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92  凱旋

 ――その日、エルムはのんびりとした午後を過ごしていた。

 のんびりは毎日なので、特別なことではない。課せられた案件はほぼ放置状態で、机に積みあがるのに任せている。仕事量はそこそこ多いが、ずぼらなので今日は片付けるつもりがない。実は明日もその予定は無かったりする。いわゆるご愛敬だとエルムは思っていた。


 実際のところはどうなのかと言えば、相手の反応待ちなどの保留が多いため、催促が来てからでも全く平気だった。週一ぐらいでまとめて片付ければ、それで十分に間に合ってしまう。マメに仕事などしようものなら、どんどん押しつけられるのに決まっていたし、それでは(エルム自身はともかく)周囲の人たちの迷惑になってしまう。何にせよ、誰にせよ、ひとりで働いているわけではないのだ。エルムが片付け終わるのを見計らって仕事を置きにくる『分かっている人』もいるぐらいだった。世間はそうやって上手くまわっているのだから別にいいだろう、などと彼は考えていた。


エルム:

(急ぎの案件と言えば、〈カトレヤ〉のものぐらいですしね)


 〈海洋機構〉には人がたくさんいる。安定した取引は流れ作業になるので、担当者を別に作って任せてしまう様にしていた。ノルマに縛られている現実の企業活動でいえば、開拓した業務を人に任せていては、まったく自分の評価にならないといった事情もある。故に何もかも自分でやらなければならない、ないて事になりがちだが、ここはそういうカルチャーではない。大型の案件なんて面倒なだけだ。任せられる人に任せてしまえばいい。後は勝手に上手くやってくれるに違いない。なにか問題が起これば、原因を突き止めて解決すればいい。こうした割り切りが、のんびりお茶をするためには肝心なのである。


 お茶に手を伸ばして、口元に運ぶ。


エルム:

(やはりなにか理由を付けて、お茶を飲みに行かなければなりませんね)


 ――そんなエルムでも、〈カトレヤ〉の案件を他人に譲る気はなかった。単純に任せられないこともあったし、色々とオマケが大きいのもある。


エルム:

「フム……」


 シブヤまで往復2時間以上を使って、ただお茶を飲みに行くのでは趣味が悪い。だが言葉を取り替えれば、なかなかの贅沢とも言える。それだけの価値が、あの飲み物にはある。素晴らしい。エクセレント。『半妖精』と呼ばれる美しいお嬢さんと一緒なら、更に何重にも美味しくなろうと言うものだ。軽い雑談ぐらいしても罰は当たるまい。ならば、ケーキなどのお茶受けを持って行くのはどうだろう。みんなで食べようという話になるのではないか?などとまったり考えていた。実にくだらないが、くだらない思考は実に楽しい。

 はたと、とても重要な問題に気が付く。


エルム:

(待てよ、お茶であの旨さだとすると、食事ならどうなってしまうのでしょう? ……これは夕食に誘われる手を考えなければなりませんね)


 小さな貸しでも作れれば、夕食に招待して貰うことぐらいは難しくないだろう。そうなれば、トモコにも同伴して貰うのはどうだろう、などと考えて悦に入る。何しろこれは重要な案件である。特に食事の美味しさの秘密を探るとなると、もはや最優先事項に近い。〈海洋機構〉にとっても大きなプラスになるに違いない。『ダメで元々、是非とも実行に移さなければ……!』などと心の中で強弁してみた。


エルム:

(まぁ、食事ぐらいなら、彼に頼めばいいだけですけどね)


 シュウトに頼むつもりがあれば、今晩にでも実行できるだろう。しかし、それは最後の手段でいい。もっと手順を楽しみたいではないか。世の中は、簡単過ぎてはつまらない。


 ――シュウトの事を考えて、にんまりと笑うエルムだった。いつも笑顔でいるような顔付きなのもあって、笑うと大きくにんまりすることになる。

 このタイミングで誰からか念話が掛かってくる。出る前に相手を確認し、少しばかり驚くことになった。


エルム:

「これはこれは。くしゃみでもさせてしまいましたか?」

シュウト:

『えっ、くしゃみ? 風邪をひいたんですか?』


 冗談は通じなかったらしい。残念。


シュウト:

『あの、急ぎでして。準備を手伝って欲しいみたいなんですが』

エルム:

「はぁ、どのような?」

シュウト:

『どうすればいいんですか? ああ、はい。ええと、ジンさんに念話って出来ますか?』


 どうやら隣にいる相手との伝言ゲームになってしまっているようだ。


エルム:

「ええ。こんなこともあろうかと、勝手に登録してあります。こちらから念話すればいいのですね?」

シュウト:

『すみません、お願いします』


 随分と慌てた様子だった。なにやらトラブルの気配に沸き立つものがある。『暇な午後』は終わりを告げたようだ。


エルム:

「もしもし、お待たせ致しました」

ジン:

『おう、にやつき商人か。手伝え』

エルム:

「……とりあえず、どのようなご用でしょう?」

ジン:

『シュウトがレベル91になった』

エルム:

