
石丸:
「4割カットっスね」
ジン:
「アサシネイトにも効果があったか。いやぁ、便利便利」
ニキータ:
「残り2回ね」
――さらに5分後。
シュウト:
「準備、できました」
ジン:
「さてと、じゃあシュウトくんのお待ちかね。オーバーライド状態でのアサシネイト耐久実験といこうぜ」
正直に言って、興味がないと言えば嘘になるのだが、怖さも大きかった。オーバーライドによる疑似的なレベルアップ状態での、HP値の推測が可能になるのだが、ダメージがどこまで低くなってしまうか気がかりだ。
ジンがフェイスガードを引き下ろすと、高密度の気が渦巻き始めた。
シュウト:
「行きます」
同じ動作を繰り返す。踏み込み、切りつける。〈竜血の加護〉に比べて、明らかに手応えは柔らかい。しかし……。
ニキータ:
「減って……ない」
ジン:
「フム、5000ぐらいだな。てことは、HPは2倍ちょっとってことになるのかな?」
ジンのHPは数字上で変化しないらしい。レベルが上がった時、その分が反映されるのみだと聞かされていた。その代わり、オーバーライド時はレベル差による防御ボーナスなども含めて、防御力が向上し、疑似的にHPが上昇した効果として表れるらしい。
石丸:
「この状態で〈竜血の加護〉を使えば、ダメージは3000点付近になるハズっスね」
ジン:
「理論通りなら4回耐えられることになるわけか。こりゃ5分後が楽しみだな」
――さらに5分経過
ジン:
「まーだー?」
シュウト:
「…………大丈夫、です」
ジン:
「あれれー? 顔色がよくないよ? ちゃんと夜は寝なきゃだろ」
シュウト:
「そうですね」
もはや5000点以下のダメージにしかならないことはわかっているのだ。最大技でもこの程度の威力にしかならないということになる。ドラゴンと戦って勝っている以上、当然の結果とわかっていても、自分の勝利が遠のいていく感じに眩暈がしそうだ。いや、盲目的な希望的観測を棄てられるだけでも僥倖というべきかもしれない。『夢みる乙女』のまま勝てる相手ではないのだから。
シュウト:
「最後でいいんですよね?」
ジン:
「おう。準備できたぜ」
シュウト:
「行きます」
心持ち力を込めて打ち込む。しかし、鋼鉄の塊を叩いて弾き返されて感じたほどだった。ダメージなんてあるのかすら、疑わしい。
ジン:
「よっしゃ、ほぼ理論値通り。ダメージ2800点!」
絶望的な状況だった。レベル97で覚える可能性の高いアサシネイトの上位バージョンに期待していたのだが、この分ではどちらにしても通用しないだろう。3000点のダメージが4000点になったところで、どうなると言うのだ。根本的な部分で戦術の変更が必要だった。
ユフィリア:
「凄いね、おめでとうジンさん!」
ジン:
「サンキュ。……どうやら間に合ったな」
ハッとして顔を上げる。何に間に合ったというのだろう。あの人は何を見ているのだろう。
そう考えていると、心の葛藤や矛盾した感情が吹き飛んでいた。下を向いている暇はない。目的を高く掲げなければ、届くはずがない。マグレ勝ちを拾い、それで満足するつもりでいた自分の心の卑しさに気が付く。
シュウト:
(僕は…………)
自分は、何者になれるのだろう。