「……そ、それは凄い! おめでとうございます」


 何から何まで予想外な相手だ。まさかここでレベルアップしてくることなど、考えてすらいなかった。しかし、ドラゴンを倒しているのなら、思いついても良さそうなものだ。


ジン:

『んで、出先から帰らないでいたら出遅れた。他のギルドにも91になったヤツが出てるらしい』

エルム:

「それは……」


 これで大体の事情は察することが出来た。最初にレベル91になったとしても、それが大多数の人間に知れ渡らなければ意味がない。つまり、ある程度の知名度を目的としていたのだろう。なかなか面白そうな話になってきたではないか。


エルム:

「今はどちらですか?」

ジン:

『シブヤからアキバに向けて移動を始めたトコだ。1時間あれば着く』

エルム:

「急ぎで準備しなければならないものは?」

ジン:

『場所だな。とりあえず宴会はやらなきゃだろ。こっちでも手分けして人を呼ぶにしても、場所が決まらないと始まらない』

エルム:

「予算はいかほどで? 5万、10万、20万」

ジン:

『20万。それ以上で構わない』


 即答だった。飲みで20万以上などは上流階級でもなければお目に掛かれないクラスだ。一気に燃焼度があがってくる。


エルム:

「そういう話でしたら、お任せください!!」

ジン:

『お、おう』

エルム:

「場所ですが、天気も良いですし、いっそ野外などはいかがでしょう?」


 窓から外を覗きみながら提案してみる。アキバの風景の中でベストなポジションについて考えを巡らせはじめる。


ジン:

『野外か、いいねぇ~』


 テンポよく打ち合わせを済ませる。30分だけ到着を遅らせて貰うことにしておいた。残り1時間と25分。味方を増やしつつ時間を稼ぐにはどうするべきか?


エルム:

「……よし、この手で行きましょう」


 ――誰にともなくニヤリと微笑むと、フレンドリストを開きながら移動を開始するエルムであった。





エルム:

「お疲れ様です!」


 30分ほど余計に時間を潰しつつ移動。アキバの街に到着寸前というところで、待っていたらしきエルムが先に挨拶してくる。彼は今回の仕掛け人として抜擢されていた。


ジン:

「悪いな、準備の方はどーでぇ?」

エルム:

「手配はほぼ完了しています」

シュウト:

(早っ!?)

エルム:

「まだ会場の準備が整っていませんので、更に時間を稼いで頂きます。30分ばかり街を練り歩いてください」


 エルムはバッグから花飾りを取り出すと、自分の頭に乗せた。


シュウト:

「これは?」

エルム:

「レベル91、おめでとうございます」

シュウト:

「はい、ありがとうございます」

エルム:

「街に入ったら分かりますので、説明は省きますね。ともかく手を振って歓声に応えてください」

シュウト:

「それはどういう……?」

葵:

「サクラを仕込んだの?」

エルム:

「基本ですから。ああ、タダ酒で釣った……ご協力いただいた人達ですので、気にしなくて大丈夫ですよ」

ジン:

「そのタダ酒とやらは、俺達にとってはタダじゃないんだがな」

エルム:

「ハハハ。今日は〈海洋機構〉の酒蔵を解放するつもりで行きますので」

ジン:

「ヤメい、破産するっつーの」

エルム:

「では、そろそろお願いします。みなさんお待ちかねですので」


 一体、誰がお待ちかねだというのだろう。

 ここでジンは、ユフィリアとニキータに目で合図を送っていた。頷いて自分の左右に2人が並んで立った。どうやら両手に花の演出でいくことになっているらしい。困惑に思わず顔が苦笑いになる。

 だが、中に入ったらこの困惑は軽く数倍化することになった。


シュウト:

(……300人は軽くいるんですけど?!)


 アキバの街に入ると、かなりの騒ぎになっていた。

 頭に乗せられた花飾りは、主役であることを分かり易く示すためのモノだったようだ。余りの目立ちっぷりに不安になって横をみてみると、鷹揚に手を振って歓声に応えているニコニコモードのユフィリアとニキータがいた(なにその場慣れ感?)


野次馬冒険者:

「すっげー、マジで91だぞ!」

観客冒険者:

「本当だ!」

見物女冒険者:

「わっ、わっ。けっこーイケメンくんだし!」


 サクラの人が声を上げたためなのか、事情を理解した人達がザワザワし始める。いや、大半がノリで集まっていただけなのかもしれないが、もはや大惨事な気がしてきた。いいのだろうか? 本当にこんなところに居ていいのだろうか?


エルム:

「では、彼らの後について、ゆっくり歩いて来てください。ルートは指示してあります。後ほど、宴会場であいましょう」


 その彼らとは、揃いの衣装に身を包み、楽器を持った人達のことらしい。〈第七鼓笛隊〉(7thマーチングバンド)。音楽隊が整列し、街中を行進する準備を始めていた。


シュウト:

「これは何なんですか! こんなの聞いてませんよ!」

ジン:

「いやいや、俺も聞いてねーって。文句はエルムにチョクで言えよ」

シュウト:

「そんな……、馬鹿な……」


 大音量での演奏が始まり、ゆっくりと行進が開始される。こうなると拒否も拒絶も不可能だった。もう一緒に歩き始めるしかない。顔は笑顔、心は半泣きのままで行進に加わる。

 こうして音楽が鳴り始めたことで、見物人の数も果てしなく増えていった。その中心で、美女2人に挟まれ、晒し者にされている自分。……ナンダコレ、ナニガドウナッテルノ?


ユフィリア:

「ありがとー、ありがとー!」


 ニコニコとして笑顔で手を振っているユフィリアさん。あなたは何者なんですか? ドウシテ平気ナンデスカ?

 それに習ったのか、ニキータも笑顔で手を振って、沿道の観客に声を掛けている。


ニキータ:

「彼がレベル91になりました。ありがとうございます!……ホラ、貴方も手を振って」

シュウト:

「……はい」


 〈カトレヤ〉と関わってからだろうか? こんな感じで抵抗しても無駄、みたいなことがしょっちゅう起こっている気がしてならない。どこで自分の人生を踏み外したのだろう。〈シルバーソード〉を辞めたぐらいからだろうか?


 アキバ中央大通りを強引に占拠し、音楽隊と一緒にいきなり行進を始めた謎の集団という立場からして痛々しい。それはもう、何があったのか?とみんな覗きに出てくるのに決まっている。レベル91になった人間が出たらしいということまで知れば、顔でも一目見てやろうとなるのだろう。

 反対に言えば、一目見れば納得するのかもしれない。そうであって欲しい。何しろ自分などは小ギルドの無名なプレイヤーに過ぎない。ユフィリアの方がよっぽど有名人なぐらいだ。彼女の背中に隠れていたい衝動を自覚するが、ちっぽけなプライドだか意地だかでどうにか押さえ込み、笑顔でいる。それが精一杯だった。


 だんだんと自分の心を殺す方法が必要な気がしてきた。機械のごとき動きで手を振り、カチコチに硬直しきった笑顔のまま虚ろに役目を果たすのである。別に僕じゃなくたっていいじゃないか。

 おかげでひとつだけ分かったことがある。人間とは、ただ流されるだけの、海の藻屑に過ぎない、と。きっとそうだ、そうに違いない……。



 沿道で手を振っている人に、「隊長~!」と声を掛けられる。ゴブリン戦役で仲間だったみんなが居た。嬉しいという気持ちよりも先に気まずかった。なんとも言えない苦痛があった。知り合いに恥ずかしい所をみられた敗北感というのだろうか。

 腹を抱えて大爆笑しているりえを見つけて(目が良いのでそういうのはよく見える)イラっとした。普段の何十倍ものストレスに晒されている側の身にもなって貰いたい。……八つ当たりすることに決定した。





りえ:

「なにアレ、すっげぇ! ばははははは!」


 確かに凄かった。レベル91になった事もそうなのだが、音楽隊の後ろで歩いて手を振っていることが異常過ぎた。もう笑うしかない気分なのは本当のところだったろう。


静:

「ううう、隊長が、シュウト隊長が手の届かないところにいっちゃう!」

まり:

「いやいや、最初から届いてないからね」

りえ:

「ぎゃはははは! すっげー! 超笑えるんですけど!!」

エルンスト:

「何かやるだろうとは思ったが、こう来たか~」

名護っしゅ:

「斜め上ってやがるなぁ」


 そこに念話が掛かってきた。誰かと思えば、なんとご本人様、直々だった。光栄な気がするのだけれど、何となく怒られそうな気もして、恐る恐る念話に出てみた。


サイ:

「……はい。あの、おめでとうございます」

シュウト:

『ありがとう。……サイ、そこにいるメンバー全員、僕らの後ろに並んで一緒に行進させるんだ。命令だからって言って』

サイ:

「……分かりました」


 素の時は『自分はもう隊長じゃない』とか言うのに、時々、強引になる。そういうのは、でも実のところ嫌いじゃなかったりした。


サイ:

「隊長からの命令です。後ろに並んで一緒に行軍せよ、と」

静:

「えっ? えっ?」

まり:

「……マジ?」

エルンスト:

「命令って言ったのか?」

名護っしゅ:

「命令かぁー、命令じゃ仕方ないよなー?」

大槻:

「うむ、仕方がない」

りえ:

「あたしらも罰ゲーム? しょうがないなー、隊長ったら、もぅ~」


 意外にもみんな行く気らしい。抵抗しているのは静ぐらいのものだった。腕を掴んで強引に道に躍り出る。


静:

「やだ、やだぁ!」

サイ:

「命令だから。……諦めて」


 そのまま仲間らしき男の人達の後ろに並ぶ。見物に出てきた街の人達の視線が痛かった。……これは流石に恥ずかしい。顔が一気に熱を持ち始めていた。


りえ:

「わー!」


 一生懸命に手を振っているりえ。まりも反対側の道路に向けて手を振り始める。なんとなく真似して手を振ってみることにした。


サイ:

(案外、たのしい、かも?)





ニキータ:

「かなり強引な手を使うわね?」

シュウト:

「それはもう。仲間なんだから、苦労は分かち合わなきゃ」

ニキータ:

「……ジンさんに似てきたわね」

シュウト:

「むしろ光栄です」

ニキータ:

「ウフフフフ」


 ニキータに何を言われようと、痛くも痒くもない。心はもうとっくに限界など突破していた。なるようになれ。いま、ここで地獄の道連れを増やさないでどうするというのか。


葵:

「シュウ君、シュウ君?」


 腰の辺りで服を引っ張られていると思ったら、葵がそばに来ていた。


シュウト:

「……どうしたんですか?」

葵:

「えへへ~。肩車!」

シュウト:

「はい、はい」


 自分の頭から花飾りをとって、葵の頭に乗せてあげる。軽くしゃがむと、ユフィリアとニキータが葵を助け、自分の肩に乗せてくれた。軽いので楽々と立ち上がる。葵を肩車していれば、視線が分散する効果が見込める。これを利用しない手はないだろう。


葵:

「わー! 最っっ高!!」

シュウト:

(この人達、どうしてこんなに目立つの好きかなぁ……)


 世の中にはどうにも理解できないことがある。これもその一つなのだろう。

 振り向くと、サイや静、エルンストの後ろにくっついて歩く人達が増殖していた。ノリでお祭りに参加した人達だろう。まぁ、どちらでもいい。デコイが増えれば、その分、自分に集まる視線が減るのに違いないのだから。


ジン:

「そろそろ居なくても平気そうだな」

レイシン:

「そうだね、先に会場に行ってようか」

シュウト:

「何を言ってるんですか! ダメに決まってるじゃないですか!」

ジン:

「……おまえ、耳よすぎんだろ」

シュウト:

「そうやって、仲間を見捨てるんですか」

ジン:

「いやいやいや、見捨てるってなんだよ、大げさだろ!」


 ボソボソとエスケープの相談をしている悪い大人の邪魔をする。逃がしてなるものか。恨み骨髄、怨念バリバリである。……ちょっと死語だったかもしれない。


 そのまま30分、無事(?)に晒し者にされ続けて終わった。一筆書きの要領で街中を移動した先には、野外の宴会場が見事に設営されている。


 場所は中央通りのそば、〈海洋機構〉の敷地の一角にある開けた場所。現実世界では駐車場だったのかもしれない。異世界化したことで地面は土がむき出しになり、公園に近い雰囲気がある。広すぎず、かといって、狭すぎもしない。開放感もあるので、外からふらりと入り易いのもプラス要素だろう。これで提灯風のオレンジの光で飾り付けされていれば、田舎の夏祭りの光景だったろう。そこばかりはバクスライトよりも強めの白い光が使われていた。おかげで人の顔は見えやすい。

 屋台を出して協力してくれた店は、急ピッチで料理の仕上げに取り掛かっている。入り口らしき場所にはタダでお酒を配る人がすでに配置され、配り始めている。


エルム:

「……ありがとうございました。では、みなさんも食事などを楽しんでいってください、ええ。では」


 〈7thマーチングバンド〉の演奏はここまでだった。エルムが簡単な後処理を終えてして、こちらにやって来た。


エルム:

「みなさん、お疲れ様でした。どうでしたか?」

ユフィリア:

「すっごく楽しかった!」

シュウト:

(貴方はそうでしょうとも……)


 流石に『苦痛に満ちた時間でした……』とは言えなかった。何しろ自分のために用意された催しなのだから。


エルム:

「いやぁ、音楽隊は手配できたんですが、準備時間なしで仕事してくれる手頃なダンスチームは見つけられませんでした。それが悔やまれます。申し訳ありませんでした」

ジン:

「十分、十分。『The 凱旋式』って感じは出てたからな」

シュウト:

(いや、というか謝るところ、そこなんだ……)


ユフィリア:

「ダンスしたかったの? じゃあ、ここで踊っちゃう?」

葵:

「いいね!」


 音楽隊の解散に紛れて、通りの真ん中で踊る気ですか?と思ったら、エグザイルがやっている例のトレイン的な踊りだった。背の低い葵が先頭になって手をぐるぐる動かしながら体を円運動させる。続けて後ろのユフィリア、ニキータが少しズラしながら同じ動きを繰り返す、例のアレだった。


ジン:

「うし、いくか」


 石丸、レイシン、ジンも後ろに並ぶ。まり、りえも参加すると、段々と人が集まりだしていた。音楽隊のメンバーも気を利かせたつもりなのか、何人かが例の曲を演奏し始める。……1曲終わるころには、50メートル近いグルグル集団が生まれていた。


シュウト:

「みんな、アレってやりたいみたいですね……」

エルム:

「いいじゃありませんか、楽しそうで」


 もう一回!と誰かが叫び、もう一曲、最初から始まっていた。グルグル集団の最後尾がどこまで延びたものか、もう分からなくなっていた。





 『花火なしの納涼大会』となった会場を、両側に張り付いている2人に引きずられるように移動する。移動がてら、お約束めいた挨拶をして回ることになっている。特にユフィリアを知っているらしき人が異様に多く、「よう元気にしてたか?」「元気だよ。あのね、シュウトがレベル91になったの」「スゲエな、おめでとう」「どうも……」と言った会話が何度も繰り返されることになった。自分の存在意義の無さが半端ない。単なる話題の一部になった感覚である。


エルム:

「えーっ、どうもみなさん、こんばんは!」


 振り返ってみると、エルムが特設ステージらしき舞台の上に立ち、声を大きく張っていた。いわゆる拡声器のようなものがないためで、自分の声で話すしかないのだろう。あまり広くない祭り会場は、こういう部分ではやりやすいのだろう。


エルム:

「わたしく、〈海洋機構〉のエルム、と申します。映画『エルム街の悪夢』のエルムです。どうぞ、お見知りおきください!」

野次馬A:

「いよっ、笑う悪夢!」

周囲の人々

「「わはははは!」」


 定番挨拶に対して合いの手が入り、自然と笑いが起こる。エルムの顔見知りも多いということだろう。


エルム:

「そろそろ一発目の乾杯をしたいと思います。みなさん、飲み物はお持ちでしょうか?」

野次馬B:

「もう始めてるよ~」

エルム:

「ナイスです!……乾杯する前に、本日の主役に登場してもらいましょう。では、お願いします!」


 エルムが指さしたことで、周囲の人達が一斉に振り返る。自分も後ろを振り返って、そこに誰がいるのかを知りたい気持ちでいっぱいだった。(は、恥ずかしい……)


ユフィリア:

「いこ、シュウト?」

シュウト:

「ああ、うん、はい……」


 舞台の上に立たされる。注目度が高くて緊張するなと言われても無理だったろう。横にいるユフィリアが大きく手を振って、後列の人達にアピールしているのを見ながら、(きっと、みんなユフィリアのことを見てるよな……)と自分を慰めることにした。それが真実というものだろう。こんな時でも胃とかお腹とかが痛くならないのは、強靱な肉体のおかげだ。


エルム:

「本日の主役にしてメインゲスト。このアキバの街において、真っ先にレベル91に到達したプレイヤー、ギルド〈カトレヤ〉の〈暗殺者〉、シュウトくんです! 拍手!!」


 拍手を要求しているのだから、それは拍手が起こるのに決まっている。両腕を高く広げて上げてから、深々と一礼した。拍手がいっそう強くなる。

 その拍手が静まるのをまってから、エルムが口を開いた。 


エルム:

「では、少し質問してみたいと思います。……今のお気持ちは?」

シュウト:

「ええっと……」


 こんな場所で感想を訊かれても、上手い答えを咄嗟に思いつく訳もない。


ジン:

「あー? 聞こえねーぞー!」

エルム:

「まだ何も言っていません!どうも気の早い方がいらっしゃいますね!」


 素早くジンが野次を飛ばすのだが、エルムが上手く返して笑いを誘っていた。援護射撃だろう。ちょっと笑ってしまったためなのか、リラックスして考えをまとめることが出来た。昨晩の宿題がここで活きることになるとは思わなかった。


シュウト:

「ええと、アキバの〈冒険者〉のひとりとして、大変、誇らしく感じています。これを機に、より多くの人達が、レベル91や、もっと先に到達し、いつか現実世界に帰還できるように、いっそう努力していきたいと思います。ギルドの仲間たちや、さまざまな人達のお陰です。ありがとうございました」


 うまく言えたかは分からないが、暖かい拍手を貰うことが出来た。


エルム:

「今後の目標は?」

シュウト:

「ええっ? えーっと……」


 現実世界への帰還だと言ったはずなのだが?と思いつつ、偶然にもひとつ閃く。


シュウト:

「僕以外にも、今日、91レベルに到達した人がいるということですので、次こそは、1番に、レベル100になりたいと思います!」


 『おおーっ!』というどよめきと拍手が起こった。


エルム:

「いただきました。 素晴らしいですねっ! それでは行きます、レベル100を目指して、かんぱ~……なんです?」


 すかさず乾杯に持ち込もうとしたエルムだったが、会場に異変が起こっていた。どよめきが、別の色へと変わっていく。


どこからかの声:

「最初にレベル100だと? そいつは聞き捨てならないな!」


 「黒剣騎士団だ!」と誰かが叫んだ。海を割ったというモーセ伝説のように、人々が左右に分かれて道を譲った。そこを6人の戦士・魔法使いが歩き、舞台下のすぐ前に立った。その全てがレベル91に到達していた。

 

うらら:

「ユフィ、連れて来たよ!」


 6人組よりも後ろの方から、ユフィリアに向かって手を振っている子がいた。同じく〈黒剣騎士団〉のうららだった。以前に着せかえファッションショーをさせられた時に顔を見たことがある。ユフィリアの友達のひとりだ。

 そのユフィリアはと言えば、舞台からぴょんと飛び降りて、6人組のところに駆け寄って挨拶していた。


ユフィリア:

「うわぁ、みんなもレベル上がったんだね、おめでとう!」

シュウト:

(そうか、こっちとも顔見知りなのか……)


 ユフィリアの知り合いの多さは群を抜いていた。

 楽しげに談笑していたその時、ほぼ全員が声もなく振り返り、彼を見た。



 ――のそり。



 圧倒的な人数を誇る戦闘ギルド〈D.D.D〉と勢力を二分する最精鋭集団〈黒剣騎士団〉。その象徴であり、常に最前線に立ち続ける猛者。歴戦がそうさせているのか、獅子にも似た威圧、カリスマを纏い、腰には『始まりの幻想』ソードオブペインブラックを佩く。アキバの街で最強を誇る〈守護戦士〉――“黒剣”アイザックその人の登場であった。


 みんな最初に見たのは、彼のレベルだったと思われる。どこかの戦闘から戻ったそのままの姿で、しかし、レベルアップはしていなかった。思わず残念なため息が聞こえて来そうな空気だった。

 


アイザック:

「よう。お前さんもレベルを上げたみたいだな?」

シュウト:

「……どうも」


 アイザックは、舞台の上に立っている自分に向けて声を掛けて来た。目から光線が出て、こちらに当てられているような気分になる。目力の強さが際だっていた。


アイザック:

「やるなぁ。……モノは相談なんだが」

シュウト:

「……?」

アイザック:

「ウチに入らねーか?」

シュウト:

「いや、それは……」


 唐突な申し出に戸惑う。


アイザック:

「なんなら、そこの残念な連中とトレードでどうだ? ん? 悪い話じゃないだろ?」


残念シックス:

「うおおおおい!!」

「ふざっっけんな!」

「ちょっとまて大将ぉぉぉ!」

「バカかアンタわああああ!!」


アイザック:

「ドやかましい! お前らが使えねぇから、俺のレベルが上がらなかったんだろうが!」


 本気で勧誘するつもりはなく、ちょっと出しに使い、仲間をからかっただけらしい。ただ、場の空気は全部もっていってしまっている。


アイザック:

「おい、一つだけ教えてくれ。おまえ、何を倒してレベルを上げた?」

シュウト:

「…………」


 ストレートで本質的な質問。咄嗟には言葉がでない。なんと答えようと考えている時だった。


ユフィリア:

「ドラゴンだけど?」あっさり



 ……はぁ?



うらら:

「ウソだ、ドラゴンとか倒すのメッチャ大変じゃん」

ユフィリア:

「嘘じゃないし。……(ガサゴソ)……ほら」


 ドラゴン狩りの最中、大慌てでシブヤに帰還して、そのままアキバに来ている。つまり、ユフィリアの荷物の中には、今日倒したドラゴンの素材が入ったままだった。荷物から数枚のドラゴンの鱗などを取り出し、証拠として見せてしまっていた。


アイザック:

「ほぅ、こりゃマジもんだ……」


 前列の人達に範囲は限定されているとはいえ、ザワザワと騒ぎになり始めていた。とっさにエルムの方に視線を送る。青くなっているのはエルムも同じだった。


エルム:

「えー、〈カトレヤ〉の皆さんは、実はドラゴン戦に特化したギルドなのです。我々〈海洋機構〉が全面的に支援させていただいております。ですので、ドラゴン素材に興味がある方は〈海洋機構〉にお問い合わせください!」

ジン:

「CMかよっ!」


 〈海洋機構〉のサポートでドラゴン狩りをしている、という風に聞こえるコメントだった。これは嘘だったが、この場では都合がいい。加えて、もしや打ち合わせ済みなのでは?と疑ってしまうタイミングでジンがツッコミを入れている。人混みに紛れて姿は見えず、声だけを響かせていた。この場合、後付けのツッコミによって記憶の方向付けを行っているのだ。〈海洋機構〉によるドラゴン素材のCMとしてて記憶されるように誘導していた。



 ――この時、ドラゴンの鱗を一枚、アイザックが自然な所作で懐に入れていた。エルムも含め、〈カトレヤ〉の関係者はそれを見ていない。ジンですら、位置的に盗られたことに気が付かなかった。単なる冗談のつもりだったアイザックだったが、誰からもツッコミがなかったため、不本意ながら、そのまま頂戴してしまうとになった。いわゆる『借りパク』である。

 ディバインドラゴンの鱗はこうしてアイザックの追加装甲となり、何度か彼の窮地を救う『幸運の鱗』となる。


エルム:

「それでは、残念シックスの皆さんにもお話を伺いたいと思います。壇上にお願いします」

残念シックス:

「ふざけんな、誰が残念だ、こらぁ!」


 笑いを誘いながら、見事にその場を乗り切ってしまうエルムだった。〈黒剣騎士団〉の戦士達と場所を変わるため、自分は舞台から降りることになった。緊張からも解放され、肩から荷が下りた気がしていた。





 〈黒剣騎士団〉の参加によって、お祭り騒ぎは本格的なものになっていた。タダで飲み食いできることもあって、かなりの盛況である。人の数は数倍になり、あちこちで楽しげな笑い声が聞こえて来る。改めて『黒剣騎士団効果』を感じることになった。

 その姿とは正反対に、ジンは座って地面を見つめたまま動く様子がない。


シュウト:

「ジンさんってどうしたんですか?」

葵:

「んー、今回の借金がいくらになるかわかんないからねぇ」

シュウト:

「ああ……」


 ユフィリアが〈黒剣騎士団〉を呼んだことが原因らしい。彼女いわく、『みんなで楽しいのがいいよね!』とのこと。確かにお祭り騒ぎとしてはスケールアップして成功することにはなったが、その分、湯水のようにお金が消えて行っているということになるのだろう。お酒だけでもどのくらいの量が出ているのか分からない。


エルム:

「お疲れさまです。いやぁ、凄いことになってきましたねぇ」

ジン:

「このガキャア、他人事だと思ってザケてんのかゴラァ!」

エルム:

「いやいや、……私のせいじゃないと思うのですが!?」

ジン:

「このペースだと、イチ、ジュウ、ヒャク、セン、マン、……6桁じゃ済まなくなんだろうが! 今すぐどうにかしろ!」


 指折り数えて桁数を確認するジン。金貨20万枚どころか、人が増えたことで7桁ペースに突入してもおかしくない。飲みに来る人たちからすれば、誰が主催しているかなんてどっちでもいいのだから、仕方がない。


エルム:

「いやぁ、0時までの料金を持つということで、約束をしてしまいましたので……」

ジン:

「な、なんだと!!?」

葵:

「……それじゃあ、まだ3時間はありそうだけど」

シュウト:

「というか、みんな朝まで飲み明かそうとしてますよね」

ジン:

「ははぁん……」ゆらり


 〈暗殺者〉も真っ青の動きでエルムの背後をとって絞め殺しにかかるジンだった。


エルム:

「ギブです! ギブッ、ギブッ!!」パンパン!


 素早く手を離すジン。次の瞬間、システムが起動し、動力甲冑を纏った衛兵たちが表れていた。


ジン:

「No、No、No、No!」

葵:

「プロレスか!」


 手を挙げてジンは無実をアピールしている。……衛兵を相手にして何をやっているのだろう。

 首を絞めただけでHPは減少していなかったためか、怪しい動きのジンを睨みつけながらも、渋々といった様子で引き下がっていく衛兵たち。(それはそれで滅多に見られるシーンでは無いだろう)転移してくるのが読めていたから素早く手を離すことができ、いわゆる『現行犯』にならなかったようだ。


エルム:

「ゴホッ、ゴホッ。……で、では、代金は立て替えておきます。利子は結構ですので、気長に返済していただければ」


 難しい台詞をあっさりと口にしたエルムに、呆然とした目を向けてしまう。今ここで言うか、後で落ち着いてから言うかの違いしか無いにしても、別に、いま言わなくてもいいだろうに。


ジン:

「死にたいんか? 死にたいんだな、をゐ?!」しゅばっ

エルム:

「グエッ」


 案の定、ジンの怒りに火を注いでしまい、今度こそ絞め落とされて気絶させられてしまうエルムだった。……合掌。絞め落としたジンの方はというと、再びやってきた衛兵に、今度こそ連れて行かれてしまった。こうなると、しばらくは独房の中である。


葵:

「なーにやってんだか」


 現在進行形で7桁の借金が出来つつある状況にも関わらず、のんきしている葵だった。全ての責任をジン一人に押しつけるつもりに違いない。

 気絶したエルムは、レイシンが後ろから背中に膝を当てて、肩をクッと引いて目覚めさせていた。


名護っしゅ:

「いよぉ、隊長!」

シュウト:

「……みなさん。どうも」


 ジンと入れ替わりに部隊の仲間達がやってくる。全員ではないが、20人近い。パレードが終わってからも少し増えていた。


まり&りえ:

「「レベルアップ、おめでとうございまーす!」」

シュウト:

「う、うん。ありがとう(苦笑)」

エルンスト:

「俺からも一言。おめでとう。乾杯!」

部隊の仲間達:

「「かんぱ~い!!」」


 仲間達と談笑しつつお酒を控えめに飲んでいると、ユフィリア達が戻って来た。後ろにゾロゾロとオマケが付いてきている。


ユフィリア:

「ごめんね、ちょっと話し込んじゃった」

シュウト:

「大丈夫」

ユフィリア:

「ジンさんは?」

石丸:

「衛兵に連れて行かれたので、今頃はまだ独房っス」

ニキータ:

「……何をしでかしたの?」

シュウト:

「借金とかが、その、いろいろと……」

ニキータ:

「ああ……」


 大盛況なお祭り会場を見渡して、状況をなんとなく理解した様子のニキータだった。既に自分のためという名目はふっとんでしまっているだろう。すこしばかりジンが可哀想な気がした。


サイ:

「隊長……」

シュウト:

「サイ、どうしたの?」


 何かいいたげなサイだが、しゃべらずに自分の斜め後ろを見ている。どうも背中に隠れている人物に(……静だ)話すように促しているらしい。


シュウト:

「……静?」


 名前を呼ばれ、びくっ!と身を竦ませるのが分かった。なんなのだろう、一体? そう怯えられると、こっちも警戒してしまう。


静:

「えとですね、あのですね?」

ユフィリア:

「あの子、どうしたのかな?」

ニキータ:

「ううん、しばらく見てましょ」

シュウト:

「どうしたの、なんだか静らしく、ないけど?」


 『静らしさ』なんてものが分かるほど親しくもないのだろうけれど、ズケズケと言いたいことを言うタイプだと勝手なイメージを抱いていた。……今日はあまり酔っていないのかもしれない。


りえ:

「ほれ、飲みな、静?」

静:

「あ、ありがと(ぐびっ、ぐびっ)ぷはぁーっ。って、お酒じゃんか!」

まり:

「さっ、がんばれ」

静:

「えっとー、あのー。……怒ってますか? 怒ってますよね?」

シュウト:

「……なんで?」

静:

「いえ、言わないでください、分かってます。分かってるんです」

シュウト:

「…………?」


 どうやら話が通じないらしい。サイの方を見て、(どういうこと?)と視線を送ったが、気が付いていないのか、黙殺されてしまった。


シュウト:

「なんの話か分からないけど、とりあえず今は怒ってないから」

静:

「嘘です」

シュウト:

「嘘じゃないってば」


 わずかにチリチリし始めていた。イライラまでは行かないけれど、チリチリする。事情ぐらいは説明して欲しかった。


静:

「やっぱり怒ってるじゃないですか」

シュウト:

「…………」


 失敗した。ドラマか何かで見た展開になっている。そのアリガチさが心の底から面倒臭くさせる。どうリカバリーすればいいのか分からず、いつもの文言を心の中で唱える(ジンさんならどうするだろう……?)答えは自分の外にあり、すぐに出てきた。


シュウト:

「そうだ。僕は、本当は怒っている。だったら、どうするんだ?」

静:

「ひうっ!?」


 あっさりと立場が逆転し、おびえ始める静。あまり好ましい状況とは言えないが、逆ギレ気味に、こっちは怒ってもいないのに『怒ってます!』とか追求されるのよりはマシだろう。


静:

「ご、ごめんなさいでした」ぺこり

シュウト:

「主語がない」

静:

「わ、私がダメな子でした。本当にごめんなさいでした」

シュウト:

「……それだけじゃ何のことを謝ってるのか分からないな。今、逆ギレされたこと? それとも何か別のことだったりするのかな?」


 「シュウト隊長、エグッ」などの声が聞こえて来たが、ここはやり通すしかない。これが静のためになると信じるしかなかった。


静:

「えうー、あうー、隊長の足に、その、ゲロしてごめんなさいでした」

シュウト:

「ああ……」


 半泣きの静が全泣きになりそうで、申し訳なく思いつつも、忘れようとしていた記憶は鮮やかに甦る。


静:

「はわわわわわ!」

りえ:

「すっげぇ冷たい顔……」

まり:

「隊長、静をゆるしてあげて!」

シュウト:

「……いや、あの、もういいから」


 そんな冷たい顔したかな?と思って、自分の顔を撫でる。


ユフィリア:

「じゃあ、一件らくちゃくだねっ!」


 ユフィリアの終了宣言で、とりあえず一段落ついた形になった。周囲からなぜか拍手が起こる。見回すと、結構な数の見物人がいた。……どうやらまたしても、やらかしてしまったらしい。


静:

「たいちょーう!」ひしっ

シュウト:

「今度は、何?! 抱きつかないで欲しいんだけど」

静:

「いいんですね? 許してくれるんですよね?」

シュウト:

「うん、もう分かったから、大丈夫だから。というか、酔っぱらってるよね?」

静:

「お願いがあります!」

シュウト:

「はい……」

静:

「……入れてください」

シュウト:

「はい……?」

静:

「ギルドに、入れてください!!」

シュウト:

「えっ? ええと……」


 思わず、ジンの姿を探した。しかし、その人は衛兵に連れさられてここにはいない。どうしようと思ったら、周囲がザワザワとし始めた。


野次馬のみなさま:

「ユフィちゃんのギルドなら、俺も入りたい」

「おお、俺も!」

「お前らだけズルいぞ」

「俺も!」

「あたしも!」


葵:

「ちょっ、ちょっとこりはマズいってばさ!」

シュウト:

「え、えっと、あの……。すみません、僕らは今、引っ越しの準備をしていますので、アキバに来てからってことで、お願いします!」

ユフィリア:

「ごめんなさーい!」


 爆発的な騒ぎになる前にストップする。正確には保留しただけだ。ジンのいないところで、こういう判断をするのはどうなのだろう。



女性冒険者:

「あの、すみません」

シュウト:

「はい、何か?」

女性冒険者:

「アキバ新聞です。取材、お願いできますか?」

シュウト:

「はぁ……」



 ――この様にして、夏の終わりの祭りは行われた。

 この件でシュウトの知名度はわずかに増すことになり、ジンの借金はかなりの額になった。

 



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